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ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~  作者: 八月森


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9/11

幕間 それは血の匂いと共に来たりて

 大陸南西にあるパルティール王国は、千年を越える歴史を誇る世界最古の王国であり、大陸で最大の版図(はんと)を誇る大国でもある。

 かの国が現在まで権勢を保っているのは、通常の国家として強固である以上に、大きな理由が二つある。


 一つは、勇者の存在。

〈白の女神〉アスタリアと対立する〈黒の邪神〉アスティマ。かの邪神が地上に遺した魔物たちの王――魔王は、存在するだけで魔物を増殖・活発化させるという、この地上で最も悪しき存在だ。


 その魔王に対抗するべくアスタリアが人々に託したのが、神剣〈パルヴニール〉。この剣は自ら持ち手を選び、選ばれた者は勇者と呼ばれるようになった。魔王を殺せるのはこの神剣のみだと言われている。その刃は魔王の討伐と共に失われた、とも伝えられている。


 しかし、魔王は一度討ち取られたとしてもいずれ蘇る、不滅の怪物だった。そして失われたはずの神剣もまた、魔王の復活を契機に再び地上に降り立ち、新たな使い手を選ぶという。

 以来、魔王と神剣の争いは幾度も繰り返されてきた。


『魔王を打ち倒し、魔物の侵攻を食い止める』。その大目標の達成は何にも優先されるため、パルティール本国はもちろん、世界各国が勇者に便宜を図ることになっている。否、()()()()()()()()()()。そして神剣は、かの国にしか降り立たない。つまり、世界中からの支援が――主に富が、パルティールという国に集中する。


 パルティールが権勢を誇るもう一つの理由は、その国土を覆うと言われる結界にある。

 アスタリアが施したと伝えられるその大結界は、〝魔に属するあらゆるものを退ける〟というもの。おかげであの土地は、魔物や魔族の襲撃から護られているのだと。


 誰かがハッキリと確かめたわけではない。魔物による被害もないわけではない。ただのおとぎ話と切り捨てる声も多い。


 しかし厳然たる事実として、かの国は他の土地より圧倒的にそれらによる被害が少ない。となれば当然、人もパルティールに集まっていく。つまり――



(安全な土地で安穏(あんのん)と暮らし、食うに困らず、他国をアゴで使う大国となったのが、あのパルティールというわけだ……)



 対して、僕らが暮らすこのハイラント帝国はどうだ?


 ここは元々、パルティールから派遣された開拓団が興した国だと伝えられている。開拓団と言えば聞こえはいいが、要は安全な本国から危険な土地の調査を押し付けられた者たち。罪人たちを(てい)よく追い払うための棄民政策だった、なんて話もあるくらいだ。


 土地は痩せ、冬は凍えるほどに寒く、魔物たちの領土に近いため常に奴らと争うことを強いられる、不便で危険な土地。そうして魔物の侵略を幾度となく防いだ実績から『大陸の盾』とも呼ばれているが、そもそもその役目をパルティールの者たちから強要されているのが、我が国の現状だ。


 富も安全も独占しているパルティール王国。そこから送られる支援は勇者一行のみ。それはあの腐敗した国の象徴のようにしか感じられなかった。


 だから僕は決意した。冒険者として名を上げ、勇者を超える功績を打ち立てることで、彼らの全てを否定しようと。


 そのためのパーティーメンバーは厳選した。ハイラントの地に住まい、僕の理想に賛同し、実力も申し分ない者。僕の求める役割を十全にこなせる者。


 彼女――ティアと出会ったのは、そうして仲間を探す旅の半ばだった。ある村に一風変わった神官がいて、僕ら同様に旅の仲間を求めていると。


 そうして興味を惹かれた僕は、一度は彼女を仲間に迎え入れ、実力を試してみたが……



「――まさか、あれほど使えないとはね」



 空が夕焼けで赤く照らされた頃、街道を進みながら、僕は思い出すように呟いた。



「あぁ、ティアのこと? そうね、低位の法術しか扱えないみたいだったし。あれじゃ、うちらの役には立たないわねー」



 とんがり帽子を被った赤髪の少女魔術師クレアが、ケラケラ笑いながら同調する。



「魔力は目を見張るものがあったが、当たらないのではな」



 フルフェイスの兜の奥から声を響かせる巨漢は、このパーティーの盾役であるゴルドー。



「私が加入する前にいたという、アスタリア神官の方ですか?」



 最後に口を開いたのは、黒いベールと黒の聖服を纏ったブロンドヘアーの神官女性、セシリアだ。彼女に首だけを向けて返答する。



「ああ。エルフのアスタリア神官なんて珍しかったからね。試しに一度テストしてみたんだけど……僕の指示を聞かずに動こうとするし、能力も低かったから、早々に外れてもらったのさ。……君は、そんなことにはならないだろうね?」


「はい、お任せください。与えられた役割は全うしてみせますよ。……ですから、報酬のほうは……」


「ああ。約束通り相応に支払うとも。君には期待しているからね」


「ありがとうございます! そのご期待にはしっかりと応えてみせますわ」


「ちょっとー。うちらにもちゃんと分け前よこしてよね」


「分かっているよ。心配しなくとも、僕についてくれば栄耀栄華は思いのままさ」



 そう、僕にはその自信があった。そうして勇者の功績を超える富と名声を手に入れ、奴らを否定してやるのさ。集めた仲間たちはそのための第一歩だ。陽がさらに傾いてきたところで僕は立ち止まり、背後を振り向いて仲間たちに声をかける。



「今日はここまでにしよう。日が暮れる前に野営の準備を――」



 そうして荷物を下ろした、その時……かすかに、鼻の奥に血の匂いを感じた。



「――あはっ……♪」



 と同時に、耳元から女の笑い声が聞こえ――


 ズブ――


 ――僕の胸から、赤黒い刃が()()()()()



「な……」



 わずかに遅れて、背中から胸にかけての激しい痛みと灼熱感。それでようやく分かった。胸から生えてきたわけじゃない。刃が僕の身体を貫通しているだけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()



「ごぷ……」


「ヴィルヘルム!?」



 クレアが事態に気づき叫ぶ姿が見える。けれど僕の意識は自身の身体と背後に向けられていた。


 剣は鎧の継ぎ目を狙って突き刺されたらしく、装甲も役に立っていなかった。背後にいた何者かは密着したまま、聞く者の耳を蕩かせるような、けれど同時にどこか疲れたような声音で口を開く。



「ふふ、ふふふ……ちょうどいいところに、ちょうどいい餌が来てくれたぁ……正直、そろそろ限界だったのよぉ……本当に、いいタイミング……あはっ……♪」



 最後の笑い声と同時に、刃が一気に引き抜かれる。その勢いで僕の身体は仰向けに倒れ、そこでようやく背後の女の姿を見ることができた。


 あちこちが跳ねた金色の髪。その上に乗せられた豪華な冠。起伏のある身体を赤い煽情的なドレスに包んでおり、顔も非常に整っている。が、その腹部は大きく抉られ、左腕もほとんどが失われていた。すでに死んでいてもおかしくない負傷のはずだが、女は妖しく笑いながら、なおもその場に立っている。



「貴様あああ! 何者だぁ!」



 激昂したゴルドーがメイスと大盾を手に謎の女に突進するが……



「あはっ♪」



 女が右手に握っていたのは、通常の剣ではなかった。それは黄金の杯。その杯からこぼれた血のような液体が硬質化し、刃になっている。それが今、女の笑い声と共に形を失った。つまり――



「待て、ゴルドー……!」



 しかし制止の声は届かず、ぐにゃりと曲がった赤黒い刃が盾を迂回して、ゴルドーの身体――兜と鎧の隙間に突き刺さる。



「がっ……!?」



 さらに二度、三度と、手足の鎧に覆われていない部分を刺し貫かれる。崩れ落ちるゴルドーの巨体。


 と、そこで異様な光景を目にする。倒れたゴルドーの身体、その傷口から流れた血が重力に逆らって浮かび上がり、謎の女が持つ杯に吸い込まれていくのだ。いや、ゴルドーだけじゃない。僕の身体から流れた血も……


 そうして満たされた杯を、女はワインのように喉に流し込んでいく。人間のような姿で、人間の血を飲む怪物……



(この女、魔族、か……?)



 人型の魔物――魔族。知能が高く、強大な魔力と強い悪意を持ち、詠唱せずに魔術を扱うという、人類にとって明確な脅威。いやしかし、魔族にしては、特徴である角が生えていないが……



「んく……んく……ふぅ。うん、味はまぁまぁ、かな。悪くはないけど……あはっ♪ そっちの女の子たちのほうが、美味しそうな匂いしてるのよねぇ」


「ひっ……!?」



 怯えるセシリアの声。それを庇うようにクレアが一歩前に立ち、両手を差し向け魔術の詠唱を開始する。



「《我が手に集え、炎の精! 矢となりて敵を――》」


「おっと」



 しかし、魔族と思しき女が再び杯から血の刃を生成し、クレアの喉元に突きつけたことで、彼女の声は止まってしまう。



「く……!」


「ちょーっと大人しくしててねぇ。あ、そっちの金髪の女の子もね。何かしようとしたり、逃げたりしたら――……殺しちゃうから」


「っ……!」



 宣言と共に、禍々しい魔力が女から放たれる。間近で感じるその圧力――死の恐怖に、二人が身体を震えさせる。それに女は満足そうに頷き……く……まぶたが、重くなって……僕は、僕たちは、こんなところで……



「大丈夫。言うこと聞いてくれれば殺さないし、じっとしてればすぐに終わるから。ね?」



 そう言って女が杯から手を離すと、杯はふわりと浮かび宙に留まる。それから女はクレアの背後に回り、空いた右手で彼女の顔を背けさせてから――



「それじゃ――あはっ♪ いただきまぁーす……♪」



 ――クレアの首筋に、牙を突き立てた。



「いつっ……ふ、ぁ……!?」



 その衝撃的な光景を目に焼き付けようとするが……次第にまぶたの重さに抗えなくなり、ゆっくりと視界が閉ざされてゆく。最後に見えたクレアの表情が、痛みからどこか恍惚(こうこつ)としたものに変わっていくのが解せなくて……


 僕の意識は、そこで途絶えた。

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