14 魔法
「はい、終わり。」
魔王さまの少し冷たい手がそっと目元から離れて行く。
魔王さまに魔法をかけてもらったけど、目を閉じてた間も開けた後も特に変わった気はしなかった。
横を見ればなぜかリーフェスさんががっくりと肩を落とし、その隣ではウォレスが蹲っていじけている。
「・・・文字を教える手が触れてキャッ作戦が台無し。」
「ミナモ様にもっと頼られるはずだったのに・・・」
天然宰相さまの頭の中をちょっと覗いた気がするけど、うん、ほっとこう。
改めて紙を見て読めることを確かめた。
それはフラウの几帳面な文字が整然と並ぶ、雇用のための契約書だった。
内容は、緑の館の管理人として雇うかわりに食材と生活費を支給するというもの。
最後にフラウのサインがあってその下にわたしの名前を書くところがあった。
どきどきしながらペンを持つと、頭に書くべき文字が浮かんでそれを真似する。
名前を書き終えて、フラウに見せた。
「合ってる?」
サインをじっと見たフラウが口元を緩めて頷いた。
「ああ。それに綺麗な字だな。」
真似しただけの字を褒められただけなのにちょっと嬉しい。
わずかにニヤつく頬で、顔を上げたフラウに照れ笑いを返す。
「ところでミナモちゃん。」
横からかけられた声に魔王さまを振り返る。
魔王さまはメガネをついっと直して、フラウをちらっと見た。
「君、鍵はどうしてる?」
鍵なんてこの一本きりだと思って、緑の館の鍵を魔王さまの前に提示する。
それを見て魔王さまが「やっぱりね」と呟いた。
「君に魔力が無いのは知ってるね?それなら鍵の魔法も使えないということになる。」
魔王さまの言葉に3人がはっとした顔をした。
うん、気づいてたよ。
ウォレスが不法侵入したときにね。
でも何で不法侵入した本人がそんな顔するのよ。
あ、もしかして気づかれちまった的な?
じっとウォレスを見ていると魔王さまが覗き込んできた。
「ついでに鍵の魔法もかけてあげるね?」
この世界での鍵の重要性がどの程度かわからないけど頷いた。
もしかしたら単に一瞬で移動できる先に指定できないだけかもしれない。
「誰か許可したい人はいるかい?」
許可?どういうことかと聞いてみると、許可された人は鍵の魔法を無効化できるというではないか。
つまり緑の館に入り放題ということになる。
「それじゃあフラウとウォレスでお願いします。」
二人ならまあいいかと思ってそう言うと、フラウはちょっと驚いたみたいでウォレスは輝かんばかりの笑顔になってた。
ふと、リーフェスさんと魔王さまがわずかに変な顔をしてるのに気がついた。
「・・・僕は、入ってないのかな?」
ん?と笑顔で首を傾げられて背中を何かが這い上がる。
するりと手の甲で頬を撫でたリーフェスさんはお色気全開だった。
「ぉ、お二人もお願いします。」
一歩後退って答えた顔は引き攣ってたと思う。
そして。わたしは求人広告を片手に、あるお店の前に立っていた。
『ネイヤ手芸店』
広告を見る。間違いない。
時給 700ウェン(昇給有り)
時間 10:00~17:00(休憩有り)
内容 縫いぐるみの製作
(時間・曜日応相談)
広告を握り締め、睨みつけるようにお店の扉を見た。