第22話「聖女」
お昼を終え、午後は授業内容の説明をされるだけでその日は終わった。他の生徒たちはまだ授業中ではあるが、残りの時間は自由行動と言われたので早速校内の練武場に向かう。
学院の練武場は流石王国運営らしく、広大な施設であった。説明では、特殊な鉱物を練った人工石で覆われているようで、大抵の魔法をぶつけても壊れない程の耐久性だそうだ。流石にわざとぶつけるようなことは推奨されてはいないが。
学院の生徒であれば申請するだけで誰でも使える施設だが、許容人数や授業の関係もあるので何日か前に申請していた方が確実らしい。しかし、今はそこまで人は多くないようで申請は出来た。
施設の中は区切られており、授業等で使う部屋の収容人数はおおよそ40人程度らしいが、他に大広間と呼ばれる場所が100人まで同時に使う事ができる。個人で練習する際は基本ここを使うらしい。
大広間ではすでに十数人の生徒が魔法の練習をしていた。派手な水魔法を使っているのは上級生だろうか?
広いはずの室内は十数人しかいないにも関わらず各々が所狭しと魔法を使っている。もしかしたら普段よりも少ないので贅沢に使っているという事かもしれない。
その中で、一際目につく魔法を使っている人がいた。魔法の規模は他の上級生らしき人達よりも劣るが、普通の魔法よりも異質な物だった。
その魔法は様々な薄い色のついたガラスのような半球を展開している。試験のために属性は学んだが、あの魔法は初めてみる。領域系であればわざわざ半球にする必要はないはずだ。
「彼女が当代の聖女、ルナリアさんですよ。フィオラさん」
眺めていると、突然後ろから声を掛けられ、振り返ると見事な金髪の美男子がほほえみかけてきている。短めに切りそろえられている髪を後ろに流している。
勿論私としては初対面の人物だ。
「お久しぶりです。無事に目覚めたとは聞いておりましたが、実際にお会いできて良かったです。魔法学院に中途で入ってきたと聞いた時には驚いたものです。お元気でしたか?」
「……失礼かもしれませんが、私とお会いになったことが?」
「ふむ……。記憶を失ってしまったというのは本当の事なのですね。私は、フランツ。あなたの元婚約者ですよ」
私の元婚約者……? そんな話は一度も聞いていない。だが、それが嘘でなければ目の前の男も恐らく貴族以上なのだろう。知りませんと雑にあしらうのは宜しくない。
「それは、すみませんでした。私に婚約者がいたという事すら初耳でして」
「ケインの事だからなんとなくそうじゃないかと思ってました。彼はあなたに対して過保護ですからね。婚約してからもずっと険しい目で見られてましたよ」
「そうだったのですか……。申し訳ありませんでした」
昔から過保護だったのだろうとは思っていたが、婚約者に対してもそうだったのは少し恥ずかしい。同時に、記憶が一切ない事に対して罪悪感が募る。
「謝らなくても結構ですよ。もう随分と昔の事です。婚約も解消された当時は僕もショックでしたが、事情が事情だったので仕方ありませんでした」
私が落ち込まないようにだろうか、軽く肩をすくめて笑いかけてくる。
「しかし、彼女が噂の聖女ですか。今使っている魔法については何かご存じですか?」
「あれは聖女にしか使えないと言われている絶対防御の魔法ですね。極めればあらゆる魔法を弾き返すと言われています」
「あらゆる魔法を弾き返す、ですか。彼女はもしかしていつも一人で訓練を?」
「待ち合わせの人がまだ来ないので一人で練習していたのでしょう」
「待ち合わせの人?」
「まぁ、その人は僕なんですがね。あの魔法が何なのか知っているのも彼女から聞いたので」
ちょうど魔法を解除したルナリアがこちら、というよりフランツに気付いて駆け寄ってくる。
「お待ちしておりましたフランツ様! こちらの方は?」
「もっと早く来るつもりだったのだけど遅れてすまないね。こちらはフィオラ嬢。私の……友人の妹だ」
「へ~。初めまして、私はルナリアです。今代の聖女を授かっております」
「初めまして。噂の聖女にお会いできて光栄ですわ」
薄い灰色の髪と瞳の可愛らしい少女。何とも言えぬ庇護欲が掻き立てられる見た目をしている。
「……ところで、フィオラ様はどうしてこちらに?」
「暇だったので、魔法の練習にと思ってですが……」
ルナリアからの視線が私の真意を探ろうとしているかのように見つめられる。別に言葉通りの意味以外ないのだが、初対面でここまで警戒されるような事をしてしまっただろうか?
「そうだ、せっかくだしフィオラ嬢にも手伝ってもらえばいいんじゃないか? 僕の魔法は火だけど、彼女は氷属性だからいつもと違った感覚が得られると思うよ」
「……そうですね。フィオラ様、お時間があるのでしたら私の練習にお付き合いいただけませんか?」
何故そんな不服そうな声色で言ってくるのか本当に分からない。まだ挨拶しただけではないか? もしかして、実は知り合いで忘れているとかだろうか。
どちらにせよ、フランツの提案はこちらとしてもありがたい事だ。魔王様を倒しに行けるだけの実力があるのか実際に確かめられる。
「構いませんわ。今日は初日でこの後やることもありませんし」
「それはよかった! フィオラの魔法はケインとは違って本当に綺麗なものが多くてな。ルナリアも見とれて集中が切れるなんてことがないように気を付けるんだぞ~」
「……はい」
フランツが私の事を呼び捨てにした瞬間、ルナリアからの目つきが一層険しくなった。もしかして、フランツと親しい関係だとでも思われているのだろうか。フランツとルナリアの会話を聞くに、二人の仲は悪くなさそうだし、ぽっと出のどこの誰かもわからない女に取られるかもしれないと思って警戒しているとか?
確かにフランツのしゃべり方が私と比べて随分砕けている。どこまでの仲なのかは分からないが、相当に親しいのだろう。
当のフランツはそんなルナリアの目つきには気付いていませんよと言わんばかりの笑顔で行こうかと呼びかけてくる。本当に気付いてないのか、敢えて無視しているのかは分からない。
「いやぁ久しぶりにフィオラ嬢の魔法が見れるなんて嬉しいですよ。もう二度と見れないと思ってましたので」
「そうですか。ですが、残念ながらどんな魔法を使っていたかの記憶も失っているので昔のような魔法は使えませんよ」
「魔法を忘れる?! そんなことがあるんですか?!」
「記憶を失っていると聞いてるんですよね? むしろ何故忘れてないと思ったのですか?」
「……そう、ですよね。失った記憶は数年程度の物だと思ってたので。それに、学院にも入れたという事は魔法は使えるわけで……。ん? 目覚めたのは割と最近だと聞いてましたけど、もしかしてそのわずかな間に魔法を鍛えなおして中途で入ってきたという事ですか?!」
「そうですが……?」
何を当たり前の事を、と思っているがフランツの反応を見るにもしかしたら結構凄い事をしてしまったのかもしれない。元の記憶はないが大鎌の男の記憶はそれなりに残っているので、見たことがある魔法を氷の魔法で再現したり、普通に勉強して来たのだが。私って、天才だったのか?
「魔法を忘れているという事は、今まで練習した数年分の魔法が全部リセットされているという事ですよね? それを鍛えなおすには、目が覚めたという日から試験までの時間ではあまりにも時間が足りなさすぎる。もしかして、魔力を感じ取る事もできなかったんじゃないですか?!」
「よくお分かりになりますね。魔力を感じ取る所から始めましたよ?」
まぁ、魔族流のやり方を知っていたので苦労はしなかったが。
「素晴らしい! ほぼ1から始めてこの学院に中途で入学? フィオラ嬢はもしかして天才なんじゃないでしょうか!」
「ありがとうございます……?」
やはり天才だった。
それはそれとして、興奮気味に迫ってくるフランツの勢いに少しだけ圧される。
「……先ほどからお二人だけで楽しそうで御座いますね。フィオラ様が引いてるのでそこら辺で落ち着かれてはいかがですか。近すぎです」
気圧されてどうしようかと迷っている所でルナリアが間に割って引きはがしてくれる。
「あぁ、すまないね。まさか1カ月程度で学院に入学できる程の魔法を習得するなんて、天才としか思えなくてね。元から優秀だったけど、これなら賢者も目指せるんじゃないかと、ね?」
「……賢者になれるのはその天才でも極一部の人だけですよ。それよりもフランツ様、早く始めましょう」
機嫌が悪いのを隠そうともしない態度でフランツの手を握って自分の方にそれとなく引き寄せる。そんな態度なのに不快に思わないどころか可愛いと思ってしまう。まるで拗ねた子供のようだ。いや、同年代のはずだからまだ子供か。
そのままルナリアに手を引かれて行くフランツ。フランツの方は特に変わらないが、ルナリアの方は自分から手を引いているのに少し赤くなっている。
「……結構面白い状況だな?」
これまで強さという面で憧れや嫉妬を向けられたことはあったが、色恋沙汰での嫉妬が向けられるのは初めての経験だ。初めての経験というのはいつだって心躍らされる。




