第二話「魔術とは殴り合いである」⑤
怒るメディエに対し、ルヴィケスはしれっと語った。
「まあこれであなたの箔は十分と言うことです。強引な取り調べで冤罪を押し付けようとしてくる【独立命撰特務】を四対一で破った。これ以上ない実績です」
酒場で酒を舐める三人の背後では、慌ただしく人々が行き交っている。現場を封鎖して事件の調査をする警邏、傷ついた【独立命撰特務】を治療する医術師、近所の住人、通行人、記者に野次馬、様々な人々。
その騒ぎに不快そうに眉を顰めつつ、メディエは手元の酒をすすった。
「人の人生無茶苦茶にしておいて、随分な言い草だなぁ、おい」
「無茶苦茶? なぜです? 正当防衛でしょう?」
「いや、これを正当防衛っつーのは無理だろ。頭に血が上ってたとはいえ、明らかにやり過ぎたわ。そもそも【独立命撰特務】に歯向かうこと自体、駄目だろぉしよ。報復として適当な理由で投獄されるくらいはあるだろ。どうこじつけるかは知らねぇけど」
つまり、これからのメディエは良くて牢獄暮らし、悪ければ奴隷落ち。いずれにしても、今までの生活を続けることはできない。メディエはそう理解している。
だが、ルヴィケスは薄ら笑いを浮かべたまま首を振った。
「平気ですよ。相手方にそんなことしてる余裕はないですから。だって、相手が誰だとしても、一個分隊で仕掛けて返り討ちですよ? こんなの表沙汰にしたら朱顎隊どころか【独立命撰特務】の名声が急降下です。上がそんなことにはさせません」
「させねえってもよ」
「冤罪であることの確認自体は極秘裏に行われるとは思いますが、それさえ済めば、そして、あなたが口を閉じていることを契約しさえすれば、あなたは無事元通りの生活に戻れます。賠償も多少はされるでしょう。つまり、何も問題ありません。あなたは【仮面闘士】ではないんですから」
「いやー、そんなにうまくいくか? 俺が消されて終わりってのが現実的だろ」
「ははは」
ルヴィケスは一瞬だけ笑みを消して、平坦な声で答えた。
「朱顎隊がそんなに腐っているのならば、とっくに他の隊に潰されてますよ」
その言葉にトドイとメディエは息を呑んだ。一瞬だけ、この場から空気が消えたように錯覚した。
すぐにルヴィケスはいつもの作り笑いに戻ると、ぶつぶつと毒を吐き始める。
「そもそもあの程度の腕前で【独立命撰特務】名乗ってる方がおかしいんですよ。人材が足りないから師団長級が混ざってくるのは仕方ないとして、その中でも上澄みを掬うようにしないとあっという間に質は低下するんです。連隊長級なんてもってのほか。ありえません。最上位層だけ見れば朱顎隊が優秀な隊なのは認めますが下位層が酷いのは隊長が独断で適当に選抜してるからに違いありません。任命は博打じゃないんだからもっと確実に優秀な人材をですね……」
「ちょ、落ち着いて先輩!」
それを遮り、トドイはルヴィケスの後頭部を掴むと、無理矢理頭を下げさせ、自身も頭を下げる。
「とにかく、うちの先輩が申し訳ないことをしました! でもこの通りメディエさんの生活には悪影響がでないようにするんで、うちの隊長も事情を知れば色々融通してくれるとおもうんで! そこだけはご安心を!」
「あー……まあそこはなんとなく、はい。信用したいんで、よろしくお願いしますよ。本当に」
「そしてこの人が気に入らないんなら腕の一本くらいは差しあげますんで! どうかお許しを。はい! 先輩! 右腕と左腕どっちが要らないっすか? 私が斬り落としますよ!」
「いや、腕はいらねぇっす」
露骨にほっとした顔をするトドイ。そんなトドイに、メディエは少しばかりの同情と共感を抱いた。
机に叩きつけられた鼻をさすりつつ顔を上げたルヴィケスは、笑みを浮かべたままメディエに尋ねる。
「というわけで万事解決。うちもあなたを任命できるようになりました。そろそろ【独立命撰特務】に入隊すること、考えてみてはいかがでしょうか」
「何をどうしたらそういう結論になんだよ。この騒ぎで不信感以外が湧くと思ってんのか?」
「え、メディエさんを推薦するっての本気だったんすか先輩! えー、それはちょっと嬉しいかも。なんだかんだ言って頼りになる隊員が増えるの、普通に嬉しいんすよねえ」
「いやあの、トドイさん。俺はその話はあんまり受ける気はなくてですね……仕事もありますし。研究も楽しいので」
「そうなんすか? それは残念っすねえ。メディエさん、うちでもやってけるくらい全然強いのに」
きょとんとした顔のトドイの大きな目で見つめられ、メディエは言葉に詰まった。強い、という表現が自分に向けられたことが非常に久々であり、どういった反応を返せば良いのかわからなかった。
子供の頃であれば、当然だと返しただろう。御前試合の直後であれば、馬鹿にするなとわめいただろう。だが、今それらのどちらかを返すのは、メディエにとってしっくりくる反応ではなかった。
メディエは酒をぐいっと煽り、何も答えないことにした。それを見て、トドイは残念そうに肩を落とした。
ルヴィケスは独り言のように呟く。
「少なくとも、うちの隊は絶対に任命します。よりにもよって来たのが朱顎隊だったので、そっちの隊も任命してくる可能性があるのが面倒なんですけどね。いずれにせよ、仕事を辞めたが任命もされない、なんてことは起きません。絶対に」
「うさん臭ぇ。絶対なんて詐欺師の常套句使うなよ、おっさん」
「それは確かにそうですね。だったら言い換えます。九割九分、碧雲隊はあなたを任命しますよ。あなたが、任命を受ける気があるのならね」
メディエは再度酒を煽ろうとし、もう杯に残っていないことに気づいた。それをごまかすため立ち上がり、自分の分の金を机に置く。
立ち去るメディエに対し、ルヴィケスは背後から声をかけた。
「どうです? すっきりしました?」
「……何がだよ」
「いえ、何がとは言いませんが。眉間の皺、消えてますよ」
言われてメディエは自分の眉間に触れ、それが事実であることに気づいた。
「メディエさん!」
そんな光景を思い出していたメディエは、自分の名前を呼ばれて我に返った。
横でメディエの肩を掴んで揺すっているのは、【庵】の元同僚だった。その頬は興奮で紅潮しており、目は少女のようにきらきらと輝いている。
「ど、どうかしました?」
「どうかしたか、じゃなくて! 呼ばれたよ! メディエさん! 任命されたんだよ、【独立命撰特務】に!」
「あ、そっすか。聞いてませんでした」
「一世一代の大勝負なんだからちゃんと聞かないと! そのために【庵】だって辞めたんだからさ!」
「すみません、ちょっと色々思い出してて。で、どこです?」
「碧雲隊! ほら、碧い長靴の人がこっち来る!」
指さす先に見えるのは、凛々しそうな女性と、それに従うようについてくる老人。老人の方は【庵】で何度か顔を合わせたこともあり、メディエも顔は憶えていたが、碧雲隊であることは知らなかった。意外なのはそこにルヴィケスもトドイもいないこと。メディエは少し緊張しながら、髪を撫でつけつつ歩いてくる二人を待つ。
そんなメディエは背後から肩を叩かれた。振り返ると、メディエの元上司、【庵】の所長が寂しそうな笑みを浮かべていた。
「メディエくん、任命おめでとう」
「ありがとうございます。あの、所長」
所長はメディエの言葉を手で遮ると、苦笑いを浮かべて行った。
「君のような才気あふれる若者がいなくなるのは【庵】にとっても痛手だが、まあいつかはこうなる気がしてたんだよ」
「え? こうなるってのは?」
「なんか、ある日急に我慢の限界が来て、殴る相手を探しに飛び出して言って、そのまま帰ってこない感じ?」
「いやいや……俺の評価、おかしくないですか」
「妥当だと思うけどね。ね?」
元同僚は笑顔で頷いた。メディエは答えに詰まり、苦笑するだけに留めた。他者からどう見えていたかはともかく、現状そうなってしまっている。
あの日の殴り合いは、メディエにとってとても楽しかった。充実した時間だった。それがまた楽しめるかもしれない。しかも、今度は正真正銘の悪人に向かって。魔術という殴り合いができるかもしれない。そう思ったら、メディエはもう我慢できなかったのだ。
だからメディエはこうしてここに立っている。
メディエの目の前に首に傷のある女性と老人が立った。
「メディエ゠ナイチャンクさんですね」
「はい。あなたは碧雲隊の」
「隊長のフォフォです。こちらは魔術指導員のスンダッギ」
「魔術指導員。なるほど」
頷くメディエに対し、フォフォはまず切り出した。一番必要なことを伝えなければいけないと考え、それを切り出した。
「メディエさん、うちは隊員同士の喧嘩は、よほどひどいものでなければ止めません。なので、仮面をかぶって皇宮に侵入するようなふざけた専属調査員がいれば、容赦なく殴ってくださって構いません。なので、これから十年、よろしくお願いいたします」
メディエは思わず吹き出しながらも、差し出された手を取って元気よく答えた。
「喜んで。こちらこそよろしくお願いします」




