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企業戦士戦線(コーポレート・ウォーフェア)  作者: 凡夫 成


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企業戦士 外伝 花痕 ―柏木ミツキ― 第8話 誰の花でもない

前書き

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回から柏木ミツキ外伝です。

本編では東都建材と柏木林業の合併に大きく関わった彼女ですが、今回はその少し前から描いていきます。

岡田との過去、柏木林業を背負う理由、そして時任明との出会い。

直接的な話というよりは、ミツキらしい余韻と駆け引きのある外伝にできればと思います。

それでは、よろしくお願いします。


合併の日。


東都建材の本社には、いつもと違う緊張があった。


社員たちが廊下を行き来し、会議室には資料が積まれ、秘書室は朝から動き続けている。


柏木林業の役員。


東都建材の役員。


取引先。


金融機関。


報道関係者。


小さな建材会社と老舗林業会社の合併。


業界にとって、それは大きな出来事だった。


ミツキは窓際に立ち、外を見ていた。


東京の街。


森とは違う景色。


土の匂いは薄い。


風も硬い。


けれど、ここにも根は張れる。


そう思えるようになっていた。


扉が開く。


岡田が入ってくる。


「準備できてんのか」


ミツキ。


「ええ」


「そっちは?」


岡田。


「俺は立ってるだけだ」


ミツキは笑う。


「得意そうね」


岡田。


「お前は喋りすぎるなよ」


「余計な花が咲く」


ミツキ。


「心配してくれてるの?」


岡田。


「面倒が増えるのが嫌なだけだ」


ミツキは岡田を見る。


昔と同じ。


乱暴で。


雑で。


でも、嘘がない。


岡田は変わった。


地下格闘技の鬼ではなく、東都の武官になった。


それでも、根を張らない熱は残っている。


ミツキ。


「岡田」


「何だ」


「昔、私が置いていったバラ」


「枯らした?」


岡田は少し黙った。


「知らねぇ」


ミツキ。


「嘘」


岡田。


「……水くらいはやった」


ミツキは笑った。


「そう」


「なら十分」


岡田。


「お前の方はどうなんだ」


ミツキ。


「何が?」


岡田。


「根は張れそうか」


ミツキは窓の外を見る。


「ええ」


「でも、誰かの鉢には入らないわ」


岡田は鼻で笑う。


「知ってる」


それだけ言って、岡田は部屋を出ていった。


入れ替わるように、明が顔を出す。


「柏木部長」


ミツキ。


「もうすぐ、その呼び方も変わるわね」


明。


「そうですね」


明は少し緊張していた。


手には式典用の資料。


端が少し折れている。


ミツキ。


「また中田さんに怒られるわよ」


明。


「あ」


慌てて資料を直す。


ミツキはそれを見て笑う。


明。


「今日は、よろしくお願いします」


ミツキ。


「こちらこそ」


少し沈黙。


明は何かを言おうとして、言葉を探していた。


ミツキ。


「何?」


明。


「柏木林業を」


「東都に来ることを選んでくれて、ありがとうございます」


ミツキは明を見る。


「勘違いしないで」


「あなたのために来たわけじゃない」


明。


「はい」


「分かっています」


ミツキ。


「柏木の森を守るため」


「社員を守るため」


「私が選んだ未来のため」


明。


「はい」


ミツキ。


「でも」


一拍。


「あなたがいたから、選べたのは確かよ」


明は黙る。


それから、深く頭を下げた。


「必ず守ります」


ミツキ。


「一人で?」


明は顔を上げる。


「いいえ」


「会社で守ります」


ミツキは満足そうに笑った。


「少し成長したわね」


明。


「岡田部長にも、同じようなことを言われました」


ミツキ。


「あの人よりは、私の方が優しいでしょう?」


明は答えに詰まる。


ミツキ。


「そこは即答していいのよ」


明。


「すみません」


ミツキは声を出して笑った。


やがて、会見が始まった。


会場。


鷹名が壇上に立つ。


横には柏木林業の社長。


その後ろに、岡田、明、中田、ミツキ。


鷹名は静かに語り始める。


「本日、東都建材は柏木林業を迎え入れます」


「建材を扱う会社として」


「我々は長く、街を造るための材料を届けてきました」


「しかし、材料を届けるだけでは届かない場所があります」


「森を知り」


「木を育て」


「根を守る会社と共に歩むことで」


「我々は次の段階へ進みます」


会場が静まる。


鷹名は一拍置いた。


「本日より」


「東都建材は社名を改めます」


「新社名」


「東都建設」


ざわめきが広がる。


東都建設。


建材屋が、街を造る会社へ。


その夢が、初めて形になった瞬間だった。


ミツキは、その言葉を静かに聞いていた。


柏木林業の名前は、表からは小さくなる。


だが、消えるわけではない。


根は残る。


むしろ、もっと広い土へ伸びていく。


記者の一人が手を挙げる。


「柏木部長に質問です」


ミツキ。


「はい」


「柏木林業は老舗です」


「吸収合併という形に、抵抗はありませんでしたか」


ミツキはマイクの前へ立つ。


「ありました」


会場が静まる。


ミツキ。


「柏木林業には、長い歴史があります」


「山があります」


「社員がいます」


「取引先があります」


「簡単に形を変えていいものではありません」


記者。


「では、なぜ決断を?」


ミツキ。


「形を守るために、根を枯らすわけにはいかないからです」


「木は大きくなるために、枝を伸ばします」


「時には、根を遠くまで伸ばします」


「柏木林業は消えるのではありません」


「東都建設の中で、さらに深く根を張ります」


別の記者が問う。


「柏木部長ご自身は、東都建設でどのような立場を目指されますか」


ミツキは少しだけ笑った。


「誰かに飾られる花ではなく」


「会社を支える根でありたいと思っています」


会場の隅で、岡田が小さく笑う。


明はまっすぐミツキを見ていた。


中田は静かにメモを取っている。


会見後。


廊下。


ミツキの前に、桐生が立っていた。


かつてミツキの部長就任に反対した専務。


今は、東都建設の山林管理部門へ移ることになっている。


桐生。


「柏木部長」


ミツキ。


「その呼び方も、今日までかしら」


桐生。


「いえ」


「私にとっては、あなたは今後も柏木部長です」


ミツキは少し笑う。


桐生。


「正直に申し上げます」


「私は、あなたを甘く見ていました」


「社長の娘」


「美しいだけの令嬢」


「男を使って契約を取る女」


「そう思っていた時期がありました」


ミツキ。


「知っていたわ」


桐生。


「でしょうね」


桐生は深く頭を下げる。


「ですが、あなたは柏木林業を守った」


「名前ではなく」


「根を守った」


「私は、その根の一本として働きます」


ミツキ。


「期待してるわ」


桐生。


「はい」


桐生が去った後。


ミツキは一人、旧柏木林業の部長室へ戻った。


荷物は少ない。


資料。


契約書。


父からもらったバラの鉢。


篠宮からの白い蘭は、今では社員食堂で根を張っている。


黒川との契約書は、金庫の中。


槙野との提携書は、山林管理部門の資料棚。


男たちが残したものは、それぞれ会社の中で形を変えていた。


ミツキはバラの鉢を持ち上げる。


あの日、岡田の部屋で狂い咲いたバラ。


時任明と話した夜に、新芽を出したバラ。


今は。


小さな蕾をつけていた。


まだ開いていない。


ミツキ。


「あなたも引っ越しね」


その夜。


東都建設。


新しい執務室。


窓辺に、ミツキはバラの鉢を置いた。


東京の光が、ガラス越しに差し込む。


森とは違う。


温室とも違う。


狭いアパートとも違う。


ここは、新しい土だった。


背後から声がする。


「咲きそうか」


岡田だった。


ミツキ。


「まだね」


岡田。


「珍しいな」


「お前ならすぐ咲かせるだろ」


ミツキ。


「咲かせるのと、咲くのは違うわ」


岡田。


「分からん」


ミツキ。


「でしょうね」


岡田は窓辺のバラを見る。


「時任の部屋のやつは?」


ミツキ。


「根が伸びたわ」


岡田。


「花は?」


ミツキ。


「咲かなかった」


岡田は少しだけ笑う。


「らしいな」


ミツキ。


「どっちが?」


岡田。


「両方」


ミツキは岡田を見る。


「嫉妬?」


岡田。


「馬鹿言え」


ミツキ。


「そういうことにしておく」


岡田。


「お前は昔から面倒くせぇ」


ミツキ。


「あなたは昔から雑」


二人は少しだけ笑った。


そこへ明が来る。


「岡田部長」


「柏木部長」


二人が同時に振り返る。


明。


「すみません」


「お邪魔でしたか」


岡田。


「邪魔じゃねぇ」


ミツキ。


「少しだけね」


明が固まる。


ミツキは笑った。


「冗談よ」


明。


「あの」


「新会社の山林管理部門の資料を確認していただきたくて」


岡田。


「今か?」


明。


「中田さんに、今日中に確認しないと明日怒りますと言われました」


岡田。


「もう怒ってるやつだな」


ミツキ。


「見せて」


明は資料を差し出す。


ミツキは目を通す。


森林保全予算。


柏木側社員の配置。


東都側との連携。


新規建設事業への木材供給。


まだ粗い。


けれど、ミツキの言葉は残っている。


根を切らない。


森を売らない。


社員を捨てない。


未来へつなぐ。


ミツキ。


「悪くないわ」


明。


「本当ですか」


ミツキ。


「ええ」


「でも、詰めが甘い」


明。


「やっぱり」


岡田。


「褒められて落ち込むな」


ミツキ。


「明日、一緒に直しましょう」


明。


「はい」


岡田は二人を見る。


少しだけ目を細める。


そして、何も言わずに部屋を出た。


明。


「岡田部長、怒ってましたか」


ミツキ。


「いいえ」


「昔の花を見に来ただけ」


明。


「花?」


ミツキ。


「まだ分からなくていいわ」


明は困ったように頷いた。


ミツキはその顔を見て、小さく笑う。


この男は、まだ知らない。


花が咲く意味も。


咲かない意味も。


根が動く夜の重さも。


けれど。


知らないからこそ、前へ進める。


その不器用さが、ミツキには少し眩しかった。


深夜。


東都建設の窓辺。


ミツキは一人、バラの鉢の前に立っていた。


男たちの顔が、静かに浮かぶ。


岡田。


花瓶を持たない男。


ミツキを飾らず、縛らず、ただ熱を残した鬼。


あの夜、バラは狂い咲いた。


篠宮。


温室を見せた男。


優しさという名の檻を教えた男。


花は咲かなかった。


黒川。


契約で欲を縛る男。


欲望の根を見せた男。


残ったのは、ミツキに有利な契約書。


槙野。


根を奪おうとした男。


寄生する者は、寄生されることもあると教えた男。


白い花が、黒い根の上に咲いた。


そして。


時任明。


まだ未熟で。


危うくて。


真面目で。


嘘が下手な男。


ミツキを飾ろうとせず。


奪おうともせず。


会社ごと、根ごと見ようとした男。


あの夜、花は咲かなかった。


けれど。


新しい根が動いた。


ミツキはバラに触れる。


「みんな、勝手ね」


「見て」


「求めて」


「守ろうとして」


「奪おうとして」


「連れていこうとして」


葉が揺れる。


ミツキ。


「でも」


「私は誰の花でもない」


指先に緑の光が灯る。


無理に咲かせることはしない。


ただ、根に水を送る。


土を整える。


朝が来るのを待つ。


ミツキ。


「咲く場所は」


「自分で決める」


夜が明ける。


東都建設の窓に、朝日が差し込む。


バラの蕾が、ゆっくりと開いた。


狂い咲きではない。


派手な花でもない。


たった一輪。


深い赤。


静かに。


強く。


自分の時を選んで咲いた花。


ミツキはそれを見て、微笑んだ。


「おはよう」


出社してきた中田が、部屋の前で足を止める。


「柏木部長」


ミツキ。


「おはよう、中田さん」


中田。


「綺麗ですね」


ミツキ。


「ええ」


「やっと咲いたの」


中田は花を見る。


「どなたのために?」


ミツキは少し考えた。


そして、笑った。


「私のために」


中田は静かに頷いた。


「それが一番よろしいかと」


廊下の向こうから、明の声がする。


「中田さん!」


「昨日の資料、直しました!」


さらに後ろから岡田の声。


「声がでけぇ!」


東都建材でもなく。


柏木だけでもなく。


新しい会社の朝が始まる。


東都建設。


街を造る会社。


その窓辺で。


柏木ミツキの花は咲いた。


誰かのためではなく。


誰かのものでもなく。


自分で選んだ場所で。


深く根を張りながら。


企業戦士 外伝

花痕 ―柏木ミツキ―


完。

後書き

お読みいただきありがとうございました。

今回は柏木ミツキ外伝の導入回でした。

ミツキは、ただの魔性の女ではなく、柏木林業を背負う企業戦士でもあります。

誰かに守られる花ではなく、自分で根を張り、自分で咲く場所を選ぶ女性として描いていきたいです。

次回は、ミツキの過去と、彼女の能力の原点に触れていきます。

引き続きよろしくお願いします。

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