4:意地悪なおじさまと子供なわたし
「おお、見違えるようだな」
「家のリビングってこんなに綺麗なものだったんだ」
「何言ってるんですか。これが普通で当たり前です」
やっと終わった。すっごく疲れた。逃げようとする二人を捕まえて片付けを始めたは良いものの、すぐに休むわ、漫画は読むわで全く進まなかった。
途中、ちょっとアレな本も出てきたりして騒ぎが起こったけどまあ良いでしょう。片付けるのに二時間もかかるとは思わなかったけど。
余談ですがアレな本は見せしめのために一回破りました。一度破ったらてきぱき動くようになったよ……。この二人の行動原理ってなんなの……?
「さて、取り敢えず帰りますね。結城が待ってますし」
私がそう言うと、有り得ないものを見るような顔で見られました。
「もう帰るの?」
「そうだ。今日は泊まって行けば良いだろう」
絶対にお断りですよ! 忍さんはともかく先輩と一緒なんて論外です! いや忍さんもダメだよな。家族な訳じゃないんだし。
「帰ります。結城が待っているので」
「……結城とは莉沙ちゃんの彼氏のことか? それだったら邪魔しちゃいけねぇな」
かっ、彼氏!? いったい何を! いやそんな馬鹿な! 先輩も目を見開いてこっちを見てるよ! 確かに結城は女子にしては身長が高くて格好いいし、お姉様とか呼ばれてるけど!! 結城のこと大好きだけど!
「彼氏かぁ。ちょっと妬けるね」
「ち、ちがっ! そんなんじゃあないです! 二人とも変なこと言わないで下さい!」
もう嫌なんだけど! そうやって私をからかって遊ぶな! ああもう、心底楽しがって……ない? え、ちょっと待って。何かその顔の威力が怖いんだけど。
「はいはい。そういうことにしておくよ。取り敢えずその子の家まで送っていくから車に乗りな」
「送ってくれるんですか?」
正直半信半疑だ。だって忍さんだもん。襲われるかもしれない。まぁそれは有り得ないだろうけど。てか忍さんがこんな餓鬼に興味あるわけないだろうし。
「送ってくさそのぐらい。莉沙ちゃんはまだ子供なんだからもっと俺を頼れよ?」
「お祖父様がそう言ってるから送ってもらいなよ」
二人がそこまで言うなら……。大丈夫かな? 大丈夫だよね。
「では、ご好意に甘えて」
◇◇◇◇◇◇
ふかふかだ! さすが高級車の代名詞ベンツ! いけない、いけない。ふかふかすぎて頬が緩んでしまう。
「気に入ったか?」
「はい、もうすっごく!!」
車を走らせてまだ一分もたっていないというのに、私はこの車の虜になってしまった。だって座席がふかふか!
後部座席で私の隣に座っている忍さんは、そんな私を笑顔で見つめていた。その間に急いで結城にメールを送って、帰ることを伝える。
「家まで送って頂いて本当にありがとうございます」
「別にいいさ。ただ、敬語は使わないで欲しいけどな」
「え、でも忍さんは」
私がそう言うと途端に驚いた表情をされた。
「あれ、莉沙ちゃんは俺のことそんな風に呼んでたか?」
「ふぇ?」
呼び方かぁ。いつ変えたんだっけ? 覚えてないくらい昔のこと、かな。
「確かに昔は違う風に呼んでいましたが、今はもう礼儀について学んでいるので……」
「いい。昔みたいにおじさまって呼んでくれていいから、な?」
「あ、ぅあ」
照れる。忍さん、ではなくおじさまが頭を撫でてきた。昔はこのくしゃくしゃってされるのが好きでおじさまにまとわりついてたんだよなぁ。
「あの、恥ずかしいので止めてくださいっ……!」
「へぇ……」
何ですかいったい! この笑いかたどこかで!?
「おじさま?」
思わず下がった私の上に覆い被さるようにして、こちらに体重を預けてきた。目の前にあるおじさまの顔はマグトナルトでの先輩の顔にそっくりで、そのまま耳に熱い吐息がかけられる。
「いや、莉沙も随分可愛くなったなと。そういう反応は」
わざわざそこで一区切りして彼は言った。男の顔で。
「……嫌いじゃない」
少しかすれたその声が私の耳をくすぐる。ただ息がかかっただけなのに、体が震えて自分の息が荒くなった。体の芯からぞくぞくして、思わず目をつぶる。待ってなんでどうして私このまま――。
「なんてな」
「え?」
さっきまでのが嘘だったかのように、おじさまは目の前で悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「成る程莉沙ちゃんはそういう反応をするのか!」
え? 何どういうこと?
疑問だらけの私の耳に、一つの長いため息が届いた。
「旦那様はからかっておられたんですよ。久しぶりに会うから、と」
「おいおい、ばらすなよ。せっかくサプライズで驚かせたんだからさ」
……ようするにこれは、完璧に遊ばれてただけ?
「初々しくて可愛かったぞ。まぁあれでって、……どうした?」
皆さん。信頼していた人にいきなりこんなことされたらどう思いますか? 本気なのかと思っちゃいますよね? 私だってそう思っちゃったんですよ!
「おじさまの馬鹿ぁ……!」
ええもう、涙目で睨み付けてやりましたとも。ヤバって顔してても知りませんよ、そんなの。
「う~~っ! もう私、前の席行きます!」
「ちょっ! ストップストップ落ち着けって」
離せぇ! 私はもう前へ行くのだぁ! しばらく車内で暴れて結局おじさまに捕まった。今はおじさまの膝の上にいる。
「はいはい、どうどう」
何がどうどうですか。絶対におじさまの顔なんて見ないから!
強制的に上を向かされた。
グギッて鳴った気がする。くそっ! フラグだったか……!
「敬語は使うなって言っただろ?」
今、気付いた。おじさまのこの笑みは先輩のそれとそっくりだ。遺伝なんだろうな。何で受け継がせちゃったんだろう。
「う、分かりまし……分かった」
おじさまは満足そうに微笑んで、くしゃくしゃっと撫でてくれる。
「それより、何で別の家で暮らしてるんだ? 結構遠いし、自分の家のほうが便利なんじゃないのか?」
あ、そういえばおじさまにはまだ話していなかったっけ。
ということで、斯斯然々斯斯然々。
……はい、二分もかからずに説明が終わりました。トップ6がどうのこうのは言わずに、取り敢えず家に泊まりに来る人を追い返したいということだけ言いました。
「あー、なんか大変だな。……諦めたらいいんじゃ――」
「絶対にやだ」
「即答かよ」
当たり前です。龍弥にばれたくないし、何よりもトップ6に個人的に近寄りたく無い。
だって女子怖いんだよっ! 怒らせたら集団で襲ってくるんだよ!? 蜂かよっ!
「まあ、何かあったら俺のところに来い。子供だけの暮らしなんて危険が多いだろ」
……やっぱりおじさまは優しいなぁ。お母さんたちがいなくなってから、助けてくれたのはいつもおじさまだった。
「ありがと、おじさま」
なるべく感情を顕にして言ってみた。たまには誰かに頼るのも悪くはない。
「そろそろ着くかも。おじさま、送ってくれてありがとう」
「はいはい。気をつけろよ」
「うん」
車を降りて浜松家の玄関を開く。ただいまと言えば、お帰りと返ってくる。扉を閉める直前に車のエンジン音がした。




