第三話「一撃、彼方より」⑤
会議室を出て中庭へと移動する途中、ルヴィケスは振り返らずに呟いた。
「そもそも、現状の御前試合ではまともな観測者を見つけるのが難しい。そう思いませんか?」
その問いに対し、フォフォは頷く。それは常々感じていたことだ。フォフォや碧雲隊だけではなく、【独立命撰特務】全体の課題ともいえるもの。
「御前試合の戦場が狭すぎますからね。基本的に、互いが互いを認識した臨戦態勢から戦闘が開始します。それでは、索敵・発見・先制攻撃を主とする観測者の役割が果たせない。観測者という役割は形骸化し、狙撃者の補助火力となってしまっているのが現状です」
「狙撃者の射程が軽んじられているのもそのせいじゃな」
「……だからこそどの隊も苦労している。観測者と追跡者の獲得は」
フォフォに続き、スンダッギとムーベフも口を開く。その回答にルヴィケス
「はい。でも観測者の役割は索敵なんです。敵よりも先に敵を発見し、有利な状況から先制攻撃を加える。これができないものは、索敵者としては使えない」
「それが、オウカだと? 討伐式でそれを示したと?」
「討伐式だけでは足りませんけどね。砂漠で水を見つけるのと、森の中で目的の木を見つける能力は、また違う」
中庭に出て、ルヴィケスはしかめっ面のムーベフの方を振り返った。
「ムーベフ。今日はうちの第三分隊が帝都にいるはずです。その中から一名、名前を上げてください」
「何をする気だ?」
「オウカがここから見つけます。あ、安心してください。第三分隊の面々にこのことを話したりはしてません。ずるはしてませんよ」
ムーベフはルヴィケスを睨んだが、疑ってはいなかった。そうした手を打つのは入れる前の話で、入れた後に騙す意味はない。ルヴィケスの性根を嫌というほど理解しているムーベフは、溜息を吐きながら呟いた。
「ダウビンナ」
「オウカ、やってやりなさい」
「いや、流石に名前だけでは……」
その困ったような表情を見て、ムーベフは確信する。オウカはダウビンナのことを知らないし、ルヴィケスからなにも聞かされていない。下手すると、今日こうなることすらも聞かされていない。
少しだけ哀れみを感じつつも、ムーベフは早口で付け加える。
「ダウビンナ。二十五歳男性。金髪茶目、中肉中背。顔立ちは一般的な帝国風、武器は鎖の長い鎖球と鋼鐵製の大楯。追跡者」
「見つけました」
「発音に少し……なんだと?」
「たぶん、ですけど、はい。見つけました」
そう答えるオウカはげんなりとした顔をしていた。そしてそこに不安の色はない。誇っているようでもない。やれと言われたからやったが、これからいちゃもんつけられるんだろうな、とでも言わんばかりの、げんなりとした顔。
やってのけた人間の態度。だが、それはあり得ない。一流の魔術師が音や光を拾おうとしたとして、せいぜい帝都全体の四分の一の範囲が限界だ。感知系闘技を使ったとしてもそれは同様。そもそもとして、帝都は広すぎるのだ。そのうえ、今は丁度昼前という時間帯であり、住民の活動が最も活発になる時間帯。拾い集めたその音や光は、少なく見積もっても数十万人分。その中から一瞬で目的の物を見つけ出すことなど人間には不可能だ。
そもそも、音を拾うというのが事実であれば、ダウビンナが出した音を特定する必要がある。しかし、ムーベフはまだ音に関する情報を出していない。見つけられるわけがないのだ。聞き分けられるわけがない。
絶句するムーベフに対し、一早く衝撃から立ち直ったフォフォが口を開く。
「根拠はありますか?」
「えっとですね、碧雲隊の長靴って結構特徴的な音がするんですよ。金属製の靴の中でも、かつかつ、じゃなくて、くつくつ、って感じで。しかもただ立っているだけで砂と擦れる音が結構響くんです。で、そんな足音の中で、一緒に鎖が擦れる音をさせている人って、今は一人しかいなくてですね」
ムーベフが碧色の長靴で地面を叩き、横のリンが銀色の長靴で地面を擦ってみる。だが、当然違いはわからない。
「なるほど。で、ダウビンナは今どこに?」
「帝都の南の端っこの方で、正確な場所を表すのは難しいんですが、多分飲食店の室内……いや、外の席に座ってますね。水音、湯が沸く音、刃物の音は少な目、炒め物をしてる音もしなくて……茶屋ですかね。隣が、本屋と、両替商。向かいは武具屋だと思います」
「喫茶フーデングーブ! あそこのお茶美味しいんすよ! おまけにつけてくれる練り菓子の甘さと苦さが絶妙で!」
涎を我慢しながらはしゃぐトドイに対し、フォフォとムーベフは押し黙った。不可能だという直感に反し、やはり嘘を言っているようには見えない。
ルヴィケスは複雑そうな顔をしているオウカの肩を叩く。
「では答え合わせと行きましょう。オウカ、撃ちぬいてください」
「え……本気ですか? この距離だとあれしか届かないのですが」
「大丈夫です。相手も同じ【独立命撰特務】。不意打ちくらい防いでもらわなければ、そのまま解雇ということで」
フォフォの方へ救いを求めるオウカだったが、フォフォは止めくれなかった。ムーベフも同様。スンダッギも、トドイも期待の視線をオウカへと向けている。唯一、リンだけは嫌そうな顔をしていたが、発言する気はないらしく、背中を丸めて黙っていた。
オウカは小さくため息を吐くと、知らないですよ、と呟いて胸の前で手を組んだ。
「悪魔の手が撫で陽を浚い」
瞬間、世界が昼から夜に反転した。そう表現するのがふさわしいほどの暗闇に包まれた。
「窪みに滞った灯が跳ねる」
そして、ぽっと灯が灯る。その中心はオウカが組んだ手の中。そこから白い光が漏れ、周囲の人々の顔を照らす。
「覆うは秘、穿つは氷」
オウカはその手をゆっくりと顔の前まで持ち上げると。
「晴天哭哭、影を討て――【帷墨閃華】」
そう詠唱し、手を開いた。
花が咲くかのように。ふわり、と。
直後、闇は晴れ、風景は戻って来た。しかし、先ほどまでとは異なるのは、南の方向に眩い光の柱が突き立っていることだ。昼間だというのに誰の目からもはっきりとわかるほどの眩い光が。
皆がそちらへ目を奪われていると、ほどなくそれは止まり、中庭は不気味な静寂に包まれた。
フォフォが楽しそうな顔をしている老人の方を振り返る。
「スンダッギ」
「【欣盟訳書】には乗っ取らん古典魔術じゃな。確か、【戦争における古典魔術】に載っている魔術じゃ」
「それ、去年まで禁書扱いじゃありませんでしたか?」
「今年からは解禁されておるの」
フォフォがルヴィケスの方を睨むと、オウカも同様に眉を顰めて顔を向けていた。しかし、オウカはフォフォに見られていることに気付くと、その怒りを押し込めて愛想笑い浮かべる。その様子からおおよその状況を察したフォフォはそれ以上追及することは止めた。
それに対して肩を竦めるルヴィケス。
「オウカは不器用だったので、弓も魔術も駄目でしてね。ですが、苦肉の策として古典魔術を与えてみたらこの通り。相性が良かったみたいで有用なものをいくつか覚えてくれました。高い録音機を用意した甲斐がありましたよ本当に」
納得しつつも、物言いたげなフォフォとムーベフに対し、トドイが勢いよく挙手をする。フォフォが発言を許可すると、トドイは能天気な表情で疑問を浮かべた。
「あの、今のって古典魔術っすよね? むにゃむにゃ詠唱が必要なやつ。それ、有りなんですか?」
「有り、か、無し、かで言えば当然有りです。有用だからこそ、入隊後の座学で一通りの古典魔術とその対処法を叩きこんでいるのですから」
「でも現代魔術以外は結局誰も戦闘中に使ってないじゃないっすか。オウカさんの主要な攻撃手段がそれでいいんですか? 合格?」
「古典魔術を戦闘中に使用しないのは使っている暇がないからです。つまりは、戦闘中でなければ話は別です。例えば、戦闘終了後。または、戦闘が始まる前」
「あ! ああー! じゃあ観測者だけは、許されるってことっすか! 観測者の主な仕事は戦闘を始めるまでだから!」
フォフォは頷いた。トドイは正答できことに嬉しそうに飛び跳ねた。
オウカ゠スバッネは、その能力を知れば知るほどに、憎らしいほどに正統派な観測者だった。圧倒的な索敵範囲と、その索敵範囲に見合う攻撃射程。攻撃の溜めは長いが、射程の長い攻撃手段であればそれも当たり前のこと。ルヴィケスとの会話の内容から推測するに、もう少し短射程の攻撃も持っていそうであり、また、最低限の近接格闘もできる。
(あとは、索敵能力が本物かどうかですが……)
フォフォが考え込んでいると、ばたばたと荒々しい足音と共に一人の青年が中庭に飛び込んできた。
「ルヴィケスさん! なんなんですかさっきのあれ! 死ぬかと思ったんですけど!」
飛び込んできたのは、碧雲隊第三分隊の追跡者、ダウビンナ。表面が少し溶けている大盾を示しながら、ルヴィケスに詰め寄る。
それに驚いた表情をしているのはオウカだ。足音から近づいてきているのは察していたが、負傷の気配すらまったくないのは想定外だった。しかも、風を切る大盾の音を聞く限り、形状を大きく損なうような破損もない。人間十人くらいならば容易く蒸発する攻撃を、目の前の青年は軽く受け流したのだ。その事実にオウカは思わず見えない目を見開きそうになった。
ルヴィケスはいつもの愛想笑いを浮かべて答える。
「おやおや、やったのは私ではないですよ」
「でもどうせ仕向けたのはルヴィケスさんなんでしょ! ほら! 見てくださいよ! 表面の彫刻が解けちゃったんすよ! 皇帝にこんな助平親父みたいなだらしない表情させていいと思ってんですか! 侮辱罪ですよ!」
「受け損なったあなたが悪いです。もっと腕を磨いてください」
「休憩中だったんですぅ! 被害を机と椅子だけに収めたんだから褒めてください!」
そう言って下手人を探そうときょろきょろ見回すダウビンナ。しかし、見知らぬ顔は一人しかおらず、見目麗しい少女を前に気まずそうな顔をする。
「あのー、この子ってこの前第三任命してた無名の子ですよね。もしかして……腕試しに?」
「察しが良くて素晴らしい。オウカ、このように【独立命撰特務】には頭の回転の速さも必要でしてね」
「フォフォ隊長! この無敵の親父なんとかしてください!」
フォフォはその悲痛な叫びに溜息を吐くと、頭を振って切り替えた。
「ムーベフ、実力のほどは問題ありませんね?」
「まだ信じ切れていませんが、ひとまずは」
「であれば、手続きを進めてください。トドイ、感知系闘技は専門外でしょうが、一旦あなた預かりとします。接近戦の組打ちも叩き込んでください。スンダッギ、魂力の鍛錬計画を組んでください。あと、最低限の基礎魔術と座学もよろしくお願いします。そして、ルヴィケス」
ルヴィケスは楽しそうに笑顔を浮かべている。その背後からは怨念の籠った視線が突き刺さっているが、まったく気にした様子はない。
フォフォはできるだけ感情を押し殺した声で、冷静に。それを宣告した。
「まずはお店に弁償しに行ってきてください」
そして、何かを求めて伸ばされたルヴィケスの腕を切り落とすために斧槍を抜こうとし、トドイとダウビンナに圧しとどめられた。




