14話 星との別れ
「――なぜ、その二人から魔女の気配がするのですか?」
敵意を込めたステラの問いかけに、デュエッサは堪え切れないというように笑う。
「ふふ、あはは、あっはははははは! そうそう、その顔が見たかったの!」
「……やはり……」
ステラは何かに気づいたのか、怒りを滲ませながら剣を握り締める。
「ど、どういうこと……? 二人から、魔女の気配? なんで、そんな……」
けれどあたしは何が起こっているのか分からず、困惑するしかなかった。そんなあたしを、クレアが嘲笑する。その瞳は魔女と同じく、妖しい赤紫色に光っている。
「相変わらずバカねぇ、ティアぁ。まだ気づかないの? もううちらは人間じゃない。ご主人さまの眷属になったってことよ」
「人間じゃ、ない……?」
「そ。人間を辞めて、もっと優れた存在に生まれ変わったの。あんたも見たでしょ? うちらの魔術を」
「その通りです。私たちは素晴らしい力を得ました。ああ、感謝します、ご主人さま。神などに仕えていては、この高揚感は決して味わえなかったでしょう」
セシリアの瞳も妖しく輝き、うっとりとした顔で神を否定する言葉を吐き出す。神官であるはずの彼女が。
事ここに至ってようやく、あたしにも状況が呑み込めてきた。今の二人は、正気じゃない。そしてその原因は、初めから一つしかない。
「……二人に何をしたの、デュエッサ!」
睨みつけるあたしの視線を物ともせず、魔女は愉快そうに口を開く。
「大したことはしてないわよ。ちょっと血を貰って、代わりにわたしの持つ黒い魔力を――穢れを、与えてあげただけ」
「血を、貰う……!?」
その行動はまるで、おとぎ話の怪物、吸血鬼のようで……
「そうか……血を吸う怪物、吸血鬼。その伝承は、魔女と同じようにおとぎ話として広まっていますが、両者には密接な関係があるとも言われています。……貴女が、そうなのですね。異様に回復が早いのも、彼女たちの血を吸って力を得たから、ですか」
ステラの言葉にハっとする。血を吸うことで、ただでさえ厄介な再生能力をさらに加速させられる? だから星の光で焼いたはずの傷が跡形もなく治って……
「そして、吸血鬼に血を吸われた者もまた、吸血鬼に――貴女と同じ、魔女になる。奪った血の代わりに、穢れを与えることで……どこまで人の尊厳を弄べば気が済むのですか」
「あはっ♪ そんげん?とかはよく分からないけどぉ、あなたたちのその顔を見れただけでも、二人を眷属にしてよかったと思ってるわよ?」
(こいつ……!)
あたしたちが怒る様を愉快そうに眺めるその女を、歯噛みしつつ睨みつける。
ステラの言う通りだった。魔女は邪悪で、決して分かり合えない。ここで確実に仕留めなきゃいけない!
(……ティアさん。冒険者の鉄則、憶えていますか?)
ステラが小声で囁いてくる。
(……『自分の命は自分で護る』ってやつ?)
(そうです。そのために必要であれば……私は、彼女たちを斬ることも、視野に入れるべきだと考えます)
(――っ!)
二人を斬る……つまり、命を奪うということ。
(それに、もう人間ではないというなら……そうすることが、救いになるかもしれません)
(……)
確かに、二人を助ける方法なんて分からないし、その余裕もないかもしれない。それに魔の眷属として悪事を働かせられるのは、彼女たちの本意じゃないだろう。神殿でも、魔に連なるものは即座に排除すべきだと強く教えられる。けれど……
「さて。見たいものも見れたことだし、次は直接痛めつけてあげようかな。というわけであなたたち、やっちゃっていいわよぉ」
「「はい、ご主人さま」」
主人から命令を受けた二人は、妖しく笑いながら再びその手をあたしたちに掲げ、やはり無詠唱で魔術を放つ。クレアは巨大な火球を、セシリアは大きな氷塊を、前方に撃ち放つ。
「ティアさん!」
「う、うん!」
あたしとステラは左右に跳んで別れ、魔術を回避する。その空いた空間で、火球が爆発。同時に放たれた氷塊も粉々に砕き、溶かし、反応した水が膨れ上がってさらなる爆発を生む。
「《プロテクション!》」
あたしは法術の盾を生み出し、爆発から身を護る。水蒸気の向こう側で、ステラが前方に転がる姿も見えた。その勢いを殺さず再び駆け出したところを見るに、おそらく彼女も怪我は負っていない。あたしも遅れないように再び地を蹴る。
詠唱もなしに強力な魔術を使う二人は厄介だが、なんの制限もなしに使えるわけじゃないらしい。魔術を行使する際、力を溜める間のようなものが存在している。なら、その隙間のタイミングで接近してしまえば、後衛の二人は何もできないはず――
「――きひっ♪」
そう考えていたあたしに向かって……魔術師であるはずのクレアが、一足飛びに跳躍してきた。
「!?」
魔術師とは思えない速さでこちらに迫ってきたクレアは、鋭く尖った爪をあたしに振るってくる!
「ぐっ……!」
かろうじて手甲で防いだが、衝撃が腕に伝わる。想像以上に重い感触。魔女と化したことで身体能力が向上し、爪も武器のように硬く鋭く変化したのだろうか。
見ればステラのほうも、同じく接近してきたセシリアの攻撃に対処を迫られている。やはり驚きがあったのだろう。ステラは守勢に回っている。ただ……
「ほら、ほら、どうしたのティアぁ! 手も足も出ないの!?」
得意な領域に持ち込まれたことで、あたしはいくらか冷静になっていた。クレアの爪を手甲で弾き、あるいは避けて、徐々に間合いを測っていく。
クレアもセシリアも、人間の頃にはなかった肉体的な強さを得ているが、近接戦の心得がないからか、動きはあたしでも見切れるものだった。そしておそらく、ステラにとっても。
だから多分、打ち倒すことはできる。――仕留めることは、できる。ステラはもう、セシリアを斬るつもりだろう。そうしなければあの魔女まで刃は届かないし、躊躇していればあたしたちの命にも係わる。もう覚悟を決めるしかないのかもしれな――
「――あぁ、そうそう。一つ言い忘れてたんだけどね」
その瞬間、隙を狙ったように放たれた魔女の言葉が、耳に入り込んでくる。
「その子たち、まだ人間に戻せるかもしれないわよ?」
な……
「今はわたしがあげた穢れが身体を作り変えてるけど、まだ定着してはいないから、穢れを浄化すれば……ふふ、まさか、助けられるかもしれない相手を殺したりしないわよねぇ?」
(こ、この魔女、本当に、本当に……!)
覚悟を決めようとした矢先に見せつけられた、二人を元に戻せる可能性。そんなことを聞かされたら、どうしても拳は鈍らざるを得ない。ステラも動きに迷いが見え始めた。その隙にセシリアが彼女の両手を掴み、押え付けようとしているのが見える。そこへ――
「――あはっ♪ 隙あり♪」
いつの間に近づいていたのか、魔女デュエッサがステラの背後に回り、その身体に絡みついていた。助けに向かいたくても、目の前のクレアが邪魔をする。
「くっ……《火の章、第二節。葬炎――クリメイション!》」
「ぐぶっ……!? ――あああぁぁぁあああ!?」
あたしはクレアの腹部に拳を打ち込むと同時に、《火の章》を発動させていた。白い炎が彼女の身体に燃え広がっていく。膝をつき、倒れるクレア。
白い炎は穢れだけを燃やす聖なる炎。衣服に燃え移ることはない。しかし穢れは全身に回っていたのか炎は広がり続け、彼女はしばらく身体をかき抱いて苦悶の悲鳴を上げる。
魔女の言葉が真実であれば――『虚偽』の魔女の言葉をどこまで信じていいのか分からないが――、これでクレアを人間に戻せるかもしれない。実際、送り込まれた穢れが身体を変異させているというなら、それを浄化すれば元に戻せるというのは正しい理屈だと思えた。
けれど今は、その結果を悠長に見ている暇はない。あたしはステラのところに向かおうと――
「それじゃ、いただきまーす……♪」
ズブ――
――したけれど間に合わず。魔女の鋭く尖った牙が、ステラの白い首筋に埋め込まれる。
「あ……! く、は……」
傷口から、赤い血が流れ落ちる。じゅるじゅると血を吸われる度に、ステラの身体から力が抜けていく。役目を終えたセシリアが掴んでいた手を離すと、ステラの手から黒剣がこぼれ落ちた。
「ステラ!」
あたしは堪らず彼女の元へ駆け寄ろうとするが、それを阻むべくセシリアが立ち塞がる。
「ぐ……! どいて!」
このままじゃ、ステラまで魔女にされてしまう。戦力的にも問題だがそれ以上に、魔女をあんなに憎んでいるステラが魔女にされてしまうというのが、あたしは嫌で――
「んく……んく……ん? ……?」
そこで、ステラの血を吸っていた魔女が首筋から牙を離し、顔を上げて訝しげな表情を見せる。
「この味……それに、奥に眠っているこの魔力……え? ひょっとして……あなたまさか、そうなの……!?」
デュエッサはそこで、我慢できないというように噴き出した。
「あはっ、あっははははははは! おか、おっかしい! なんで、どうしてあなたが魔女狩りなんてやってるの!? ――魔女のあなたが!」
「……え?」
デュエッサのその言葉を、あたしは初め、理解できなかった。
魔女の、あなたが……? 誰が、魔女だって……? ――ステラが?
「ふふ、ふふふ……本当は、今日ここでこの前の仕返しをするつもりだったけど、気が変わったわぁ。これはもっとじっくり準備したほうが面白くなりそう。わたしの目的にも役立つかもしれないしね」
そう言うとデュエッサは、ぐったりと力の抜けたステラの身体を両手で抱きかかえ、ふわりと浮遊する。魔女の黄金の杯とステラが持っていた黒剣も、彼女たちに追従するように浮かび上がる。
それと共に、周囲の景色に異変が起こる。建てたばかりのようにピカピカだった聖堂が、色を、形を失い消失していき、次には夜の屋外に移り変わったのだ。足元には崩れて積み上がった石材の破片。隙間からは下草が生えている。さっきからいったい何が起こっているのか、何も分からない。
分かっているのは、屋根のなくなった建物の残骸から、ふわりと浮かび上がった魔女が飛び立とうとしていること。――力なく抱きかかえられる、ステラを連れて。
「じゃあねぇ、ティア。今日のこの事実を噛み締めて、たっぷり悩み苦しんでね? それじゃ、また会いましょう?」
セシリアに妨害されたあたしは、それをただ見ることしかできなくて……
「ステラ……ステラーー!!!」
夜の森、月明かりが照らす暗い空に、あたしの叫びが空しく響いた。




