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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第四話「討伐する者される者」①

 碧雲隊の作戦室に四人の人間が詰めていた。

 壁に貼り付けた地図を教鞭で叩くのは大柄な男だ。大きいのは上背だけではなく横幅も。衣服がはち切れんばかりの筋肉に、無数の傷が浮かぶごつごつとした拳。何より特徴的なのは顎に埋め込まれつつ露出している金属で、首と顔の傷も合わせて過去に致命傷寸前の傷を負ったことを示していた。

「いいか、お前らこれだけは理解しろ。今日の作戦は訓練ではない。腑抜けたことをしていれば死ぬし、仲間を殺す。新兵だろうかそんな言い訳を聞いてくれる敵はいない。傍から見ればお前らは帝国最強の百人のうちの一人であるし、敵もその気概で抵抗してくる。それを理解したうえで、心してこれからの説明を聞け。聞いて理解しろ」

 この相手が軍の新兵であれば、どすの利いた声だけでたちまち居住まいを正すだろう。だが、相手は新人とはいえ【独立命撰特務】に選ばれるほどの超人。一応まじめな態度を取ってはいるが、脅しが心に響いた様子の人員は一人もいない。

 碧雲隊第五分隊追跡者・ファウーゼ。碧雲隊第五分隊狙撃者・メディエ。碧雲隊第五分隊観測者・オウカ。三人中二人が作戦参加が初ながら、緊張している様子は欠片もなかった。

 男――碧雲隊第五分隊長兼破壊者・ヒノスバ゠リョーエドゥテは予想の範囲内の反応に顎を掻きつつ続けた。

「五日前、ウェイトベオ州州都にて警邏の取り調べを受けていた男が逃走した。当然追跡をかけたが、男は途中で合流した武装集団から援護を受けつつ逃走を続け、三日前に警戒域【絡繰洞穴】へ逃げ込んだ。調査の結果、取り調べをしていた男は指名手配のかかっている【暴鮫の牙】と判明。現在、三十名ほどの仲間と共に【絡繰洞穴】に立てこもっている」

 顔を見回して状況を確認するヒノスバ。三人とも顔に疑問は浮かんでおらず、話についてこれているのが見て取れる。指名手配犯の通り名はともかく、おざなりになりがちな警戒域の呼称まで把握している。二年目のファウーゼだけでなく、一年目のメディエとオウカも同様であることに、ヒノスバは少し安堵した。

「州兵二百で【絡繰洞穴】を包囲しているが、中に踏み込むのは危険と判断して中央に援軍要請が来た。これを我らが碧雲隊が受け、分隊を派遣することが決定した。ゆえに、味方戦力は我々四人ということになる」

 小さくため息を吐く音が一つ。その出所はメディエ。

「何かあるか、メディエ」

「いえ。うちの隊も張りきってるなーと」

「言いたいことは分かる。本来こうした要請を【独立命撰特務】が受けることは少ないからな。だが、我らが碧雲隊はその能力を示さなければならない。新兵の慣らしには丁度いいと、フォフォ隊長は判断したのだろう」

 口を慎めよ、とヒノスバは目で忠告した。メディエもその意図を察して肩を竦めた。

「今回の作戦は【暴鮫の牙】の確保または殺害。その他三十名は無視でいい。勿論、邪魔をしてくることが予想されるため適宜排除する。生死は問わない。……一応聞いておこう。この中に人を殺めた経験がないものは?」

 三人は首を振る。

「え、そういった経験ないのに【独立命撰特務】に入る事ってできるんですか?」

「別に必須じゃないんじゃないか? そういった機会がない人だっているだろぉし」

「いざっちゅう時にそういうん躊躇してまう人もおるらしいで。それの対策、っちゅうよりは確認やろ」

「はー? 自分が殺さなきゃ殺されるときに? どんな聖人だよ」

「というより、狂人に感じますね。いや、自殺志願者なのかも」

「まあ実際血ぃ見たらびっくりするいうんはあるかもしれへん。臭いもするし」

 そう言う三人の目は、しかし、狂気に染まっているわけでもなく、人命を奪うことを軽んじているわけでもない。ただ、やる必要があるならばやるべきではないのか。三人ともがそう信じているという純粋な戦士の目だった。

 ヒノスバが手を上げると他の三人は黙った。そこの教育はしっかり受けていることにヒノスバは満足し、本題に入る。

「作戦は三段階とする。第一段階は侵入。明日の午後から日没にかけて包囲している州兵が陽動をかけるため、日没と同時に北西入り口より侵入し、【絡繰洞穴】の中心部である【亜宮核室】へ向かう。隊列は、破壊者、狙撃者、観測者、追跡者の順とする。道中の敵は速やかに排除。迅速な遂行には観測者の索敵が大きく寄与する。期待している」

 オウカはすっぱいものを食べたような顔をして頷く。

「第二段階は、標的の確保または殺害。侵入に成功した場合、追跡者が部屋の入口を封鎖、狙撃者は索敵者の護衛をしつつそれを援護。標的の確保または殺害は破壊者が行う」

 つまりは、通り名のある指名手配犯の相手はヒノスバ一人でやると言っている。これをファウーゼは手柄の独り占めと受け取って頬を膨らませ、メディエとオウカは自信があるんだなとヒノスバに一目置いた。

 三人の視線を受けつつ、ヒノスバは手短に纏める。

「第三段階、撤退。【亜宮核室】を占拠さえできれば入り口に繋げれば(、、、、)いいだけだが、一応隊列を決めておく。基本は追跡者、狙撃者、観測者、破壊者の順とするが、負傷などの状況に応じて都度指示する。州兵へ【暴鮫の牙】を引き渡した時点で作戦完了となる」

 死んでいた場合も、死体を運ぶ必要があるということ。それを理解してファウーゼは少し嫌そうな顔をするが、ヒノスバはオウカにやらせると手で示す。その音を聞いて今度はオウカが嫌そうな顔をするが、上官に反論する気はないようで、小さく肩を落とした。

「制限事項として、洞窟侵入後は敵に完全に発見されるまでは狙撃者の魔術は使用禁止とする。観測者の古典魔術もだ。会敵した場合は破壊者か追跡者がまずは対処する形となる。また、警戒域の特徴から、発見後はあらゆる方向からの不意打ちが予想される。観測者は常に気を張ること。何か質問は?」

 すっとファウーゼが挙手をした。ヒノスバは発言を許可する。

「いくら警戒域やいうても、十倍の戦力があってすぐに援軍を要請いうんは変な気しません? 裏に何かありそうやないですか」

「裏があるか、という点を考えるのは無駄だ。普段いくら裁量を与えられていようと、我らは隊長の指示があれば動かなければならない。とはいえ、今回に限っては裏はないと考えている」

「へえ? 純粋に勝てないと?」

「どちらかというと、戦力の損耗を気にしているのだろう。警戒域というのは基本的に物量攻めがし難い。その中でもとくにし難い【絡繰洞穴】なのだから損耗が気になるのは仕方はないだろう。それに、何より頭目が名ありだ。ファウーゼ、舐め過ぎるなよ」

「あらら、こわいわぁ」

 その笑みと一緒に張り付いているのは、恐ろしいほどにみなぎる自信だ。それが決して過分なものではないことを一年と少しでヒノスバは理解していたが、しかし、それでも通り名がついているというのは別の話。ヒノスバはファウーゼがつっかけないよう注意することを再確認した。

「んじゃ俺も」

「いいぞ、メディエ」

「魔術禁止ってのはどの程度すか? この義足とか常在魔力で動かしてるんで、それもなしってなると結構きついんすけど」

「常在魔力の範囲での魔力操作は可とする。それ、機械仕掛けじゃなかったのか」

「お、珍しく分隊長の情報収集不足すね。これはただの鉄の筒です。ほら」

 そう言ってメディエは革帯を外して見せた。確かに、中は空洞であり、魔術なしではつっかえ棒以上の役割は果たせないことは明白だった。

「すまんな、まだお前らの情報は完全には頭に入っていない。が、戦闘に関しては完璧だから安心しろ。というより、それ、隊靴はどうするんだ?」

「ちょっと大きめの貰って嵌めこみます。特注品っすね」

「履けるならいい。他には?」

 そっと手を上げるオウカ。

「あのー、死体の運搬は私って話みたいですけど、生きたまま捕獲できた場合は?」

「その場合もオウカだ」

「こんなか弱い女子にですか?」

「トドイ闘技指導員から聞いているぞ。この前ダウビンナさんを締め落したとか」

「あれは無手で組んでる状態から始まったからですよ……」

「なら安心しろ。武装解除は完璧にしてやる」

 オウカは複雑そうな顔をしてまた肩を落とした。決してできないとは言わないところに、また彼女の人柄が出ていた。

 ヒノスバが改めて見回すが、他に質問は無いようだった。それを確認すると、ヒノスバは地図を丸めて宣言した。

「目的地までは馬車への移動となる。正午に隊舎前に再集合するように。では、解散」

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