第三話「一撃、彼方より」②
翌日、帝都・碧雲隊会議室。
机を囲うのは、フォフォ、ムーベフ、リン、ルヴィケスの四人だ。
「まずはバーゼヨ州まで遠路の視察、お疲れ様でした。早速ですが、報告を聞きましょう。ムーベフ」
「はい。一級評価候補者、【天撃】のリューメ゠ワイガエバの報告をいたします」
退屈そうに頬杖を突くルヴィケスに苦々しい顔をしながらも、ムーベフは淡々と手元の資料を読み上げた。
「生まれはフルペコ州ヨミゼッティ郡、商家の出ですね。幼少期より地元の射撃競技会で腕を鍛えたようです。御前試合は分隊の人員の実力が伴わず、州大会の三回戦負け。成人すると共にバーゼヨ州に移り住み、未開拓域で狩猟に明け暮れていたようです。二十歳で地元の女性と結婚し、二十一歳の現在、第一子が生まれ、家族三人で暮らしているとのこと」
「結構。腕の方は?」
「少なくとも、旅団長級は確実かと。主な獲物は剛弓。魔術なし、闘技のみですが、一町の距離から兎の頭を撃ち抜くほどの精密射撃が可能です。威力も凄まじく、石の矢じりで錬金鋼の盾を破砕していました。連射能力はさほどでもありませんが、狙撃者として考えれば十分すぎるほどの能力があるかと」
「実際に確認したんですね?」
「はい。秋季大討伐式にて。悔竜の頭蓋を一射で吹きとばしておりました」
「侮竜……準一級外敵指定種相当の竜ですね。なるほど」
ムーベフの報告を聞く限り、実力に問題はなさそうだった。有能な狙撃者と破壊者は何人いても編成には困らない。フォフォは期待に沸き立ちそうになる心を抑え込み、無表情に問う。
「で、例の件は?」
「それが、その」
ムーベフは少し言いづらそうにし、リンの方を見た。リンは背筋を丸めたまま嫌そうな顔をするが、ムーベフに気圧されて口を開いた。
「呪いは、かかってました。おそらく、【瞹釁の呪い】です。一日のうち三度ほど、弓を引く手に力が入らなくなる瞬間があるようです。周期は不定期で、原因も不明との、ようです」
フォフォは眉間を揉んだ。想定するうちの中、ほぼ最悪に近い内容だ。【瞹釁の呪い】は治療法が確立していない。
呪いの治療として一番確実なのは、魂魄から呪いに汚染されている部位を切除することだ。だが、呪いの起点となったできごとが把握できない場合、余計なものまで切り取ってしまうことがある。【瞹釁の呪い】は多くの場合、その起点を特定することができない。無理矢理切除した場合、重要な記憶や技術の喪失、最悪の場合は人格の欠損が在り得る。
だが、一つ気になる点があった。フォフォはルヴィケスの方をもの言いたげな目で見ながら問いかけた。
「随分と具体的ですが、どのようにその情報を?」
ムーベフはルヴィケスの方を睨んだ。ルヴィケスは肩を竦めて答える。
「本人に訊きました」
「本人が、素直に答えたと? この【独立命撰特務】の選考に非常に重要な時期に? 自身の進退が決しかねない情報を?」
「口八丁なら任せてください」
フォフォはリンの方を睨んだ。リンは怯えて視線を彷徨わせつつも、小さな声で答えた。
「ルヴィケスさんが奥さんを脅してました……」
「ルヴィケス?」
「脅したとは人聞きの悪い。持病を隠して入隊した結果、一年で除名処分になって自殺した隊員のことを教えてあげただけですよ。ちょっと誇張はしましたけど、嘘は言ってません」
必死になって震える拳を抑え込むフォフォ。これから仲間となって働くかもしれない相手の家族との関係性を無駄に悪くするなど愚の骨頂。ルヴィケスのことだから考え無しではないだろうが、もし手の届く範囲に座っていたら、もう少し慎重にやれと殴っていた自信があった。
ムーベフが眼鏡を拭きながらため息を吐く。
「一応、奥方は宥めておきました。それほど悪くは受け取られていない、と思いたいですね」
「ありがとうございます。……というか、なぜ秋季討伐式にルヴィケスが?」
「誘ってはいません。着いたら会場にいました」
「個人的な用件です。別に変じゃないでしょう? 専属調査員が戦士の集まる場を見に行くのは」
「貴方以外であればね。それで、他に有望なのはいましたか?」
ルヴィケスはまたもや肩を竦めた。その仕草に苛立ちを隠せないフォフォは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
少しの間、沈黙に包まれた会議室で、ムーベフが空咳をした。
「隊長、その様子だと」
「ええ。ルシの引退の決意は固そうです」
ルヴィケスが眉をぴくりと動かした。その話題に興味が湧いたと体全体で示していた。
「へ、もしかしてルシさん引退するんですか? 今年で? えー、知らなかったですねそれは」
「貴方以外は全員知ってますよ。会議でも何度も話しましたからね」
「そうですか。ルシさんもいい加減歳ですからね。いくつでしたっけ、三十八? いくら肉体的な負担の軽い観測者とはいえ、二十年近く【独立命撰特務】やってますもんねぇ。そりゃそうか。しかし大変ですね」
「屋台骨が欠けるようなものですから。彼ほど勤勉で有能な戦士は替えが効きません」
ルヴィケスの目がぎょろりとフォフォを見た。その目はなぜか爛々と興奮に輝いていた。
「違うでしょう? 今年は二人が満期で退役することが確定しています。彼まで抜けたら、碧雲隊の実働隊員は十八人になってしまう。今年三人取れなければ、第六分隊が空っぽだ。そうなったら――」
「ええ。私の責任です。隊長を辞するしかなくなるでしょうね」
ルヴィケスの言葉を遮り、フォフォは重苦しく頷いた。
怪我や死と隣り合わせの【独立命選特務】は、常に二十四人の実働隊員を揃えられるわけではない。だが、最低限、六分隊で一小隊、という体裁は整える必要があり、新人が入隊した後の年初にそれができていない場合は、極めて重い罰を受ける。罰を受けるのは、小隊の代表である小隊長。その罰は、基本的には隊長の辞職という形を取る。
ムーベフとリンも渋い顔をしている。
一方、なぜか愉快そうなルヴィケスは早口で問う。
「どうします? 満期で退役する二人にもう二、三年頑張ってもらいます?」
「いえ、彼らは限界です。これ以上無理をさせても、【独立命撰特務】の仕事は熟せません」
「まあ引き留めるほどの人材でもありませんしね。ではルシさんを引き留めますかね。あと一年だけ、って」
「そう引き留め続けて五年が経ちました。今回ばかりはもう無理です。というより、ルヴィケス」
「なんでしょう」
「それを気にするのは貴方の仕事ではありません。貴方の仕事は、有望な新人を見つけてくることです」
本分を尽くせ。フォフォの鋭い眼光はルヴィケスにそう語り掛けてきていた。
フォフォはしばらくの間じっとルヴィケスを睨みつけ、ふっと肩の力を抜くと、ムーベフの方へ顔を向けた。
「ムーベフ、有能な陰属性魔術師を当たってください。極秘裏にお願いします」
「ということは、リューメを取りに行くつもりですか?」
「呪いをなんとかできるのであれば、これ以上の人材はいません。狙う方向で行きましょう。まだ今年確実に握れているのはスンダッギの推薦するメディエ゠ナイチャンクのみです。一人は御前試合出場者から無理矢理とるとして、あと一人は隠し玉が必要です」
「了解しました」
「ルヴィケス。有望そうなのがいれば、事前に報告を。いいですか、時間的な余裕を持って、話し合う時間を確保したうえで、来歴書と人物評と共に推薦を。良いですね?」
「勿論ですとも」
フォフォは疑わしそうにルヴィケスを見た後、リンに視線を向けた。リンが何かを言おうと口をぱくぱくさせていることに気づいたのだ。
「リン。何か言いたそうですね」
「あー、その、ですね。リューメさんは有能だとは思うんですが……」
「他の隊も狙ってる、という話なら大丈夫だと思いますよ」
口を挟んだのはルヴィケスだ。また何かしたのか、というムーベフの疑問に答えるように、続けて口を開く。
「朱顎隊は興味なさそうでしたが、耀華隊が囲みたがってたので、耀華隊の専業調査員の一人にあることないこと吹き込んでおきました。初心で高慢で自分を賢いと思っているお嬢様にぴったりの下世話な話をたんまりと。あれを全部精査してたら呪いのことなんて解決してる暇はないと思います」
ォフォフとムーベフは同時に盛大な溜息を吐いた。いつものことではあるが、やり口が非常に汚い。
だが、とフォフォの冷徹な部分が判断する。高い次元で安定して纏まっている実力、というのは朱顎隊が好まない実力者象そのものだ。朱顎隊が興味なさそうだというのは説得力がある。また、耀華隊は隊内の調査員同士での競争も激しく、情報共有が少ないというのもまた固い情報だ。もしルヴィケスの策が上手くいけば、リューメを取れる可能性は十分にある。
迷った結果、フォフォはルヴィケスの言葉を聞かなかったことにした。
ルヴィケスは話がまとまったと判断したのか、自身の荷物を担ぎながら席を立つ。
「では私は用事があるのでこれで」
「用事とは?」
「これからヨミゼッティの色街に金と噂をばら撒いてこないといけないんですよ。相手の調査の手が入る前に。ということで失礼」
フォフォはやはり聞かなかったことにして、報告会の終了を宣言した。
ムーベフとリンももの言いたげにルヴィケスを見ていたが、言葉は通じないと諦めて首を振った。




