第五話「隊が求める人材は?」③
ここからが本題、とバーヲは気を引き締める。残っているのは専業調査員が二人と最終的な決定権を持つ小隊長。こここそが今回の肝であるとバーヲは判断していた。
しかし、ここで問題が二つ発生した。
一つは、フォフォ小隊長からさほど面白い話を聞けなかったこと。リンが話していた碧雲隊の方針がそっくりそのまま出てきたからだ。しかも、なんとなく既視感を感じて原因を探ってみたところ、それは【独立命撰特務】全体の標語とほぼ一致していて、つまりは何も独創性のない一般論だったのだ。それをチョメドから聞いたバーヲはがっくりと肩を落とした。
もう一つは、残りの二人が全然捕まらないことだ。平均して二、三日に一度は帝都に戻るらしいのだが、滞在中も隊舎にはいないことが多く、バーヲが何度訪れても会えない。噂がどうだとか以前の問題だった。
せめて二人のうち片方だけでも、と足しげく通い続けて三週間。月報の締切まで残り三日という日に、漸く片方を捕まえることができた。
「取材ですか。構いませんよ」
「本当にすみません、手短に済ませますので」
「いえ。広報官にはいつも迷惑をおかしていますから」
そう言ったのは、碧雲隊専業調査員ムーベフ。しかし、言葉とは裏腹に廊下を歩く足を止めることなく、ずんずと大股で歩き続ける。
バーヲはそれについていきながら慌てて手帳を開いた。
「では早速ですが、あなたが推薦する戦士に求めているものをお答えください」
ムーベフは振り返りもせずに答える。
「【独立命撰特務】の名に恥じない強い戦士です。まずは実力、それがないと帝国最強の百人という称号には釣り合わない」
その語り口から、またも一般論を聞かされると判断したバーヲは不興を買うのを承知で割り込む。
「そうではなく! あなた個人としての意見を聞きたいんです」
「……隊の方針に背く気はありません」
「それでもあるでしょう! ムーベフさんが想像する理想の戦士像というものが。ないんですか? 強ければそれだけでいいですか? 強くて賢くて誠実であればそれでいい? 本当ですか? そんなつまらない基準で選んでいるんですか?」
ムーベフが立ち止ってバーヲを睨む。バーヲは言い過ぎたかと怯むが、それでも目を逸らすことはしない。圧のある視線には慣れている。怒りにも憎しみにも。バーヲたちはいつも無数のそれらを前に、怯むことなく事件の広報をしてきた。
ややあって、ムーベフは溜息を吐いた。そして、再び歩き出す。しかし、今度は少しだけ速度が遅い。
「あくまで私個人の意見ですがね」
「っ、はい! それを聞きたいんです!」
「私は、真に強い戦士を求めています」
意図をくみ取れず黙り込むバーヲに対し、ムーベフは静かな声で続ける。
「最強の戦士。それが私たちの仲間であればこれほど心強いことはないでしょう。その最強の戦士に次ぐ戦士も、さらにそれに次ぐ戦士も、そうした最強の連なりが全員仲間であれば、おそらく負けることはない。しかし、現実はそうはいかない」
「戦士はいつかは、自分より強い相手と当たる、という話でしょうか」
「そうです。そしてそのいつか、というのは意外と来るのが早い。大抵は、【独立命撰特務】に入隊する前。またはその直後。言わずもがな、世代最強を決める御前試合か、入隊後の先輩との手合わせです。前者はともかく、後者で負けないことはそうはない。一人、二人と先輩に打ち勝ったとして、最終的に出てくるのは小隊長です。最強とは名ばかりとなってしまっている強者の集合体である【独立命撰特務】の中で、四人の小隊長だけは確実に別格。つまり、全員一度はここで挫折するんですよ」
「それは、当然でしょうね。小隊長は全員が皇帝を守る盾として数えられています。つまりは、人間の枠を超えている」
「はい。ですが、ここはまだ大丈夫です。なぜなら、所詮は試合、手合わせ、訓練。自分たちの味方であり、先輩であり、上官です。負けたとて、ただ現実を思い知るだけ。敗者は甲斐甲斐しく慰められ、称えられ、向上の糧とするよう激励される」
ムーベフは唇の端を痙攣させ、呟いた。
「――反吐が出る」
バーヲはそれに反応ができなかった。先ほどまでの丁寧な口調とのあまりの落差に、本当に本人が言ったのかと困惑したからだ。
それを見てムーベフは手で口元を隠すと、また先ほどまでの口調に戻った。
「いや、失敬。少し口調が荒くなりました。要するに何が言いたいかといいますと、その後の彼らがどうするのか、を私は重視しています。奮起するのか、それを許容するのか。私としては、小さくまとまらず即座に再戦を挑むくらいの負けん気が欲しいですね」
嘘だ、とバーヲは思った。先ほど吐いた毒に比べて、なんと言葉が薄っぺらいことか。ぺらぺらの言葉遊びを行うのが本職であるバーヲからしてみれば、本心は別にあることは火を見るよりも明らかだった。
そこでどう攻めるか。バーヲは悩むが良い案はすぐには出てこなかった。そのため、自分がやられて一番嫌なことをすることにした。
「つまりは、実際に最強であるほどの実力者か、最強を目指して走り続ける求道者のような戦士がほしいんですね。わかります。小さくまとまっている戦士ほど見ていて退屈な事ってないですよね。やっぱり求めるは最強! それでこそ【独立命撰特務】ってなもんですよ!」
横を歩きながらにこにことムーベフを見上げるバーヲ。それを見て、ムーベフは再び溜息を吐いた。
「はぁ。流石は広報官といったところでしょうか。意図を捻じ曲げられることほど腹が立つことはないということをよく知っていらっしゃる」
「なんのことでしょうか。僕が誤って解釈してしまったということですかね?」
「いえ。私の言い方が悪かったのでしょう。申し訳ない」
そう言って頭をさげるムーベフ。バーヲはそれに慌てた様子の仮面を被って対応する。それを理解しているムーベフもそれを指摘することはない。
頭を上げたムーベフは、少し楽しそうに口元をほころばせていた。そして、虚を突かれたバーヲに問う。
「今の自分では絶対に勝てない相手と相対したとき、どうすべきでしょうか」
「逃げる、とか?」
「背後にはあなたが守るべきものがあり、逃げたくない場合は?」
「時間を稼ぐのはどうでしょう」
「味方の援軍は望めず、敵の増援が来そうである場合は?」
言葉に詰まったバーヲに向かってムーベフは断言した。
「【独立命撰特務】にはそうした状況が発生し得ます。そして、私はそうした状況で戦うことを選ぶ戦士が欲しいのです」
「勇敢な戦士ということですか?」
「勇敢なだけではいけません。戦って、勝つ戦士が欲しい」
「勝てないのではないですか? 勝てない状況で、勝つ戦士ですか?」
矛盾している。そう思ったバーヲに対し、ムーベフは首を振って否定する。
「今の自分では勝てない、です。そう、今の自分では。ならば答えは簡単です。その戦いの中で、今の自分より強くなればいい」
「戦いの中で成長しろ、ということでしょうか。よくある英雄譚のように」
「成長しなくても構いません。ただ強くなればいいんです」
バーヲは戸惑った。非常に理知的に感じていたムーベフの印象とはかけ離れた根性論のように感じられたからだ。
そのため、否定はよくないと感じつつも口にしてしまう。
「でもそれは、難しいでしょう。現実的ではない。実戦で発揮できる実力は稽古以上のものは出ないとよく聞きます」
稽古場では木剣を真剣のように構え、戦場では真剣を木剣のように振るう。そうした格言がある流派には存在する。鍛錬は常に本気でやり、鍛えた実力以上のものを実戦で出すことはできない、という意味だ。これは戦士以外でもよく引用される言葉であり、実際にバーヲも日々実感している。失敗という恐怖、衆人環視の緊張、目に見えない圧力は無数にあり、本番では実力を出し切ることすら難しい。
だが、ムーベフは足を止めてバーヲを見つめた。
「難しいのは確かでしょう。ですが、不可能かといわれればそうでもありません。なぜなら、人は皆最初は何もできなかったのですから。しかし、様々なことをできるようになっているのですから。つまりは、人にはできなかったことができるようになった瞬間があるのですから。後はそれを、戦っているその瞬間に持ってくればいいだけです」
簡単な話でしょう。そう言わんばかりに視線を切り、ムーベフは目の前の扉を開けた。
そこは碧雲隊の休憩室であり、中には一人の胡散臭い笑みを浮かべた男が椅子に座って休んでいた。
「ルヴィケス。取材だ。時間を作れ」
「取材? おっと、これはバーヲ広報官殿ではないですか。碧雲隊の休憩室へようこそ。手狭ですが、椅子にでも」
バーヲは言葉に詰まった。バーヲは相手の顔と名前は知っていたが、実際に話すのは初めての相手のため、自己紹介もしていないのに名前を呼ばれて動揺したのだ。
六人目、碧雲隊専属調査員ルヴィケス。
その胡散臭い笑みを前に、バーヲは思わず唾を呑みこんだ。
しかし、怯んでばかりもいられない。ずっと探していた専属調査員が目の前にいるのだから、ここを逃がす手はない。バーヲは一礼して立ち去っていくムーベフに礼を返し、進められた武骨な木の椅子に腰掛けた。
手帳を開くバーヲの手元をルヴィケスが覗き込んでくる。驚いて思わず身を引いたバーヲに対し、ルヴィケスは愉快そうに笑った。
「失敬、見てはならないものでしたかね」
「ああいえ、別に碧雲隊の皆さんであれば問題ありません。少々驚いて、つい」
「それは重畳。他の人がどんな回答したか気になってたんですよ。見せてもらっていいですか?」
「ど、どうぞ。走り書きのため読みにくいかもしれませんが」
対面から覗き込んでくるルヴィケスに苦笑いしたバーヲは、ルヴィケスが取材の目的を知っていることに気付いた。だが、最初に取材をしてから三週間も経っているため、他の人から聞いたのだろうと納得する。
そんなバーヲを気にせずにルヴィケスは楽しそうにした。
「へぇ! これは凄い。ムーベフから本音を引きずり出したんですか。さすがは歴戦の広報官。何年目でしたっけ? 六?」
「五年目です」
「優秀ですね。しかし困ったでしょう。彼、堅物な割に夢想家なんですよ。勝てない相手に勝てって、そんなのは普通は無理ですよねえ」
「あはは、でもそのくらい夢のある話も良いと思いますよ。何と言ったって、【独立命撰特務】なんてのは戦士の目標、市民の英雄、すべての帝国民の憧れの的なんですから!」
「その割には最近は質の低下が目立ちますけどねえ。どう思います? 率直に。もっと圧倒的に強かったら仕事がやりやすいのに、って思いません? 広報官として」
「そんな失礼なこと考えていませんよ。ただ、もう少しお行儀よくしていてほしいとは考えていますけど」
「そこは申し訳ありません。この前も碧雲隊の隊員がご迷惑をおかけしました。なにとぞご容赦頂きたく」
「良いんです良いんです。お互い様ですから。他の隊だって問題は起こしていますし」
「ああ、やっぱりそうですよね。二月前の帝都の事件、あっちは耀華隊でしょう?」
「わかりますか? あ、いや今のはなしでお願いします。黙秘します」
「おっと失礼。聞かなかったことにします」
想像していたよりずっと話しやすい。バーヲがまず抱いた感想がそれだった。曲者だという噂は聞いていたため、会話も儘ならないのではないかと戦々恐々としていたが、そういった方向に気難しいわけではないらしい。そのことが、思わずバーヲの口を軽くしていた。
「それにしても、月報に碧雲隊ですか。私はてっきり朱顎隊の方に行くのではないかと思ってましたが」
「へえ、何故ですか?」
「国軍からの依頼なら、三位より二位の方が見栄えが良いですし、何より今年朱顎隊が第一任命した彼、百年に一人の逸材だって話じゃないですか。帝国民に受けが良いのは絶対にあっちじゃないですか?」
「あー、なるほど。まあでも国軍との結びつきは碧雲隊の方が強いですし、その新人さんは所詮まだ新人ですからね。いくらか実績が詰めた頃にばーんと出した方が見栄えが良いと考えたんじゃないでしょうか。大形新人大活躍! ってな感じで」
「じゃあ冥弓隊の方が大人しいのもそれを狙ってですかね。ほら、第二任命の彼女。本来ならもっと話題になるべきでしょう?」
「彼女はどうなんでしょうね。報告書見る限りまだ大人しくしてそうで、朱顎隊のように積極的に手柄を挙げさせようとはしてないようですけど……」
「まあ新人の扱いは小隊長の采配次第ですからね。耀華隊も毎年恒例、秘密の新人歓迎会やってるんでしょうし。お金をぱーっと使って。羨ましい」
「あれを経費で落とそうとしないでくれて助かってますけどね。それはそれとして羨ましいです」
しかし、すぐに気づく。まるで自分が取材されているかのようだ、と。相手の望む情報を引きずり出されているようだと。
バーヲが思わずルヴィケスの顔を見ると、ルヴィケスは相変わらず笑顔を張り付けたままだった。ただ、バーヲの視線に気づくと、悪戯はおしまいとでも言わんばかりに肩を竦め、椅子の背に体重を預けた。
「話が逸れましたね、本題に入りましょうか」
「それ、取材する僕側が言うべき台詞ですね」
「バーヲさんはどう思います? 碧雲隊の新人について」
「ルヴィケスさーん」
「冗談です。どうぞどうぞ。何を聞きたいんでしたっけ」
「あなたがどんな戦士を求めているかです」
思わず半目でルヴィケスを睨む。だが、バーヲの視線などに痛痒は感じないようで、ルヴィケスは変わらない表情で答えた。
「ああ、それなら簡単ですよ。私は無名の英雄を求めています」
予想のしてなかった単語の連なりにバーヲは言葉に詰まった。だが、ルヴィケスはそれ以上言葉をつづけようとしない。ならば説明を引き出すのはバーヲの仕事であり、黙って居続けるわけにはいかなかった。
「無名の、英雄ですか」
「ええそうです」
「有名な英雄じゃ駄目なんですか?」
「あくまで理想の話ですよね? だったら無名の英雄が良いです」
バーヲはほんの少し考え、すぐに納得した。
「あっそうか。そりゃそうですよね。有名だったら他の隊との取り合いになっちゃいますもんね。そりゃ無名な英雄の方がいいか」
しかし、ルヴィケスはバーヲの言葉に頷くことはなかった。ただ楽しそうに笑いながら無言でバーヲを見つめてきていた。
試されているとバーヲは感じた。測られていると。その答えは間違っている。お前にこの言葉の真意は掴めるのか。そう問われてるとバーヲは感じた。
バーヲはその視線に言葉に詰まり、頭を振り、思考を切り替える。
気になる点はあった。ルヴィケスは無名な英雄ではなく無名の英雄と言った。これは表面上の意味は同じだが、含む意味は僅かに異なる。一番重要なのは、主体がどこにあるのか。
しかし、それを手掛かりに思考を続けても、その先に何かが見つかることはなかった。バーヲはしばらくの間無言で指を絡ませていたが、やがて諦めて両手を上げた。
「降参です。教えていただけませんか? 無名の英雄とは、何を差すのでしょうか」
ルヴィケスはその素直さに小さく笑った。そして、答えが分からず口惜しそうなバーヲに問いかける。
「英雄が有名になるのは何が必要かわかりますか?」
「実績」
否定。
「華やかさ?」
否定。
「報道、逸話、大衆の興味」
否定。否定。否定。
ルヴィケスは答える。
「英雄が有名になるのに必要なのは、圧倒的な悲劇です」
バーヲは納得した。そして、ルヴィケスが何を言いたいのかもわかった。
「英雄がやるのは基本的には後始末です。誰かが何かが引き起こした悲惨な現実を少しでも良い方向へと変える行為です。ですが、それは既に手遅れなんです。誰かの涙は既に流れている。誰かの血は既に流れている。そして、だからこそ人は悼み、感動し、称えるのです。それを解決し、良い方向に導いた存在のことを、英雄と」
であるならば。バーヲは思わず口を挟んでしまう。
「つまり、ルヴィケスさんはこう言いたいんですか? 有名な英雄とは、事件を未然に防げなかった無能だと」
ルヴィケスは苦笑する。
「そこまでは言いませんよ。ですが、思いませんか? 英雄と呼ぶに相応しい力を持つならば、そんなものが起こる前に解決してほしいじゃないですか。誰かを悲しませる事件が起こる前に。誰かが現実を諦めるその前に。どんなに強大な相手がどんな複雑な策謀をどれだけしっかりと準備して万全の態勢で進めようとしていようと、それらが動き出す前にその身一つで粉々に砕いてこそ、英雄足ると、そう思いませんか」
それは理想論だ。バーヲは反論しようとして口を閉ざす。バーヲはここに議論をしに来たわけではない。ルヴィケスの話を聞きに来たのだ。
しかし、バーヲはルヴィケスの目を見てぎょっとした。その目は爛々と輝いていた。まるで、何もわかっていない幼子が【独立命撰特務】を夢想するときの目だ。興奮と、期待と、尊敬。そんな幼さすら感じる無邪気な目つきで、世間知らずな妄想を語る。
「そして、そんな英雄には自分が為したことを誇らないでほしいですねぇ。名乗らないでほしい。喧伝しないでほしい。そんな悲劇の芽を摘むのは朝飯前だと言わんばかりに、颯爽と現れて、颯爽と救って。それが当たり前であってほしい。何かが起こる可能性があったのだと、被害者にすら気づかれないほどに鮮やかに片付けてほしい。そして、そのせいで無名であってほしい。それが私の理想。それが――無名の英雄です」
ルヴィケスは腕を組んで自分の言葉に納得したかのように何度も頷いた。
勢いに気圧されつつ、なんとか頷くバーヲ。
「そ……それは、確かに居たら最高ですね。至上の実力と類い希な頭脳と頭抜けた先見性。それらを良識をもって振るう戦士。まさに【独立命撰特務】にぴったりです」
「でしょう。だからずっと探してるんですよ。でもなかなか見つからなくてですね。なぜならほら、本物は決して名前が広まらないはずなので」
ルヴィケスは少しだけ机に身を乗り出す。そして、じぃっとバーヲの目をのぞき込んでくる。
バーヲはなぜかその目が恐ろしく感じられ、目を逸らした。そして、ごまかすように言葉を重ねる。
「でっ、でもルヴィケスさんが見つけてきた戦士は皆素晴らしいですよ。彼女らも無名な方ばかり。無名の英雄としての資格を少しは持っているのでは?」
「いやいや、妥協ですよ。仕事なのでね。彼等彼女等はきちんと探せばその素晴らしい実力の痕跡をどこかに残してしまっています。実力がどれだけあろうと、無名の英雄にはほど遠い」
「そ、そうですか。……あの、本当に? 本気でそんなものを探してるんですか? あくまで理想の話ですよね?」
「ん? 何を当たり前のことを聞いてるんですか。もちろん理想ですよ。理想の話です。ですけど、本当にいるなら見つけ出したいんですよ。会ってみたいんです」
バーヲは混乱した。目の前のルヴィケスは本音を語っているように見える。だが、それはあり得ない。なぜなら、ルヴィケスは【独立命撰特務】の専業調査員。最高峰の戦士という人間の限界をもっともよく知る【鐵の篩】の一員。そんな都合の良い存在がいるわけがないと、ルヴィケスは最もよく知っているはずなのだから。
だから、まるで街で有名店の場所を尋ねるかの如く無邪気に訊けるわけがないのだ。
「どこに居るんですかねぇ、無名の英雄は。バーヲさんは心当たりありませんか?」
心の底から、本心から、こんなことを聞けるわけがない。
バーヲはどう答えるか悩み、もごもごと口の中で不明瞭の言葉を転がすと、礼を言って部屋を後にした。ルヴィケスが引き留めてくることはなく、背後からは刺すような視線が向いてくるのを感じただけだった。
少し歩いて夜風に当たり、頬と耳が少しだけ痛みを主張し始めたあたりで、バーヲは少しだけ冷静になれた。
(ひょっとして、からかわれたのだろうか)
振り向いて隊舎の方を見るが、そこからルヴィケスの姿を見ることはできなかった。
だが、バーヲは心のどこかで確信していた。ルヴィケスはあの狂気にも似た理想を本気で追っていると。先ほどの言葉は心からの言葉であると。
なぜなら、最後にバーヲに向けてきた視線。それはバーヲを探るものだったからだ。
明らかに戦いなど知らない、何の実績もない冴えない青年であるバーヲを疑っているものだったからだ。
――お前は、無名の英雄か?
そんなわけ、あるはずがないのに。
扉の向かいの壁に背中を預けるフォフォが呆れたように呟いた。
「そうやって他人をからかうのもほどほどにしてください」
一方、ルヴィケスは楽しそうに笑う。
「人聞きの悪い。からかってなどいませんよ」
「では、本気だと?」
ルヴィケスは肩を竦めた。
フォフォはしばらくの間眉を顰めたままルヴィケスを睨んでいたが、やがて深々とため息をすると、小さな声で囁いた。
「契約を守っているうちは何も言いません。ですが、忘れないよう。あと五年は持ちそうにもありません。おそらく、四年。三年の可能性もあります。間に合いますか?」
「ぎりぎりですねぇ。ですが間に合わせますよ」
「勝算は?」
「四年後なら三割といったところでしょうか」
「……低いですね」
「それくらい大変なんですよ。ま、でも必死にやってます。信じてください。何て言ったって、私の命がかかってますからね」
自身の首をきゅっと手で絞めて見せるルヴィケス。フォフォはそれを見て不快そうに眼を逸らした。
話を切り上げて踵を返すフォフォの背中に向かってルヴィケスは声をかける。
「ですが、隊長もお忘れなく。私ができるのは人を集めるところまでです。最終的には」
「わかってます。私たちが実行して、勝ち取るんです。【独立命撰特務】の、序列一位を」
フォフォは振り返りもせずにそのまま立ち去ると、薄暗い廊下で自分にだけ聞こえるように呟いた。
「そうしなければ、私の野望は果たせない」
その背後では、ルヴィケスが楽しそうに笑っていた。




