第六話「風に乗り花開け」①
碧雲隊の会議室でフォフォは宣言した。
「今年も三人取ります」
そう言って他の五人を順繰りに見つめる。何度も頷くトドイ。背を丸めて顔を伏せるリン。楽しそうに髭を撫でるスンダッギ。
ルヴィケスは一切気にせず挙手をした。
「もう候補は固まってるんです?」
「まだ春です。固まってるわけないでしょう」
「の割には断言しますね。信頼が厚いのは有難いですが……」
「信頼ではありません。ただの宣言です。行き先を固めておかないと歩き方も定まらない。そのつもりで動いてください。今年も三人取ります」
そう言ってフォフォはじろりとルヴィケスを睨む。それに対し、ルヴィケスは苦笑しながら首を振った。冗談だと言いたいらしい。
ムーベフは一つ咳ばらいをした。
「スンダッギ、トドイ。現時点で有望な候補はいますか?」
「います! 今年もとっておきの隠し玉が一人!」
「わしは微妙じゃな。心当たりがないこともないが、果たしてものになるのかどうか」
フォフォとムーベフの感想は一致した。トドイが大きなことを言うのはいつものこと。スンダッギの言葉はそのままの意味で受け止めた方が良い。つまりは、両方とも当てにならない。
であれば、とフォフォはムーベフの方を見る。ムーベフは難しい顔をしてフォフォに確認した。
「今年の満期退役は一名でしたね?」
「ええ。特に緊急で除名したりする予定もありません。ですので、大きな支障がなければ一名抜けて二十名。三名取っても二十三です。天井は叩かない」
「ですが、来年の満期退役も一名の予定です。もし来年豊作だった場合、二名しか取れません。今年は二名とした方が良いのでは?」
「皮算用はよくありませんよ、ムーベフ。既に負傷による長期休養者が一名いるんです。他にも出ないとも限らない。今年よりも来年の方が豊作とも限らない。欠員はないほうが良い」
ムーベフは反論なく黙り込んだ。
それを見てルヴィケスはリンの顔を覗き込む。
「休養中のリクァロフ、さっさと現場復帰させられないんですか? 特定の隊員への負荷が偏ってます。ちょちょいと直しちゃってくださいよ、リン健康管理官」
「む、無茶言わないでください。完全治療師の資格を持ってなければ、完全に完璧に治しちゃいけないんです。ある程度は、自然治癒に任せないと駄目なんです。師匠じゃないんですから、そこまでは私には無理です」
「弱音とは情けない。ね、フォフォ隊長」
フォフォは無表情で受け流した。だが、そこにルヴィケスへの同意の色が少しだけあったのをリンは読み取り、申し訳なさそうに更に体を縮めた。
見かねたムーベフが再度口を開く。
「狙う役職は?」
「破壊者と狙撃者は何人いても困りません。ただ、もし有望なのがいれば観測者を優先したく。先ほどルヴィケスが言った通り負荷が偏っています。追跡者も優秀な人がいれば欲しいのですが」
「まあ、優秀な追跡者というのは捕獲指定種みたいなものですからね。なかなか見つかるものではありません」
「ええ。ですので、無理して探す必要はありません。観測者、破壊者、狙撃者の順で探してください」
「将来性を優先しますか? それとも完成度を?」
「……どちらかといえば、完成度を。ただし、完成度で取るのであれば最低でも師団長級の実力はほしいです」
「難しいですね」
「簡単なことではないでしょう。ですが、それが私たちの仕事です」
フォフォはルヴィケスの方を見た。いつもならば参加している会議では逐一茶々を入れてくるというのに、今日は随分と大人しい。
「ルヴィケス、何か言いたいことはありますか?」
「いえいえ。私は今年は大人しくしている予定ですので、何も」
「怠ける気ですか?」
「人聞きの悪い。毎年主力となる子を引っ張ってきているんだから、少しくらい大目に見てくださいよ。ねぇ、ムーベフ専属調査員?」
ムーベフは何も言えずに歯を噛み締めた。ルヴィケスが言いたいことは単純だ。去年は専属調査員であるムーベフが狙った戦士を取れなかった。それは即ち、ムーベフが職務を果たしていないということと同義。形はどうあれ自分は果たしているぞ。ルヴィケスはそう言いたいのだ。
そして、それに対してムーベフに反論はない。専属調査員のそれは指導が主業務であるトドイやスンダッギとは違う。誰よりも自分が理解していた。だからムーベフは素直に非を認めて押し黙った。
見かねて口を開こうとしたフォフォはルヴィケスと目が合った。
ルヴィケスは大げさに肩を竦めてため息を吐く。
「それに、私が戦士を引っ張って来ようとすると、なぜか文句を言われることが多いのでね。これじゃやる気がなくなってしまいますよ」
「やり方を考えなさい、という話です」
「規則に反してなければ結果がすべてでは? どうです? オウカは獅子奮迅の活躍中でしょう?」
規則にも反しているだろう、という突っ込みは他の五人の胸中に留まり、全員が渋い顔をした。実際、ルヴィケスがフォフォを嵌めて取らせたオウカは、優秀な観測者として既に碧雲隊に必須の人材となっている。
微妙な空気の中、その後は話も進まず、フォフォが会議の予定だけ共有して解散となった。
颯爽とルヴィケスが退室し、足早にリンも続く。スンダッギとムーベフも荷物を纏めて立ち去った。
しかし、トドイだけは思いつめた表情で中々椅子から立ち上がらなかった。
「トドイ」
「あっ、すみませんすみません。すぐに出ます」
「いえ、急かしてはいません。何か悩み事ですか?」
フォフォの口調はいつも通り固い。だが、冷たいわけではない。
トドイは他の四人が完全に立ち去ったのを確認すると、おずおずと口を開いた。
「あの、隊長に聞きたいんですけど」
「はい。なんでしょうか」
「実際、ルヴィケス先輩って凄いじゃないですか。実績も、手腕も、度胸も、全部。【鐵の篩】として一番隊に貢献できているのはルヴィケス先輩だと思います。でも隊長はいつもルヴィケス先輩に厳しいじゃないですか。なんでですか?」
フォフォは眉尻を下げて少しだけ困った表情をした。いつも澄まし顔のフォフォにしては珍しい表情で、トドイはその色気にどきりとした。
女性にしてはごつごつとした指が口元を覆い、指の関節で唇を撫でる。その所作にトドイは思わず背筋を伸ばし、座り直して言葉を待つ。
少しばかり長い小休止の後、フォフォの口から出てきた言葉はトドイとしては少し意外なものだった。
「彼が碧雲隊に貢献していることは紛れもない事実です。それはムーベフであろうと否定はしないでしょう」
「っすよね……? だったら、なんでっすか?」
「理由は二つ、ですかね。まず、いくら功労者であろうと特別扱いはよくありません。俸給と言う形で功には報いていますから、それで十分でしょう。彼のやる気云々というのも冗談です。この仕事はルヴィケスの趣味のようなものですからね、放っておいても仕事はします」
「でも、少しくらい融通利かせても、そっちの方が先輩もやりやすいかもしれませんし……」
その方が結果も出しやすいかも。上目遣いのトドイに、フォフォは指を一本立てる。
「では、トドイが今年推薦しようとしている戦士、仮にその人物の実績が御前試合優勝したとしましょう。それに対し、ルヴィケスが連れてきた戦士の実績がなかったとします」
「はい」
「それらを比較し、私がルヴィケスを優先したとしたら、どう思います?」
「それは、少し嫌かもしれません。でも」
フォフォは指をトドイの唇に当てて黙らせる。
「少し嫌だけど納得できる。それで留まれば良いのです。けど、実際はその気持ちはこう変化します。私は頑張らなくてもいいのではないか。ルヴィケスにすべてを任せればよいのではないか。私が何かをしても無駄ではないのか。そう変化します」
トドイは目を丸くして唾を呑んだ。その指摘はトドイのもやもやとした心の悩みを見事に射抜いていた。
フォフォはそんなトドイを見て僅かに微笑む。
「ルヴィケスは確かに優秀です。ですが、彼の目は二つしかないし、耳は二つしかない。彼一人でできることは限界があります。そして忘れないでください。あなたたちだって優秀です。あなたたちは能力だけを持って碧雲隊に選ばれました。そこに贔屓や優遇はありません。その自信を持って仕事をしてください。そのために、私はあなたたちを平等に扱います」
トドイはその言葉に少しだけ躊躇いつつも頷いた。フォフォはその頭を優しく撫でた。
「そして、もう一つの理由」
トドイが見上げたフォフォの目つきはいつの間にか鋭いものになっていた。
「あの男は好きにやらせると絶対に法を踏み越えます。手綱はしっかりと引いておかないといけません。トドイ、油断はいけませんよ。絶対に」
トドイはそれに苦笑することしかできなかった。




