再会の勇者候補チーム1
自由都市アルバハードにある、とある道場。
材質にこだわったであろう床は、何度も修復した跡が見られる。天井までは高く、何十人と同時に稽古ができるほどの広さがあった。
その道場の中央では現在、二人の男女が組手稽古をしている。
男性の名はマードック。道場主の格闘家だ。年齢は五十歳を越えて壮年の域に達しているが、しなやかな筋肉は若々しい。
そして女性は、勇者候補チームのアルディスだった。
「体も温まってきた頃合いだな。そろそろ、修行の成果を見せてみろ!」
組手稽古も進み、マードックがアルディスから距離を取った。
ここからは実戦形式の組手、つまり模擬戦に移行する。
「お願いします!」
アルディスは支給された道着の乱れを直し、マードックに対して一礼する。
「礼に始まり礼に終わる」は、武道の根本的な精神だ。元オリンピック空手代表選手だった頃も、礼節を重んじる姿勢は身に付いていた。
「馬鹿もん! 魔物が礼なんぞするか! どりゃっ!」
こちらの世界の模擬戦で礼をするのは、隙を作ることの他ならない。
マードックは一瞬にして距離を詰め、下がった頭部に拳を振り下ろしてきた。だが今までの修練の中で、嫌と言うほど分からされている。
「隙を作るためにやったのよ!」と心中で舌を出して、その攻撃を難なく避ける。続けて軸足を払うために、腰を落として下段回し蹴りを放つ。
それも当然のように避けられたが、以降は洗練された技を繰り出しながら、攻防一体の戦いを演じる。
残念ながら、技量で上回るのはマードックだった。
「結構やれてるんじゃないかな?」
「戦いながらも、軽口を叩けるようになったか! では、強度を見せろ!」
「はい!」
気合を入れたアルディスは、マードックとの距離を詰める。
そして側頭部を狙い、上段回し蹴りを放つ。しかしながら片腕でガードされ、正拳突きの体勢に入られた。
このままだと、直撃を喰らう。
ならばと考えるまでもなく、今度は軸足を蹴り上げた。
「ぬっ!」
上段回し蹴りは囮である。
後方宙返りでの蹴りが本命で、マードックの顎を狙った。あまり力が乗っていない攻撃だが、とあることから威力が倍増している。
当たれば、勝負の流れをつかめるだろう。
「自分の技を喰らうほど耄碌しておらん!」
マードックは正拳突きのために引いた腕の勢いのまま、上体を後ろに反らした。アルディスの蹴りは目標を失い、そのまま空を切る。
それも束の間、一回転して着地すると、マードックが踏み込んできた。拳は後方に引かれており、アルディスの体勢は崩れている。
これはもう、両腕でガードをするしかない。
「やばっ!」
「ふんっ!」
マードックの正拳突きによって、アルディスは後方に吹っ飛ばされた。
そのまま壁にぶつかって、お尻から床に落ちる。とはいえがガードは間に合っており、何とか窮地を凌いだ。
模擬戦なので、ここでお終いである。
「ちぇ。当たったと思ったのになあ」
「甘いぞアルディス! だが、気をマスターしたようだ。強度もそこそこ。骨を折るつもりで撃ち込んだが、見事に防いだな」
アルディスが自由都市アルバハードに残ったのは、「気」を修得するためだ。バグバットの執事からマードックを紹介されて、この道場に入門した。
科学的には証明されていない「気」だが、生体エネルギーが本質との話である。魔力と同様に誰もが保持しているとはいえ、操作法を修得しなければ使えない。
本来であれば、何年も修行が必要である。
そうは言っても、シュンたちと合流する前に修得するのが目標だった。
「マードックさんの指導は厳しかったしなあ!」
「短期間で修得したいと言ったのはお前だぞ? 普通に鍛錬しても間に合わぬから、地獄のメニューを用意してやったのだ」
「そうなんだけどさ」
「まぁ基礎はできておったし、多少の無茶は許容範囲だ。半月で修得したのは、素直に褒めても良いだろう」
「多少ねぇ」
マードックも難しいと言っていたが、修練は厳しいものとなった。だが元オリンピック代表候補の空手家で基礎はできており、格闘家としても成熟している。
無事に目標を達成して、アルディスはご満悦だった。
「よし! アルディスには、今後マードック流を名乗ることを許してやる!」
「い、いえ。遠慮しておくわ」
「なぜだ?」
「そ、その……。ダサいし……」
「何だと!」
マードック流には、門下生がいない。
その理由は、彼の指導法ついていけないからだ。手加減を知らず、常に全力投球で鍛え上げようとする。
マードック流の門を叩いた者は、全員が逃げ出したらしい。
「そうか。気に入らぬか。ならば、身分証となるカードを見てみろ」
「え?」
「いいから見てみろ」
アルディスは道場の端に置いてある荷物の中から、カードを取り出す。
続けて様々な項目を確認すると、とある称号が目に入った。
「げっ!」
「名乗ってもいいぞ」
「称号に「マードック流免許皆伝」って書かれてるんですけど!」
「だははははっ! 免許皆伝だ!」
「だから書いてあるって!」
称号には天界の神々が関係しているようなので、アルディスは「勘弁してよ」と天井を見上げてしまう。
そしてシュンやギッシュには見せられないと、荷物の中にカードを戻した。
「それにしても、女の身で強さを求めるとは珍しいな。アルディスには、誰か目標としている人物でもいるのか?」
「目標? ボクは異世界人だからさ。こっちの世界の有名人は、あんまり知らないのよ。でも男性でいいなら、元勇者チームのギルさんかなぁ」
「ほう。女の戦士や兵士なら、<剣聖>ベルナティオが人気だな。エウィ王国だと、リゼット姫のお付きの奴が有名だぞ」
「へぇ。名前は?」
「確かグリュー、グリュー」
「グリューさん?」
「だははははっ! 忘れた!」
マードックは、五十歳を越えているとは思えないほど元気いっぱいだ。
これも、「気」のおかげらしい。上手に制御することで、若々しい肉体を保つという話だった。
ただし、老化を防ぐわけではない。
(肉体を鍛えているおじさんなんかは、見た目も若いからね。それが「気」を扱うことで、余計にそうなるってことよね?)
そんなことを考えながらマードックを眺めていると、板と台座の付いた棒を持ってくる。射的の的のようなもので、道場の中央に置いた。
だいたいは察しているアルディスは、立ち上がって体をほぐす。
「では最後に、この板を割ってみろ!」
「はい!」
「気」を放出することで、遠距離攻撃になるのだ。アルディスは道場での修行でスキルを体得しており、威力を確かめたいらしい。
ならばと深呼吸をして、そのスキルを使う。
「いくわよ! 『気功破』!」
アルディスが正拳突きを放と、青白い生体エネルギーが放出された。
それはピンポン玉程度の光弾に変わって、板を目指して飛んでいく。キャッチボールで軽く投げ合うぐらいの速度だが、消滅せず前に飛んでいる。
板に直撃すると、棒がしなって奥に傾いた。
そしてビヨーンと戻ってきたのを見た瞬間に、思わず顔を赤らめてしまう。
「まぁ何だ。飛ばせるだけで十分だ!」
「そうなんですか?」
「ワシぐらいになれば、棒をしならせずに板を割るがな」
「修行を続けろってことですね」
「そのとおりだ。武の道に終わりはない! 常に修行だ!」
「分かりました!」
スキルを修得したばかりだと、この程度の威力しかない。鍛錬を毎日続けることが重要なのは、どの世界でも変わらないのだ。
それは理解しているので、アルディスは気合を入れる。
「アルディスは勇者候補とのことだが、一つ伝えておくことがある」
「改まって何ですか?」
「この世界には、〈狂乱の女王〉と呼ばれる魔族がいる」
「へ、へぇ」
「絶対に戦うなよ? 『気功破』の最上級スキルを修得しているからな」
「ええっ!」
「驚くな。上には上がいる。いるが、戦おうとは思うなよ? 魔族の奴からすると、人間は不倶戴天の敵だぞ。もしも出会ったら、迷わず逃げろ」
(もうすでに出会ってるんですけど!)
マードックが忠告した〈狂乱の女王〉には、心当たりが大ありだ。
これからシュンたちと合流して向かう場所にいるはずだった。二つ名のほうは知らなかったが、おそらく間違いないだろう。
「それと……」
「一つじゃないんですか?」
「うるさい! オカマの魔族がいる」
「はい?」
「オカマの魔族だ。こいつも戦うな」
オカマの魔族には心当たりがない。しかしながらオカマでも魔族なので、いずれ戦うかもしれない。
人間の勇者は、魔王を倒したのだ。
であれば勇者候補のアルディスは、魔族と戦う義務があった。
「でも、魔族は討伐するんですよね? 国からはそう言われていますよ」
「それは、他の強者に任せておけばいい。いいな? 絶対に戦うな」
「強いんですか?」
「〈狂乱の女王〉の同門。つまりは兄弟子だ!」
「げっ!」
「出会ったら、姉弟子と言ってやれ。そうしないと殺されるだろうな」
「は、はは……」
「だははははっ! 冗談だ! 言葉を交わす前に逃げろよ?」
マードックは笑っているが、アルディスは笑えない。
最低でも数日後には、〈狂乱の女王〉と出会う。前回はフォルトの屋敷にいなかったが、すでに戻っている可能性は高いのだ。
そうは言っても双竜山の森で出会ったときは、ギッシュのせい――焼肉騒動――で蹴り飛ばされたが殺されなかった。元聖女ソフィアもいるので、マリアンデールを怒らせなければ大丈夫だろう。
(ま、まぁ大丈夫よね?)
「アルディスの仲間が来るまでは修行を続けるぞ!」
「はい!」
マードック流に休みはない。常に修行である。
兎にも角にも、目標としていた「気」を修得できたのだ。次はレベル三十の限界突破をするために、ファントムを討伐するだけだった。
そしてアルディスはシュンが迎えに来るのを楽しみにしながら、日々の修行に明け暮れるのだった。
◇◇◇◇◇
幽鬼の森に戻ったフォルトは、カーミラと一緒に屋敷の庭を歩く。
そして、魔獣を閉じ込めた檻の前に到着した。
二十個ほど作成してあったが、すべての檻が使われている。猿以外にも、狼や虎など種類が豊富だ。まるで、動物園の一角だった。
大きささえ気にしなければ、だが……。
「カーミラよ。マリとルリなのだが……」
「今は駄目でーす!」
マリアンデールとルリシオンのおねだりについて。
フォルトとしては、カーミラが了承しなければ叶えなるつもりはない。もちろんそれは姉妹にも伝えてあるので、いま確認しているところだった。
「何か理由があるのか?」
「マリとルリは、堕落の種を食べてないでーす!」
「あぁそういうことか」
「ただの確認ですねぇ。食べたくないわけじゃないらしいので、時期的なものかもしれないでーす!」
「だろうな。まぁ何だ。気付かないでおくのが愛情だな」
姉妹が堕落の種を食べない理由は、薄々察していた。
これはフォルトを思ってのことなので、「言わぬが花」である。
とりあえず堕落の種さえ食べれば、マリアンデールとルリシオンのおねだりは叶えられるのだ。後はそれを楽しみにして、時期を待てば良い。
そしてカーミラとイチャイチャしようとしたところで、ニャンシーが現れる。
「主よ」
「きゃー! ニャンシーちゃん! もふもふ!」
「これカーミラよ。やめるのじゃ! にゃあ」
「ゴロゴロ」
「ゴロゴロ」
フォルトから離れたカーミラは、ニャンシーに抱きついた。
相変わらず愛くるしい眷属だ。
「ゴロ……。ではないのじゃ!」
「どうかしたか?」
「どうもせぬが、主に報告じゃ」
「リリエラか?」
「うむ。妾の眷属からの報告では、無事に到着したようじゃ」
リリエラのクエストに、シルビアとドボの護衛は機能しているようだ。
今後は二人を雇うことで、ニャンシーの手を空けられる。とはいえ彼らが拠点としている町は遠いため、毎回というわけにはいかないか。
「まぁ選択肢が増えるのは良いことだ」
「主は過保護じゃな」
「ははっ。ロストをしたくないだけさ」
何だかんだで、シルビアとドボに不安があった。
仕事に対するプライドは何回かの依頼で確認したが、実際の実力は別の話である。ニャンシーを屋敷に残したとしても、その眷属のケットシーに監視をさせていた。
眷属の眷属になったケットシーは弱いが、潜伏能力だけは超一流だ。
手に余るほどの危険が迫った場合でも、リリエラだけは逃走させられる。
「それと、例の人間たちじゃがな」
「うん」
「アルバハードに到着したようじゃ。そろそろ来るのう」
「なら、魔獣たちともお別れだな」
「「グルルルル」」
いくら唸ったところで、檻から出られない魔獣たちは放っておく。
壊れない檻を作成してくれたブラウニーには、感謝に堪えない。毎回のように思うが、この「家の精霊」には頭が上がらない。
屋敷の入口に、ブラウニー像を設置したいほどだ。
その作成もブラウニーがやるのだが……。
「それにしてもニャンシーの眷属は、眷属なのに魚を要求するな。普通は命令に従うのではないのか?」
「仕事はするが、やる気の問題じゃな」
「猫だしな」
「猫、言うな!」
(眷属のやる気かあ。眷属と言えば、ルーチェとクウか。ルーチェは好き勝手に研究してるからいいが、クウは暇そうだな)
クウに管理をさせている魔の森の奥地は、グリム家の飛び地になっている。
このあたりも、そろそろどうにかしたい。フォルトとの約束をグリムが守っているので、その返礼の意味を込めて配置しているだけだ。
客将になったのだから、対応を変えたいところだった。
「グリムの爺さんと言えばソフィアだな」
「はあい!」
「うむ。今はテラスで、妾が与えた課題をやっておるはずじゃ」
ニャンシーはレベル三十だが、習得している魔法は多種多様だ。と言っても、レベルや魔力が足りないので使えない。
ただし使えないだけで、術式を教えることはできた。
そんな彼女とカーミラを連れて、思考を巡らせながら魔獣たちに背を向ける。
最近のフォルトは、自分たちの戦力を分析していた。
「さて、配置と組み合わせか。理想は……」
シュンたちが来訪した後は、エルフの里に向かう予定だ。屋敷を留守にすることが多くなるので、戦力の分散について考えるのは必須だった。
これについては、フォルトの得意なゲーム脳で考えられるので飽きない。
そしてテラスに到着すると、勉強中のソフィアを後ろから抱きしめるのだった。
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