放課後
放課後、アオイは一人で下駄箱の前にいた。メイは用事があるとかで、一緒ではなかった。アオイは(今日、決行なのにどうして用事なんてあるんだろう?)と滑稽な気分だった。死ぬ事を決めてしまえば、生きている事、この世界全部がとても不思議なものに見えてきた。なんというか全ては全て、澄み切った夏の青空のような…そんな爽やかで切ないものに見えてきた。サラリーマンが朝、急いで電車の階段を上がる光景などは、アオイには完全に理解できないものになっていた。(何をそう急ぐ事があるんだろう? ああ、そうか。あの人は死ぬ気はないんだ) それは、不思議な気持ちだった。そしてこの不思議な気持ちを共有してくれるのはメイだけだった。
アオイは自分の靴箱の所を開けた。が、中に靴は入っていなかった。アオイは(チッ、待たか)と心のなかで毒づいた。
アオイはメイには言っていなかったが、密かにクラスの連中に嫌がらせを受けていたのだった。嫌がらせをしている人間もアオイは分かっていた。キザトというふくれたまんじゅうみたいな見た目のクラスメイトで、髪を三つ編みにしており、美しいとは言えない姿だった。
キザトは性格が悪く、自分自身にもコンプレックスを感じていたので、はけ口を絶えず探していた。キザトが発見した一人が、気弱なアオイだった。
とはいえ、キザトは少しは頭が利いたので、教師に相談されるような、すぐにいじめだとわかるようないじめはしなかった。それは陰湿なもので、例えば、下駄箱に入っている靴を隠すというような幼稚なものだった。
アオイは頭を振りながら、自分の靴を探し始めた。前はゴミ箱に入れられていた。アオイは周りの生徒の目を気遣いつつ、ゴミ箱の前に行き中をのぞいた。靴はなかった。アオイはまた探し始めた。
靴は、下駄箱の上にあった。アオイは黙って靴を取り上げた。そしてそれを履いた。
履いた時、足に痛みが走った。慌ててアオイは靴を脱いだ。右の靴の底に、小さな釘が二本入っていた。先の方が尖っている。
アオイはかがんで、右足の裏を見た。傷にはなっていないらしい。(大した事じゃない) アオイはそう考え、釘を拾うと、靴を履いた。
アオイは心の中を暗くさせつつ、また苛立たせつつ、昇降口から出ていこうかと思ったが、ふいに立ち止まった。(そうだ)と彼女は考えた。(私はこれから死ぬんだ。だったら……) アオイは振り返ってまた下駄箱の所まで戻ってきた。彼女はキザトの靴箱を探し始めた。見つけると、靴を取り出した。アオイはその中に釘を二本、尖っている部分が上になるように入れた。そしてまた靴を戻した。
(ざまあみろ) アオイはそう思ったが、同時に、それが滑稽な、馬鹿馬鹿しい事だというのも感じていた。(あんなどうしようもない奴を相手にするのも馬鹿らしいわ…) アオイはそんな事も考えた。どっちにしろ、彼女の心は今暗くて、本当は彼女は泣きたかったのだった。彼女は思い切り泣きたかったのだったが、それは誰かーーあるいは彼女自身ーーの手に止められて、泣けなかった。
それで、彼女はただ一人、下校の道を辿った。多分もう学校に来る事はないだろう。そんな事をアオイは考えた。




