第14話「勉強」
ケインと手合わせの後、昼食を取って古代文明について聞こうと思ったのだが、ケインは午後に用事があるという事で馬車で出かけてしまった。どうやら領地に帰ってくるたびに市井を見回っているらしく、今回もそれだという。
試験も終わって、本来であればその後も数日だけ登校日があり、ようやく長期休みに入るらしいのだが、今回は私が目覚めたという便りを貰って届け出だけを出してすぐに戻ってきたらしい。その間に学院の方も長期休暇に入ったので、しばらく領地に残るとのこと。
本来であれば2,3日かけて回るそうだが、今回は私が目覚めたので絶対に帰ってくると言っていた。
そんなわけで午後は暇になったので部屋でゆっくりとしていた昼下がり。
ケインが教えてくれた事について気になる部分がたくさんあるが、自分で調べようとは思わない。魔力に対して認識が甘いとか、古代文明から言葉を引用して呪文としている事とか気にはなるが、別にそれを知ったところで自分の行動に影響があるわけではないので自分で調べる事はしない。
やることもなかったので幼い頃から面倒を見てくれたメイドのリサに色々話を聞いてみた。
「ねぇ、リサ。眠る前の私ってどんな感じだったの?」
「眠る前のお嬢様ですか……。そうですね、簡単に言ってしまえば、活発な方でしたよ。勉強が嫌だからと授業の時間になると屋敷を抜け出したり、新しい魔法を思いついたといって一人で森に向かったりと、自由なお方でした」
「つまり、我儘なお嬢様だったと」
「そこまでは言っておりませんが……」
ほぼそう言っているようなものだが。貴族のお嬢様がそんなに屋敷を抜け出したりして大丈夫だったのだろうか。
「勉強と言えば、私は学校とかには行ってなかったのかしら?」
「そうですね。一般的に学校と言えば10歳くらいから行く人が多いですが、貴族や富豪の家は家庭教師を雇っている事がほとんどですので、学校に行くのは15歳からの高等学校がほとんどです。なので、ケイン様も学院に行ったのは15歳からです」
「へーそうなんだ……。え? 15歳から学院に行く? 私って今何歳だっけ?」
「15歳で御座います。何もなければお嬢様も今頃通っていたのでしょうけど、事情が事情でしたので、こればかりは……」
仕方のない事か。意識のない人を学院に通わせるなんて事はいくら貴族でもできないだろう。
「でも、今は目覚めてるじゃない? 学院に通うなんて話は一度もされてないけど、大丈夫なの? それとも、来年からとか?」
「そこはどうなんでしょうか。私もよくわかっておりません。旦那様であれば何か考えていると思いますが」
「ふーん。まぁ、今更学院に行かされても全然勉強したこととか覚えてないし、無理な話よね」
恐らく歴史だの政治だの数学だの色々勉強してきたであろう事は何一つ覚えてない。そんな状態で学院に行っても何も分からないまま恥をさらすだけだろう。学院というのは面白そうだが。
「お時間があるでしたら、私がお教えしましょうか?」
「リサが? できるの?」
「基礎的な部分でしたら可能です。お嬢様の側付きとして、私も教育されましたので。とはいっても、できるのは歴史や国語等で、芸術や政治等はできませんが……」
「へー。暇だしお願いしてもいい? いつかやらないといけないのかなーと思いつつ、自分一人ではできそうになかったから」
「お任せください。お嬢様がお使いになってた教材は残っておりますので。用意してきますので、少々お待ちください」
優秀な側付きメイドのリサに簡単な授業をしてもらう。算数と国語は特段問題はなかった。計算は大鎌の頃もやってたし、国語はただ文字の読み書きができるかというところだったので特に問題はなかった。文字は忘れていなくて良かった。
しかし、歴史や魔法学に関してはひどいものだった。当たり前のように勇者の話もされたが、それ以外は初耳だった。魔法学に関しては魔族の常識と、人間の常識がすれ違い過ぎて納得できない部分が多かった。
人間の常識では魔力とは女神様がもたらしてくれた奇跡だと言われているらしい。この見解は初代賢者が書き記した仮説が覆らずにそれが正しいとなっている。歴史から照らし合わせても、人間の中には女神様は本当に存在している。そのせいで今まで女神の奇跡であるという仮説が否定されていないという事だ。まぁ、勇者召喚だの女神の加護だのが本当にあったことなので、魔力に関してもそう思っても仕方のない事なのかもしれない。
「歴史と魔法学、後は芸術系統とダンス、政治学、経営学等は学びなおす必要がありそうですね。ですが、計算や文字を忘れていないのは良かったです。教材が読めないとなると、進みが全然違いますからね」
「他にもやることがあるでしょうに、こんな時間までありがとうね。お疲れ様」
「いえ、私の仕事はお嬢様のお世話ですから。お疲れ様でした、お嬢様」
気づけばもう夕方だ。こんなに長時間勉強をしたのは久しぶりだったので、凝ってしまった肩を回しながら一息つく。
「そろそろ夕食のお時間ですので、それまでお待ちください。一度こちらで失礼致します」
「はーいお疲れ様」
リサが退室。しようとしたところで、部屋の扉が大きく開かれる。
「フィオラ! 今帰ってきたよ!」
「ご主人様?!」
ご主人様という事は、領主であり私の父であろうルシアンだろう。親だからだろうが、ケインを少し老けさせて黒髪にしたような顔だ。十分美形だと言えるが、その目元には隈がついている。
「えぇっと、おかえりなさいませ。お父様?」
「あぁ、ただいまフィオラ。本当に目覚めてくれたんだね……。良かった、本当に良かった……」
少し久しぶりの感動の再会。涙を流して私を抱きしめてくるルシアン。反応の大小はあれど、やはり親子だからだろうかケインと似ていて少し面白い。
「ご心配おかけしました。無事、とは言えませんけど目覚めました。私の事はお聞きしていますか?」
「あぁ、聞いている。記憶を失っていると。だが、それでもお前は私の可愛い娘だ。記憶なんて無くても構わない。思い出ならこれから作れる。大丈夫、心配するな」
泣いているのはルシアンの方だというのに、こちらを宥めてくる。これは、父親だからなのだろうか。
「そうですね。これから思い出を作っていきましょう。所で、随分顔色が悪いようですが大丈夫ですか?」
「あぁ、お前に会いたい一心で徹夜で仕事を終わらせてきたからね。正直限界なんだ。だから、話は明日ゆっくりしよう。もう立ってるのも辛い」
「……わかりました。ゆっくり休んでください。明日、ゆっくりお話しましょう」
ルシアンは自分の涙を拭って、私の頭を優しく撫でた。何故か体温以外の温もりを感じた。
この後夕食のはずだが、ルシアンは恐らくご飯も食べずに眠るのだろう。徹夜してまで急いで帰ってくるなんて、よほど娘を愛していたのだろう。
ここ最近は開き直っていたはずの罪悪感に襲われる。100年も経ったのだ、記憶なんて残っていなくても仕方ないと自分に言い聞かせるが、こういう反応をされるとどうしても罪悪感が湧き上がってくる。




