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企業戦士戦線(コーポレート・ウォーフェア)  作者: 凡夫 成


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企業戦士 外伝 花痕 ―柏木ミツキ― 第2話 鬼と薔薇

前書き

いつもお読みいただきありがとうございます。

今回から柏木ミツキ外伝です。

本編では東都建材と柏木林業の合併に大きく関わった彼女ですが、今回はその少し前から描いていきます。

岡田との過去、柏木林業を背負う理由、そして時任明との出会い。

直接的な話というよりは、ミツキらしい余韻と駆け引きのある外伝にできればと思います。

それでは、よろしくお願いします。


大学の構内で。


ミツキは何度か、その男を見かけた。


大きな背中。


乱暴な歩き方。


誰とも群れない目。


学生たちの間では噂になっていた。


「また喧嘩してたらしい」


「三人相手に勝ったって」


「大学の人じゃないらしいよ」


「近くの地下格闘に出てるって聞いた」


名前は。


岡田。


それだけが分かった。


ミツキは興味を持った。


綺麗だと褒める男は多かった。


守ってあげると言う男もいた。


花みたいだと笑う男もいた。


だが。


岡田は違った。


ミツキを見ても、何も言わない。


近づいても、機嫌を取らない。


笑いかけても、簡単には反応しない。


まるで。


花を見る目ではなく。


石でも見るような目だった。


それが少しだけ面白かった。


ある夕方。


大学近くの路地裏。


岡田は壁にもたれて缶コーヒーを飲んでいた。


ミツキはその前に立つ。


岡田。


「何だ」


ミツキ。


「いつも喧嘩してる人?」


岡田。


「いつもじゃねぇ」


「向こうが来るだけだ」


ミツキ。


「強いんだ」


岡田。


「弱くはねぇ」


ミツキは笑う。


「私、柏木ミツキ」


岡田は缶コーヒーを飲む。


「聞いてねぇ」


普通の男なら。


ここで名前を褒める。


家を聞く。


連絡先を聞く。


距離を詰める。


だが岡田は、何もしない。


ミツキ。


「あなたは?」


岡田。


「岡田」


「知ってる」


「なら聞くな」


ミツキは少し笑った。


「面白いね」


岡田。


「お前の方が変だ」


「普通、俺みたいなのには近づかねぇ」


ミツキ。


「普通じゃないから」


「近づいてるの」


岡田は初めて、ミツキをまともに見た。


その目には欲がなかった。


支配欲も。


所有欲も。


軽い下心すら、表には出ていない。


ただ。


目の前の面倒な女を見ているだけ。


ミツキは思った。


この男は、花瓶を用意しない。


飾ろうともしない。


手折ろうともしない。


ただ、咲いているものは咲いているものとして見る。


それはそれで。


悪くなかった。


それから二人は、時々会うようになった。


約束はしない。


連絡もしない。


大学の近く。


路地裏。


安い定食屋。


古いアパート。


どちらかが現れれば会う。


いなければ、それで終わり。


そんな関係だった。


岡田は多くを語らない。


自分の村のことも。


鬼の血のことも。


地下格闘技のことも。


聞かれなければ話さない。


ミツキも同じだった。


柏木林業のこと。


家のこと。


父の期待。


会社の未来。


男たちの視線。


全部、話さない。


ただ。


沈黙が苦ではなかった。


ある夜。


雨が降っていた。


ミツキの部屋。


窓辺には、父から渡されたバラの鉢植えが置かれている。


まだ花は咲いていない。


岡田は床に座り、缶ビールを飲んでいた。


ミツキ。


「うちの父ね」


「私に柏木林業を守らせたいんだと思う」


岡田。


「守ればいいだろ」


ミツキ。


「簡単に言うね」


岡田。


「嫌なら捨てろ」


ミツキは笑う。


「あなたって本当に雑」


岡田。


「難しく考えるから絡まるんだろ」


ミツキは窓辺のバラを見る。


「根は絡まるものよ」


岡田。


「切ればいい」


ミツキ。


「切ったら枯れる」


岡田。


「じゃあ、強くなれ」


ミツキは岡田を見る。


「それだけ?」


岡田。


「それだけだ」


雨音が部屋を満たす。


岡田の言葉は乱暴だった。


優しくない。


慰めでもない。


けれど。


嘘がなかった。


ミツキは、そういう言葉が嫌いではなかった。


翌朝。


岡田が目を覚ました時。


ミツキの姿はなかった。


狭い部屋。


乱れたシーツ。


床に落ちた長い髪。


空になった缶ビール。


そして。


窓辺。


昨日まで蕾もなかったバラが。


真っ赤な花を咲かせていた。


一本。


二本。


三本。


鉢から溢れるほど。


狂ったように咲き誇っている。


部屋中に甘い香りが満ちていた。


岡田はしばらくそれを見ていた。


「……何だこれ」


机の上には、小さな紙が置かれていた。


名前はない。


ただ、一言。


『夢を見るなら、途中で負けないで』


岡田は紙を拾う。


「勝手なこと言いやがって」


そう言って。


少しだけ笑った。


その頃。


ミツキは駅のホームにいた。


髪を結び直しながら、朝の電車を待っている。


指先には、赤い花びらが一枚。


ミツキはそれを風に放した。


花びらは線路の方へ舞っていく。


ミツキ。


「鬼は」


「根を張らないのね」


岡田は強い。


けれど、どこにも根を下ろしていない。


金のために戦う。


勝つために戦う。


生きるために戦う。


その拳は熱い。


だが、未来を見ていない。


だから惹かれた。


だから。


一緒にはいられない。


数日後。


ミツキは岡田を見かけた。


彼は黒いスーツの男と話していた。


背筋の伸びた男。


社長の目をした男。


後に東都建材の社長となる、鷹名だった。


ミツキは遠くから二人を見る。


岡田は面倒くさそうにしながらも。


逃げてはいなかった。


ミツキには分かった。


あの男は。


鬼の拳に、行き先を与えようとしている。


ミツキは小さく笑う。


「よかったじゃない」


岡田は根を張る男ではない。


けれど。


背中を預ける場所があれば、どこまでも戦える男だ。


鷹名という男は、それを見抜いたのだろう。


しばらくして。


岡田は東都建材へ入った。


ミツキもまた、柏木林業の娘として学ぶべきことを増やしていった。


二人は少しずつ会わなくなった。


別れの言葉はなかった。


約束もなかった。


だから終わりもなかった。


ただ。


季節が変わり。


立つ場所が変わり。


伸びる根の方向が変わっただけ。


ミツキの部屋。


窓辺のバラは、あの日以来しばらく花を咲かせなかった。


水をやっても。


日に当てても。


静かに葉だけを揺らしていた。


ミツキは指先で葉に触れる。


「咲かないの?」


根は答えない。


けれど、ミツキには分かっていた。


あの花は。


岡田に向けて咲いたのだ。


鬼のような男。


花を飾らない男。


根を見ようともしない男。


それでも。


ミツキを花瓶に入れなかった男。


ミツキは笑う。


「嫌いじゃなかったよ」


バラの葉が、わずかに揺れた。


やがて。


ミツキは柏木林業へ戻る。


父の会社。


森。


木材。


取引先。


会議室。


男たちの欲望。


そこでは、岡田のような男ばかりではなかった。


美しい花として飾ろうとする男。


柏木の名前を利用しようとする男。


ミツキを手に入れれば、会社まで手に入ると思う男。


そんな男たちが、これから何人も現れる。


だが。


ミツキはもう知っていた。


花は、飾られるために咲くのではない。


生き残るために咲く。


そして。


必要なら。


棘を刺す。


根を絡める。


養分すら奪う。


岡田との短い季節は。


ミツキに熱を残した。


乱れたシーツ。


甘い花の香り。


狂い咲いた赤いバラ。


それは恋だったのか。


欲だったのか。


執着だったのか。


ミツキ自身にも分からない。


ただ一つだけ分かる。


あの鬼は。


ミツキの中に。


消えない花痕を残した。


そしてミツキもまた。


岡田の部屋に。


狂い咲く薔薇を残した。


第3話 温室の男。

後書き

お読みいただきありがとうございました。

今回は柏木ミツキ外伝の導入回でした。

ミツキは、ただの魔性の女ではなく、柏木林業を背負う企業戦士でもあります。

誰かに守られる花ではなく、自分で根を張り、自分で咲く場所を選ぶ女性として描いていきたいです。

次回は、ミツキの過去と、彼女の能力の原点に触れていきます。

引き続きよろしくお願いします。

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