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お願いだから、脱いでくれッ!!  作者: 澄海恋人
第1章 お願いだから、脱いでくれッ!!
4/4

柊ノ木美麗衣と学校生活

 

「はぁ……」


  昼休み――ランチタイムで賑わう教室の片隅にて、柊ノ(くのき)美麗衣(みれい)は本日幾度目かとなる溜め息を零して、そっと俯いた。

  原因は……もはや言うまでもないだろう。

  彩人に密着する綾界を見たあの瞬間――不覚にも美麗衣は、頭の中が真っ白になり、自らを抑えられなくなった。

  いつの間にか日常の一部となりつつある彩人への制裁であるけれど、やはり情けない気持ちでいっぱいになる。


  ――まあ、だからってセクハラが許されるわけじゃないんだけどねっ!


  彩人の言葉を思い出し、美麗衣は人知れず頬を膨らませる。

  すると、


「美麗衣……どうかしたの?」


  と、どこか彼女を心配するような声。

 

初音(はつね)……」


  美麗衣はゆっくりと顔を上げ、その声の主――初音の姿を認める。

  やや垂れ目がちの大きな瞳に、色白ながらも血色のいい頬。

  柔和で非常に可愛らしい顔立ちをしている一方で、全体的に華奢で小さな体躯をしているのためか、どこか儚げな印象を受ける。

  左右対称に結わえた亜麻色の長い髪は、相変わらず透き通るように綺麗で、今はそれが、やけに眩しく見えた。


「……ちょっと、色々あって」

「彩人さんのこと?」

「………!」

「あ、当たりなんだ」


  両の手の指をぴたりと合わせ、嬉しそうに微笑む初音。

  その様子は凄まじいほどに可愛らしく、思わず「天使か!」と叫び、抱き締めたくなるような衝動に駆られる。

  が、あまりに察しの良いこの友人は、今の美麗衣にとっては、悪魔以外の何者でもなかった。

  …まあ、悪魔は悪魔でも、それはもう可愛い小悪魔なのだが。

 

「それで、今度は何をしちゃったの?」

「…なんで私が何かした前提なの?」

「あれ? 違った?」

「……違わないけど」


  ぼそりと告げ、美麗衣は拗ねたように唇を尖らせる。

  初音は、そんな彼女のことを微笑ましそうに見つめて、


「いいなぁ……美麗衣は」

 

  と、心底羨ましそうに呟いた。

  それを聴いた途端に、美麗衣は瞳を大きくして、そのまま口を噤む。

  その言葉の真意を――瞳に潜む感情を、美麗衣は嫌と言うほど知っていた。


  それは、他ならぬ初音と出会えたからこそ知り得たもの。

  そして、二人が親友と呼べるほどの仲になれた最大の理由。


  煌めく初音の髪を眩しげに見上げながら、美麗衣は改めて痛感した。

  彼女が、どこまでも自分と"同じ"なのだと。

 

「…別に、全然よくなんてないよ」


  僅かな間を置いた後、すげなく告げて、美麗衣はそっと立ち上がった。

  そして、


「食堂、行こっか?」


  そう、優しい笑みを浮かべるのだった。


  *


  美麗衣らが通う学校――杯仙水(ハイセンス)学園の印象について語るなら、とにかく「デカい」の一言に尽きる。

  戦後、かつての大学機関を初代理事長が施設ごと買い取り、創設が成されたこの学園は、初等部、中等部、高等部校舎があるほか、巨大体育館や、図書館、各スポーツグラウンド、シアターなど、実に数多くの施設が存在する。

  中でも、学年問わず人気のある学食は、日替わりで学食限定のデザートが販売されており、その購入を目的として、美麗衣たちも度々利用している。

  その日も例に漏れず、美麗衣と初音は学食まで赴いたのだが――


「…何だろ、あれ……」

 

  食堂内に入るやいなや、いきなり目に飛び込んできた"異様な"光景に、美麗衣は思わず足を止めることとなった。

  視線の先――食事スペースの一角には、普段ではあり得ないほどの人だかりができている。

  そのまま呆然と立ち尽くしていると、不意に隣から、感嘆したような声が漏れた。


「わぁ…またやってるんだ……」

「…初音は、あれが何なのか知ってるの?」

「あれ? そう言えば、美麗衣はまだ見たことないんだっけ?」

「…?」


  初音の要領を得ない問いかけに、頭に疑問符を浮かべる美麗衣。

  すると、その様子が面白かったのか、初音はクスリと笑ってみせる。

  そして、

 

「えへへ、あれはね……」


  と、どこか得意げな表情で口を開いた――その直後のことだった。


「おお!!」 「すげぇ!!」


  突如として食堂中に響き渡ったその歓声たちに、彼女の言葉は掻き消されることとなった。

  その歓声の出処は――もちろん、あの人だかりである。

  件の方向を再び見やると、そこには、先程と同様に多くの生徒たちが密集している。

  しかし、先程と唯一違っていたのは、生徒たちが作る輪の中に、非常に見知った人物の姿が見受けられたことだ。


「綾界…さん……?」

 

  そこにいたのは、椿咲綾界。

  兄・彩人の幼馴染にして、ロリ巨乳の美少女。


  そして、彼女に加えて"もう一人"。


「――美っ麗衣ちゃあぁぁぁぁぁんっ!!!!」


  …なんとも数奇なことに、気付いた時にはもう、"彼女"は猛スピードですぐ傍まで迫ってきていた。


「そ、"(そだち)"さ――むぐっ!?」

(つーか)まえたっ♡」


  そんな甘ったるい声と共に、美麗衣はギュッと抱き締められ、彼女の持つ巨大な双丘に、顔面を圧迫される。

  視界は一気に真っ暗になり、スーツの纏ったシトラスと、何かもう一つ"強烈な"香りが、つんと鼻孔をくすぐった。


「うへへ…生の美麗衣ちゃんだぁ……♡ はぁ♡ めっちゃいい匂い…マジ尊い……」


  一方の育もまた、美麗衣の匂いを堪能しているらしい。

  そのとろけるような口調や緩みきった表情からは、もはや"ハイセンス学園の長たる者"の威厳など、1ミリたりも感じられなかった。


  …というか、それ以前に、一人の社会人としての問題が一つ。


「またお酒ですか、育先生?」

「んー?」


  不意に聞こえてきたその声に、育は何とも気の抜けた声を発し、ゆっくりと面を上げる。

  それと同時に、それまでの熱い抱擁は解け、美麗衣はようやく真面に呼吸をすることができた。


「は、初音……」


  息も絶え絶えに育の向く方を見やると、初音が呆れ顔でこちらを見ていた。

  それは、彼女と出会って以来、初めて見せる表情で――美麗衣は思わず口を噤んでしまった。


「もう、初音ちゃんったら〜。 『育お姉ちゃん』、でしょ?」

「お仕事中にお酒なんて飲んでる人、お姉ちゃんなんて呼べません!」

「むぅ……でも、ちょっとツンツンしてる初音ちゃんも堪らんです!!」

「またそんなこと言って……って、お酒くさっ! ちょっ…近付かないでください!」

「…? そんなに飲んでないんだけどなぁ…?」

「…一応聞いておきますけど、どれくらい飲んだんですか?」

「ほーんのちょっぴり、2リットルくらい?」

「いや、それ全然ちょっぴりじゃないですよね!?」

「まぁ、そんなことは置いといて……初音ちゃんも一緒にぎゅっ♡」

「ちょ……きゃっ!?」


  漫才のような掛け合いの末、初音もまた、育に抱き締められる。

  すっかり仲良し三人組の完成だ。

  周囲からは、一気にほんのり温かな視線が向けられる。

  …まあ、実際は傍迷惑な酔っ払いに絡まれているだけなのだけれど。


「えっへへ…やっぱ女の子は最高だよぉ〜♪」

「…むぅ……またやられた」


  甘ったるい声を上げ、夢中になって頬ずりをする育の幸せそうな様子に、初音は不満げに頬を膨らませる。

  そんな初音の表情を、美麗衣はただ、ぼんやりと眺めていた。


「ねえ、美麗衣は……って、どうかしたの? さっきからぼーっとしてるけど…」

「…! あ、いや…その……」

「その?」

「……初音も、そんな顔するんだなぁ、って思って」

「……!!」


  控えめな口調で美麗衣が告げると、途端に初音は、カァッと頬を赤らめた。

  よほど恥ずかしいと感じているのか、すっかり耳まで染まっている。

  初音は視線を忙しくあっちこっちに動かしたのち、上目遣いになると、


「育…お姉ちゃんはね、特別だから……」

「特別…?」

「…うん」


  美麗衣の問いに首肯で答えると、初音は懐かしむように瞳を閉じ、ゆっくりと口を開いた。


「私、こんなだからさ…昔から、人と話すのが苦手だった。 でも、育お姉ちゃんは、いつもこんな私に話しかけてくれて……大切にしてくれて、すっごく嬉しかったの」

「初音……」

「…あ! も、もちろん、たくさん困らされたり、鬱陶しいって思ったこともあるんだけどね!!」


  急に目を開けたかと思えば、初音が言い訳するようにまくし立てる。

  その顔はやはり赤くて、「案外素直じゃないんだなぁ」と、心の中でひっそりと思いながら、美麗衣は小さく笑みをこぼした。


「……美麗衣、なんか嬉しそう」

「そうかな?」

「絶対にそうだよ!」

「あはは。 だったらそれは、私の知らない初音のこと、少しだけ知れたからかな」

「私を…知る……?」

「うん。 …私ね、もっと初音のことを知りたい。 もっともっと仲良くなって、一緒にたくさんのことをしたい。 ……そして、育さんみたいに、初音の特別になりたいんだ」

「……!!」


  ありったけの本音を打ち明け、美麗衣は悪戯っぽくと笑う。

  そんな、子供みたいな笑顔が、"誰か"にそっくりであることを知らないまま。


「…美麗衣も、そんな顔するんだね」

「…え? …あっ……」


  初音に言われ、ハッとしたように頬に手を当てる美麗衣。

  不意に初音と目が合うと、彼女は、お返しとばかりにニッと笑ってみせた。


「美麗衣はもう、私にとっての特別だよ」

「…!」

「――でも、もっと仲良くなりたいのは私も同じ。だから、これからも二人で、たくさんのことをしていこうね?」

「初音……うん!!」

「それじゃあ、まずはその第一歩として…」


  直後、初音は視線をひょいと横に向けると、


「―――この呑んだくれをどうにかしよ?」


  そう、底冷えするような笑顔を浮かべて告げた。

  スーッと、背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、美麗衣もまた視線を横にすると、

 

「うへへ……美少女…まじ神……」


  なんとも無責任なことに、この状況を作った張本人は、すやすやと寝息を立て、うわ言を呟いていた。


「……うちの叔母がご迷惑をかけてすみません」


  数刻の間を置いたのち、美麗衣は丁寧に謝るのだった。


  *


  世良育――日本屈指の超特殊名門校、ハイセンス学園の5代目理事長にして、彩人や美麗衣の叔母である。

  とは言っても、血の繋がりがあるわけではなく――あれやこれや複雑な事情があって――彼女は、二人の父親とは歳の離れた異母兄妹にあたる。

  そのため年齢は24歳と非常に若く、比較的歳の近い彩人たちにとっては、叔母というよりむしろ『お姉さん』に近い。

  …まあ、そんなものはただの立場上の名称であって、その本質は――


「…こんな調子だもんなぁ……」

 

  千客万来たるハイセンス学園の食堂の一角に

 て、美麗衣が心底残念そうに呟く。

  彼女の目下には、食堂テーブルによだれを垂らし、気持ちよさそうに眠る『お姉さん』の姿。


「うへへ……美少女、いっぱい……」

「…………」


  未だ夢心地にいる育を一瞥し、一気に悟ったような表情になると、美麗衣は無言でスマホを手に構える。

  そして、パシャリと写真を撮ると、それを手早く加工してみせ、先日始めたばかりのインスタグラムに投稿した。


『理事長、爆睡中。。。( •́ •̀# )』


  うまく撮れたな、と自分でも思う。

  ただ一点、どうしても納得できないのは、こんなだらしのない姿なのにも関わらず、なかなか絵になっていることだ。

  美麗衣はその写真を通して、改めて育の容姿に着目してみることにする。

  美しい容貌は言うまでもなく、スーツのよく似合う抜群のスタイルに、きめ細やかな肌、そして、服の上からでも分かる巨大な胸――。

  どれを取っても素晴らしいの一言で、彼女の元々の素材の良さを改めて実感させられた。

  …特に、最後のは。


  そのまま画面を眺めていると、1件のいいねがついていることに気付く。

  その主は――と、確認するよりも先に、横から声が聞こえてきた。


「あはは、ちーちゃん可愛いー!」

 

  美麗衣は一瞬瞳を大きくした――かと思えば、どこか不機嫌そうな表情になって、この数週間ですっかり聞き慣れてしまったその声の方を見やる。


「…こっちはとんだ迷惑ですよ」


  美麗衣がジト目で見つめる先には、壮大な二つの山――ではなく、女生徒の胸。

  少し視線を上にすると、綾界が、「えへへー」と上機嫌そうに笑みを浮かべていた。

  手元にはトレイに乗せた巨大パフェの姿があり、見るだけで美麗衣を困惑させた。


「あの…綾界さん。 それ、本当に食べるんですか?」

「…? 食べるから持ってるんだよ?」

「いや、そうだけど、そうじゃなくて……」


  頭痛を堪えるようにして、こめかみを押さえる美麗衣。

  綾界は、キョトンとしたまま美麗衣と反対側の席に座り、そのまま満足げな表情でパフェを食べ始める。

 そんな彼女の様子に、「本当にこの人は……」などとブツブツ呟いていると、


「――考えたって仕方ないよ、綾界お姉ちゃんの胃袋はブラックホールなんだから」


  と、その場に新たな声が加わる。

  いや、正確には、"戻ってきた"と言うのが正しいだろう。

  美麗衣は再び声の方へ振り向いて、


「遅いよ、初音」

「あはは…ちょっと、足止めされちゃって」

「足止め?」

「…とりあえず、話はこれを食べながらにしよ?」


  困り笑いでそう告げる初音の手には、本日の学食限定デザート・プリンアラモードが二つ。

  言わずもがな、それぞれ美麗衣と初音の分である。

  美麗衣が寝落ちした育を席に座らせている間に、本来の目的を遂行してもらっていたのだ。

  美麗衣の前にはプリンアラモードが差し出され、初音はその隣に席に座る。

  皿にそっと備えられたスプーンを手に持つと、二人は、


「「いただきます!」」


  そう、礼儀正しく告げて、本日のデザートを食べ始めた。


「それで、どうして遅くなったの?」


  プリンを口に運ぶこと数回、スイーツの洗練された甘みをしっかりと味わったのち、美麗衣は問うた。

 

「あー、うん。 これを受け取ってちょうど引き返す時、佐藤くんと鈴木くんに話しかけられちゃったんだけど…」

「佐藤くん…? 鈴木くん…?」

「…まあ、美麗衣ならそういうと思ってた。 クラスメイトだよ。ほら、機械工学科の二人」

「あー……」


  初音に言われて、美麗衣はクラスでの自己紹介の時にそんな名前の男子生徒がいたことを思い出す。

  ぼんやりとした記憶だが、ザ・インテリという印象の二人組だった。


「二人ともフルーツを買ってたみたいで、『トッピングにどうぞ!』って譲ろうとしてくれたの」

「…! ってことはまさか……」

「あっ…もちろん断ったよ! 美麗衣に無理させるわけにもいかないし…」

「…そ、そっか……」


  その言葉を受け、美麗衣はほっと胸を撫で下ろす。

  それと同時に、また初音に迷惑をかけてしまったと、密かに胸を痛めた。

  しかし、やはり流石と言うべきか、初音はそんな美麗衣の心情に気づいたらしい。


「と、とにかくね、二人を説得してたら遅くなっちゃったの。 …ごめんね?」


  彼女は少し焦ったような口調で事情の説明を終わらせると、むしろ謝罪の言葉を告げた。

  きっと、『私は平気だから、美麗衣は気にしないで』という、大切な親友からの心優しいメッセージなのだろう。

  ならば、今の美麗衣にはそれに応える以外の選択肢はない。


「……そういうことなら、別にいいよ。 初音ってば可愛いし、しょうがない」

「…! か、可愛っ……」

「…?」


  突然のおかしな反応に、美麗衣は俯きかけていた面を上げ、再び初音の顔を見る。


「……か、可愛い…とか、全然っ…そんなこと、ないから…」


  そこにあった初音の表情は、美麗衣にとっても見慣れないものだった。

  耳まで真っ赤に染まった顔に、あちこちへ忙しなく動き回る視線、そして、どんどん尻すぼみになっていく語気――


「…!」


  と、そこでようやく美麗衣は、先ほど無意識のうちに、初音に「可愛い」と口にしていたことに気付く。

  初音と直接知り合う以前に、一度だけ彩人から聞いたことがあった。

  どういうわけか、初音は「可愛い」と言われるのが苦手なのだという。

  いつもなら言いたい気持ちをぐっと堪えているのだが、先ほどはどうやら、気が抜けてしまっていたらしい。

  申し訳ないことをしてしまった、と思う。

  が、


「いやいや、初音は可愛いよ!」


  彼女と過ごしてきた日々の中で、溜まりに溜まったその思いが、たった一言で収まるはずもなかった。

  …それに、先ほどまでの少し重い空気も、これでどこかへ吹き飛ばすことができそうだから。


「だ、だから、可愛いとか、そんなこと……」

「あるよ。 もう本当、抱きしめたいくらいだよ」

「み、美麗衣ぃ……」

「あはは、その顔も可愛い可愛い!」

「うん! 美味しい美味しい!」

「そう、美味し――って、え?」


  初音との会話に突如乱入するように聞こえてきたその声に、美麗衣は思わず、素っ頓狂な声を上げる。

  例のごとく声の方を見ると、そこには、美麗衣のプリンアラモードを美味しそうに頬張る綾界の姿。


「ちょ…何勝手に食べてるんですか……」

「えへへ…美味しそうだったからつい」

「ついって……綾界さんには自分のパフェが――無い!?」

「あはは、やっぱり頭を使うと甘いもの食べたくなっちゃうよねー」

「いや、そうかもしれないですけど……」


  能天気な笑顔を浮かべる綾界を、美麗衣は困惑した表情で見つめた。


  美麗衣は今日初めて知ることとなったのだが、椿咲綾界は、実はかなりの健啖家である。

  その食欲は凄まじく、頭に特盛と付く学食のメニューを大量注文し、その全てを平気な顔で平らげてしまうほど。

  食堂ではたびたび『大食いチャレンジ』なるものを行なっており、その際の食堂はいつだってギャラリーで賑わっている。

  ちなみに、そんな彼女に対抗して育も『イッキ飲みチャレンジ』などという教育者にあるまじき挑戦をしているのだが、そんな光景も生徒にとって日常風景の一つとなっている。


  ――ともあれ、綾界は、美麗衣が軽く引いてしまうほどよく食べる。

  無論、美麗衣もたくさん食べることが悪いことだとは思っていない。

  しかし、一人の女性として、やはり思うところはあるものだ。

  例えば……そう、


「綾界さん、体重とか…」


  と、美麗衣がそれを言いかけた時だった。


「――美麗衣、気にしたら負けだよ」

「っ!? 初音…!?」


  およそ初音のものとは思えない、あまりに冷淡な声で放たれたその一言に、美麗衣は瞳を大きし、咄嗟に振り返る。

  いったい何事かと思ったが、初音の視線を追ってしまえば、その理由にはすぐに検討がついた。

  彼女のどこか投げなりな視線が指し示していたのは、綾界の体のある一点。

  …つまりは、"そういうこと"だろう。

  美麗衣は小さく息を吐き、初音の肩にそっと手を置くと、

 

「初音の言いたいことは分かった。 けど、"そっち"はまだ諦めるには早いよ」

「美麗衣……でも、私は…」

「大丈夫! 諦めずに努力すれば、私たちだってきっと……」

「…う、うん! そうだよね! 頑張ればいつか必ず……」

「…? 二人とも、何の話してるの?」

「…秘密です」「…内緒」


  僅かな沈黙ののち、美麗衣たちは、少しだけムキになったような表情で告げた。

  "持つ"者たちに囲まれた二人の、せめてもの意地だった。

  二人の返答を受けた綾界はその後しばらく「んー?」と不思議そうに小首を傾げていたが、ふと、何かを思い付いたような顔で二人に問う。


「そうだ、秘密といえば…二人とも、再来週の日曜日、空いてるかな?」

「空いてますけど……どうかしたんですか?」

「えへへ、ちょっとやりたいことがあって!」

「やりたいこと…? それも、再来週の日曜日……?」

「その日は確か…4月27日……! そっか!」


  パンっと手を叩き、晴れやかな声を上げる初音。

  そんな初音の姿を見て、綾界は途端にニッと笑ってみせ、


「そう、あっくんのお誕生日!」

「……!」

「ってことは、お誕生日会でもするの?」

「うん! みんな呼んで、パーっとお祝いしよ! はっつーも、りっちゃん先輩も…もちろん、みぃちゃんも……って、みぃちゃん?」

「え? あっ……お誕生日会、ですか…」

「ダメ…かな?」

「…いえ、すごく良いと思います。 きっと彩人兄さんも喜んでくれるはずです」

「…! えへへ、だよねー!」


  美麗衣の賛同を受けた綾界は、ぱあっと顔を輝かせて、またいつものように天真爛漫な笑顔を見せた。

  その一方で、先ほどの美麗衣の様子が気になったのか、初音はひっそりと彼女に耳打ちをする。


「…美麗衣、やっぱり忙しい?」

「そんなことはないよ。 〆切まだ先だし、ちょっと学校の課題が多いくらいで、彩人兄さんの誕生日までにはなんとかなると思う」

「……そっか」

「まだ心配…かな?」

「…ううん。 それより、美麗衣はさ、学校にはもう慣れた?」

「……うん。 思ってた以上に大変だけど、ちゃんと自分の成長が実感できてる。 この学校に来れて良かったって、心の底から思えるよ。 …初音とも出会えたわけだし」

「…! もう、美麗衣ったら……」

「本当に、育さんには感謝しなきゃね…」


  心からの言葉を吐露して、美麗衣は今なおテーブルで寝息を立てる『お姉さん』に視線を向ける。

  美麗衣が今この場所に立てているのは、紛れもなく彼女のお陰だった。

  彼女の"一言"がなければ、美麗衣は今頃、先の見えない暗闇の中をたった一人で彷徨い続けていたことだろう。

  だから――


「もっともっと、頑張らなきゃ!」


  学校の課題なんかで足踏みしているわけにはいかない。

  この学校で多くのことを学んで、成長し、自分の周りを取り囲む、たくさんの『恩』に報いる。

  ハイセンス学園への入学が認められた時、確かにそう誓ったのだから。


「よし、それじゃあ、そろそろ教室戻ろうか。 次の実習に向けて、準備しなきゃ!」

「え? いや、まだデザートが残って――無いっ!? …って、美麗衣の分も!?」

「うん、私もついさっき気付いたけど、とっくに食べられてたみたい」


  淡々とした様子で告げ、美麗衣は向かいの席をピシッと指差す。

  そして、そこにはもちろん、綾界の姿。

  彼女はポンポンと腹を叩きながら、たいへん満足そうな顔で、頬についたクリームを拭っていた。

  そもそもの悪気がゼロのためか、隠すつもりすらないらしい。


「綾界お姉ちゃんたら……というか美麗衣、適応するの早くない?」

「…まあ、変人には慣れてるので」


  美麗衣が心底不本意そうな顔で告げ、頭の中で"その人たち"の顔を思い浮かべていると、


「あはは、ごめんねー。お詫びに、あっくんのお誕生日会では、特大ケーキを手配しとくから!」


  軽い調子での謝罪と共にとんでもないことを口走って、綾界は「任せろ」と言わんばかりにドーンと胸を叩いた。

  途端に揺れ動く"そこ"を一通り疎ましげに睨んだのち、初音はそっとため息を吐いて、


「はぁ……。 高級シュークリームも追加だからね?」

「お安い御用だよ!」

「…ん、了解。 それじゃあ美麗衣、行こっか?」

「うん」

「じゃあね、綾界お姉ちゃん」

「お先に失礼します」

「あはは、二人ともまたねー!」


  二人は綾界に挨拶を済ませると、彼女の元気な言葉を背に、そのまま食堂を後にするのだった。


  *


  〜♪


「…あれ?」

「この音……」


  食堂を出て、校舎に向かって歩いて行くと、ふと、どこかから音が聴こえてきた。

  初めて聴くはずなのに、どこか懐かしいような、愛おしいような感じのする音色。

  キョロキョロと辺りを見渡してみて、すぐにそれが屋上から放たれているものだと気づく。

  美麗衣がそっと屋上を見上げて、心地の良い音色に耳を傾けていると、


「……美麗衣。 私、行ってくるよ」


  そう、初音がいつにも増して真剣な面持ちで告げた。

  一瞬面食らったものの、美麗衣はすぐにその理由を察して、直後に優しく微笑む。


「そっか……うん、行ってらっしゃい」

「いきなりごめんね」

「別にいいよ。 また教室でね」

「うん!」


  元気の良い返事をすると、初音は駆け足で校舎に入っていった。

  そんな彼女の背中を見送ったのち、美麗衣はゆっくりと空を見上げる。


「…………」


  今朝と同じく、雲一つない青空。

  この空はきっとどこまでも広がっていて、そして、いつまでも続くわけではない。

  人の日常だって同じだ。

  たくさんの人に恵まれて、無条件に幸せを感じていられる『今』は、美麗衣にとって紛れもなく特別なのだ。

  その自覚があるからこそ、美麗衣は『今』しかできないことを精一杯やろうとしているし、その覚悟がある。


「…よし」


 美麗衣は小さく意気込むと、また、校舎に向けて歩みを進め始めた。

  そして、とても平凡とは言い難い――彼女だけの『特別』な学校生活に戻るのだった。



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