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企業戦士戦線(コーポレート・ウォーフェア)  作者: 凡夫 成


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企業戦士 外伝 花痕 ―柏木ミツキ― 第7話 咲かない花

前書き

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回から柏木ミツキ外伝です。

本編では東都建材と柏木林業の合併に大きく関わった彼女ですが、今回はその少し前から描いていきます。

岡田との過去、柏木林業を背負う理由、そして時任明との出会い。

直接的な話というよりは、ミツキらしい余韻と駆け引きのある外伝にできればと思います。

それでは、よろしくお願いします。


柏木林業と東都建材の合併準備は、想像以上に面倒だった。


契約。


人事。


資産評価。


山林管理。


取引先への説明。


社員への周知。


柏木林業の名前をどう残すか。


森をどう守るか。


そして。


東都建材が次に向かう場所を、どう形にするか。


会議室には、毎日のように資料が積まれた。


東都建材。


鷹名。


岡田。


時任明。


中田翔子。


そして。


柏木ミツキ。


昨日まで敵だった者たちが、同じ机で資料を広げている。


奇妙な光景だった。


岡田は資料を見ながら、眉間にしわを寄せていた。


「字が多い」


中田。


「部長」


「これは重要書類です」


岡田。


「重要なら短くしろ」


明。


「岡田部長」


「それ、前にも言ってました」


岡田。


「大事なことは何度でも言う」


ミツキは小さく笑った。


岡田がミツキを見る。


「何だ」


ミツキ。


「相変わらずね」


岡田。


「お前もな」


二人の間に、一瞬だけ昔の空気が流れる。


狭い部屋。


缶ビール。


乱れたシーツ。


狂い咲いた赤い薔薇。


だが、それはもう過去だった。


今ここにいるのは。


東都建材の鬼部長と。


柏木林業の部長。


ミツキ。


「岡田」


「資料は読めるようになった?」


岡田。


「必要なとこだけ読む」


中田。


「必要なところを判断するために、全部読む必要があります」


岡田。


「時任」


「読め」


明。


「はい!」


ミツキはまた笑った。


明は資料を抱え直し、少し困った顔をする。


その顔を見て。


ミツキは思う。


この男は、まだ完成していない。


だから危うい。


だから面白い。


合併準備が進むにつれ、ミツキは東都建材の中を知っていった。


鷹名は未来を見ている。


岡田は前線を守っている。


中田は会社の神経のように情報をつないでいる。


明は。


その全てを、必死に追いかけている。


遅い。


間違える。


空回りもする。


だが、逃げない。


分からないことを、分からないままにしない。


できないことを、誰かのせいにしない。


失敗すれば頭を下げる。


必要なら誰かを頼る。


そして最後には、前に出る。


ミツキはそれを見ていた。


男の本質は。


夜よりも、仕事に出る。


寝室で優しい男は多い。


会議室で責任を取れる男は少ない。


明は、まだ強くない。


けれど。


責任から逃げなかった。


ある夜。


東都建材。


会議室。


時計はすでに深夜を回っていた。


中田は別件で退席し、岡田も営業部のトラブル対応へ向かった。


残ったのは。


明とミツキだけだった。


机の上には合併案。


山林保護条項。


柏木側社員の処遇。


東都側の新規事業計画。


そして。


新会社構想。


明は眠気と戦いながら、資料に赤を入れていた。


ミツキ。


「無理してる?」


明。


「してます」


ミツキ。


「正直ね」


明。


「嘘をつく余裕がありません」


ミツキはコーヒーを差し出す。


明。


「ありがとうございます」


一口飲んで、顔をしかめる。


ミツキ。


「苦い?」


明。


「かなり」


ミツキ。


「大人の味ね」


明。


「まだ早いかもしれません」


ミツキは笑った。


しばらく沈黙が落ちる。


夜の会議室。


蛍光灯の光。


紙の匂い。


冷めたコーヒー。


窓の外には、眠らない街。


ミツキは明を見る。


「時任さん」


明。


「はい」


「あなたは私をどう見ているの?」


明のペンが止まる。


ミツキ。


「柏木林業の部長?」


「合併先の企業戦士?」


「植物操作能力者?」


一拍。


「それとも、女?」


明はすぐには答えなかった。


ミツキはその沈黙を見ている。


男は、ここで本音を隠そうとする。


綺麗に言う。


誤魔化す。


欲を隠す。


あるいは、欲だけを見せる。


明は資料を閉じた。


そして、まっすぐミツキを見る。


「全部です」


ミツキ。


「欲張りね」


明。


「すみません」


「でも、一つだけでは見られません」


「柏木部長は、柏木林業を背負っている人です」


「企業戦士です」


「東都に必要な人です」


明は少し言葉を探す。


「それと」


「綺麗な人だとも思っています」


ミツキは黙る。


明。


「ただ」


「それを一番先に言ったら」


「失礼な気がしました」


ミツキはゆっくり笑った。


「あなた」


「本当に危ないわね」


明。


「また言われました」


ミツキ。


「そういうところよ」


明。


「どういうところですか」


ミツキ。


「分かってないところ」


ミツキは立ち上がる。


窓辺に置かれていた小さな観葉植物へ触れる。


葉が静かに揺れた。


「岡田はね」


「私を花として見なかった」


明は黙って聞いている。


ミツキ。


「黒川は私を契約にした」


「篠宮は飾ろうとした」


「槙野は根を奪おうとした」


「あなたは」


「私を会社ごと見ようとしている」


明。


「それは」


「失礼ですか」


ミツキ。


「いいえ」


「少し、困るだけ」


明。


「困る?」


ミツキは振り返る。


「私が逃げにくくなるから」


その夜。


二人は会議室を出た。


それ以上、資料を進めても頭に入らなかった。


明の部屋は、東都建材から少し離れた古いアパートだった。


狭い部屋。


本棚には、建材の資料と経営の本。


机には、中田に直された書類。


壁には、岡田との訓練で破れた上着が掛けられていた。


ミツキは部屋を見渡す。


「真面目ね」


明。


「散らかっています」


ミツキ。


「散らかり方が真面目なの」


明。


「どういう意味ですか」


ミツキは笑うだけだった。


窓辺には、小さな鉢植えがあった。


花はない。


ただ、葉が数枚だけ伸びている。


ミツキ。


「育ててるの?」


明。


「中田さんに、部屋に緑がなさすぎると言われて」


ミツキ。


「水は?」


明。


「忘れないようにしています」


ミツキ。


「忘れるのね」


明。


「たまに」


ミツキは鉢植えに触れる。


根は浅い。


けれど、死んではいない。


不器用に。


それでも生きようとしている。


ミツキ。


「あなたらしい」


明。


「植物にも性格が出ますか」


ミツキ。


「出るわ」


そして。


夜は深くなった。


多くは語らない。


語らなくていいこともある。


触れた指。


途切れた会話。


床に落ちたネクタイ。


椅子に掛けられた上着。


閉じられたカーテン。


朝。


ミツキは目を覚ました。


薄い光が部屋に入っている。


隣で、明が眠っていた。


少し疲れた顔。


まだ若い寝顔。


机の上には、合併案の資料。


床には、脱ぎ捨てられたシャツ。


シーツは乱れていた。


けれど。


花は咲いていなかった。


窓辺の鉢植え。


昨日と同じ葉。


狂い咲くこともなく。


赤い花をつけることもない。


ただ。


土の中で、根が少しだけ深くなっていた。


ミツキには、それが分かった。


「咲かないのね」


小さく呟く。


岡田の夜は、薔薇が狂い咲いた。


熱があった。


本能があった。


言葉にならない衝動があった。


あの夜の花は、燃えるように咲いた。


明の朝には、花がない。


派手な香りもない。


甘い余韻も薄い。


けれど。


根が動いている。


見えないところで。


静かに。


深く。


ミツキは鉢植えに触れた。


「そう」


「あなたは花じゃなくて、根なのね」


明が目を覚ます。


「柏木部長……?」


ミツキ。


「その呼び方、ここでは少し変ね」


明は一瞬固まる。


「すみません」


ミツキ。


「謝らなくていいわ」


明は起き上がろうとして、机の資料を落としかけた。


ミツキがそれを押さえる。


明。


「あ、すみません」


ミツキ。


「仕事の資料をベッドの横に置く人、初めて見たわ」


明。


「昨日、途中で確認していて」


ミツキ。


「本当に真面目ね」


明。


「悪い意味ですか」


ミツキは首を横に振る。


「今は、嫌いじゃない」


明は少し黙る。


そして言った。


「昨日のことを」


「仕事に影響させるつもりはありません」


ミツキは明を見る。


明。


「柏木林業の条件は、会社として守ります」


「あなたを特別扱いするつもりもありません」


「逆に、雑に扱うつもりもありません」


ミツキ。


「朝から堅いわね」


明。


「大事なことだと思ったので」


ミツキは笑った。


「だから危ないのよ」


明。


「またですか」


ミツキ。


「ええ」


「またよ」


ミツキは上着を羽織る。


帰る準備をする。


明。


「送ります」


ミツキ。


「いらないわ」


明。


「でも」


ミツキ。


「時任さん」


明が止まる。


ミツキ。


「私は誰かに送られないと帰れない女じゃない」


明。


「……はい」


ミツキは扉の前で振り返る。


「でも」


「次に会う時は、会社で」


明。


「はい」


ミツキ。


「それと」


明。


「はい」


ミツキ。


「その鉢植え、枯らさないで」


明。


「努力します」


ミツキ。


「努力じゃなくて、結果」


明は少し笑った。


「分かりました」


「枯らしません」


ミツキは部屋を出た。


廊下に朝の空気が流れている。


甘い香りは残さなかった。


赤い花も咲かせなかった。


ただ。


部屋の窓辺で。


小さな根が、少しだけ深く伸びていた。


その日の午後。


東都建材。


会議室。


ミツキは合併準備会議に出席した。


明もいた。


中田も。


岡田も。


鷹名も。


誰も、昨夜のことは知らない。


知る必要もない。


岡田がミツキを見る。


「顔色いいな」


ミツキ。


「そう?」


岡田。


「ああ」


「何か咲いたか」


ミツキは一瞬だけ岡田を見る。


この男は、時々ひどく鋭い。


ミツキ。


「咲かなかったわ」


岡田。


「そうか」


ミツキ。


「でも」


「根は動いた」


岡田は少しだけ目を細める。


そして、鼻で笑った。


「ならいいんじゃねぇか」


ミツキ。


「相変わらず雑ね」


岡田。


「褒めてんだよ」


中田。


「お二人とも」


「会議中です」


岡田。


「分かってる」


ミツキ。


「はいはい」


明は二人の会話を見て、少し不思議そうな顔をしている。


ミツキはそれを見て、心の中で笑った。


まだ分からなくていい。


花が咲かなかった意味も。


根が動いた意味も。


今はまだ。


東都建材と柏木林業の合併は、正式に進んでいった。


柏木の森は残る。


社員も残る。


山林管理部門も残る。


ただ、根の先が変わる。


柏木だけの土から。


より大きな会社へ。


そして。


より遠い未来へ。


夕方。


東都建材の窓辺。


ミツキは小さな鉢植えを見つけた。


明の部屋にあったものと同じ種類の葉。


誰かが会社にも置いたのだろう。


葉に触れる。


根はまだ浅い。


けれど、生きている。


ミツキは静かに呟く。


「急がなくていいわ」


「花は」


「咲く時に咲けばいい」


岡田は薔薇を狂い咲かせた。


時任明は花を咲かせなかった。


けれど。


ミツキは知っている。


咲かない花にも意味がある。


花を急がず。


根を伸ばす夜がある。


その夜が。


人を変えることもある。


柏木ミツキは。


誰の花にもならない。


けれど。


自分で選んだ場所には、根を張る。


東都建材。


柏木林業。


そして。


やがて生まれる新しい名。


東都建設。


その土の中で。


ミツキの根は、静かに伸び始めていた。


第8話 誰の花でもない。

後書き

お読みいただきありがとうございました。

今回は柏木ミツキ外伝の導入回でした。

ミツキは、ただの魔性の女ではなく、柏木林業を背負う企業戦士でもあります。

誰かに守られる花ではなく、自分で根を張り、自分で咲く場所を選ぶ女性として描いていきたいです。

次回は、ミツキの過去と、彼女の能力の原点に触れていきます。

引き続きよろしくお願いします。

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