第13話「兄と手合わせ」
練武場の端で他の騎士と共にこちらを見学していたダリルも呼び出された。
呼ばれたダリルは駆け足で寄ってきたが、その表情はこれから怒られるとは思っていないのだろう、穏やかな表情だった。まぁ、呼び出したケインの声色は普段通りだったし、表情も一応笑顔だったので予想なんてできないだろう。
「お疲れ様です。ずっと見学させていただきましたが、お見事ですなフィオラ様。忘れているにも関わらずすぐに魔法が使えるなんて。ケイン様も更に上達されたようで、荘厳という言葉が相応しい魔法で御座いました」
「うん、ありがとうダリル。ごめんね」
「ん? どうされましたか?」
せっかく隠してくれたのに軽い気持ちで話してしまってごめんなさい。今は目を合わせられません……。
「ダリル。さっきフィオラとは挨拶だけはしたと言っていたな? だが、さっきフィオラからお前に剣を教わっていると聞いた。どういうことだ?」
「あっ……」
団長で、指南していたとはいえ立場的にはケインの方が上。その妹の頼みで内緒にしていた、というか敢えてぼかして説明をしてなかったのはまずいことだったのだろう。
顔が何とも言えない表情で固まって冷や汗をかいているように見える。
ケインの背後からばれないようにごめんと手を合わせて謝る。
「その、実は、フィオラ様が目覚めてからこちらの方に参られまして、体を動かしたいから一度手合わせしてくれないかと言われまして。最初はお止めしたのですが、どうしてもと言われてしまい、一度手合わせをした次第であります」
「なるほど。妹が我儘を言ったということか。しかし、いくら我儘と言ってもそう簡単に承諾してもよいものか? 相手は剣を握ったこともないこの前まで寝たきりだった娘だぞ」
「わかってはおります! しかし、その、頼まれるお嬢様の表情が、なんといいますか、上目遣いで断れないような、そんな雰囲気だったもので……」
「う、上目遣いで庇護欲をくすぐる表情だっただと?! 許せん!」
そこまで言ってないが?
「許せんが、それなら仕方ないだろう。私でもそんな表情をされたら断れない自信がある」
そんな表情してないが?
「まぁ、話の流れから察するかもしれんが、フィオラから手合わせを願われてな。そこで、どこまで力を出していいものか聞きたかったのだ。聞けば、多少なりとも剣を教えているのだろう?」
「なるほど、そういうことでしたか。最後にケイン様の実力を見たのは半年前でしたので正確には難しいですが、普通の稽古だと思って対峙しても大丈夫かと」
「ん? 普通の稽古というと、私がダリルに指南してもらっている時くらいの調子ということか? そんなに教えが進んでいるのか?」
「えぇ、そうですね。フィオラ様の場合、指南というより訓練と言った方が正しいかもしれません。教えはしておりますが、ケイン様とは幾分違った方法でして……。一度手合わせいただければ私の言いたいことはお分かりになるかと。フィオラ様も普段通りの方がやりやすいと思いますし」
「はっきりしないが、大丈夫という事か。まぁ、いいか。それでは、始めよう」
確かにダリルから指南して貰っていたが、私の場合は型なんてものはない。言われてみれば確かに普通の指南とは言えないのかもしれない。指南というのは、基本的な型や剣術を教えていくのだろうが、そんなものは教わってない。
普通に剣をぶつけあって、その間に出来た隙やぶれを指摘されはするが、型が崩れてるだのといった事は言われていない。何も疑問に思っていなかったが、恐らくダリルの判断で一から剣術を教えるよりも今のまま精度を上げた方がいいと判断したのだろう。今更ながらそのことに気付いた。
手合わせのためにいつも通り、騎士寮に置いてある訓練服を借りて着替える。元々は予備だったのだろうが、ここ最近毎日来ているのでもはや私の物になっているのかもしれない。洗濯等はしっかりしてくれている。
ケインの方は元から動きやすい服装だったので着替えてはいない。
「……フィオラ、その服はどこから持ってきた?」
「え? 普通に騎士寮から持ってきていただきましたけど」
「何故むさ苦しい騎士の訓練服なんぞを借りているのだ! 動きやすい服なら屋敷の方にいくらでもあっただろう!」
「あ、確かにそうかもしれませんね」
言われた通り、わざわざ騎士寮からサイズの合わない予備を借りる必要はなかったのだ。最初に借りてからずっとそのままだったし、気にしてなかった。
「まぁ、今更屋敷に戻るのも面倒ですし、このまま行きましょう。何度も借りてるので慣れたものですよ」
「何度も! 借りて! 慣れている?! フィオラ、その服は誰に借りていてどこで保管されているのかわかっているのか!」
「この訓練服は余っていた予備の物で、保管は私が行っております。しっかり清潔にしておりますし、誰の物でもありません。強いて言うならこれはほぼフィオラ様の物です」
「あっ……そうか。ならば良いのだ」
何を想像したのだろうかこの兄は。
「さて、準備は宜しいですか、兄さん」
「ん、うむ。いつでも構わない」
一声かけられて佇まいを正すケイン。それは最近相手をしているダリルに教わったからなのか、構えは王国剣術にダリルっぽさを加えた様子だ。件は中段に構えてはいるが、半身引く様子はない。
真面目なダリルの事だから基本的な王国剣術を教えていたのだろうが、師匠の癖がそのまま移ったという感じだろう。ちゃんと師弟関係だったのだろう。
「では、ハジメ!」
ダリルの一言で手合わせが始まる。これまで通りこちらから仕掛ける……つもりだったのだが、開始と同時にケインも踏み込んできた。
そういえば、ダリルは普段の稽古と同じで大丈夫と言っていた。師弟関係を考えれば、仕掛け始めはいつもケインの方だったのだろう。
いつもの訓練とは違い、双方が仕掛ける。目の前で剣がぶつかり合い、ケインが両目を広げる。いつだったか見た気がする反応だ。
一瞬の驚きを狙い、ケインの剣を弾いて下段から振り上げる。弾いて一瞬空いた脇腹を狙ったが、ケインは剣で受けるのではなく体を捩って躱す。そのままの流れで勢いを乗せた剣を振り回してくるが、こちらも受けずに回避する。
その後も攻防は続くが、剣同士が全然交わらない。最初はジョージで、その後はずっとダリルと訓練していたが、どちらも回避よりは受けて、弾くか流すことを主流としていたが、ケインは回避を優先しているようだ。
確かに、若いというのもあるだろうが体格はダリルやジョージと比べて細い。力で受けるよりも回避した方が反撃の隙も生まれやすいだろうが、それにしても回避が上手い。
「よく避けますね兄さん。王国剣術は受けて流すが基本だったと思っていたのですが」
「あぁ、力自慢ばかり相手にしていたからかもしれないね。いつの間にかこっちが得意になってた」
「なるほど、道理で」
慣れている、と簡単に一言で表すには年季が入っている。攻撃の動きや流れは王国剣術がベースなのだろうが、回避重視の為に動きを変えている所も見える。恐らく、自己流なのだろう。
ダリルに指摘され続けていることだが、大鎌の頃は力で捻じ伏せるのが基本だった。使っている武器も剣でなくて重量のある大鎌だったのもあるだろうが、その癖がいつまでも抜けない。
今の体でそんなことができるわけでもないので、力を込めてぶつけ、つばぜり合ったところで一瞬力を抜いて相手の力を流すという方法を編み出していたのだが、こうも回避ばかりされるとそれも決まらない。やりにくいというのが感想だ。
「しかし、迷いのない太刀筋だなフィオラ。ダリルに教わったのか?」
「自己流ですよ兄さん。いい加減避けてばかりでなく、受けてくれてもいいんじゃないですか?」
「僕の勘が受けるなと言ってるんだ。正解だろ?」
「ちっ……」
鋭い所に気付く物だ。平和な世の中で対人の実践はそんなにないのだろう。経験から来るものとは考えにくいし、本当に勘なのか、それとも回避を重視しているがゆえの適当なのか。
どちらにしてもこちらにとっては不都合過ぎる。このまま続けていても、体力の差で終わるだけだろう。その前に、なんとかして一太刀届かせたい所ではある。
「このままでは勝負はつきませんよ。兄さん」
「そんなことはない。体力には自信があるし、こっちは現役の学生だ。このまま1時間くらい続けてもいいんだよ?」
「面倒だな……」
「何か言ったかい?」
確かに、ケインの表情にはまだ余裕が見える。嘘ではないのだろう。いくら戦いが好きとは言え、こんなことを1時間も続ける気は無い。私の体力を知っているダリルが見ていることだし、時間の経過は私に取っては不利にしかならない。
となれば、また奇策を使うしかない。
「次で決めさせていただきます」
「いつでも来るがいいよ!」
絶対にその余裕を崩してやるという思いを剣に込める。回避に専念しているお陰でちょっとした癖はわかるようになってきた。それは実践ではなく訓練だからこそ、相手が妹だからという理由もあるのだろう。
それは、回避の際に反撃の意志が無ければ剣を軽く下してしまうという所だ。
反撃の意志があればそんなことはないが、回避だけと決めている時は剣を下して一歩距離を置く。何度かそこを狙って追撃はしてみたが、読めているのか更に避けられて、逆に反撃される。しかし、それが甘い。
「ここだ……!」
こちらの振り下ろした剣を半身でよけ、一歩下がる。剣は軽く下りている。
そこを狙って追撃をするが、予想通り回避され反撃される。しかし、これを狙っていたのだ。
横薙ぎに振られる剣を受け止め、受け止めた剣を手放して距離を詰める。
「えっ?!」
まさか剣を手放すとは思っていなかっただろうケインが驚きの声を上げる。
詰めた距離が離されないように更に一歩詰めよってから、全力の拳を腹に決める。
驚きながらもそれすら回避しようとするケインだったが、間合いが近すぎて間に合っていない。私の拳はそのまま腹に届いた。
「うっ……!」
「……よし!」
手合わせと考えれば剣を手放して殴るなんて卑怯だろう。しかし、ダリルは普段通りにやった方がいいと言ったのだ。ならば、その言葉通り、普段通りにやらせてもらった。
ダリルとの訓練は基本的に剣でやっていたが、それ以外の手を使っていないとは言っていない。何度もダリルには奇襲を仕掛けたし、何度も拳だったり蹴りだったりを繰り出した。
まぁ、ダリルには一度も通用せずに受け止められて終わりだったが。あまりに体格さがありすぎて拳を腹で受け返すなんて事もされた。だが、これが私とダリルのいつも通りなのだ。
「あっはっは! そこまで! いやぁ見事に決まりましたなフィオラ様」
「あなたが普段通りでいいと言ってくれたので、その通りにしただけです」
本当の事ではあるが、最初はこんなことをしようとは思っていなかった。
ただ、回避ばかりでたまに反撃する意思を感じなかったところに煽られたような気がしてムキになった。自分でも卑怯だとは思ったが、それでも一撃は一撃だ。
「ずるいよフィオラ。流石にびっくりしすぎて間に合わなかった」
「これが私とダリルの普段通りですよ? 何か?」
「まいったねまったく……」
ほんの少し休んだだけですぐに戻ってきた当たり、線は細くても体はしっかり鍛えられているのだろう。体力的に余裕はあっただろうが、この程度見切れないのであればまだまだ回避の鍛えが足りない。
「はぁ、拳とは言え、ストップが入っちゃ僕の負けだね。いや、ダリルの言いたいことは分かった。これは剣術というより、どっかで染みついちゃった剣と言えばいいのかな?」
「そうですな、剣術とは言い難いものです。しかし、それでもフィオラ様の動きは良いものでしたでしょう? ですから普段の稽古通りで構わないとお伝えしました」
「いやぁ驚いたね。もしかして、ダリルもさっきみたいに拳を使われたりしたのかい?」
「えぇ、何度も。私の場合は一度も食らっておりませんが」
「むっ……」
ダリルの一言に少し悔しそうな表情をするケイン。そのまま溜息をついて首を横に振る。
「僕もまだまだだったようだね。確かに甘い部分もあったかもしれないけど、今のを食らうなんてね。これからも鍛えるよ」
「兄さんは努力家ですね。よく精進してください」
「釈然としないなぁ……」
納得できないと表情に出している兄の顔を見てダリルと私で笑う。
手合わせは長引いたが、別に動けないというほどではなかった。しかし、ケインも帰って来てまだ二日目ということでやることがあるのだろう、ここで今日は終わりという事になり屋敷に戻った。




