第21話「王立魔法学院」
試験に合格し、晴れて私も魔法学院の一員だ。授業はすでに始まっているらしいが、中途組はそれを前提に入れるだけの実力を試験されているので、1年の課程は理解できる程度しか進んでいないらしい。苦労するのは、授業の最初とすでに出来上がっている交友関係の中に飛び込まなければいけない所だ。
今日は宿から来たので正門の方から入ってきたが、ほとんどの人は寮から通っているらしい。貴族であれば他領の家系でも王都に屋敷くらいは持っているが、通うのが面倒だったり門限があったりするので、貴族の多くも寮に住んでいる。勿論、貴族が住むに相応しい場所だ。
寮生が多いので、正門から校舎に入る人は多くない。正門から続く道の広さのわりに、大分まばらな交通量となっている。この魔法学院にも制服があるのだが、周りの人を見てみると家紋を入れていたり、装飾を増やしたりしている者が多い。
合格通知書に同封されていた案内に従って教室に向かう。迷わずに来れたはずなのに、辿り着くまで10分以上かかってしまった。やっぱり、無駄に広いのは不便だ。
「……ここ、かな? どれも見た目が似ててわかりにくいが……」
指定されていた時間までそこまで残っていないので、さっさと教室に入る。
ようやく辿りついた教室には7人の生徒が座っていた。誰も試験で見た顔なので、教室は間違っていなかったようだ。注目の的だったヘルマンもいた。
「そろそろ時間だ。席に着き給えフィオラ嬢」
いつの間にか教室に入ってきていた男性に声をかけられる。顔を見ると、中途試験を仕切っていた監督だった。
促されて近くの席に座る。
「さて、全員揃っているな。まずは合格おめでとう。今年の合格者は8人だ。豊作で私も嬉しく思う。今日は校内の案内、カリキュラムの説明。必修科目はすでに時間が決まっているので、そこ以外は自由に決めてくれ。
おっと、自己紹介が遅れたな。試験監督者だったノルデンだ。土属性の魔法と、魔法基礎理論の授業を受け持っている。今年は土属性の者がいなかったのは残念だが、基礎理論は必修なので1年が終わるまでは何度も顔を合わせることになるだろう。よろしく頼む」
ノルデンと名乗った教師は端正な顔つきで、真面目そうだ。この前の試験では土属性の人もいたはずだが、全員不合格だったようだ。
「まず初めに、注意事項を知らせておく。知っている者もいるだろうが、ここは王国が運営しているこの国最大の学院だ。優秀であれば貴族、平民、貧民問わず入学を受け付けている。そのため、この学院での諸君の扱いは貴族子息や富豪子女等ではなく、ただの学生であることを念頭に生活してほしい。これはこの学院が設立されてから守られているルールだ。
そのためか、いつの間にやらこの学院で名乗るときは名前のみで、家名までいう事はほとんどない。ただの風習だから家名を名乗っても特に問題はないが、気を付けるのがいいだろう。比率としては貴族よりも平民、貧民の方が多いのでな
それでは、学院の案内から始める」
ノルデンの案内で校内を巡る。属性ごとに決められているクラスの教室、授業が行われている教室、図書館、食堂、パーティールーム、会議室、教員室等々。他に、平民寮と貴族寮、練武場、闘技場、グラウンド、研究棟、農場等の校舎以外の施設。
試験当日は学内を周る時間がなかったのでわからなかったが、歩き回ってみると本当に広い。説明は簡素な物で次々と進んでいたはずなのだが、それでも全体を周るのに午前を目いっぱい使った。
「施設の案内はここまでだ。まぁ、今日だけで覚えられるとは思っていない。校内のいたるところに案内図が設置されているので、迷う前に確認して動く事。では、昼休みの後は今朝の部屋に来てくれ」
校内の案内だけで午前が終わった。構造はなんとなく把握できたが、知れば知る程広すぎる。まぁ、私の用がある施設は限られているので、それでも問題はないのだが。
お昼時という事で校内は様々な生徒が出歩き始めている。食堂へ向かう者、広場に集まる者等だ。全員制服を着ているのでぱっと見ではわからないが、同じ学院とはいえ平民と貴族で分かれて集まっているようだ。
解散場所が食堂の近くだったので、私も腹を満たすために食堂へ向かう。ここでも平民と貴族が入り混じっている。どうやら左側が貴族で、右側が平民と決まっているのか雰囲気なのか分からないが分かれているようだ。
その貴族側の集団にひときわ目立つ集団があった。
「ブルーノ様、お昼は私と御一緒に如何ですか?」
「今日の授業終わりに、最近話題のカフェに行きませんか?」
一人の男性に対して複数人の女性が群がっており、邪魔になっている。少しだけ眺めてみるが、誰も注意しそうにない。
中心にいるのはブルーノと呼ばれていたので、恐らくケインが言っていた当代の勇者だろう。綺麗な黒髪を肩程まで伸ばしており、この国の一般的な顔つきよりも少しだけ各部の凹凸が少ないようだ。周りと印象が違うので、人目を引く。それでも、十分なくらいの美形だ。顔つきが少し周りと違うのは、恐らく勇者の血筋なのだろう。似ていると言われれば似ていない事もないように思う。
周りの女性もそうだが、この国の貴族は誰もかれも美形ばかりだ。
「勿論一緒に食べよう。放課後もカフェに一緒に行こう。本当なら二人っきりで行きたい所だけど、女性の誘いを断りたくないんだ。一人しかいない僕を許してほしい。ごめんよ」
性格は女好きのようだ……。
今の一言で更に盛り上がるブルーノの集団。各所で雑談が交わされて騒々しい食堂内だが、一際うるさい。食事をしていても煩い。
自分の食事をとって来て引き続き観察してみるが、会話の内容はどこに行きたいとか、何を見せたいとかという誘いやブルーノを持ち上げるようなものばかりだ。
「あれが当代の勇者様だ。どうだい?」
「兄さん? よく私を見つけられましたね」
「分かるに決まってるじゃないか。フィオラは誰よりも輝いてるんだから」
「あぁ、そうですか……」
ケインがステーキを片手に持って対面に座ってくる。
「で、フィオラの目から見てブルーノの評価はどうだい? 聞き耳立ててただろ?」
「まぁ、そうですけど……。まだどんな人なのかは分かりませんね」
正直、初代の勇者と比べると威厳なども感じないただ血筋だけの貴族にしか見えない。実力を見ていないので何とも言えないが、魔王様に対抗できる程のようにも感じられない。
「随分慎重だね。大体の人は女好きのイケメンだって言うのに」
「やっぱり皆様そう思うのですね。私の好みではありませんが」
「まぁ、悪い奴じゃない。女好き過ぎるのは難点ではあるけどね」
「そういえば、ご友人だと言っておりましたね。兄さんとあの人が一緒にすることがあるようには思えないのですが……」
「友人って程じゃない。僕もそこまで詳しいわけじゃないけど、どっちも貴族家の長子だからね。いろんなパーティーで挨拶くらいはする程度の仲かな」
同世代というのにその程度という事は、やはり性格的に合わないという事だろうか?
まぁ、方や女好きで方や妹好きなのでそこらへんも仕方ないのかもしれない。
「ふーん。実力の程は? 人類の期待を背負う勇者様らしい強さをお持ちなんですよね?」
少しだけ嫌味を込めて聞いてみる。人格的には高潔であっただろう初代とは比べ物にならないが、実力くらいは相応の物を持っててほしい。
「難しい所だね。同学年の生徒の中では間違いなく抜きんでてるけど、大人と比べると良くて中堅という程度だね。普通の人ならそれで問題ないんだけどね」
「……女神の加護があって中堅ですか? もしかして、元の実力は大した事ないのでは?」
「そう思うのも無理はないけど、女神様の加護は魔族に大してダメージが上がるとか、魔力量が増えるとかで、直接的に剣や魔法の実力が上がるとかではないらしいよ。身体能力とかも多少上がるようだけどね」
「そうだったんですね……。それでも中堅程度ですか? 魔王様の復活まで1年もないのに?」
「それはそうなんだよねぇ……。パーティーメンバーが集まってないのも問題だけど、ブルーノ本人がそんなに動かないんだ。見ればわかる通り、勇者になってから近づいてくる女性にばかりかまけて、鍛錬もメンバー集めもサボってるんだよね」
もう一度煩い集団に目を向けるが、ブルーノはずっとキメ顔で女と談笑している。周りに女を侍らせて今は自慢話をしているようだ。これが女神に選ばれし勇者の姿か?
「本当にあんなのが勇者なんですか? どうにかして別の人に挿げ替えれないんですか?」
「それが出来ればとっくにしているだろうね。聖剣を振れるのは初代様の血筋を持った人間だけ。勇者無しで討伐しようという話もあったけど、聖女様の手記には聖剣と聖女の魔法が必要だって書いてあるから勇者を連れて行かないというのも無りだ。どうにかしてやる気を出させようと最初の頃は色々やってたんだけど、あまりしつこいと魔王討伐に行かないと言う始末でね。正直打つ手なしって感じ」
「それは……まずいですね」
今の人間の実力がどの程度なのか分からないが、中堅程度では恐らく魔王様の元まで辿り着くのも叶わないだろう。魔族がどれくらい生き残っているのかも分からないが、あそこは環境も牙を剥く。実力以外にも様々な知識が必要だ。
このままでは駄目だ。勇者が切り開いた道を辿っていこうと考えてもいたが、現状ではそれもままならない。
「何かきっかけがあればいいんだが、そんな機会もないからね。まぁ、パーティーが揃えばやる気も出してくれるんじゃないかな」
「そのパーティーはどうなんですか?」
「まだブルーノとルナリアの二人だけだね」
「そっちも駄目なんですね……。大丈夫なんでしょうか」
肩をすくめて首を横に振るケイン。つまり、こちらも手を出せず、当人達に任せるしかないという事だろう。
「まぁ、なんとかなるだろう。いつまでも決まらなければ王が選抜すると言っていたからそれまでの話だ。国だって勇者だけに魔王を討伐させようとは考えていないはずさ。手は用意してあるという噂もある」
「……勇者以外の手、ですか?」
「例えば王国の魔法騎士団とか、それこそ剣聖や賢者を動員することもあるんじゃないかな。昔に比べれば人類の技術も進化してる。きっと大丈夫だ」
人類の魔法や剣の水準が多少上がったところで魔王様に届くとは思えない。だが、勇者や聖女とは言え所詮は学生だ。そいつらに任せっぱなしというのも流石に考えにくい。
いずれにしても、ブルーノの実力がどの程度なのか確認してみたい。大鎌だったころに見た勇者の実力は、女神の加護があったとは言え圧倒的だった。
聖女の方も確認するべきだろう。どこまでの魔法を使えるのかわからないが、当時の聖女は復活や状態異常をなんでも直してしまえる程の実力者だったらしい。
年齢だけを考えるなら当時とは大して変わらないはずだ。ならば、現時点で相応の実力が備わっていると信じたい所ではあるが……。
「一介の学生が心配してもしょうがないよ。魔王の討伐は情報も少なければ本当に復活するのかも怪しい所なんだし、国が主導で動くからね。そんなに思いつめた表情をしなくても大丈夫だよ」
考え込んでいたらケインが頭を撫でてくる。考え込んでいるうちに表情が硬くなっていたのかもしれない。
「そう、ですね。ちょっとだけ心配になっただけですので、大丈夫です」
まだ復活するという予言までは時間がある。私の目的に関しては、これからゆっくり考えていこう。




