【05】 「愛もなければ、時間もありません」
事務室内で、
春菜「丹沢さん、段々エスカレートして来たわね」
若石「相手の子も、かなり興奮してますね。いい勝負ですよ」
稔江「まさか取っ組み合いになるなんてことにならないでしょうねぇ?」
戸部「まさか! もめているだけだよ」
稔江「丹沢さんって、何を考えているのかよくわからない所があるのよね。いきなり相手を押し倒して羽交い絞めにしてしまうとか?」
春菜「ありえるかも?」
戸部「そんなばかな!」
カウンターで、
爽香「あなたには愛というものがないの?」
丹沢「愛もなければ、時間もありません、もうすぐ5時ですよ!」
丹沢が腕時計を爽香に見せた。
時計の針は夕方5時に
指しかかっていた。
爽香「市役所は5時で終わりなの?」
丹沢「いえ、5時15分までです」
爽香「じゃぁさっさと引っ越しの届け出を受けてよ!」
丹沢「『さっさと』ってあなたが……、そう引っ越しですか……、」
丹沢は、あきれ顔をしながら
時間がないので話を進めた。
爽香「そう引っ越しですよ。あたしが、この美浦市に住んじゃいけないの?」
丹沢「誰も『いけない』なんて言ってません。人口が増えるのは嬉しいことですし、あなたのように若くて美しくて元気な方に住んでいただけるのは、当市としましては大変喜ばしいことです」
爽香が急に、ニコっと微笑んだ。
丹沢「あなた単純なんですね」
爽香「大きなお世話よ!」
爽香が今度はふくれた。
丹沢「で、どこへ引っ越して来たんですか?」
爽香「『(美浦市美女来)みうらし、みめき』って言う所かしら?」
丹沢「『びじょぎ』ですね」
爽香「『びじょぎ』って読むのね」
丹沢がメモ用紙に『美女来』と
書きながら、
丹沢「ええ、『美女来』と書いて『びじょぎ』です」
爽香「とっても素敵な地名ね」
丹沢「昔、京都からすごい美女が来たことに由来して『美女きたる』から『美女来』となったと聞いてます」
爽香「あたしにピッタリの地名ね」
丹沢が、視線を爽香の顔からはずして、
丹沢「そうですね」
まったく気のない返事をした。
丹沢「お客様も京都から来たのですか?」
爽香「福島よ」
丹沢「ですよねぇー、京都じゃないですよねぇー」
大袈裟に吐き捨てるように言った。
爽香「それどういう意味、京都じゃないと美女じゃないってこと?」
丹沢「あっそうだ! 福島県にも素敵な地名があるじゃないですか」
丹沢はとっさに話題を変えた。
丹沢「『ぬるゆ(微温湯)』とかって地名。温泉の温度が30度ちょっとと、ぬるいことから来てるんでしょ」
爽香「よく知ってるわね。でも、あたしの質問の答えにはなってないけれどね、頭がぬるい丹沢さん」
皮肉たっぷりに言った。




