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ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~  作者: 八月森


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7話 旅立ちの朝

「それじゃ……行ってくるね、ユーニさん」


「……ええ。くれぐれも、気をつけてね」



 旅荷物を背負ったティアさんに、宿の女主人――ユーニさんが声をかける。ティアさんの旅立ちを後押ししてはいたが、やはりいざとなると心配のほうが勝るのだろう。その瞳はわずかに伏せられていた。


 私は結局ユーニさんからの依頼を引き受け、ティアさんの同行を承諾した。

 正式な依頼として報酬が出るのが一点。ティアさんの神官としての能力を見込んだのが一点。昨夜の恩があるのが一点。そして何より、彼女の熱意に――キラキラと輝く瞳に押し切られてしまったのが、最大の理由だった。何を言っても退く気はなさそうだ、と。



(魔女との争いに巻き込んでしまうのは、申し訳ないけれど……)



 だからこれまで仲間を作ることも避けてきたのだ。けれど……


 ティアさんはもう、あの魔女に目をつけられてしまった。()()()()()()()()()()()()()()


 ならば目の届かない場所で襲われるのを心配するより、私の傍にいてもらったほうが護りやすいかもしれない。それに、彼女の実力は昨夜の一件で確認済みだ。あの魔女との戦いに、彼女の力が必要になる時もきっとくる。



「お待たせ!」



 ティアさんがこちらに――私が乗っている二頭立ての(ほろ)馬車に駆け寄ってきて、荷台に乗り込む。実はちょうどよくこの村を行商の馬車が訪ねており、次は南の村へ帰るところだというので同乗させてもらえることになったのだ。――あの魔女の気配も、南のほうから漂っている。



「絶対帰ってくるからねー!」



 荷台の入り口に立ち、ユーニさんへ向けて手を振るティアさん。それを聞いて、御者を務める商人のおじさんが同乗者たちに確認を取り、馬車を出発させる。二頭の馬の蹄の音と、車輪がガラガラ回る音とが、揺れる馬車の中に響き始める。



「あ、ごめんね、うるさかった?」


「いえ、大丈夫ですよ」



 腰を下ろしながら謝罪するティアさんに答えたのは、同乗者の一人。二つに結んだ焦げ茶色の髪に、身体には皮鎧を纏った冒険者の少女、アンネさんだ。


 彼女の隣には、同じように皮鎧を身につけた青年が二人並んで座っている。アンネさんと同じく冒険者で、この馬車の護衛として雇われているらしい。



「それより……むしろ私のほうが、皆さんにご迷惑をおかけしそうで心配で……」


「ん? どゆこと?」


「その、私、実は駆け出しで、依頼を受けるのもこれが初めてなんです……行きはなんとか大丈夫でしたけど、村に帰るまでは安心できなくて……」



 そう申し訳なさそうに呟くアンネさんの身体は、かすかに震えていた。その震えを打ち消そうとしてか、彼女は鞘に納められた短剣を強く握り、祈るように顔を伏せる。



「この短剣、引退した父さんから預かったものなんです。魔物や野盗に襲われた時用に、って。でも、もしそれが本当に現れたら、私は……」



 見ればアンネさんだけでなく、隣の青年二人も少し落ち着かない様子だった。おそらくは、村の地元の若い人間が仕方なく護衛として駆り出された(たぐい)なのだろう。それがティアさんと同じように初めての冒険だというのは、奇遇と言うほかないが。



「大丈夫! なんとかなるよ!」



 ティアさんが力強く言い切る。繰り返すが彼女も初めての冒険のはずだ。その根拠のない自信はどこからくるのでしょうか。



「それに、もし何か出てきても、あたしとステラも一緒に戦うから!」


「は――」



 はい、と言いたかったのだろうか。アンネさんの返答は、ガタン!という振動と物音(石にでも乗り上げたのかもしれない)によってかき消される。そればかりか、その揺れに驚いた彼女の手から、握っていたはずの短剣がこぼれ落ち……荷台の外に、転がり落ちていく。



「あ……!」



 カランカランと地面を転がり、見る見る遠ざかっていく短剣。アンネさんが手を伸ばすが届かない。彼女の顔が青ざめる。言った傍から迷惑をかけたことを気に病んでいるのかもしれない。


 とはいえ、馬車を止めて拾いに行けば済む話だ。私が御者に声をかけようとしたところで――ティアさんがバっ!とその場を立ち上がり、幌の入り口に向かう。



「大丈夫! そのまま走ってて!」



 そう短く叫ぶと、彼女は止める間もなく荷台の入り口から跳んで地面に降り立ち、猛然と駆けていく。そして短剣を拾うとすぐさま反転。ダダダダダダっ!と物凄い勢いで走り、馬車に追いつき――



「とー、りゃ!」



 跳躍し、再び荷台に降り立った。その様子を、私たちは呆気に取られたまま見つめることしかできなかった。



「ふぅ」



 と、一つ息を吐いただけで彼女は呼吸を整える。馬車の速度はそれほど速くなかったし、走ったのも短時間とはいえ、あれだけの全力疾走をしておきながら全く息を切らせていないのには、素直に驚いた。



「はい、これ。大事なものなんでしょ?」


「あ……ありがとうございます……! ありがとうございます……!」



 涙を流しそうな勢いで、アンネさんが感謝を露わにする。本当に、大事にしていた物だったのだろう。


 ひとしきり感謝されてから、ティアさんは再び私の隣に腰を下ろす。やはり疲れた様子は欠片もない。



「……昨夜も思いましたが、ティアさんは体力が並外れていますね」


「ん? あー、うん。その話か。あたしね、神さまの加護を授かってるんだって」


「加護を?」



 加護とは、神々が(まれ)に人々に授ける特殊な力のことだ。詠唱や祈りを必要とする魔術・法術と違い、意識するだけで、あるいは常に効果を発揮していることが大きな相違点だ。また、通常の術では再現の難しい特異な能力であることが多いのも、特徴と言える。



「うん。なんて言ったっけな……そう、『むじんぞーの体力を得る』って加護らしくてね。動いても動いても体力が湧き上がってくるの。だからあたし、子供の頃からほとんど疲れたことないんだ」


「それは……羨ましいですね」


「いやー、いいことばかりでもなくてね。体力有り余っててじっとしない子供だったから、父さん母さんには苦労かけちゃったんだよね」



 そう言ってティアさんは、少し恥ずかしそうに頬をかく。


 むじんぞー……無尽蔵ということか。だから昨夜も今もあれだけ激しく動き続けても平気というわけだ。



「ですが、その加護を活かすのであれば他の職のほうが向いていたのでは? どうして神官に? いえ、そもそも……」


「――エルフのあたしが、人間社会で神官になったのが不思議?」

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