12話 なんかちょっとドキドキしてきた
「……《天則によって力強い火に我らは願う者です。最も迅速にして強力なその火が、信徒には明らかな助けとなるように、仇人には罪業を露わに示すものとなるように。火の章、第二節。葬炎――クリメイション》」
あたしの祈りに応えて現れた法術の白い炎が、魔物の死体の山を燃やしていく。死体が発していた黒い煙のようなもの――穢れも共に浄化され、やがて空に散って消えていく。あとには何も残らない。
アスタリアが生み出した人や動物の場合、穢れを浄化されたあとは遺体が残るのだけど、アスティマが生み出した魔物はこうして骨も残さず消えてしまう。彼らが、穢れが寄り集まってできた生物と言われる理由がこれだ。だから《火の章》の炎は魔物や魔族にとって効果的で、時には彼らに対する攻撃手段として使われることもある。
これで死体の処理は完了。通行人の邪魔になることも土地が汚染されることもない。
馬車にはすでにヴィルヘルムとゴルドーの二人が乗せられていた。ついでに彼らパーティー四人分の荷物も見つけたため、荷台に積んである。あとはあたしが乗り込むのを待っている状態だ。あたしは幌の後ろから荷台の上に乗り込む。
「お待たせ!」
全員が搭乗したのを確認すると、御者のおじさんが馬車を発進させる。搭乗者や荷物が増えたこともあり、ペースはあまり速くない。それでも人の歩行よりは十分速く、乗っている間は身体を休めることもできるので本当に助かる。揺れのせいでお尻が痛くなるのは玉にきずだけど。
やがて正午を過ぎたあたりで、馬車は当初の目的地のエルモ村に辿り着く。商人のおじさんやアンネたちはこの村を中心に活動しているらしい。ホルツ村より少し村の規模が大きいかな。周囲には魔物や野盗への対策か、頑丈そうな木の柵が張り巡らされていた。
馬車での移動中に聞いた話だと、ここはもうあたしが住んでいたハイラント帝国ではなく、隣国であるルーナ王国の領土になるらしい。ホルツ村共々、両国の領土の境目にあたるのだとか。似た境遇だからか、二つの村は昔から交流があるらしい。
「まずは村にいる神官に急いで彼らの傷を診てもらおう。それでも手に負えない場合、ここから南西に大きな街があるから、そこに運ぶことにするよ」
冒険者の宿と同様に、各村や街には最低一つはなんらかの神の神殿が建てられている。そこに行けば神官が傷の具合を診て治療してくれるはずだ。
「よろしくお願いします!」
商人のおじさんの言葉にあたしは頭を下げてお礼を述べる。
「君たちはどうするね? このまま継続してついてきてくれたらありがたいが」
「え~と……」
あたしは隣にいるステラの表情を窺う。
あたしたちの目的はあの魔女、デュエッサの討伐だ。その朧気な気配が南の方角にあったから、同じ方向に向かう馬車に同乗させてもらったわけだけど……小声でステラに確認を取る。
(……どうする、ステラ。魔女の気配は、まだ南から感じるの?)
(……いえ。実は、馬車で移動している間に気配は段々ずれていっていたんです。今は、この村の東のほうから感じていて……)
魔女の居場所は推定ホルツ村から真南。対してホルツ村から街道を使って南西に進んだ先にあったのがこのエルモ村だ。そのために、魔女の居場所からは徐々にずれてしまっていたんだろう。
とはいえヴィルヘルムの件もあったし、ステラは昨夜失った体力を取り戻す必要もあった。馬車での休みながらの移動は渡りに船だったわけで……それに、ホルツ村から歩いていくよりは、魔女の居場所にも近づいているはずだ。あたしは商人のおじさんに質問する。
「おじさん、この村の東って何かある?」
「え? ああ、確か、今は使われていない大昔の砦があったはずだけど……」
「砦……」
ステラが、何かに気づいたように呟く。そしてあたしに目配せしてから、おじさんに返答する。
「ありがとうございます。私たちは別件で用があるので、今回はこれでお暇させてください」
「そうか……残念だけど、仕方ない。でも君たちほどの腕利きならいつでも歓迎だから、機会があった時はよろしく頼むよ」
「うん! おじさんも元気でね! ヴィルヘルムたちのこと、お願いね!」
そう言って彼とは別れ、あたしたちは村の出口を目指して歩き出す。さっきの目配せもあったため、あたしは隣を歩く彼女に声をかけた。
「ステラ、何か心当たりでもあるの?」
「以前、冒険者をしている母さんたちから聞いたことがあるんです。この辺りにある古い砦、アルマトゥラ砦のことを」
「さっきおじさんが言ってたやつ?」
「ええ。大昔に魔物の侵攻を防ぐ防衛線として機能していましたが、前線が押し上げられたことでその後は使われなくなったそうです。人が来ないので、弱っている魔女が身を隠すにはちょうどいいのかもしれません。ただ……」
「ただ?」
「母さんたちの話では、その砦で何やら事件があったらしく、元から古びていた建物がさらに破壊されて、今はバラバラに倒壊しているそうなんです。なので、潜伏するには向かない気もして……」
「確かに……」
建物が崩れてるなら、寝泊まりもできないもんね。ん? というか魔女って普通に寝たり食事したりするの? まぁ、ここで考えてもしょうがないか。
「ところで、ちょっと気になってたんだけどさ」
「? なんでしょう?」
「ステラは親御さんのことを、なんで『母さんたち』って呼ぶのかなって。お母さんとお父さんってこと?」
「ああ、その話ですか。いえ、実は私には、母親が二人おりまして」
「? お母さんが、二人?」
どういうこと?
「私、元々は孤児なんです」
その言葉を聞いたあたしは一瞬まずいことを聞いてしまったかと思ったが、それを語るステラの横顔は平然としたものだった。
「でも三年前のある日、偶然出会った母さんたちに拾われまして。色々あって二人の養子に迎えてもらったんです。というのも、二人は以前からお付き合いしていたそうで」
「へ?」
予想外の言葉が出てきた。女性同士で、ってこと……!?
「そういえば、アスタリアが女神だから同性のほうが神官に向いてて、神殿は女だらけ。女性同士で付き合う人も多い、って噂で聞いたことあるけど……」
聞いたことがあるだけで、実例は見たことないんだけど。
「まさに、その母さんの一人――リュー母さんが神官でして。まぁ、噂と同じ理由ではありませんでしたが、もう一人の剣士のレニ母さんとは以前から懇意にしていたそうです」
「へ、へぇ~、そうなんだ」
どうしよう、なんかちょっとドキドキしてきた。思えばこういう話を同年代の子とするのも初めてだなぁ。エルフの里はみんなのんびりしてたし、人間ほど色恋の話で盛り上がったりもしないんだよね。
「二人が正式に付き合うとなった時、子供に関しては最初から諦めていたそうですが、『養子をもらえば子供ができたのと一緒』との理由で私を世話してくれるようになりまして」
「ステラを育てた人にしては、意外とおおざっぱだね……ちなみにそのお母さんたちって、何歳くらい?」
「二十三歳と二十歳です」
「若いね!?」
お母さんていうからステラとはもっと歳が離れてるのかと思った。というか一人はユーニさんと同い年だ。
「そうですね。だから『母さん』とは呼んでいますが、実際は姉妹のようなものかもしれません。ちょうど、ティアさんとユーニさんのような」
心読んでます?
「戦い方も、そのお母さんたちから習ったの?」
「基礎はそうですが、その先の技術が私と相性が悪かったので、別の師匠に剣と魔術を教わりました。剣士のレニ母さんが文句を言っていましたよ。『娘を取られた!』、って」
「あはは! そのお母さんおもしろいね」
「でしょう? また面白いのが、この黒剣〈ローク〉なんです。これは『魔術を制御・先鋭化させる』特性を持つ魔具でもあるんですが……」
魔具とは、疑似的に魔術を扱う、あるいは魔術を補佐する道具の総称だ。多くの場合、魔具に魔力を流し込み、決められた合言葉を唱える(中には合言葉を必要としないものもあるらしいが)ことで起動する。彼女の黒剣は、そうした魔具の一つなのだろう。しかし……
「制御はなんとなく分かるけど、せんえいか、って?」
「えーと、そうですね……力の総量は変えずに鋭くするといいますか……同じ石の塊でも、ただ殴るのと、削って刃にしたものでは効果が違うでしょう? それを魔術で行うイメージです」
「分かるような分からないような」
あたし、難しいことは分からないからなぁ。
「それで、この剣は私が師匠から譲り受けたんですが、そもそもこれを造り上げたのは、レニ母さんのそのまた母さんだったそうで」
「へぇ~! 昔から家族で知り合いだったってこと?」
「それが、レニ母さんと師匠は数年前に初めて出会ったらしく、その時初めてこの剣の由来も知ったそうです」
「それはなんか、すごいね。不思議な縁を感じるね」
「そうなんです。他にも――」
そうこうしているうちに、村の出口に辿り着く。
こんな風に和やかに話している時は、思いもよらなかった。彼女と――ステラとの、別れの時が近づいていたなんて。




