第三話「一撃、彼方より」①
創立当初から【独立命選特務】は四つの小隊で構成され、各小隊は互いを監視しつつ独立して動いている。捜査対象とする犯罪が『皇帝の治世に悪影響を与えうるもの』という広範かつ曖昧なものであり、その捜査権が非常に強力であっても、百年以上まともに機能し続けているのは、その構造によるものが大きい。
しかし、分断は対立を生む。求めるものが同じであれば尚のこと。
「奇遇ですわね緑の皆様。我らが馬王商会の催し、楽しんでいただけてるかしら?」
甲高い声でルヴィケスたちに絡んできたのは、輝き波打つ金髪を風に揺らす女。耀華隊の専属調査員、ブックスレイだ。
ルヴィケスは面倒くさそうに顔を背け、ムーベフは苛立たしそうに目を細め、リンは目を逸らして小さく呟いた。
「なぁにが我らが、ですよ。虎の威を借りてるだけなのに偉そうに」
ブックスレイはその呟きは聞こえなかったようで、笑みを浮かべたままルヴィケスに向かって一歩踏み出す。
「あらあら挨拶も返せないのですか? 所詮、軍隊上がりの田舎者の部下ですわね。躾がなっておりませんこと」
フォフォのことを馬鹿にされた。そのことにムーベフは目の端を痙攣させつつ、顎を上げてブックスレイを見下ろした。
「大商会に生まれただけの女の部下が随分と偉そうな口を利きますね。【鐵の篩】には金があっても目がなければ意味がないのですよ? 役立たずの親衛隊とやらをいくら抱えていても、白の小隊はこれっぽっちも強くならないということ、いい加減に気づかないのですか?」
「これっぽっちも強くない、とそちらがおっしゃられる、その耀華隊よりも序列が下の小隊があった気がするのですが……ええっと、なんでしたっけ。碧雲隊、というんじゃありませんでしたか?」
「たった三年序列を上回っただけでもう勝者気分ですか。今年の任命、そちらはまともな人員を取れなかったようですが、それで今後の小隊の運営を続けられるので? 新人の育成、足場固めを怠った者は膝から壊れていきますよ」
「お年を召した方は随分と気が長いことですわね。三年連続で惨敗したこと、もう少し焦った方がいいのではありませんこと? そのたった三年がたった百年になりかねませんわよ?」
ムーベフとブックスレイは険悪な空気で睨み合う。それを見てルヴィケスは溜息を吐いた。
「やめてくださいよ、どべ争いしてる小隊の、下っ端同士の小競り合い、なんて惨め過ぎて聞いてられません」
耀華隊の去年の序列は三位。碧雲隊は四位。ともに、一位、二位の小隊とは大きな差がある。それを指摘され、二人は言葉に詰まって口を噤んだ。
ルヴィケスは遠眼鏡を覗き込みつつ、ブックスレイに声をかける。
「そんなことより、そちらは既に目星はついてるんですか? 優秀そうなのは居ました?」
「こ、答えるわけないでしょう。そちらこそ、三人がかりで視察なんて、よっぽど気になる方がいるようですわね」
「年に一回の秋季大討伐式ですよ。ここに一人も寄越さない黒の小隊がおかしいだけでしょう。ほら、赤の小隊からも二人来てますし」
ルヴィケスが指さす方に、朱顎隊の専業調査員が二人立っていた。ブックスレイは返事をせずに爪を噛み、黙り込んだ。
討伐式とは、人の手の入らない森林等と接する土地で定期的に開催されている、集団で危険な生命を狩って回り獲物の量を競い合う催しのことだ。多くの場合、狩人二人と荷運び四人の六人を一組とし、小さいものでは十組前後、大きいものでは百組を超える参加者が集い、その狩猟の腕を比べ合う。
秋季大討伐式はそんな討伐式の中でも最大のもので、毎年【鐵の篩】が来るということで見物客も多く、そんな見物客を目当てとした屋台も多く、ちょっとした祭りのようになっている。獲物を確認するための小高い舞台、激しく鳴り響く楽器隊の演奏、見物客の喧騒とそれに負けないようがなり立てる司会の声。普段静かな町はこの日だけ戦場のように騒がしくなる。
眼下では今まさに今年の優勝組が決まったところであり、狩人たちは獲物を並べて誇示している。
それを見下ろしながらルヴィケスは呟く。
「やっぱりお目当ては優勝した組のですか? 二人とも狙撃者として優秀そうですし」
それに対し、ブックスレイは冷ややかな目でルヴィケスの方を見て鼻を鳴らした。
「あんなのは親衛隊にすら不要ですわ。確かに獲物の量・質は一番ですが、腕前は並程度。余程運が良かったか、何らか不正をしたかのどちらかでしょう」
舐めないでくださいまし。ブックスレイはそう言わんばかりに瞳には怒りを湛えている。
ルヴィケスは嘆息した。
「じゃあ、やっぱり彼ですか。【天撃】の射手」
その言葉に息を呑んだのはブックスレイとリンの二人。二人は同時に自身の口元を抑え、自身の迂闊さを呪った。その反応をした時点で、相手に覚られたのは確実だからだ。自分たちの獲物がそうだと。
ブックスレイは無言でルヴィケスを睨み、一礼してその場を立ち去ろうとする。その背に向けてルヴィケスは言った。
「彼、止めといたほうが良いですよ。呪われてます」
「……ご忠告どうも。ただし、その手の揺さぶりは無意味ですわ。こちらは日ごろから海千山千の商人を相手にしてますもの」
ルヴィケスは肩を竦める。ブックスレイは振り返ることなくそのまま姿を消した。
一息つくルヴィケスに対し、ムーベフは自身の眼鏡を拭きながら苛立たしそうな声を上げる。
「探りの入れ方、下手すぎだろう。事前の打ち合わせにないことを突然やるな。リンは演技ができないんだから」
「種まきは必要ですよ。リンさんも気にしなくていいです。この場で見るべき相手は一人しかいません」
「ど、どうせ目的は同じ、ってことですか……ですよね。最初からばれてるなら問題ないですよね……」
リンは口をもごもごと動かしながら愛想笑いを浮かべ、まだムーベフが厳しい視線を向けてきていることに気づいて慌てて背筋を伸ばした。
ムーベフの小言のために口を開こうとしたとき、ルヴィケスは遠眼鏡を懐にしまって振り向いた。
「というか、ムーベフさんは随分と刺々しいですね。耀華隊と何かあったんですか?」
「何かあったも何も、あの親衛隊が気に食わないんだよ。お前だってそうだろう、ルヴィケス」
「あー、まあ、そうですねぇ。金に物を言わせるやり方は、あまり公平ではないですね」
親衛隊とは、耀華隊の隊長が個人的に組織している私兵のことだ。優秀ではあるが任命するほどではない若者を、将来性を見越して囲い込んでいる。言うなれば、耀華隊の予備隊。
雇わられる方からしてみれば、職と給料を手にしつつ、実戦込みで腕を磨け、【独立命選特務】への挑戦権を数年分得られる理想の職場だ。そして、雇う側、耀華隊からしてみれば、有望株の情報を他の小隊から遮断しつつ、化けた戦士を確実に任命できる理想の箱庭だ。
余りある財力を非常に効率的に使った冴えたやり方。他の三小隊の隊長が苦々しく思う程度には。
「私はそこまで気にしなくても良いと思いますけどね。気に入ったのいたらこっちで任命しちゃえばいいんですし」
「情報は遮断されるし、恩義を感じて任命拒否されたら面倒だろう」
「任命拒否したら五年は再任命できないんですよ? そこまで耀華隊の隊長を狂信してるようなのはどっちにしろ使えないんで要りません。そして、情報は隠されようが集めるんですよ。私たちは【鐵の篩】なんですから」
前者はともかく後者は異論がないようで、ムーベフはため息を吐きながらリンの方へ顔を向けた。
「で、リン。どうだ、俺たちのお目当ては」
リンは思い出したように遠眼鏡を取り出し、一人の青年をじっくりと観察する。
艶やかな土色の長髪を背中で括った青年。手には並の人間では一回引くのも苦労しそうな剛弓。ただ立っているだけで一流だとわかる重心の定まり方と、絶えず周囲を観察し続ける眼球が特徴的だ。
ただ、リンが見ているのはそうした肉体的な部分ではない。魂魄的部分、さらに言えば、呪われているという噂が真実なのかどうかだ。
遠目であるが、リンの目は魂魄の輪郭をはっきりと捉え、そして、嘆息した。
「呪われてます。具体的な種類はわかりませんが……」
ムーベフは額に手を当て、ルヴィケスは楽しそうに笑った。
「それじゃ、話を聞きに行きましょうか」
「……誰にだ」
「勿論、【天撃】のリューメにですよ。本人に訊かないと、どういう呪いかわからないでしょう?」
ムーベフは色々と言いたいことがあった。だが、即座に歩き出したルヴィケスに遅れないことが先決であり、つまりは先に動かすべきは口ではなく足だった。




