9話 胸を張って会いに行くために
「ヴィルヘルム!? ゴルドー!?」
街道に倒れていたのは、ほんのわずかな間あたしが所属していた冒険者パーティー、〈戦神の剣〉のメンバーである、ヴィルヘルムとゴルドーの二人だった。刃物で貫かれたと思われる傷があり、そこから多量の血を流している。周囲の地面が血の染みで赤黒く濁っていた。
なんで? どうして二人がこんなところで倒れてるの? あたしと別れてから何が……
混乱するあたしに、追いついてきたステラが周囲を警戒しながら注意する。
「ふぅ……ティアさん、あまり一人で先行しないでください。危険はまだ去っていないかもしれませんから」
「あ……ごめん……」
全く考えが及ばなかった。素直に反省する。
「その人たちは……穢れが発生していないということは、まだ生きてはいるようですね」
「え、あ、そっか! そうだよね!」
確かにそうだ。もし死体になっていたら、穢れが――邪神による悪しき魔力が、身体から漏れ出すはずなのだ。
これは人間に限らず、動物や魔物でも発生する。邪神が世界に『死』という仕組みを生み出したせいだというのが神殿の教えだ。それは周囲に様々な悪影響をもたらす有害な毒素であり、自然に薄れるのを待つ以外は、基本的には神官しか払うことができないものでもある。
ステラの指摘にハっとしたあたしは、念のため慌ててヴィルヘルムの身体をあちこち触ったり耳を近づけたりしてみる。かすかに、呼吸音と心臓の鼓動。
「生きてる! ちゃんと生きてるよ!」
「……こちらの方も、かろうじて息があります。ですが、すぐに治療しないと危ないかもしれません」
ゴルドーの手首に触れ、脈を確かめていたステラが、静かにそう告げてくる。
「そ、そっか! どっち!? どっちから手を付けたらいいかな!?」
ゴルドーのほうが傷の数が多く、一つは首元を貫かれている。けれどヴィルヘルムのほうも、胸の傷は致命傷になりかねない。
神殿で修行した際に怪我人の治療もしたことはあったが、ここまでの重傷は経験がない。しかも、相手は見知った顔。その命が今にも失われるかもしれない。戦闘の時とは種類の違う動悸が、胸を激しく叩いてくる。
そんなあたしの鼓動を鎮めるように、ステラが語りかけてくる。
「まずは落ち着いてください、ティアさん。落ち着かなければ、適切な治療もできません」
「あ、う、うん。そうだね……落ち着く……落ち着くよ」
深く息を吐いて無理やり気を静める。
「ティアさんは、どこまでの治癒術が使えますか?」
「……あたしが使えるのは、二節まで。でも治癒の章の二節は、毒を取り除く術だから……」
「怪我の治療に使えるのは、実質一節……できるのは、応急処置までですね。傷の具合は、どちらも予断を許しませんが……身体が大きいほうが血の量に余裕があるはず。こちらの大きな方はひとまず私が診ておきますから、ティアさんはそちらの方の治癒からお願いします。まずは止血を」
「わ、分かった! 包帯巻く! それから、それから……すぅー……ふぅー……《……これを、第一の賜物として、テリオス、そしてアサナトよ。御身らに私は乞い願います。死を遠ざける双神よ。光り輝く癒し手よ。治癒の章、第一節。癒しの光――キュア・ウーンズ》」
あたしはヴィルヘルムの傷口を包帯で止血してから、祈りを唱えて治癒の法術を施す。緑色の光が彼の傷を包み込み、少しずつ癒していく。
慣れた法術なら祈りを短縮することもできるけど、心を落ち着かせるためにもあえて正式に祈っていく。それにこのほうが術の効果も高まる。一節では傷口を塞ぐぐらいしかできないけど、何もしないよりは遥かにマシなはずだ。しばらくそうしてから――
「こっちは終わったよ!」
「こちらも止血を終えていますので、治癒術を。私はその間、周囲を警戒しておきます」
「うん!」
勢いよく頷き、続けてゴルドーにも治癒術を施していく。と……
「……う……む……?」
術の効果でわずかに容態が回復したのか、ヴィルヘルムのまぶたがゆっくりと開いていた。
「ヴィルヘルム! 目が覚めたの!?」
「……ティア? なぜ君がここに……。……そもそもここは……? 今、僕は何をして……なぜ、ゴルドーも倒れて……」
彼は意識が混濁しているのか、自身の状況が呑み込めていない様子だったが……ややあってから、何かに気づいたようにハっとする。
「そうだ……あの、魔族の女……! あの女に僕たちは……ぐっ……!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて!」
「落ち着いてなど、いられない……! ゴルドーの容態は……!? それに、クレアとセシリアは……!?」
倒れてる二人を助けることで頭がいっぱいだったが、名を聞いてようやく気付く。〈戦神の剣〉にはもう一人、クレアという魔術師の少女がいて、今ここにその姿がないことに。
「ゴルドーは今、治療してる最中。クレアは見てないけど……セシリアっていうのは?」
「……君の代わりに入った、戦勝神の神官の女性だ。黒いベールと聖服を着た……」
追い出したあたしの代わりの神官というのがちょっと引っかかるが、すぐに切り替えて返答する。
「ここに倒れてたのは、あなたたちだけだったよ。他の二人は、見てない……とにかく、今は安静にしてて。まだ傷を塞いだばっかりなんだから」
「あ、あぁ、そうか、すまない――」
その時。
ゴルドーの治療をあたしに任せた後、周囲の警戒を続けていたステラが、突然腰から黒剣を引き抜いた。その直後――
「グルルル……」
街道脇の林の陰から、狼に似た四つ足の獣が何匹も――十匹前後もいるだろうか?――現れ、ギラついた瞳でこちらを、というより、倒れた二人を見ていた。――魔物だ。
「魔物の襲撃です、ティアさん! 一度治療を中断してください!」
ステラの警告を聞いて、ヴィルヘルムも苦々しく呟く。
「おそらく、僕らの血の匂いを嗅ぎつけてここまで来たんだろう。……逃げるんだ、ティア。あの数じゃ、未熟な君の手には負えない。そしてあの剣士の少女一人だけでは、君を護り切れない」
「何言ってるの! そんなことしたら二人は……!」
「仕方ないさ。冒険者になると決めた時から、こうなる覚悟もしていた。本懐を果たせないのは実に不本意だが……」
そう言いながらも彼は、ある種すっきりしたような――……諦めた表情を、その顔に浮かべていて……あたしはそれが、堪らなく嫌で……あたしは立ち上がり、彼らから少し距離を取ってから、口を開く。
「……《守の章、第二節。星の天蓋――ルミナスカーテン!》」
あたしの祈りに応え、透明な光の幕が地面から半球状に広がり、ヴィルヘルムとゴルドーの二人を覆う。この全方位を覆う盾があれば、彼らが直接襲われてもある程度の時間が稼げる。あたしは彼らをかばうように魔物に対して向き直った。
「な――何をしているんだティア! 逃げろと言っているのが分からないのか!? 低位の法術しか扱えない君では、あれほど多数の魔物の対処はできないだろう!?」
ヴィルヘルムはまだあたしのことを、『ちょっと魔力が強いだけのエルフ神官』としか考えていない。能力の低い後方支援役としか。それはそうだろう。彼には見せる機会がなかった。あたしの戦い方を。
「大丈夫。あたしもステラも、こんなところで死ぬほどやわじゃないから」
そうだ。あたしたちは、あの恐ろしい魔女を撃退した実績があるんだ。この程度の危険は切り抜けられる。いや、たとえその実力がなかったとしても……
「――逃げないよ。ここで逃げたら……あたしは、あの人に胸を張って会いにいけない」
こんなことを言っても彼にはなんのことか分からないだろう。けれど、それでいい。これはあたしの気持ちの問題。あの背中を目指すのなら、あの時助けられた自分を裏切りたくないのなら、あたしがこの状況で逃げ出すわけにはいかないんだ。だから……
あたしは、徐々に包囲を狭めてくる魔物たちに向かって、駆け出した。




