10話 旅を始めて初めての
「《我が手に集え、風の精。逆巻き、唸り、空を切り裂く刃となれ! 暴風刃――ブレイドエア!》」
ステラが詠唱と共に横薙ぎに振るった黒剣の軌跡。それを追うように風の刃が発生し、こちらを取り囲んでいた獣型の魔物を切り裂いていく。しかし巻き込めたのは三匹ほどで、残りの魔物にはかわされてしまう。
その結果を見る前から、あたしは駆け出していた。包囲を狭められればステラが満足に剣を振るえなくなるし、あたしも無残に食べられるだけだ。完全に囲まれる前の今、包囲に風穴が開いたここがチャンス!
「ガァウッ!」
突出したあたしを獲物と狙い定めたのか、三匹ほどがこちらに飛びかかってくる。即座にあたしは叫ぶ。
「《守の章、第一節。護りの盾――プロテクション!》」
バチィ!
「「ギャウ!?」」
あたしの祈りに応えて現れた大きな光の盾が、襲ってきた二匹の獣を弾き飛ばす。が、一匹は直前で身をよじり、盾の側面から回り込んで跳躍。鋭い爪をそなえた前足を突き出し――
「――せいやー!」
あたしは盾にぶつからないよう半歩後ろに下がってから、軸足を捻って鋭く回転。身体に宿る『精霊』を収束させ、その力を乗せた回し蹴りを放つ!
アスタリアの創造物に宿る生命力――『精霊』。これは単純に『体力』と言い換えることもできる。
あたしたちはその体力があるから生きているし、身体を動かす時にはそれを無意識に消耗、拡散している。力の発散に無駄があるのだ。
それを意識して集め、より強い力に換える技法を、あたしたちエルフは『精霊術』と呼んでいる。人間たちの間では『精霊』という呼び方が失われていて、『気』と呼んでいるらしいけど。まぁ、呼び方はなんでもいい。
とにかくこの『精霊』を宿した攻撃は、通常よりも威力が高まること、そしてアスティマが生み出した魔物や魔族に非常に効果的だということが分かっている。アスタリアの聖なる力とアスティマの邪悪な力が互いに反発し合っているとかなんとか聞いた気もする。神官が扱う法術が魔物によく効くのも同じ理由らしい。互いに敵対し、反発し合っている。
だからあの魔女にも、あたしの攻撃が通用したのだろう。
「ギャンッ!?」
胴体の側面を激しく蹴りつけられ吹き飛ぶ魔物。やがてぐたりと倒れ、動かなくなる。『精霊』を宿した蹴りが内臓を破壊したようだ。あたしは即座に盾を解除し、先刻盾に弾かれたうちの一匹に駆け寄り……その脳天に、拳を叩き込んだ。
「ガブ!?」
殴られ、地面に叩きつけられた衝撃で頭部から血を流す魔物。ピクピクと痙攣し、動かなくなる。
これでこちらを襲ってきた三匹のうち、二匹を仕留めた。もう一匹は? ――いない。直後に感じる嫌な予感。
自身の直感を信じて振り向けば、残りの一匹がヴィルヘルムたちを護る光の幕に向かって突進し、その爪牙で攻撃している。
「この……!」
あたしは即座にそれを追い、拳を構える。気配を察知したのか、魔物は一瞬こちらを視認してから……瞬時に光の幕を駆け登り、それを足場にしてこちらに向けて高く跳躍。大きく口を開け、むき出しにした牙であたしを食い千切ろうと迫ってくる! が――
「――ふっ!」
「ガフッ!?」
襲ってきた魔物は、あたしが咄嗟に繰り出したアッパーカットで下からアゴを突き上げられ、わずかな間、宙を舞う。そして落ちてきたところにあたしはさらに一歩踏み出し――
「《星の瞬き――シャイン!》」
ドウ――!
上空に突き出したあたしの拳に打たれた直後、ゼロ距離で撃ち出された光弾に貫かれ、魔物の胴体が消し飛んだ。尾を引いて空を切り裂く星の光。
あたしはすぐに光の幕のほうに向き直り、安否を確認する。
「大丈夫、ヴィルヘルム!?」
「あ、ああ……」
どこか呆然とした様子でヴィルヘルムが返答する。その視線はあたしの拳に向けられていた。どうしたのか気になるが、今はそれどころじゃない。
これで、あたしに狙いをつけていた個体は全て片付いた。残りの魔物は? ステラのほうへ目を向けると――
彼女は剣を構えたまま、油断なく周囲を警戒していた。その足元には魔物の亡骸が四匹分。
最初にステラの魔術に斬られたのが三匹、あたしが倒したのが三匹だから……これで、計十匹? 襲ってきた魔物の総数と大体一致する。
改めて辺りを見渡してみても、他の魔物の姿は見出せない。念のため馬車のほうにも視線を移すが、向こうも無事なようだった。
「ふぅー……」
思わず安堵し、深く息を吐く。
こうしてあたしは、冒険者となって初めての本格的な旅、その最初の魔物との遭遇を無事に生き延び、彼らを護ることができたのだった。
――――
騒動が終って。
あたしは改めてゴルドーの治療を再開していた。息はあるが、彼はまだ目を覚まさない。変わらず危険な状態が続いている。
周りでは、ステラやアンネたちが魔物の死体を街道脇の一か所に集めている。道に散らばったままでは他の旅人の迷惑になるし、死体が放つ穢れを放置しておけば、土地が汚染されて悪影響が出るからだ。陽光に晒したり風で散るのを待つ手もあるが、一番手っ取り早いのは神官が《火の章》の法術で焼き清める方法だ。だから集めたそれは、後であたしが焼いて浄化させる手筈になっている。
こうした魔物や穢れに対処する必要があるため、神官というのはどこでも重宝されて、常に人手が足りていない。だからエルフのあたしでも人間社会で神官になれた部分もあるのだろう。話が逸れた。
「……ゴルドーは、助かりそうかい?」
そんな中、地面に寝転がったままのヴィルヘルムが、あたしにそう尋ねてきた。
「……分かんない。あたしの腕じゃ、傷を塞ぐくらいしかできないから……」
「そうか……」
ヴィルヘルムは何かを考えこむように口を閉ざしてから、再びその口を開く。
「まさか、君に助けられるとは思わなかった。……追い出した僕らを、恨んでいないのか?」




