13話 忘れられたはずの砦
目的の砦に辿り着く頃には陽はすっかりと傾き、地平線の向こうに沈み始めていた。
「これは……どういうことですか……?」
森を切り開かれた一角、そこに建てられた建物群。夕焼けの赤に照らされた砦の威容を目にして、あたしとステラは絶句していた。なぜなら……
「バラバラに崩れてる、って言ってなかった……?」
「……はい。そのはずです」
「……大昔の、砦、なんだよね?」
「……そう、聞いています」
「でも……なんか、全然古びてない、どころか、ピカピカしてるように見えるよ……?」
「……」
そう。周囲に広げられた城壁。砦を構成する複数の建物。
それらの全てが、まるでつい最近建てられたかのように傷一つなくそびえ立っている。ステラの話に嘘がなければ――当然、嘘をついてるなど思わないが――、今言ったように倒壊しているはずだし、年月が経って植物に呑まれたり風化したりしていておかしくない。なのに……
「何者かが密かに建て直したのか、私たちがなんらかの魔術で幻覚でも見せられているのか……いずれにせよ、これは異常事態です。つまり、あの魔女が関わっている可能性は、大きい」
「うん、あたしもそう思う」
ステラが感じるという魔女の気配だけでなく、明確な異常まで目の前で起きているのだ。これで何もない、というのは十中八九ないだろう。
あたしたちはまず城壁に近づき、目の前の壁を調べ始めた。ステラが足元の小石を拾って投げてみる。コツン。小石は壁に当たり、跳ね返ってくる。次に恐る恐る手で触れてみる。
「……触れ、ますね。確かにそこにある物体……幻ではなさそうですし、罠もない」
「ほんとだ……」
あたしもペタペタと壁を触り、異常がないことを確認する。この場合、異常がないことが異常かもしれない。この場所を教えてくれた商人のおじさんも、「今は使われていない大昔の砦」としか言っていなかった。つまり彼も、こんな風に建て直されてるなんて知らなかったことになる。人より情報を得る機会の多い商人が。しかも……
「あの篝火……『ここに潜伏しています』と言わんばかりですね……」
ステラの言葉通り、最も大きな中央の建物には各所に篝火が焚かれ、沈みゆく夕日と混ざり合うように辺りを照らしていた。
「ひとまず、他に異常は見当たりません。気配もあの建物から発されています」
「じゃあ、中に入ってみるしかないね」
あたしが城壁の陰から歩み出ようとすると、ステラは少し思いつめたような表情で、こんな提案をしてきた。
「……何かの罠かもしれません。魔術で建物ごと攻撃する方法もありますが……」
「ああ、確かにそういう方法も――」
そこまで口に出してから、あたしは慌てて首を振った。
「いやダメダメ! もしかしたらクレアとセシリアが中にいるかもしれないんだから!」
「……そうでしたね。すみません、失念していました」
ステラはわずかにハっとした表情を見せてから、素直に案を引っ込める。
びっくりしたぁ……初めて会った夜もそうだったけど、彼女は魔女に関わるとかなり言動が過激になる気がする。そういえばその理由はここまで聞かずじまいだったけど……
「でしたら、覚悟を決めましょう。魔女を打ち倒し、攫われたと思われる二人の安否を確認する。罠があったとしても全力で喰い破ります」
「……うん、行こう!」
気にはなるが、こんな場面でする話でもない。先行するステラを追いかけて、あたしも中央の建物入り口に近づいた。
建物は全体が石造りで、扉は鉄でできているようだった。黒剣を抜いたステラが周囲を観察し、内部の物音などを確認した後、扉を開く。ギィ……と、蝶番の軋む音が、静寂に包まれた森にかすかに響く。
「……」
扉を開けた先、玄関口には、誰の姿もなかった。気配がないことを確かめて開けたのだから、これは予想通りだ。
玄関から先には広い廊下がまっすぐ伸びており、左右に各部屋への扉が並んでいる。扉の数は多い。これを全部調べていくのは、かなりの手間と神経をすり減らすと思ったが……
「……魔女の気配は、この先、廊下の奥から漂ってきます。行きましょう。念のため、左右の扉からの不意打ちにも気をつけて」
というステラの言葉に、あたしは無言で頷いた。素人のあたしと違い、冒険の経験者である彼女の判断は的確だ。魔女の気配を察知できる能力も、今この状況では何より頼もしい。ウィッチスレイヤーとしての技術なんだろうか。鍛えたらあたしでも感じ取れるようになるんだろうか。どこをどう鍛えるのかも分からないけれど。
やがて突き当たりに辿り着くと、正面にひときわ大きな扉と、左側に上階へ続く階段が現れる。
「ここ、ですね……」
扉を見据えるステラの台詞に、あたしも緊張の面持ちで前を向く。ここまで来れば、あたしにも感じられる。ステラが感じるような魔女の気配じゃなくて、濃密な魔力の気配を。
「この、扉の奥に……」
「ええ、おそらくはあの魔女、デュエッサが。……ですが……。……」
「……? どうか、したの?」
あたしの問いに、彼女は訝しげな顔をしながら答える。
「その、何か、違和感が……確かにあの魔女の気配なのですが、それが、思った以上に大きくて……いえ、これは大きいというより……?」
……?
「……いえ、すみません。ここまで来て、躊躇している場合ではありませんよね。この扉を開ければ分かることです。……準備は、いいですか?」
「もちろん……!」
あたしは両の拳を打ち合わせながら頷く。それを見た彼女が扉に手をかける。両開きの扉を同時に開けるべく、あたしも反対側を押す。タイミングを合わせ、一気に開いた。
扉の先は、厳かな空気が満ちる広い空間になっていた。大勢が座れる長椅子がいくつも左右に並べられ、奥のほうには祭壇、その手前には机がある。それはあたしにとって、ある意味見慣れたものだった。
(……聖堂?)
あたしが通っていた神殿とは規模や造りが違うが、祭壇があるのだからまず間違いないだろう。違うのは、祭壇の奥の壁に飾られたシンボルくらい。環を模した羽の中央に剣を配置するアスタリアの聖印ではなく、鋭い牙の生えた猪を描いたものが飾られている。これは戦の勝利を司る神、スリアンヴォスのものだ。が……そのシンボルには、傷がつけられていた。
そして、この礼拝堂には三人の人影があった。
一人はもちろん、あたしたちが追っていたあの魔女。
「あはっ♪ いらっしゃーい、ステラにティア。待ってたわよぉ」
「デュエッサ……!」
罰当たりにも祭壇に腰を掛けるその女には、あの晩あたしたちが負わせたはずの傷は見受けられなかった。消し飛んだ左腕も、大穴の空いた腹部も、全て元通りになっている。その身からは邪悪で強力な魔力と、同時に強い血の匂いも発散されていた。
そして、魔女の両脇には……
「クレア! それに、あなたがセシリア!?」
そこには、とんがり帽子を被った赤髪の少女と、黒いベールと黒の聖服を纏ったブロンドの髪の女性が、薄く微笑みながらこちらを見ていた。
「よかった、二人とも無事だったんだね! ヴィルヘルムが心配してたよ! 待ってて、今助けに――」
言いながら、すぐさま駆け出そうとするあたしの手を――
「ティアさん!」
――ステラが掴んで、引き留める。ガクンっと引っ張られ、後退するあたし。
「な、何、ステラ? 早く二人を助けないと――」
そうして抗議しようとしたあたしの目の前に……唐突に、炎と氷の柱が垂直に突き立つ。
「……へ?」
あたしは目の前にそびえ立つそれらを、呆然と見る。
どちらもおそらく魔術によるもの。それも、当たっていれば致命傷になりえる規模。ステラが引っ張ってくれなければ、今頃あたしは……
やがて効力を失った魔術は消え失せ、視界が晴れる。あたしの目に映ったのは、嘲笑うように笑みを浮かべながらこちらに手を差し向ける、クレアとセシリアの姿だった。その様子はまるで……
「……今の、まさか、二人が撃ってきたの……? な……なんで? あたしたちは、二人を助けようと……それにそもそも、なんで神官のセシリアが魔術を……」
魔術は元々魔族の技術。つまり、邪神の眷属が扱っていたものだ。その由来から神官たちは魔術を嫌悪しているし、関わることも禁じている。敬虔な神官ほどその傾向が強いはずだ。なのに……
「……ティアさん。落ち着いてください。おかしいのは、それだけではありません」
「それだけじゃない、って、何が……?」
神官であるセシリアが魔術を使ったこと。二人があたしたちを攻撃してきたこと。それ以上におかしいことなんて――
「今、あの二人は、詠唱をせずに魔術を放ってきました」
「え……? あ……!」
人が魔術を扱うには詠唱か、最低でも呪文名を唱えることが必須。でも、それらを必要とせずに魔術を扱う存在を、あたしは知っている。一つは、魔族。そしてもう一つは――
「……『虚偽』の魔女、デュエッサ」
ステラは一歩前に立ち、デュエッサを鋭く見据える。
「――なぜ、その二人から魔女の気配がするのですか?」




