第五話「隊が求める人材は?」①
一分隊四人。六分隊で二十四人。それに小隊長、闘技指導員、魔術指導員、健康管理官、専属調査員を加えて三十人。小隊四つで百二十人。それが、一般的な帝国民が認識する【独立命撰特務】の人員だ。
しかし、実はその認識は誤りだ。世間には認知されずとも、【独立命撰特務】所属として働いている人員は存在する。
百二十一人目。名前だけ特務。無色小隊隊員。選ばれてないのに勝手に入ってる奴等。口だけ野郎ども。
少し詳しい帝国軍の好事家にはそう蔑まれる彼らの役職は、広報官、という。
広報官の仕事は、【独立命撰特務】の仕事内容を広く国民に伝え、少しでもその印象を良くすること。権力を持ち、横暴で、武力ですべてを解決しようとする。そんな誤った認識を持たれないよう、少しでも正確な情報を発信すること。
それが現状上手く行っているかと言われれば、そこそこ上手く行っていると言える。だが、その裏には広報官たちの血を吐くほどの努力があることを忘れてはならない。
例えば、とある小隊が新人の腕試しのため、避難誘導もなしに帝都で大規模な魔術をぶっ放したとする。結果として人的被害は出ず、一揃いの机と椅子が壊れたただけだったとする。そうした場合に、被害を被った持ち主に弁償して万事解決となるのか。
答えは、ならない。一歩間違えれば帝国民に被害が出ていたのだから、その正体不明の攻撃をしてきた相手は捕獲したと報道しなければ市民の不安は晴れない。その攻撃も事前に察知していたことにしなければ目撃証言と齟齬が生じる。国防のため詳細は控える、という便利な言葉は、しかし、乱発していれば不信感に繋がるため、嘘は最小限に良い感じに脚色しつつ、勘の良い市民に違和感をもたれないような広報を行う必要がある。
しかも、これはあくまで一例である。こうした事例は年に十件程度は発生する。
「まあ口封じやら賠償金やらが一番大変なのは冤罪での誤認逮捕だから、そっちが頻繁に発生しない限りは赦せるんだけどね」
「去年のは、大変でしたねぇ。相手が話の分かる方でよかったですよ本当に」
「あれはまた極めて特殊な事例だけど。分隊一つ返り討ちにして、その実績引っ提げて【独立命撰特務】入りだから。私も長いこと勤めてきて初めてだよ」
「……あの噂、本当なんですかね。どっかの小隊の専業調査員が暗躍してたとか。だとすると、獲ろうとしていた碧雲隊か、朱顎隊か」
「しっ。滅多なことを口にするんじゃないの。私たちはそういう噂を磨り潰す側なのだから。真実かどうかは関係なしに、お口は堅く」
「沈黙を愛せ、ですね」
「その通り」
目の下に隈を作り、掠れた声でそう会話するのは広報官のチョメドとバーヲだ。激務による疲労の色が全身から滲み出ているが、これでも今は比較的余裕のある時期であり、証拠にこうして雑談をしながら茶を飲む時間がある。
彼らの疲労が濃い理由は大きく分けて二つ。一つは初動対応の重要さから、非常に不定期な勤務となっているため。休日でも深夜でも問題が発生したら即座に職場に飛んでこなければならないという状況は、非常に不健康で不健全だ。もう一つは、年末の大仕事とも言える各小隊の実績集計を終わらせた直後のため。各小隊から送られてきている膨大な量の報告書を捌きつつ、辞書のように分厚い評価基準書と睨めっこして採点する作業は、毎年のことながら凄まじい重労働なのだ。
「碧雲隊といえば、ついに今年は序列上がりましたね。耀華隊を抜き返しましたよ」
「去年は新人の活躍が目覚ましかったね。実績の集計をしていて驚いたよ。御前試合から獲った子って、若いだけあって一年目から大活躍ってことは少ないんだけども。碧雲隊としては、嬉しい誤算といった感じかな」
「長年頭を悩ませていた人手不足が良い方向に働いた形ですかね。新人も積極的に働いて、それがしっかりと実績になって。まあ今年も三人辞めて定員ぎりぎりみたいですけど」
「どこの小隊も、悩みは尽きないねー……」
人手不足で喘いでいる碧雲隊のみならず、他の隊も多かれ少なかれ問題を抱えている。耀華隊は小隊内での派閥争いが激しく、朱顎隊は不良隊員の焦げ付きが顕著で、冥弓隊は対象とする事件の選り好みが課題。いずれも今は問題なくても将来的には大問題となりうる爆弾であり、その点、ゆっくりだが改善傾向にある碧雲隊は、二人の目から見ても良くやっている。
と、そこでチョメドが手を叩いた。その音にバーヲは仕事の予感を感じ取り嫌な顔をするが、チョメドは気にせずに切り出した。
「そういえば、今月の月報、序列の上がった碧雲隊の特集するようにってさ」
「どこからのお達しですか?」
「軍務省の偉い人」
「派閥は?」
「国軍」
「ってことは、褒めろって話ですね?」
「九十五点」
チョメドはにっこりと笑う。バーヲの勤務も五年目となるため、ここら辺の力関係は可能な限り詳細に把握していてほしく、少しだけ辛口に点を付けた形だ。
バーヲは頭を掻きつつ、脳内の記憶を浚った。最も重要なのは、小隊長がどこの後援を受けているか。冥弓隊は帝枢統理院と教導院と禁軍、碧雲隊は国軍、耀華隊は国土造成省と商会団、朱顎隊は地方翼賛会と――。
「あ、朱顎隊も絡めて褒めとけって話ですかね。朱顎隊のララルトゥーリさんも国軍の出ですもんね」
「百点あげよう。まあそっちはそこはかとなくでいいよ。変わらず序列二位を堅持する朱顎隊精強なり、みたいな感じで」
「そうですか。了解です」
ふと、焼き菓子をつまむバーヲの手が止まる。
「その口ぶり、僕に丸投げしようとしてません?」
「バーヲ君もそろそろ一人前の仕事をしたいんじゃないかと思ってね。先輩としての優しさだよこれは」
「僕、明日休暇取ろうと思ってたんですよぉ」
「知らなかったのかね? 軍務省では部下の休暇を却下できる。私たちは労働者ではなく軍人なのだ」
「はぁ……これがこの部署が島流しと呼ばれる由縁ですね」
バーヲは愚痴りながらも特に抵抗はしなかった。別に取材することも記事をかくことも嫌いではないし、何よりこの仕事にはやりがいを感じている。不思議なことに、【独立命撰特務】の活躍と帝国内の治安には統計的にある程度の相関が見られる。であれば、【独立命撰特務】が遠慮なく仕事できるよう補助するのまた、治安に対して良い影響があるはず。そう考えているのだ。
脳内で記事を想像し始めつつ、手元の手帳に思い付いたことを掻き散らすバーヲ。
「やっぱり、ファウーゼさんですかね。第三任命なのに大活躍して、美人で愛想がよくて、おまけに恋人がいない。市井の男たちの話題の中心ですよ。それか、今年も取った正体不明の美少女、オウカさんの過去を追う、って感じか。ただそれは少し時間かかりそうなんだよな。どうせそんなに予算も使わせてくれないだろうし、帝都内でなんとかしたい」
「あ、予算はなしで。どこか行きたいなら移動費は自腹でお願い」
「ですよね。だとすると、やっぱり対談形式で……でも人数多いと予定合わせるの大変だから四、五人で……あちこち飛び回ってる実働隊員を捕まえるのは大変かなぁ……隊舎の紹介なんてのは冥弓隊で前やったばっかりだし……」
「褒める感じね。忘れないでね」
「そっかそっか。だから躍進の原動力は、って方向にもっていった方がよくって」
バーヲは手を叩いた。
「こういうのはどうでしょう! 碧雲隊躍進の影の立役者、【鐵の篩】の人の選び方を識る! これは受けますよ! 普段月報を読んでる軍の好事家たちだけじゃなくて、将来的に【独立命撰特務】に入りたい少年少女も知りたいはず! いや、その親御さんや【庵】、荒事をやってる職場の人だって興味があるはずです!」
最高の思い付きに思えた。しかし、何故かチョメドは困ったような顔をしている。それは言うならば、論理的には正解だが道徳的に不正解な解決策を上げた幼子をどう諭すか悩む親のよう。
チョメドは机の抽斗から煙草を取り出して魔術で火をつけると、煙を窓に向かって吹きながら言った。
「まあ、止めはしないよ」
「なんかものすごく含みのある言い方ですね。やめた方がいいならそう言ってくれれば他の案を考えますけど?」
「やめた方が良いわけじゃないんだ。とても良いと思う。というか、碧雲隊以外ならよっしゃ行ってこいって送り出すんだけど」
「碧雲隊だとなんか……あっ」
とこまで行ってバーヲは思い出した。先ほどまで話していた噂を。その噂の対象がどの小隊にいるのかを。
お口は堅く、沈黙を愛せ。そんな言葉が脳内に浮かび上がる。
しかし、バーヲたちの仕事は話すことだ。書くことだ。そのため、沈黙していれば仕事が終わるわけでもない。それに、あくまで噂は噂。噂がすべて真実であれば、その男は十年も務めてないのに百件以上の違法行為をしていることになる。そんなことが事実なわけがない。
チョメドも心配し過ぎていたと反省したのか、煙草を灰皿で捻りながら手を振った。
「でもほら、全然問題ない可能性もあるし、物は試しだ。やってみな」
「大丈夫っすかね」
「問題が出たら、いつものように脚色すればいいんだよ。大丈夫、碧雲隊の小隊長は話が分かる人だから。あ、一応事前連絡は入れておきなよ。実働隊員ほどではないにせよ、彼らも帝国中を飛び回っているから」
「了解です」
バーヲはぼんやりとした不安を感じながらも、とりあえず動いてみることにした。




