【02】 名字で『四月一日』、なんて読むの?
【02】 名字で『四月一日』、なんて読むの?
荒川が流れる埼玉県美浦市。
美浦市役所の住民課。
四月の第一水曜日、
時計の針は夕方4時半を
指していた。
事務室内では、
ある戸籍について話されていた。
新入職員の
宮入芽衣(みやいり・めい・22歳)と
新入職員の
新川直道(しんかわ・なおみち・22歳)が
戸籍の書類を見つめていた。
芽衣「この戸籍なんですが、この人の氏はなんて読むのですか?」
先輩職員の
明石春菜(あかし・はるな・34歳)に
聞いた。
春菜「どれどれ」
その戸籍の氏名欄には
『四月一日 昇』と書かれてあった。
戸籍には、フリガナがない。
だから、職員が困ることも
しばしばあった。
芽衣「この『四月一日』というのは氏ですよね? 単なる日付じゃないですよね」
春菜「そうねぇ『氏名欄』だし、下は『のぼる(昇)』と名前が書いてあるのだから、これは氏でしょうね」
芽衣「ですよね。で、読み方は?」
春菜「四月一日は新学期だから『しんがっき・のぼる』。それが縮まって『しんがき』さんじゃないかしら」
芽衣「なーるほど!」
芽衣が左手のひらに
右手こぶしを打ち当てた。
同じく先輩職員の
若石元気(わかいし・げんき・26歳)が、
二人の間をのぞき込んで言った。
若石「いや違うな! 四月一日と言えばエイプリルフール、嘘をついても良い日だから『うそ・のぼる』じゃないか」
芽衣「えーっ? ほんとですか?」
続いて、先輩職員、
戸部考一(とべ・こういち・40歳)が
答えた。
戸部「『しがつついたち』を略して『しがつい・のぼる』だと思うな」
新川「ふむふむ」
そしてもうひとり、先輩職員、
天満稔江(てんま・としえ・37歳)が、
答えた。
稔江「それが意外や意外、実は『はやうまれ・のぼる』って読むのよ」
芽衣「みんなもっともらしくて、どれが本当だかわからないわ?」
新川「うーん、どれももっともらしいけれど、少なくともこのうち三人の答えは間違ってるんですよねぇ? なんだか頭が混乱してきました」
戸部「氏のことなら君本さんに聞くのが一番だと思うよ。あの人が分からなければ、他のどの職員に聞いてもわからないからね」
君本早苗
(きみもと・さなえ・40歳)は、
住民課10年のベテランである。
早苗は名字に詳しかったので、
住民課内で『ミス名字』とも
呼ばれていた。
新入職員の芽衣と新川の二人が、
君本早苗の席に行った。
芽衣「お忙しいところすみません。君本さん、この人の氏の読み方ってご存知でしょうか?」
早苗「あっ、これね!」
早苗がニコッと笑みを浮かべた。
そのとき、早苗の机の上の
電話が鳴った。
早苗「ごめん、後でね」
と、言うと早苗は
鳴っている電話を取った。
早苗「はい住民課、君本です」
芽衣と直道は自分の席へと
戻りながら、
芽衣「この職場って、電話や窓口で、なかなか職員同士の話ができないのよね」
新川「まったくもう、いやになるな! いつも話が途中になっちゃうんだよな」




