【04】 爽香「本当にあなたって冷たいのね」
再びカウンターで。
丹沢に叱責され、
爽香の目が涙目になっている。
丹沢「ちゃんとルールを守ってください!」
爽香「そんな、にらみつけなくてもいいでしょ。クスン」鼻水をすすった。
丹沢「いいえ、にらみつけてなんかいません。それに、泣くなんて卑怯です」
爽香「泣いてなんかいません、番号札ぐらいでここまで言われるのかと思うと悔しくて、自然と涙が出るのよ」
丹沢「『泣く』も『涙が出る』も同じことですよ。まったく困った人だ。今日のご用件はなんですか?」
爽香「なにが『まったく困った人だ』なのよ。しかも人の顔をにらみ続けて!」
丹沢「『にらみ続けて』は、言いがかりです。私がお客様の顔を見るのは仕事ですから」
爽香「仕事? 似顔絵の画家じゃあるまいし! 顔を見るのが仕事なんですか!」
丹沢「そうですよ、見ちゃいけませんか?」
爽香「あんた、警察官にでもなったつもり?」
丹沢「……」
爽香「人相の悪い人間は取り調べがあるとか、人相の悪い人間は引っ越して来るのを拒否するとかなの?」
丹沢「そんなことは誰も言ってません! ただ後で、免許証の顔写真などを見て、本人かどうか確認を行いますので、その時のためにあらかじめお客様の顔を覚えておく必要があるんです」
爽香「へえーっ、本人確認が必要なの?」
丹沢「ええ、最近はなりすましが非常に多いんです」
爽香「『なりすまし』って?」
丹沢「そう、他人になりすまして住民票を作ったり、保険証を作ったりして消費者金融からお金を借りたり、銀行で口座を作ったりする悪い奴がいるんです」
爽香「じゃぁ、あたしもなりすましに見えるの?」
丹沢「そんなことは誰も言ってません。言いがかりですよ。あなたが『なぜ本人確認が必要なのか? ひとの顔を見る理由は何なのか?』って聞くから素直に答えただけじゃないですか!!」
爽香「わかったわ、わかったわ。『なりすまし』でも『ミズスマシ』でもいいから、とにかく早く引っ越しの手続きをしてくれない!!」
丹沢「誰もあなたのことを『ミズスマシ』なんて言ってないでしょ。それに『ミズスマシ』は『なりすまし』と違って悪くはありません。『ミズスマシ』に対して失礼でしょ!」
爽香「そう言う問題?」
丹沢「『ミズスマシ』だって私達と同様、一生懸命毎日を生きているんだから悪く言ってはいけませんよ」
爽香「わかりました、わかりましたよ。わかったから、そこはあなたの意見に賛成するから先に進めてちょうだい」
丹沢「初めて意見が合いましたね。ミズスマシって泳ぐの速いのかなぁ?」
爽香「ミズスマシは、泳ぐのが速いわよ! どうしてあんなに水面を速く、しかも自由自在に泳げるのか不思議で不思議でたまらないわ。あたしはミズスマシが羨ましくて羨ましくて。そう思わない?」
丹沢「思いませんよ、誰がそんなことを。残念ながら私には、ミズスマシに知り合いはいないし、ミズスマシと話したことが一度もないですからね!」
爽香「なに、その言い方! 随分な言い方ね。ミズスマシは、その泳ぎの速さから『田んぼのF1レーサー』とも言われているのよ、知ってます?」
丹沢「知らないですよ! 『F1』で知っているのはパソコンのキーぐらいですね」
丹沢は、手元にあったキーボードの
『F1』キーを指さした。
そしてキーボードを持ち上げると、
爽香の顔に近づけ、
再度『F1』キーを指さした。
そのことにより二人の
ぶつかっていた視線が遮られた。
丹沢「『F1』キーを押すと『ヘルプのページ』が出てくるのを知ってます?」
爽香「知らないわよ、そんなこと!!!」
丹沢「私は『F1』キーを押して、今すぐにヘルプを求めたいのですが、あなた、この気持ちわかりますか?」
爽香は、二人の顔の間にある
丹沢の持つキーボードを
上から手で押さえつけた。
そして、ゆっくり下へ押しながら、
出て来た丹沢の顔に
自分の顔を近づけながら、
爽香「本当にあなたって冷たくて、嫌な男ね。ここから荒川って近いんでしょ、荒川が近いのにミズスマシに興味が無いの?」
丹沢「じゃぁなんですか、荒川の近くに住む人は、みんなミズスマシに興味ないといけないんですか!?」
爽香「そうよ、せっかくミズスマシとお近づきになれたんだから」
丹沢「わかりました、わかりましたよ。今度私が生まれ変わったらミズスマシにでもなりますよ!」
爽香「なによ、その言い方。その言い方が冷たいって言うのよ!!!」
丹沢「すみませんね!!!」




