5:二人の想いと繋がる電話
車に乗って「結城」という人の家に向かう二人を見送った後、いつものように家のドアを開けて先程までいた部屋に戻った俺はふと疑問に思った。
なぜあの時にお祖父様はあんな顔をしたのだろうか。
あの時というのはもちろん結城というのが莉沙の彼氏ではないのかと、疑っていたときのことだ。
お祖父様がしていた、あの苦虫を噛み潰したような顔がどうも気になったのだ。
血の繋がりもなく、五十ほど離れている彼女の恋愛話になぜあそこまで感情を表すのか。
実際には忍が莉沙を自分の子供のように思っているから嫁にやりたくないというだけなのだが、賢正は誤解した。
「もしかしたら手を出そうとしているのか……?」
いくらお祖父様とはいえ、あの様子だと手を出す可能性がある。そのままホテルに連れ込むぐらいはするかもしれない。車内で何がが起こっているかもしれない。
賢正の頭のなかで、もしかしたらという思いが駆け巡る。あっさりと考えるのを止めたが。
「まあ、別にいいか」
お祖父様の恋愛話なんて、特に興味はないし。それよりもどうしたら家に泊めてもらえるのかを考えるほうが俺にとっては大切だ。
ファブリースを使ったばかりのソファーに倒れこむ。柑橘系の匂いがした。
何の匂いを使ったんだっけ? そんなことを考えたけどどうも集中できない。
「……急いで避難しないとかなり危険だし、ゆっくりとくつろげない」
最近、ストーカーによる被害が激しくなってきた。帰り道で後ろに一定の距離でついてくる人の気配がすることや、ポストに投函される同じ文字が何回も書かれた手紙の束、家の中に居る時に覗いてくる人影を見つけることなどがもう、日常茶飯事だ。
なんとかして避難できないものか。龍弥の家はかなり大きいと聞いたからこそ龍弥に頼んだのだが、双子の姉が邪魔をする。
何故、そこまで頑なに断ろうとするのか理解できない。取り敢えずどの部屋でもいいからおいてもらいたい。
「そういえば、名前を聞いていないなぁ……」
龍弥の姉、たしかお祖父様に莉沙と呼ばれていたはずの少女は珍しいタイプの子だ。
俺を見て騒ぐような女子とは違い、逆にどこか嫌悪している素振りを見せる。表情がコロコロと変わって見ていて飽きないし、からかったり弄ったりするときもやりがいがある。
自然と口許に笑みが浮かぶ。マグトナルトでのことを思い出したのだ。
あの時に彼女を、莉沙を見つけたのは本当に偶然だった。
場所を探していて辺りを見回せばどうにも引っ掛かる子がいた。それが莉沙だ。物覚えが良いはずなのになかなか思い出せなくて、やっと思い出せたときに声が出てしまった。
それでこちらを振り向いて、俺だと分かるとしばらく固まっていた。そのあとに嫌そうな顔もするし。
俺を前にしてあんな表情をしたのは莉沙だけだ。まあ、勝手に相席されたら嫌な顔をするのは当たり前だと俺は思う。本当に嫌な顔するのか確かめたかったからやっただけだし。
そんなことを考えながらソファーの上で目をつぶったら、コツンと小さな音がした。
慌ててソファーから飛び起きて窓の方を見る。人影が逃げていくのが見えた。
「……やってしまった。雨戸を閉め忘れるなんて」
最近、夕方になったらすぐに雨戸を閉めるようにしていたのに片付けをしていて忘れていた。こんな時間まで忘れるなんてストーカーに部屋のなかを見てくださいと言っているようなものじゃないか!
すぐに雨戸を閉め、二階へと上がる。上の雨戸も閉めなければならないから。すべての雨戸を閉め終えたあと、龍弥に電話した。一刻も速く安眠したい。
「ああ、龍弥? 夜遅くでごめん――」
◇◇◇◇◇◇
莉沙ちゃんがいなくなってから丸一日が過ぎた。いつもは莉沙ちゃんと食事の準備をしていたり、勉強をしていたりするから寂しいなんて思わなかったけど、この広い家で一人過ごしているのは寂しい。
今も比較的狭い自分の部屋で、ベッドの上に寝転んでいるけど静かだから嫌でも莉沙ちゃんがいないことを意識させられる。
莉沙ちゃんは俺のことが嫌いになったのだろうか?
俺の前でいままで一度も弱音を吐いたことがない莉沙ちゃんは、いつも「私はお姉ちゃんだから」と頑張っている。そんな莉沙ちゃんが大好きで、迷惑をかけないように勉強だって頑張ったし、得意なサッカーで推薦も貰った。
でも最近莉沙ちゃんが俺のそばに来なくなった。学校では莉沙ちゃんの方から声をかけてくるなんて皆無と言って良いし、一緒に帰ることも少なくなった。
学校では浜松とばっかり一緒にいるし。
「……もっと俺のことだけ考えてくれても良いだろ」
そう呟いた時、急に電話が鳴った。少し、いやかなり恥ずかしいことを呟いていた自信があるので大きな音を立てながらベッドから転がり落ちた。
「ああ、龍弥? 夜遅くでごめん。俺の引っ越しの話なんだけどちょっと良いか?」
電話の相手は賢正さんだった。何でこんな時間にと思ったけど、引っ越しと聞いて真面目な話なのだと気を引き締める。
何かあったのか?
心配になってきた。最近眠れていないという話を聞いたし、ストーカー被害が激しくなっていることも聞いた。ことによっては莉沙ちゃんの反対を押しきって泊めたほうが良い。体を起こして電話から聞こえてくる声に集中する。
「何かあったんですか?」
「ちょっとな。気味が悪くて急いでそっちに泊めさせて貰えないか?」
やっぱりストーカーについての話だった。
「龍弥のお姉さん、莉沙に話をしようとしたらさっき帰っちゃってさ」
「あ、そうなんですか。莉沙が帰っ――。何で莉沙が先輩の家にいたんですか?」
「まあ、成り行き。それに家とは言ってないよ?」
どっかのホテルにでも連れ込んだのか!? どことは言わないが。どことは言わないが!!
「実際、家なんだけどね」
家でも充分危険だ! むしろ簡単に閉じ込められるからそっちのほうが危険だ!
……なんて思いを心のなかで暴れさせながら、唸っていたら「やっぱり番犬だな」と言われた。
「番犬って何ですか。そう呼ばれるようなこと俺はしてないですけど」
「気づかないのか」
いったい何のことなのか。検討もつかない。
「取り敢えず莉沙の方には俺からもう一度言ってみますから少し我慢しててください」
「了解。悪いなわざわざ」
「別に先輩のことが嫌いとかそういうわけではないので良いですよ。ただし、莉沙に何かしたら賢正さんを殺やりますから。覚悟してください」
これだけは絶対に変えられない。もし、手を出したらなんて……。想像したくもない。
「……もうすでに手を出したとかありませんよね?」
「手を出す暇もなかったよ」
どういうことだ? 賢正さんの家でいったい何が行われていたんだ?
「それじゃあな。そろそろ寝る準備をするから」
「はい、それではおやすみなさい」
「おやすみ」
電話を机の上において再び寝転がり、目を瞑る。莉沙ちゃんに電話をかけようか。でも、まだ怒ってるだろうな。そんなことを考えてながら、俺は意識を手放した。




