企業戦士 外伝 拳 ―岡田―第1話 鬼の拳
いつも『企業戦士』をお読みいただき、ありがとうございます。
今回から新たな外伝、「拳 ―岡田―」をお届けします。
本編では豪快で頼れる営業部長として描かれている岡田ですが、その拳が何のために振るわれるようになったのか、そして東都建材(後の東都建設)に入社するまでの物語を描きます。
鬼の血を引く一人の男が、最強の武官として会社を背負うまでの軌跡。
本編では語られなかった岡田の過去を、ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです。
山奥。
人口百人にも満たない寒村。
山々に囲まれたその村には、一つの言い伝えがあった。
村の外れ。
巨大な岩。
高さ三メートル。
幅五メートル。
その岩には、人間とは思えない巨大な手形が残されている。
村人は、その岩をこう呼んだ。
「鬼の岩」
昔。
鬼が拳を叩きつけた跡。
そう語り継がれていた。
子どもたちは近寄らない。
大人も近づけば一礼する。
神でもあり。
畏怖でもあった。
ただ一人。
毎日その岩を殴る少年がいた。
岡田。
幼い拳で。
何度も。
何度も。
岩を殴る。
ゴン。
ゴン。
ゴン。
拳は切れ。
血が流れる。
それでも止めない。
村の老人が声を掛ける。
「また殴っとるのか。」
岡田。
「まだ割れねぇ。」
老人は苦笑する。
「割れたら困る。」
「村の守り神だからな。」
岡田。
岩を見上げる。
「鬼って本当にいたのか?」
老人は静かに頷く。
「いた。」
「そして、お前にもその血が流れておる。」
岡田は黙る。
それは昔から言われていた。
母は人。
父は鬼の血を引く一族。
半分だけ鬼。
だから。
誰より力が強かった。
転んでも骨は折れない。
怪我もすぐ治る。
村の子どもと喧嘩をすれば、相手が泣く。
いつしか。
誰も岡田と遊ばなくなった。
「鬼の子。」
「近づくな。」
そんな言葉にも慣れていた。
岡田は拳を握る。
「だったら。」
「一人でいい。」
十五歳。
岡田は村を出た。
鬼の岩に拳を当てる。
「行ってくる。」
返事はない。
それでも。
風が吹いた。
まるで背中を押すように。
数年後。
東京。
地下格闘技場。
「うおおおおぉぉぉ!!」
歓声が響く。
リング中央。
岡田。
二十二歳。
無敗。
地下格闘技王者。
対戦相手は身長二メートルを超える巨漢。
レフェリー。
「始め!」
ゴング。
巨漢が突っ込む。
岡田。
避けない。
正面から踏み込む。
拳。
一発。
腹。
二発。
肋骨。
三発。
顎。
ドォォォォォン!!
巨漢。
崩れ落ちる。
レフェリー。
「KO!!」
観客席。
大歓声。
「鬼だ!」
「化け物!」
「地下王者!」
岡田は息一つ乱れていない。
賞金の封筒だけ受け取り、リングを降りる。
インタビュアーが追いかける。
「岡田選手!」
「何のために戦うんですか!」
岡田。
立ち止まらない。
「金だ。」
「勝てば金になる。」
「それだけだ。」
控室。
封筒を開く。
札束を数える。
「……少ねぇな。」
その時。
扉が開いた。
黒いスーツ。
背筋の伸びた初老の男。
岡田。
「関係者以外立ち入り禁止だぞ。」
男は名刺を差し出す。
東都建材株式会社 代表取締役社長 鷹名
岡田。
名刺を見る。
「建材屋が何の用だ?」
鷹名。
静かに答える。
「君を迎えに来た。」
岡田。
「現場仕事なら断る。」
「俺は殴るしか能がねぇ。」
鷹名。
少し笑う。
「その拳が欲しい。」
岡田。
眉をひそめる。
「会社で喧嘩でもするのか?」
鷹名。
真っ直ぐ岡田を見る。
「喧嘩ではない。」
一拍。
「戦争だ。」
岡田。
笑い出す。
「建材屋が戦争?」
鷹名。
窓の外を見つめる。
東京の夜景。
無数のビル。
「あのビル一つ建つだけで。」
「何千人もの生活が変わる。」
「会社は利益で戦い。」
「社員を守るために戦う。」
「その最前線に立つ者を。」
「企業戦士という。」
岡田。
名刺を見つめる。
地下では最強。
だが。
この男の言葉には。
地下では感じたことのない重みがあった。
鷹名は扉へ向かう。
「返事は急がなくていい。」
「だが。」
「君の拳は。」
「もっと多くの人を守れる。」
扉が閉まる。
静寂。
岡田は名刺を見つめたまま、小さく笑う。
「変な社長だ。」
そう呟きながら。
名刺をポケットへ入れた。
鬼の拳は。
まだ。
本当の戦場を知らなかった。
第2話 企業戦士。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
中田翔子編が「文官」の物語なら、岡田編は「武官」の物語です。
拳しか信じなかった男が、鷹名との出会いを通して「仲間を守る強さ」を知っていきます。
また、この外伝では若き日の東都建材や、本編へと続く岡田の成長、そして時任明との出会いまでを描いていく予定です。
本編では見せなかった岡田の人間らしい一面も少しずつ描いていきますので、温かく見守っていただければ幸いです。




