第六話「風に乗り花開け」③
ルヴィケスは大げさに肩を竦めた。
「ここはムーベフのような堅物がいるべき場所ではありませんよ。教導院は冥弓隊の縄張り。揉め事は嫌いでしょう?」
その嘘くさい笑みを見てルヴィケスは察した。
ルヴィケスはここにいる誰かを狙っている。
そして、奥歯を静かに鳴らす。
そうであれば、自分は失敗した、と。
ルヴィケスが本気で誰かを取りに来ているのならば、先ほど冥弓隊のンシバメに開示したはったりが裏目に出る可能性がある。嘘から出た真となってしまう。いくらルヴィケスのことが気に入らなかろうが、味方であることは間違いなく、そうであれば邪魔をするわけにはいかない。
しかし、今更ンシバメに追加で吹っ掛けるわけにもいかない。頻繁に出入りしていれば他の隊にも怪しまれてしまうが、ンシバメは縄張りである大学から出てくることは少ない。さらに別のはったりを仕掛けようにも会えない。
周囲に人がいないことを確認し、ムーベフは囁く。
「狙いは誰だ?」
「お、その物言い。心配事ですかね。でも大丈夫ですよ、どうせ冥弓隊は戦士学科の主席しかとりませんから。被る可能性は零」
「だとしても、圧力をかける可能性はある。黒の隊の小隊長を誰だと思っている。血を崇める貴族共は何気ない一言で忖度を始めるぞ。狙っていることを知られた時点で問題だ」
「ってことは知られたんですね。失言とは珍しい。いや、策士策に溺れた、ですかね?」
ルヴィケスの目がじっとムーベフを見てくる。ルヴィケスはそれに僅かに怯みつつも、ため息を吐いた。
「済まない。目をつけていた子があまりに期待外れでな。撒き餌にしようかとしたところだ」
「ははっ、悪いやり方だ。ムーベフらしくもない。そういうのは私に任せといた方がいいですよ」
言い返せずムーベフは黙った。
ムーベフはルヴィケスのこういうところがまた嫌いだった。一言も責めない。まるで子供の悪戯を笑ってすませる親のように。そんな失策など自分にはまるで影響がない、とでも言うようにいつも流すのだ。
話を続けようとするムーベフの肩をルヴィケスが押した。予想していなかった動きに抵抗できず、ムーベフは廊下の端に寄る。
理由を聞こうとするムーベフに対し、ルヴィケスはしゃべるなと身振りで示し、じっと廊下の先を見た。
ルヴィケスの視線の先には四人の生徒がいた。三対一での口論、というよりは、三対一での吊るし上げ、といった様子で、穏やかではない話し合いをしているようだった。
「ほぅら見なさい。今日の魔術戦だっていつもと変わらなかったでしょう? 相変わらず不器用に風を起こしているだけ! うちの使用人に団扇の使い方でも教えてもらったらどうかしら!」
「そ、そそ」
「いい加減諦めて現実を見なさいよ守銭奴! 度胸も才能もないくせにいつまでも戦士学科にしがみついて! 目障りなのよ!」
「さ、くはない、です」
「そうよそうよ! そのくせそのいやらしい乳でジョイネ様に色目ばっかり使いやがりまして! 落ちこぼれを気にかけてくれてるやさしさに甘えてるんじゃないですわよ!」
「こ、か、です、けど……」
「もごもごもごもごと! はっきりと! 言いたいことがあるならおっしゃいなさい!」
「へ、へへへ」
姦しく罵倒を投げかけられる一人を見てムーベフは眉を顰めた。それはムーベフが三年前から目をつけており、今日まさに見切りをつけた少女だったからだ。
ラスティン゠ティフタン。十七歳女性。ゆるくまとめた燃えるような赤毛が小柄な背中を覆うように垂れている。その顔には卑屈な笑みが張り付いており、視線はあたふたと空中を漂っている。
見るからに、気質が戦士に向いていない。やはり技術面での才能があったとしても、精神面での適性がなければ駄目だったか、とムーベフが落ち込んだのも束の間。すぐに気づく。
ルヴィケスがその四人を楽しそうに眺めている。
「ルヴィケス」
「なんです? 面白いところなんで邪魔しないでほしいんですが」
「お前の狙いは、まさか、ラスティン゠ティフタンか?」
「はい。理由を訊くなんて馬鹿げたことはしないですよね? ムーベフだって目を付けていたんですから」
ムーベフは思わず言葉に詰まった。だが、何も問わずに引き下がるにはあまりに情報が足りなかった。
「俺は今日手を引くことに決めた。あまりに技術が未熟過ぎるからだ。お前はそう思わないのか? ルヴィケス」
「そう思いますよ。魔術師としては色々と拙いところが多い」
「ではなぜ?」
「ムーベフと同じ理由ですよ。彼女の圧倒的な瞬発励起力と励起周波数と励起持久力。要するに、膨大な魔力量。私はそれに期待しています」
想像通りの答えだった。そして、想像を超えてはこなかった。だからムーベフは理解できずに動きを止めた。
現代魔術の工程は三段階。魔力の励起、魔力の染色、魔力の操作に分けられる。一段階目で魔力の量を、二段階目で魔力の質を、三段階目でそれらをどう扱うかを決定する。
ラスティンはこの一段階目が圧倒的に優れている。だが、三段階目が圧倒的にお粗末だ。それこそ、十歩先の人型の的に当てることができないほどに、致命的に操作が下手くそだった。
三年間で改善されないかと期待し、訓練用の計画を作ってこっそりと渡し、陰からこそこそとムーベフは見守ってきたが、結局それは改まらなかった。そんな欠点をルヴィケスが理解してないわけがない。だからこそ、ムーベフには理解できなかった。
ムーベフのじっとりとした視線を受け居心地悪そうにルヴィケスは呟く。
「なんですか、その顔。別に私が取ろうがムーベフが取ろうが碧雲隊のためになるんだからいいじゃないですか」
「それが本当に隊のためになるならな。お前は彼女の欠点がどうにかなると思ってるのか?」
「五分五分、と言ったところですかね」
「ほう、五割の確率で改善すると」
「ええ。だって見てくださいよ彼女の顔」
ルヴィケスは愛想笑いをするラスティンの顔を観察する。
「戦士向きでしょう?」
「どこがだ」
冗談かと思ったが、ルヴィケスは楽しそうに笑っていた。揶揄うつもりはないらしい。ムーベフは苛立ちを抑えて口元を結ぶ。
「あの顔、絶対こう思ってますよ。あーだるいなぁ、なんでこの人たちこんなどうでもいいことに怒れるんだろう。さっさと終わってくれないかなぁ」
もう一度顔を観察する。そう言われると不思議とそう見えてくる。
「……確かに思ってそうだが」
「つまり欠片も怖がってないんですよ。寧ろ、手を出してくれないかとすら思ってそうです。ルヴィケス、私はですね、戦士として必要な気質ってのは、究極的には殺すべきときに殺せるかだけだと思ってます。そういう点で言うとどうです? あの子、殺れそうでしょ?」
ムーベフには判断がつかず、黙って首を振った。
「だとしても技術面が足りない」
「そこは要期待ですね」
「何か当てがあるのか?」
「なに、まだ春ですよ。斬り捨てるには早すぎる。それだけの話です」
言うなり、ルヴィケスは再度ムーベフを壁に突き飛ばした。そして、自身も壁に張り付き、廊下の角から四人の様子を窺う。
「何やら、穏やかじゃない様子だね」
いや、正確には五人だ。ラスティンとラスティンを詰る三人に加え、顔立ちの整った青年が輪に加わっている。
ムーベフにはその青年も見覚えがあった。今年の戦士学科主席卒業生候補である、ジョイネだ。
「ジョ、ジョイネ様……」
「淑女がそう声を荒らげるものじゃないよ、ハヤ。大きな声と言うのはそれだけで威圧感を与えてしまう。粗暴な女だと誤解されてしまうのは本意ではないだろう?」
「も、申し訳ありません。少し興奮してしまいまして、その」
「テオ。君もそう覗き込まない。君のすらりとした長い脚は魅力的だが、そう背を丸めては台無しだ。姿勢は常に良く、ね」
「はっはいっ! この子と目を合わせようとしてつい!」
「ラスティンの服に皺が寄ってしまってるよ。手を離してあげなさい、ヒマ。魔術師の子は体が強くないんだから、気を付けないといけないよ」
「あ、あらいけない! 思わず! 思わずですわ!」
ジョイネがにこにこと笑顔を崩さずにいると、三人組はそそくさと去っていった。その逃げ足は鼠もかくやといった様子だった。
残されたラスティンも一礼して逃げようとするが、回り込んできたジョイネに止められる。
「ラスティン、君も嫌だったらきちんと言わなければ駄目だよ。勿論、悪いのは彼女たちだが、君のそのことなかれな態度が彼女たちを増長させてるんだ」
「あ、す」
「君だって戦士学科の生徒だろう? 闘う意思を見せない者が臆病者扱いされるのはある種当然のことだ。そういう意味では、僕だって彼女たちの意見に同意できるところはある」
「え、な、い」
「その喋り方もできればやめてほしい。君が親しい友人とは普通にしゃべっていることはみんな知っているんだ。自分の身を護るためとはいえ壁を作っていてはいつまでも交流できない。打ち解けられない」
「は、ほ」
ルヴィケスは笑い声を抑えられず、くつくつと小さく笑う。そして、背後で苦々しそうな顔をしているムーベフに問う。
「どう思います?」
「何がだ?」
「ラスティン、何を考えると思います?」
「……そうだな」
ムーベフは俯き気味なラスティンの目を見る。そして、その瞬間目撃してしまった。ラスティンが忌々しそうに舌打ちしているところを。
これは欠片も怯えてはいない。そう確信できるほどふてぶてしい態度。
「めんどうくせぇ、さっさと消えてくれないかな、だな」
「珍しく意見が合いますねぇ」
あまり嬉しくはなかったが、ムーベフにとっては一つの収穫だった。それは、どんなに気に入らない相手とでも意見は一致することがある、と再確認できたことだった。




