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鐵の篩  作者: 仁崎 真昼
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第三話「一撃、彼方より」③

 秋季大討伐式を終えると、すぐに冬が来る。冬が来れば、夏から少しずつ進んでいた御前試合の地方大会も終了し、帝都にて行われる本大会が始まる。

 御前試合の本大会は例年のごとく盛り上がった。破壊者が地を割り、狙撃者が天を泣かせ、白熱した試合は多数の負傷者を出しつつも、熱狂の中終了した。優勝候補と言われた分隊を打ち破って名声を高めた分隊があり、場違いと言われつつその実力を見せつけた分隊があり、そのすべてを打ち破って見事優勝した分隊があり。その中心人物となった戦士には各小隊から熱のこもった視線が向けられた。

 同時に、様々な噂が飛び交う。赤の小隊は狙撃者不足だから彼を狙う。白の小隊は最も有望な彼女を獲ると宣言した。黒の小隊は相変わらず御前試合の選手には目もくれないらしい。【鐵の篩】たちはそれらすべてを精査し、自分たちが誰を推薦すべきか、推薦できるのか、小隊の戦力を見据えつつ、冷静に可能性に賭けていく。

 一年はあっという間だ。結局、碧雲隊はメディエの他にはまともな候補を見つけることができず、会議室では白熱した会議が繰り広げられた。そして、今年は絶対に三名取らなければならない、という制約から少しずつ候補を絞り込んでいった。

 第一候補に据えるのは、御前試合本大会で準優勝した分隊の破壊者、プッダプーヤ=ツォーレン。単体の実力としては本大会出場者の二番手だが、朱顎隊・耀華隊の狙いとは被らないと判断して狙いに行くこととなった。まだ技術的には荒さが残るが、若さと闘志を見込んでの推薦だった。推薦者はトドイ。

 第二候補に据えるのは、メディエ゠ナイチャンク。ルヴィケスの策謀の結果、耀華隊・冥弓隊の視界に入っていない無名の実力者。本来なら第三候補としたかったが、朱顎隊の破天荒な小隊長が独断で狙いに来る可能性を見据えて第二候補となった。朱顎隊との戦闘で見せつけた実力は第一候補にしてもよいほど。推薦者はスンダッギ。

 そして、第三候補に据えるのは、【天撃】のリューメ゠ワイガエバ。

「これは一つの賭けではあります。ですが、成功した時の旨みがあまりにも大きい。多少の無理をしても狙いに行きます。解呪の目途も立ちましたからね」

 そう最終的に決定したのはフォフォだ。その腹の内にはルヴィケスの暗躍に対するある程度の信頼があったのは否めない。が、第一と第二である程度余裕稼げているため、耀華隊と競合しても勝てるという見込みがあるのが大前提。推薦者のムーベフもその判断に満足そうに頷いていた。

 そして、任命式当日。

 ルヴィケスはトドイと並んで壇上に座る四人の小隊長を眺めていた。

「……予定通り取れるっすかねぇ」

「はてさて。既に候補は絞り切っているとはいえ、まだ口を噤んでおきましょう。どこに聞き耳を立てている人が潜んでいるかはわかりませんから。そうでしょう、ブックスレイさん」

 後ろで椅子を揺らす音が響き、少しした後に荒々しい足音が近づいてきた。

 ルヴィケスが顔を向けると、不快そうに金髪を揺らすブックスレイがルヴィケスを見下ろしてきていた。

「心外ですわね。私があなた方ごときに対して間諜の真似事をしているとでも?」

「いえいえ、そこまでは言いませんよ。ですが、ただならぬ視線を感じたものでね。何か言いたいことでもあるのかと」

「あなたに言いたいこと? 山ほどありますわよ。でも今更言っても仕方のないこと。この溜飲は今日の式の結果で飲み乾すこととしますわ」

 そう言いながら、ブックスレイはルヴィケスとは一つ間を空けて座った。

 トドイは苦笑いしながらルヴィケスに囁く。

「先輩、何したんですか? ブックスレイさんめっちゃ怒ってるように見えるんですけど」

「別に何もしてないですよ」

「何もしてない!? 何も!? へえそうですかそうですわね! 何もしてないんですものね! そりゃあ私がなぜ怒っているかわからないでしょうね!!」

「ぶちぎれてるじゃないっすか。絶対なんかしたでしょ」

「記憶にないですねぇ」

 ルヴィケスはそこまで怒られるようなことをしたか記憶を浚う。だが、あまり心当たりはなかった。強いて挙げるならばブックスレイが新人の頃に助けを請われた際、適当なことを言って大魔王城に置き去りにしたことくらい。結局無事帰ってきているのだから、そう怒ることではないのではないか。ルヴィケスにとっては他小隊の専業調査員など無価値であったため、深く考えることもなく首を傾げた。

 その態度に青筋を浮かべつつ、ブックスレイは三度深呼吸をし、不敵に笑った。

「ま、あなたならば隊長たちの勝負に水を差すような無粋な真似はしないでしょうし、少し早いですけれど勝利宣言をさせていただきますわ。私はあなたの企みをすべて見抜き、最善の提言をしてきました。緑の隊は残念ながら、満足する任命はできないでしょう」

 ルヴィケスは興味無さそうに呟く。

「ほぉ。それは凄い。もしそれが事実であれば、うちの隊長の首が飛ぶでしょう。大変ですね」

「他人事ですわね。その余裕、いつまで続くのやら」

「あなたの戯言を楽しんでる余裕がないんですよ。なにせ、ここから何が起こるかは本当に誰にも分からない。ああ、楽しみですね。任命式はいつも楽しみです。お守りが役に立てばいいんですが」

 ブックスレイは不満そうに爪を噛んだ。だが、それ以上は何も言ってこなかった。

 直後、任命式の会場がしんと静まり返った。任命式が始まったのだ。

 任命式の手順は簡単だ。まず、各小隊長が任命する人物とそれにいくら支払うかを非公開で指定する。それを同時に公開し、被らなければ指定した小隊が任命。被れば、より多く支払うと指定した小隊が任命。支払い額まで同じであれば、支払いを追加するかしないかを同時に指定することを繰り返し、より多く支払うこととなった小隊が任命。任命できなかった小隊があれば、追加で任命する人物とそれにいくら支払うかを非公開指定。全小隊が一人任命できれば一周。これを三週繰り返すだけだ。

 注意すべきは、三つ。一つは、各小隊が支払える総額は決まっており、それは十二枚の硬貨で示されるということ。もう一つは、支払いの確定は任命(、、)ではなく指定(、、)の時点であり、指定が競合して他の小隊が任命することになった場合でも、指定した分の硬貨は支払わなければならないと言うこと。そして、最後の一つは、一枚以上支払えない場合、任命もできないということ。

 要するに、確実に任命しようと一人に多く支払い過ぎれば他の二人に支払える金額は減り、支払いが少なければ競合して負けた場合に丸損となる。そして硬貨を途中で使い切ってしまえば残りの任命はできない。

 フォフォの非常に苦手とする、読み合いを主とする知能戦だった。

(定石どおり、六、四、二の配分で攻めるべきか。……いやしかし、この配分だと第二任命で競合して負けた場合、第三任命を取るには一、一で割り振るしかなくなり、第三任命で弱い駒を狙わざるを得なくなる。三人を必ず任命しないといけない都合上、裏目が大きすぎる。第一任命で被らない自信があるなら、四、四、四の配分が最善か。しかし、冥弓隊は初手六で来るのは例年の傾向から見てほぼ確実。被れば負ける。第一から第三で効果枚数に差がついていない場合、任命した後の隊員の不満となる可能性も……ううう胃が痛い)

 フォフォは無表情を維持しつつ、自身を叱咤した。何をどう悩もうが、最終的な決定を下すのは隊長である自分しかいない。その決定の責任を取るのも、自分のみ。であれば、後悔のしない選択を。そう腹をくくり、一週目の指定をした。

 帝枢統理院の院長が厳かに読み上げる。

「……碧雲隊の指定。硬貨六枚を、プッダプーヤ=ツォーレンに。よって、四小隊被りなし。上記四名を、新たなる【独立命選特務】に認定する」

 その宣言に、観衆が沸き立つ。各所で雄たけびがあがり、新たに任命された人物を中心にうねりが発生する。拝命します、という絶叫にも近い叫びが響き、祝福の歓声が沸く。

 しかし、まだ一周目。壇上の四隊長はすまし顔で次の指定を進める。

(被りなし。やはり事前調査は正しかったか。だとしたら四で済ませるべきだった。いや、これは結果論。まずは希望通り任命できたことを前向きに受け取りつつ、次の手を。四、二、いや、三、三か? 朱顎隊も一週目は六。狙撃者が欲しいはずだし、被るならここ。確実に取るなら、四か。被らないことにかけて、三。冷静に考えなさい。自分のところの分隊をけちょんけちょんにした相手を取りたいなんて思いますか? あの男なら思いそうなのが嫌ですね。でも隊員の反応は、絶対に隊内の空気は悪くなる。それを考慮しない隊長がいますか? あの男なら気にしなさそうなのが嫌ですね)

 フォフォは眉間に寄りそうになる皺を必死に宥めすかし、指定した。

「冥弓隊の指定。硬貨四枚を、リファ゠ウィッカーミョズに」

 ここはフォフォの想定通りだった。相手は冥弓隊以外では任命拒否すると宣言していた筋金入り。相思相愛は無事結ばれた。それだけのこと。

 しかし、次の名前に、フォフォの思考は止まった。

「朱顎隊の指定。硬貨三枚を、メディエ゠ナイチャンクに」

 被った。それも、支払いまで同じ。

 そして、さらにフォフォに追い打ちがかかる。

「耀華隊の指定。硬貨四枚を、リューメ゠ワイガエバに」

(……は?)

「碧雲隊の指定。硬貨三枚を、メディエ゠ナイチャンクに。よって、二小隊、朱顎隊と碧雲隊は硬貨の追加の宣言を」

 僅かな間をおいて、フォフォの背筋にぶわりと汗が流れる。思考がまとまらず、世界がぐにゃりと歪む。

 時間はない。すぐに硬貨を何枚追加するかを宣言しなければならない。慎重に考えたい。だが、第三任命の予定だったリューメは既に耀華隊に奪われ、ここで第二任命まで失敗すれば余り者を二人も入れなければいけなくなる。そのことばかりが脳内で渦巻き、それ以上のことはフォフォは何も考えられなかった。

 フォフォの手は勝手に動き、硬貨の追加を指定した。

「朱顎隊の指定。硬貨追加なし。碧雲隊の指定。硬貨二枚を追加。よって、朱顎隊は新たなる指定を」

 その後、朱顎隊が何枚の硬貨を指定したのか、フォフォの耳には入らなかった。辛うじて、碧雲隊の候補者ではない相手を指定したことだけは理解したが、フォフォは自分の震える手を抑えることで必死だった。

 フォフォの手元に残された硬貨は一枚。これで確実に一人を任命しなければ、碧雲隊は定員を満たすことができず、フォフォは責任を取るしかなくなる。だが、飛びぬけて有力な候補者はもうおらず、次点の候補者たちも有名であり競合の可能性は高い。つまりは、フォフォは詰みかけている。

 フォフォは動揺を表情に出すことだけは押さえ、候補者の推薦資料をめくる。そこに希望などありはしないのに、現実から目を逸らすように手元に目線を落とし、気を落ち着ける。

 しかし、その時、フォフォはあることに気付いた。見慣れた資料の中に、一つだけ見慣れないものがあったからだ。それは前日に確認した時には絶対に存在しなかった資料だ。フォフォが見た記憶は一切ない、一枚の――来歴書だった。

 努めて穏やかな手つきで来歴書を確認する。十七歳。資格あり。犯罪歴なし。資格あり。生まれも育ちも帝国。資格あり。ただし、実績欄は空白。戦闘実績なし。資格、怪し。それだけを確認し、フォフォはそれを混ぜ込んだのがルヴィケスだと確信した。冷静に考えればこんな真似をするのはルヴィケス以外いないのは明白だったが、その来歴書の内容からそうだと推察する程度には、フォフォは平常ではなかった。

 そんな頭で、フォフォは考える。選択肢は三つ。残りの候補の中から妥協できる候補者を選んで指定するか、実力不足の人員を入れるくらいならと腹を切るか、ルヴィケスを信用してこのどこの馬の骨とも知らない候補者を指定するか。

 我欲を通すのであれば、候補者を妥協すべき。隊のことを思うのであれば、腹を切るべき。だが、フォフォは迷った。迷いに迷った。進行を促す院長の咳払いが二桁を超えても気づかず、他の三隊長の視線が集中していることにも気づかないほどに。

 そして、フォフォは決めた。

(ルヴィケス……あなたを信じます! 信じますからね!)

 ルヴィケスに賭けてみることを。

 メディエ以上に全く無名のその候補者は当然被ることなく任命できた。そのため、フォフォはルヴィケスを探すこともせず、他の候補者の挨拶もそこそこに、最後の候補者に早足で会いに行く。まずは目で見て安心したかった。自分の選択が間違いではなかったのだと。まともで、優秀で、ただ実戦に恵まれなかっただけの、奇跡の候補者がそこにいるのだと。

 だが、フォフォはその候補者を見た瞬間、全てを理解した。

 ――ルヴィケスに、嵌められた。

 なぜなら、その候補者は付き添いの老婆に手を引かれて歩いており、その両目は閉じられていたからだ。そして、フォフォの声に反応し、フォフォの肩のあたりに顔を向け、頭をさげたからだ。

 全盲。

 誰が見るより明らかなその事実に、フォフォは膝から崩れそうになり、小さく呻いた。

「ルヴィケスぅ……!」

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