3:連れ去られた先で頭が頭痛
「あれ、君あの時の逃げていった子?」
「へ?」
いきなりかけられた声に、私は反射的にその方向を向いてしまった。
トレーを持ってこちらを見下ろすその人は、間違いなくあの六会先輩だ。私は写真でしか見たことがないけど間違う筈がない。
「ここ、良いかな?」
「え? あ、ダメです」
「ありがとう」
この先輩、人の話を聞かない系だ。私ダメって言ったじゃん。
トレーの上にはハンバーガーとフライドポテト、紙コップ(恐らくL)が乗っていた。そして遠慮の欠片も無く食べ始めた。
「あの、連れが……」
スマホが震えた。無料チャットアプリのコメントを受信したのだ。相手は……、結城だ。
「六会先輩がいるなら先に帰るよ。家に来るなら後で連絡して。今日で決着つけな」
なんか妙に男前なチャットだった。
取り敢えず連絡は後にして、スマホをカバンにしまった。
「連れが?」
「……帰っちゃいました」
何笑ってるのこの人。クツクツ笑うなよ、叩きたくなるだろ。頬張ったせいでつまったのか?
「何かご用ですか?」
わざと言葉の端々にトゲトゲ感を出してやったぜ。
「あー……、食べる?」
「……」
「いらないの?」
「あなたが何も言わないので後から何か要求されるのでは、と疑っているんです」
六会先輩はぱちくりと瞬かせた。意外と可愛らしい仕草をするのだなぁと思ったのだけれど、なぜ「何言ってるの?」みたいな顔をする!
「面白いこと言うんだね」
呆けた顔ですが大丈夫ですかね? そんなことは口が裂けても言わないが。
「何にも要求しないから。はい、あーん」
「あ、どうもありがとうございます」
もちろん、あーんなんてしませんよ? 華麗にスルーしましたよ? ということで手をフライドポテトに伸ばします。
スッ。ヒョイ。スッ。ヒョイ。……スッ! ヒョイ! スッ!! ヒョイ!!
くっ! 手が届かない!
「くれるんじゃなかったんですか?」
「だからあげてるでしょ」
「食べさせてくださいなんて言ってませんが」
そして先輩は何が楽しいのか笑い始めた。同時にフライドポテトを私の口元へと近づけてくる。
「サービスだよ」
やめてくださいその少し色気の混じった笑いかた! 絶対わざとでしょう! 周りの人が見てます! 店員さんとかお盆を落としてますよ!
「しょうがないな」
そう言って先輩は席を回り込んで私の側へと来た。少しでも距離を取ろうと思って逃げるのだけれど更に近づいてくる。
「はい、あーん」
「だから自分でむぐっ!」
「おいしい?」
こっ、この男突っ込んできた! ていうか苦しいんですが! 何笑ってるのこの人。こっちは苦しんでるっていうのに。
「おいしい?」
「おいしいです。自分で食べられたらもっと」
「本当に可愛いな」
「もう一口食べさせようとしないでください! 本題に入ってください!」
ああ、もう笑うな! なんなのこの人!
「じゃあ本題に入ろうか」
笑いを少しだけ収めて話し出した先輩は、爆弾発言を落とした。
「両親に会って欲しい」
席に座っていた人達は食べようとしていたものを落とし、歩いていた人達はトレーを落とし、フライドポテト担当の店員さんは見事にフライドポテトを焦がし……。
もちろんすべて女性だ。男の人は驚いてはいるがそこまででもない。ニヤニヤチラチラとこちらを見てくるだけだ。
その視線を鬱陶しいと思うことすらできない私はこの中で一番ショックが大きかったのだろう。
「いま、なんて……?」
「だから俺の両親に――」
「もういいです言わなくて! あと離れて!」
多分私の顔は真っ赤になっていると思う。いきなりそんなことを言われて赤くならないほうがおかしいと思う。
渋々といった体でやっともとの席に戻ってもらえた。
というかそろそろ言い出さないとまずいな。ええい、女は度胸!
「あの、私実は先輩に言いたいことがあるんです」
「言いたいこと?」
「先輩が私の家に来る予定だったんですよね」
「そうだよ」
「その件、無かったことにしてください」
先輩のコップを持つ手が震えた。
「申し訳ないですけど、家で先輩を泊めることは無理です」
コン。
コップが置かれた音がやけに明瞭に私の耳に届いた。先輩は俯いているからその表情は見えない。
少しさっきまでとは違う気がした。
「ふぅん。理由を聞いても?」
「私はあなたたちと関わり合いになりたくないんです。だから家には泊められない」
絶対に停めてなんてやるもんか!
「場所変えようか」
「え?」
先輩はまた笑顔に戻って私のそばまで来た。私の手を掴んで連れ出す為に。
左の手首を捕まれて、辛うじて荷物を持ったときには私はもう、立ち上がっていた。
「っ! 先輩! どこに……!」
「ごめんね。向こうのテーブルの後片付けお願いできる?」
「はっ、はい! 喜んで!」
先輩は私の話を聞かずにマグトナルトの店員さんにテーブルの後片付けを頼んだ。そのままララモールの外に出る。外はもう暗くなっていて、遠くの空から茜色に変わっていた。
「先輩。本当にどこに連れていくんですか。もう私、帰らないと」
「そろそろ着くよ」
「そろそろ着くって、既に二十分くらい歩いてますよ!」
「はい、着いた」
「人の話をっ! ……着いた?」
先輩が止まったのはとある一軒家の前だった。どこをとっても普通。大きさも普通の範囲内だろう。
ただ一点を除いては。
どこかと言えば駐車場である。そりゃあ、ちょっと奮発してお高い車を買っちゃう人とかもいますよ。でもね、おかしいの。二台の汚れ一つ無い真っ黒な車が止まっているの。
両方、皆が知っている車なの。
高級車の代名詞ともなっているベンツ。キングオブスーパーカーなフェラーリ。
どちらも多額の借金でも背負わなきゃ無理だと思うんだ。なのに何でそれが駐車場に収まっているのかな!? 私怖くなってきたよ!
「ここは、一体?」
「俺の家」
思わずあんぐりと口を空けて先輩を見てしまった。微笑まれたけどそれどころでは無い。
「帰りますね」
「だーめ」
引きずられて玄関の前にまでたどり着いた。鍵を取りだし、扉を開ける。そこには私の予想を斜め上に行く光景が存在した。
「やっと帰って来たのか。賢正」
ダンディーなおじさまがいらっしゃいます。スーツ姿はカジュアル過ぎずフォーマル過ぎずのちょうど良い格好良さだと思います。髪はまだ若々しく、正確な年は知りませんが六十代だったはず。
……さて、皆さん。なぜ私はダンディーなおじさまの姿について説明しているのでしょうか。
答えは一つ。知り合いだからです。めちゃめちゃお世話になっている知り合いだからです。
「ただいま戻りました。お祖父様」
先輩はまるでここにいるのが当たり前と言う風に接している。いったい何で落ち着いていられ――。
「……お祖父様?」
今聞き捨てならないことを耳にした。
「そうだ。俺が賢正の祖父だ。久しぶりだな楼の嬢ちゃん」
ダンディーなおじさまこと、遠山忍さんはまだ六十代のはず。この前お誕生日会をしたのだと聞きました。
「……年がおかしくないですか?」
「いや、あってるぞ。俺が二十五の時にあいつが生まれてあいつが二十二の時、こいつが生まれたんだ」
二十代で結婚ならまだしも、二十代で生みましたか。さすが型破りなおじさまです。
「まあ、取り敢えずリビングに行こうか」
上がってと言う先輩に連れられてリビングまでたどり着いた私は、今度は頭が頭痛と言いたくなるような光景を目にした。先ほどは知り合いが居たことに対しての驚きだったが、今度は違う。
部屋が汚すぎるのだ。
「なに、これ」
「「何って、リビング」」
「何処が!?」
汚すぎるよ! ギリギリ通れる道があるけどって、……崩れた。
「それじゃ、話を――」
「そ・の・ま・え・に♪」
「「え?」」
私はくるっと回り、後ろの二人に笑顔を向けた。
「片付けを手伝いなさい……!」
ブリザードとともに、こめかみに青筋付きで。そのあとに二人の悲鳴が上がったのはまあ、ご愛嬌ということで。
頭が頭痛ってなっているのは間違えたわけてはないです。わざとです。




