8話 その名は
「――エルフのあたしが、人間社会で神官になったのが不思議?」
私以外にも聞く人が多い話題だったのかもしれない。ティアさんは慣れた様子で口を開く。
「ま、そうだよね。エルフは基本、森の奥の里から出ないし、神さまに対する信仰の形も違うから、人間社会で神官になるなんてそうそう聞かないもんね」
「エルフの信仰は自然への感謝、と聞いたことがありますが……」
「そ。自然に感謝して、自然を生み出した神さまにも感謝する。自然と一緒に生きるのがあたしたちの信仰。でも人間は違う。感謝以上の、自分を犠牲にするような強い信仰を求めてくる。最初は戸惑ったよ。ううん、今もちゃんとは分かってないのかも。だからあたしは、低位の法術しか使えないんだと思う」
「それでも、貴女は神官になった」
「うん。憶えてるかな、出発前に言ったこと」
「どうしても、会いたい人がいるという話でしたね」
「そう、それ。三年前、魔王が勇者一行に討伐されたのと同じ年に、うちの里が魔物に襲われたことがあってね」
魔物たちを統べる不滅の王――魔王。それを唯一討伐できる勇者。両者の争いは歴史上幾度も繰り返されており、その直近が今から三年前だった。
「あたしは間の悪いことにちょうど里の外で格闘術の修行をしててね」
「……格闘術を?」
なぜ? という視線を向ける。
実は知り合いに一人格闘術を扱うエルフがいるのだけど、その人以外には聞いたことがないので、なおさら疑問なのだ。
「その、エルフって弓を使う人が多いでしょ? でもあたし、弓で的を狙うのがめっちゃくちゃ下手でさ。たまに帰ってくる変わり者の叔母さんが格闘術を研究してたから、弓の代わりにそっちを習ってたんだ」
なるほど。
「その時は、一人で修練を積んでいたということですね。そこを……?」
「そ。魔物に襲われた。噂の勇者さまが助けに来てくれないかなってちょっと期待したんだけど……来てくれなかった」
「……」
それは仕方のないことだろう。勇者ともてはやされても、実際は一人の人間だ。助けられる範囲には限度があるし、その限られた手でより多くの人を助けるには、何よりもまず魔王を討伐するのが最善の道になる。
そして、魔王を倒せば万事解決、ではない。依然として魔物の脅威は残っており、その勢いが一時的に弱まるにすぎない。彼女の里が襲われたのは、そうした残存勢力によるものかもしれない。
「正直、もうダメかと思ったよ。でも、あたしはこうして生きてる。そこであたしを助けてくれたのは、勇者じゃなくて――」
「アスタリアの神官だった――ということですか?」
ティアさんがコクリと頷く。
「その時は怖くて混乱してて、名前を聞く余裕もなくてね。その人もすぐに他のエルフを助けに向かったから、ろくにお礼も言えずにそれっきりなんだけど……あたしを助けてくれたその背中がカッコよくて、目に焼き付いてさ。あんな風になりたいって思ったら、いても立ってもいられなくなっちゃって。白の聖服でアスタリアの神官っていうのは分かったから、無理言って人里の神殿に通わせてもらって、一年前に神官の資格を取ったばかりなんだ」
行動力の塊だ。慣れない人里で暮らすだけでも大変だろうに、さらに生活様式の違う神殿にまで通うなんて。
「元々、さっき言った理由で全然期待はされてなかったから、里の中は居心地悪かったんだよね。それもあって里を出て神殿に飛び込んだんだけど……まさか、法術でも狙いをつけられないとは思わなかったなぁ」
確かに昨夜の戦いでも、ティアさんの法術は魔女に全く狙いをつけられていなかった。だから接近して高火力の術を撃ち込む彼女の戦い方があるわけだ。
「その恩人の方は、あの村の神殿にはいなかったということですね?」
「うん、たまたま村を訪ねてた旅人だったみたい。だからずっと、その人を捜す旅に出たかったんだ。もう一度会って、今度はちゃんとお礼を言うために」
律儀というかなんというか……きっと、気持ちを大事にする人なんだろう、ティアさんは。だから見ず知らずの私を信じ、助けてくれたのだ。その時の自身の気持ちを信じて。
そんなティアさんだからこそ、こちらも助けられることなら力になりたい。
「何か手がかりはありますか?」
「手がかりって言えるほどじゃないけど……この辺りは魔物との争いが絶えないから、信仰される神さまって戦勝神スリアンヴォスになることが多いんだよね。アスタリア信仰はここより南側のほうが盛んらしいから、そっちを捜しに行こうかと思ってて。ほら、南には大陸最大の国、パルティール王国があるじゃない?」
「あ、ええ」
「で、そのパルティールには、世界で一番歴史があって一番大きいっていうアスタリア神殿の総本山があるでしょ? もしかしたら、あの人はそこから来たんじゃないかなって思うんだよね。それに、こう見えてあたしもアスタリア神官ですし? もし旅に出れたら、一度はその総本山を見てみたいなって思ってたんだ。だからこれから南に向かうって聞いた時はちょっと嬉しくて――」
「あの」
そこで私は彼女の言葉を遮り、小さく挙手をした。
「……私、そのパルティールの出身です」
数秒、ティアさんが押し黙る。
「……え!? そうなの!?」
「はい。なのでこの旅が終わってティアさんがパルティールに来ることがあれば、その時はご案内しますよ」
「そ、そっか、ありがと。うわー、うわー、パルティールから来た人見るの初めてだ……そういえばステラがどこから来たのか、聞くのすっかり忘れてたよ」
すみません、こちらも言いそびれていました。
「ね、ね、パルティールって勇者が選ばれる国なんでしょ? 実際に見たことある?」
「あ、はい。一応直接会ったこともありますよ」
「うわー、すごいなぁ。あたしも会ってみたい! じゃあさ、じゃあさ。あの噂って本当? パルティールには女神の結界があって、魔物も魔族も近づけないっていうのは」
「おとぎ話にも語られる、『パルティール大結界』ですね。全部が本当かどうかは分かりませんが、実際、魔物の被害は他国よりずっと少ないそうですよ」
「へー! いいなぁ、羨ましい。それじゃ、あれは? パルティールって、このハイラント帝国よりずっと豊かで、全員がお金持ちってほんと?」
「さすがにそれは誤解ですね。貧富の差はどこにでもありますよ。現に私が暮らしている王都の下層は――」
その時――
甲高い馬のいななきが響くと共に、馬車がガタンっと揺れて停止する。
「「!?」」
私とティアさんは思わず顔を見合わせ、次に御者台のほうに視線を向ける。
「すまない、驚かせてしまったね」
御者を務めていた商人の方が、こちらを振り向き申し訳なさそうに謝罪する。すぐに反応したのはティアさんだ。
「何かあったの?」
「あぁ、それがね。街道の先に、誰か倒れてるようなんだよ」
「え? ……!」
「生きてるとしても死んでるとしても、このままにはしておけないだろう? だから――」
商人さんの言葉に馬車の前方を見れば、確かに道の先に倒れている人影を二人分確認できる。彼の言う通り、どちらだとしてもこのまま進むわけには――と、私が状況を確かめている間に、ティアさんが即座に飛び出していってしまった……!
「すみません、皆さんは馬車の周囲を警戒していてください!」
アンネさんたちにそう呼びかけた私は、彼女らの返事を待たずにティアさんを追って、同じく馬車を飛び出す。
おそらくは、倒れてる人を助けたいという気持ちが先走って行動に移ってしまったのだろうけど……正直に言えば、迂闊すぎる。あの人たちが倒れている原因を生み出したなんらかの危険、それが、まだ周囲に潜んでいないとも限らないのに。
とはいえ、あの人たちにまだ息があるなら、早く駆けつけて助けたいのも理解できる。それは彼女の善性であり、神官としての務めでもあるのだろうから。そう考えたところで――
「――! ヴィルヘルム!?」
顔が判別できるほど近づいたところでティアさんが誰かの名を呼び、それまでよりも速度を上げて倒れている人たちに駆け寄った。
後で知ったことだが……ヴィルヘルム。その名は、かつてティアさんが所属していた冒険者パーティー……そのリーダーを務めていた男性のものだった。
次回、ざまぁ回です。(そこまでヘイトは稼いでない気がするけど)




