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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第三話「一撃、彼方より」④

 この状況を鑑みるに、ルヴィケスは耀華隊に対する妨害工作を全くしていない可能性がある。寧ろ、リューメ獲得のための後押しすらしている可能性がある。ルヴィケスであればやりかねない。フォフォは一連のルヴィケスの言動を思い出しつつ、その疑念を強めた。

 しかし、結局のところ最終的な判断を下したのはフォフォである。提言は受けつつも、戦略を決定したのもフォフォだ。ルヴィケスの他小隊への妨害工作に期待をしてしまったのもフォフォであるし、絶対に裏があると心の隅で感じつつも万に一つを夢見て手を伸ばしたのもフォフォだ。

 要するに、全ての責任は自分自身にある。フォフォはそれを理解していたため、すべてを呑み込んでその場を収めた。

 だが、理性でそう理解しつつも、感情はまた別である。とくに、涼しい顔をして元凶が目のまえに座っていればなおのこと。

 フォフォは碧雲隊の会議室で深々と溜息を吐いた。

「緊急の招集に対応していただいて助かります。私の誤った判断により、少しばかり緊急の問題が発生しています」

「例の少女のことですね。第三任命した」

「はい。なので、ルヴィケス。まずは申し開きを聞きましょう」

 相槌を打つムーベフの物言いたげな視線を浴びつつ、フォフォはルヴィケスを睨み付ける。それに対し、ルヴィケスはきょとんとした顔で首を傾げた。

「申し開き、とは?」

「……そうですね、言葉選びを間違えました。彼女、オウカ゠スバッネについて、知っていることをすべて話しなさい」

「おやおや、なぜ私に訊くん」

 フォフォが拳を机に叩きつけた。木製の頑丈な会議机に大きな亀裂が入る。リンとトドイが小さく悲鳴を上げ、ムーベフとスンダッギは迷惑そうにルヴィケスを睨んだ。

 すっとぼけようとしていたルヴィケスは口を噤み、これ以上不必要に刺激しないことにした。

「オウカ゠スバッネ。十七歳女性。バーゼヨ州クァイラ郡生まれ、同育ち。犯罪歴なし」

「そこまでは来歴書に書いてあるから知ってます」

「それ以上のことを知りないなら、まあ本人に聞いた方が早いでしょう」

「いえ、まずは貴方の口からですね」

「というわけで本人を呼んであります。オウカ、入っていいですよ」

「話を……って、は? 本人を? 呼んで?」

 フォフォの脳が状況を理解する前に、会議室の扉が叩かれ、恐る恐ると言った様子で一人の少女が入って来た。

 白に近い明るい金髪、少しだけ日に焼けた肌、線の細い小柄な体、しっかりと完全に閉じられた両目。フォフォはそれが誰かを知っていた。オウカ゠スバッネ。昨日、フォフォが任命したばかりの少女だ。来月から碧雲隊に入隊予定の、【独立命撰特務】の隊員。

 フォフォが何かを言う前にルヴィケスはオウカを自分が座っていた席に座らせ、自分はその後ろに予備の椅子と共に引っ込んだ。それを見て、トドイはすべてを理解した。

(先輩、せっこぉ! 丸投げだ! 隊長から怒られたくないからって、被害者に被害者をぶつけようとしてるぅ!)

 呆れて物も言えない様子のムーベフとリンも同じ理解をしたようだった。やや遅れて一瞬だけ眦を吊り上げたフォフォも同様。唯一楽しそうにしているのはスンダッギのみ。

 しかし、ここで声を荒らげるわけにはいかない、とフォフォの理性が働いた。ルヴィケスに上手くやられたのは腹が立つが、目の前の少女に罪はないのだ。無駄に怯えさせる必要はない。

 空咳を一つし、フォフォは落ち着いた声を出す。

「オウカさんですね。昨日は諸事情あり、慌ただしい挨拶となってしまい申し訳ありませんでした。改めて、私が碧雲隊の隊長を務めているフォフォと言います。よろしくお願いします」

「あ、ご丁寧にありがとうございます。オウカ゠スバッネです。あの、ルヴィケスさんに呼ばれてきたんですけど、私に何か話があるとか?」

 高く透き通るような、可愛らしい少女の声。それにフォフォは調子を狂わされつつも、すぐに思考を切り替えた。

 曲がりなりにも、目の前の少女は碧雲隊に入隊予定の戦士。であれば、必要以上に気を使う必要はなく、隊長としていつも通りの態度で接するべき。そうしなければ目の前の少女に失礼であるし、それで折れるようであれば【独立命撰特務】などやってられない。

 フォフォは鋭い眼光をオウカに向けた。

「率直に言います。任命した側が言うのもおかしな話ですが、私は貴女が【独立命撰特務】でやっていける人物なのか疑っています。貴女に関して少しでも多くの情報を求めています。ですので、私の質問に率直に、正直に答えてもらえますか?」

 オウカは少し怯んだようにルヴィケスの方へ顔を向ける。それに対し、ルヴィケスは親指を立てることで返す。オウカはそれが見えてはいないようだっだか、諦めたようにフォフォの方に向き直った。

「お手柔らかにお願いします」

 フォフォはそれに肯定は示さなかった。容赦はしないという意思表示だった。

「では、早速。貴女の両目は見えていませんね? それは生まれつきですか?」

「いえ、生まれつきではありません」

「何か原因があって失明したと? それはいつ頃ですか? どんなきっかけで?」

「丁度、十歳の頃だったと思います。私の家に野盗が押し入ってきて、父母が殺されました。私も頭を強く殴られ、たぶん、その衝撃で失明しました」

 トドイとリンが口元を押さえる。淡々と語られるにしてはあまりにも酷い話だった。フォフォも無表情ながら少し間を置く。

「たぶん、というのは?」

 だが、念のためにと口にした質問に返ってきたのは、予想外の返答だった。

「あの、頭を殴られた後、殺されると思って私も抵抗して、野盗の男と揉み合いになって」

「何度も殴られたり、首を絞められた、とか?」

「いえ、最終的にその男を絞め殺したんですけど、その後、死体に足を引っかけて転んで目を強く打ったので、そっちの可能性もあって」

「……ん? 絞め……? 誰が何を?」

「あっ野盗に関しては私が絞め殺しました。なので大丈夫です。でも、暗闇で襲われたのでどの衝撃で目が見えなくなったかよくわからないんですよね。なのでたぶん、と」

「なるほど?」

 フォフォはルヴィケスに説明を求めて視線を向けた。だが、ルヴィケスは両手でオウカを示すのみ。そちらに聞け、と身振りで示すのみ。

 信憑性を疑われていると思ったのか、オウカは言葉を重ねる。

「父の教えで組打ちの練習はしてたんです! 得意技は足挟みです! 実際、その男を殺した報奨金で三年くらいは生活してました! 本当です! 警邏の人に聞いてもらえば当時の人がいれば証言してくれるはずです!」

「そ、そうですか。とりあえずは信じます大丈夫です、わかりました」

 トドイが横に座るムーベフに囁く。

「あの、殺れば三年暮らせる指名手配犯って、最悪【独立命撰特務】が動くと思うんすけど」

「そこまではいかなくても、十歳の少女が戦う相手ではない。絶対に」

「すよねー」

 一方、フォフォの無表情は崩れ、やや引き攣り始めている。

「では、その後についてお聞かせ願えますか? 具体的には、十七歳になるまでと、なってから何をしてたか聞きたく」

「その後は、目が見えなくなったので、とりあえずそれに慣れるのに一年、普通に暮らせるようになるまでまた一年。そうこうしていたら、親身になって世話をしてくれていた近所の男性が突然求婚して来たので、断ったら家のお金を持ち逃げされました」

 フォフォは閉口する。どこから突っ込めばいいのかわからない。

「で、腹が立ったのでその男の居場所を突き止めて、お金取り返そうとしたんですけど、もうお金全部賭博で溶かしてしまってて、本当に心の底から求婚受けなくて良かったとは思いました。あっ、そこはまあどうでもところですね。それでお金もないので、適当に町で占い師の真似事して日銭を稼いでました。十五までは」

「……それ以降は?」

「ルヴィケスさーん、これって話しても大丈夫でしょうか」

「まあぎりぎり犯罪ではないと思います」

 悩ましげな表情で顎に手を当てるオウカ。その所作は非常に優雅で、儚げな美少女、といった表現がよく似合う。トドイはその落差に頭がおかしくなりそうだった。

「それ以降は、討伐式に参加してお金を稼いでいました。荷運びとして」

「十七の御前試合は?」

「出ていません。遊ぶ暇があるほどお金なかったので」

 とりあえず、見た目ほど繊細な人物でないことはこの場にいる全員が理解した。温室育ちの美しい花というよりは、幾度踏まれようとも折れずに街道を破壊してくる系の雑草に近い。国民の義務である御前試合を平気で放置していることからもその気質が窺える。

 と、そこでフォフォは不意に冷静になった。オウカの短い答えには、不自然な点がいくつもあった。

 まず、討伐式の荷運びはそれだけで生活できるほど稼げない。また、討伐式の荷運びは絶対に合法であり犯罪かを疑う余地はない。そして、ここまでではまだオウカの能力が見えていない。ルヴィケスがこんな手を使ってまで碧雲隊に入れようとした、オウカの特別な能力が。

 その視線に気づいたのか、オウカは困ったように自身の長い髪に手櫛を通した。そう、見えてないのに気づいている。フォフォはそう確信した。

「耳ですね。視覚を失った人は代わりに別の感覚が発達する、という話は聞いたことがあります」

「そうですね。耳は良い方だと思います。目が見えなくなってからはとくに」

「ああ、それを使って荷運びなのに索敵にも参加していたのですね。なるほどなるほど。それで犯罪か気にしたと。討伐式の規則違反ではありますからね、荷運びが間接的にでも討伐に参加することは」

「わぁ。流石は隊長さんです。まさにその通りです」

 オウカはごまかすことを諦めてにっこりと笑った。その胆の太さも、また見た目にそぐわないものだった。

 ムーベフが椅子を揺らして手を叩く。

「どこかで見たと思ったら、今年の秋季大討伐式の優勝した組! その荷運びに居るのを見たぞオウカ゠スバッネ! そうか、それであの組はあの異常な量の獲物を? いや、しかしたった一人で……いや一人そうさせているなら他の荷運びも全員索敵要員だと考えた方が……」

 立ち上がって指を指してきたかと思ったら、そのまま座って考えごとを始めるムーベフに、オウカはどうしようかと悩む。そして、ルヴィケスの方を振り返るが、ルヴィケスは無視しろと言わんばかりに手を振るだけだった。

 フォフォはルヴィケスの方を見る。

「ルヴィケス。オウカを観測者として動かすべきだと、貴方はそう考えていますね?」

「僭越ながら、そのように愚考いたします」

「その実力を証明できるものは?」

「ないですよ。あったらもう少しまともな方法で推薦します」

 フォフォは半目で睨むが、ルヴィケスはどこ吹く風だ。

 ため息と頭痛を堪えるフォフォに対し、ルヴィケスはいつもの嘘くさい笑みを浮かべる。

「ですが、一度入れてしまえばこの手が使えます。実践しましょう。碧雲隊の隊員を相手に。今から」

 それを聞いて嫌そうな顔をしたのは、フォフォ、ムーベフ、リンの三人。トドイとスンダッギは楽しそうに目を輝かせ、オウカは疲れたように肩を落とした。

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