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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第六話「風に乗り花開け」⑤

 春の視察からしばらくの間、ムーベフはラスティンのことを考えなかった。完全に忘れていたわけではないが、自分が見切りをつけた相手のことを引きずるより、新たな戦士の捜索をする方が有益だと考えたからだ。

 そんなムーベフが夏の終わりにラスティンのことを思い出したのは、大学の上期実技試験を思い出した、からではない。

 スンダッギの口から名前が出たためだった。

「……今、なんと?」

「じゃから、ほら、なんといったかの。ラスティン。ラスティン゠ティフタンの様子はどうかと聞いておる」

「なぜ、その名前を?」

「何を異なことを。おんしが目をつけてた子じゃろ。ルヴィケスから――ははあ。なるほど。あの悪戯小僧はまたやったか」

 スンダッギは苦笑いする。猛烈に嫌な予感がしたムーベフはスンダッギを問い詰めた。

 その結果わかったことは以下の通りだった。

 スンダッギは二年ほど前にラスティンに関する相談をルヴィケスから受けていた。それは、ラスティンの能力をルヴィケスの要求通りに伸ばすにはどうすればよいか、という相談。スンダッギはそれを受けて実際に大学まで脚を伸ばし、ラスティンを観察したのち、その個人向けの鍛錬計画をしたためた。ムーベフとの共同作戦だ、という言葉を真に受けて。

 ムーベフは頭に上った血に推されるままに隊舎を駆け回った。

「ルヴィケス!」

 休憩室に飛び込んできたムーベフの剣幕に驚くファウーゼ。そしてその向かいで茶をのんびりと啜るルヴィケス。運がいいのか悪いのか、今日はルヴィケスが帝都にいる日だった。

 ルヴィケスは空いている杯に茶を注ぎ、ムーベフに差し出す。

「おや、その様子だとばれちゃいましたかね?」

「用件は分かっているようだな? ならば吐け。何が目的で何のために何をした。ラスティンの魔力操作がまったく上達していないのは貴様の差し金か!!」

 ファウーゼがそろそろと退室するのを尻目に、ルヴィケスは笑う。

「目的は単純、ラスティンを育てたかったんですよ。【独立命撰特務】に相応しい形に。優れた魔術師に」

「その結果が十歩の距離の的にも当てられない魔術師か? あれでは傭兵にすらなれんぞ。貴様は以前ものになる確率は五分五分と言ったな。訊こう。あれから二月経ち、あの子の可能性はどうなった? 今年指名できるだけの実力はついたのか!?」

「その前に、いくつか訂正と確認を。あの子、最初の一年はあなたの指示通りに鍛えていましたし、授業自体は真面目に受けているので、ちゃんと操作精度も上がってますよ。ほら、これ射撃成績」

 差し出された紙束をムーベフは一瞥もしなかった。それらの情報はすべて頭に入っている。そのうえで、学年で上位層に入れないその実力に落胆していた。

 ルヴィケスは受け取られなかった紙束をぱらぱらとめくりながら呟く。

「情報を確認したうえでこれじゃ冥弓隊のンシバメを笑えないと思いますけどね。成績というのは、点数だけで見るものじゃないというのに」

 再び怒鳴ろうとするムーベフに向かってルヴィケスはにっこりと笑う。

「ムーベフはラスティンはどの役割で取ろうと考えていますか?」

「決まっている。狙撃者だ。貴様は違うというのか」

「いえいえ、私も同じ考えですよ。では、どの種類の狙撃者を求めていますか?」

 ムーベフはじろりとルヴィケスを睨む。ルヴィケスが何を言いたいのかが理解できないわけではない。

 一口に【独立命撰特務】と言っても、その任務には種類がある。要人の護衛を目的とする甲種任務、敵対勢力の殲滅を目的とする乙種任務。そして、謀略の究明・摘発を目的とする丙種任務。そのすべてで共通して求めれる能力もあり、特定の任務のみで重視される能力もあり、戦士の能力によって適所というものは存在する。

 ムーベフはルヴィケスにうっかり隙を見せないよう慎重に言葉を選ぶ。

「決まっている。ラスティンの能力を十全に生かすのであれば、乙種任務を主とすべきだ。膨大な魔力で圧し潰す戦い方は隙も生まれやすく、甲種任務には向かない。丙種任務も室内や至近距離での戦闘が発生しやすいため、これも向かない」

「それが分かっていて、なんであんなにちまちまとした鍛錬をさせようとしたんです? 最強を目指す【独立命撰特務】にはそこそこ優秀な魔術師なんて要らないんですよ。ぶっ壊れた長所を持つ人外こそが相応しい。違いますか?」

「違わないが、制御できない膨大な魔力などただの爆弾と同じだ。任務以前の問題だ。敵兵を焼こうとして誤って味方を焼くような奴は使えない」

 言っていて、ムーベフは自身の言葉に引っ掛かりを覚えた。何か重大な見落としをしているような気がした。

 ルヴィケスはけらけらと笑う。

「ラスティンは味方を吹っ飛ばすほど不器用じゃないですよ。確認したんでしょう? 射撃成績」

 ムーベフは弾かれたようにルヴィケスから紙束を奪い取り、それに目を凝らした。お世辞にも良いとは言い難い成績。近距離射撃など学年最下位。しかし、全体で見れば中の下といった成績。

「長距離射撃の成績が、悪くない」

「それは正確ではないですね」

「射撃の距離が長くなるほど、成績が良くなっている……?」

 それは通常ではありえないことだった。近場できちんと操作できないものが、遠くなったからと言って操作できるなど聞いたことがない。

 ルヴィケスは茶をすすってほうと息を吐く。

「それもまだ正しくはありません。正しくは、五百歩から二千歩の範囲での射撃は魔術師として優秀といえる水準になる、ですね。それ以上の距離だとまた成績が落ちますから」

「そんなことが、ありえるのか? 操作が歪な形に上達した? いや、実際に統計を取るとそうなっているし、この傾向は一年次から変わらない」

 机に手を着いて気持ちを落ち着けようとするムーベフに、ルヴィケスは椅子を勧めた。そして、その椅子にムーベフが座ったのを確認して顔の前で手を組む。

「これは私の持論ですが、人には適性な尺度が存在します」

「尺度、だと?」

「ええ。鑷子を使って小型模型を組むのは難しいが、鑿で什器を作るのは易く、しかし、鋸で宮殿を立てるのは難しい。小さすぎても大きすぎても、人間には御しきれない。そもそもの人間が扱いきれる尺度というのは存在するんです」

 それは許容される誤差を絶対値で見ていないから。ムーベフはそう口を挟もうとし、思いとどまった。実際、短距離狙撃も長距離狙撃も、許容される誤差は絶対的な値ではなく相対的な値で設定されている。

「そしてそれは、個人差がある。針で竜を殺せないように、戦斧で料理を作れないように。人が神を殺せないように、英雄が平和に浸れないように、人にだって、適した尺度が存在するんです」

 つまりは、ルヴィケスはこう言っている。指何本分、といった細かい尺度での制御はラスティンには向かず、数十歩分といった尺度での制御であれば人並みに可能だと。ムーベフはそう理解し、唸った。

「ラスティンは長距離狙撃であれば、既に十分に使い物になると。それがあの子の適性な尺度だと、そう言いたいわけか」

「ええ。そしてこれは距離だけに適用されるものではありません。それ以外の全ての要素でも、適正な尺度を見誤ればその人物の価値を見誤る」

 何かが閃いたが追いきれず、歯噛みするムーベフ。

「……満点は、満点であることしかわからない、という話ではないのだろうな」

「当たらずとも遠からず、といった感じですかね。十人力で満点を取れる評価項目において、十人力の戦士と千人力の戦士は同じ満点で測られる」

「勿体ないことこの上ない。だから満点という水準はこの上なく慎重に定めなければならない」

「有能な同僚はありがたいですね。無能な敵と同じくらい」

「心にもないおべっかを使うな。鳥肌が立つ」

 ムーベフはため息を吐いた。そして、肩の力を抜く。ルヴィケスのやったことは置いておくとして、その理屈自体は理解できた。

 そして、改めて状況を整理し直す。今の話を踏まえたうえで、ラスティンを狙うべきか。

 ムーベフは少しだけ温くなった茶で喉を湿らせ、ルヴィケスを睨む。

「だからお前は、ラスティンの短所は放置し、長所を伸ばすような訓練させ続けたということか」

「ええ。ひたすらに魂魄の強度だけを上げる訓練です。凄まじく地味で退屈で辛い鍛錬計画ですよ。本気でやったら一流の魔術師だろうと吐きまくりです」

「そんなのを、まだ十代の女の子ができると思ったのか?」

「できなければ獲らないだけですよ。私たちはあの子の親でも師匠でもないんです。あの子が見合うだけの戦士になれなければそれだけの話です。違いますか?」

 そう言うルヴィケスは笑っていたが、目は冷たい輝きを放っていた。夜のような冷たさにムーベフは苛立ちを感じつつも、その論理自体を否定はしなかった。

 それこそが【鐵の篩】。硬い鐵で鑢に掛けられた結果、砕け散るような脆い原石は必要としていない。その理念に異論はない。

 ルヴィケスがぱんと手を叩いて明るい声を出す。

「しかし、ムーベフはよくあんな才能を見つけ出しましたね。一体どうやったんです?」

 その質問にムーベフは動きを止め、ゆっくりとルヴィケスの方を見る。

「……おい、まさか貴様。自分で見つけたわけではないのか? 偶然候補が被ったわけではないのか!?」

「ええ。ムーベフがこそこそ人の縄張り荒らしに行くなんて珍しいことしてるんで、冷やかしに行って初めて知りました。ラスティン゠ティフタン。商家の娘の情報を漁ってるほどの時間は私にはないですねぇ」

 悪びれない態度にムーベフは思わず手が出そうになる。つまりは人の獲物の横取りだ。強奪だ。別方向から調べた結果、候補が被ったならまだ赦せた。自身が情報を共有していた結果ならならまだ赦せた。そうでなくても事前に教育方針に関して相談があったならまだ赦せた。

 だが、そのどれでもないという。おそらく、味方であるムーベフに黙っていた理由に合理的な理由はない。説明が面倒だから、発覚したときに説明すればいいや。その程度の認識だったと、ムーベフは確信していた。ルヴィケスはそういった男だからだ。

 ルヴィケスはすっと立ち上がって半歩下がる。ムーベフの拳が届かない間合。

 ムーベフは怒りを押し殺して眼鏡を拭きつつ、問う。

「おい、それでまだ最初の質問の答えを聞いてないが?」

「ああ、ラスティンの現在の実力の話ですか?」

 ルヴィケスはまた薄気味の悪い愛想笑いを浮かべると、休憩室の扉を開けて言った。

「まあ、今日の結果次第では、一割か八割か、と言ったところでしょうか。というわけで、私はこれから上期実技試験を見に行くんですけど、一緒に行きます?」

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