第10話「ベルン森林」
ケインから魔王様の話を聞いてからというもの、頭の中ではどうすれば魔王様に会えるのかという事ばかり考えていた。
一人で向かう? あの土地を今の体で踏破して魔王様に会うというのは無理だろう。何より、そもそもどこに土地があるのかもわからない。調べればわかるかもしれないが、一人で向かえる距離とは思えない。
討伐軍に志願する? 実力がどれくらい必要なのかわからないので難しい。それに、魔王は勇者達が相手するという話だった。討伐軍が向かっても城まで行くだろうか。途中で抜け出すのもそれはそれで難しい気がする。
勇者についていく? 選ぶのは勇者と聖女らしい。面識のない所に急に連れて行ってくれと言っても恐らく駄目だろう。それに、これから魔王様を討伐しようとする人間を間近にして冷静でいられる程恨みはまだ薄くなっていない。
現状では魔王様に出会うのは難しい。であれば何をするべきだろうか。
そう、鍛えるのだ。なんにしてもあの過酷な環境に適応できるだけの下地を作らなければ話にならない。行き方はまた追々考えるとして、今は体を鍛えよう。
情報も必要だ。今と昔では環境も変化しているだろう。大鎌の記憶では心もとない。現在の様子はわからないが、集めようと思えば何かしら集まるかもしれない。これも要検討だ。
そんな魔王様にもう一度会えるという希望が見えた翌日。
朝食を取った後、約束通りケインが部屋に迎えに来て練武場に連れて行ってくれた。
練武場にはこの前とは違い、ダリルの他には非番であろう人が数人しかいなかった。
この前たくさんいたのは恐らく定期的に集めて訓練ということだったのだろう。
身に着けている物も訓練服ではなく、簡単なシャツで、これから運動をするというには少し身軽すぎるかもしれない。
「久しぶりだなダリル。昨日連絡が行っていると思うが、少しだけここを借りるぞ。可愛い妹と遊ばせてもらう」
「お久しぶりで御座います、ケイン様。その件でしたら昨晩にお聞きしております。今日はいつも通り訓練の予定は御座いませんので、非番の連中しかおりません。しかし、どこから聞きつけたのか非番の連中が見学したいと来てまして。見学させていただけないでしょうか?」
「私は構わない。あ、フィオラは目覚めてからもう挨拶はしたかな? こちらは我がルーデン騎士団の団長のダリルだ。僕が魔法学院に行くまでは団長に剣を教えてもらってたんだ。この国にも数人しかいないソードマスターだぞ」
「すでにご挨拶だけさせていただきました。しかし、フィオラ様とケイン様がこちらで訓練というのは珍しいですな。てっきり森の方へ向かわれるのかと」
ダリルは私が剣を使えることは内緒にしていてくれているらしい。目覚めてからあったときは号泣していたので、初めて会ったというよりも挨拶だけ済ませているということにした方が楽ということもあるのだろう。
「森の方はまだだ。目覚めたばかりで、医師の検診も聞いたが流石に危ないと判断した。少しここが荒れるかもしれないが、許してくれ」
「練武場が荒れるのは仕方のないことですからな。ご自由にお使い下さい」
「兄さま、森というのはもしかして領地に広がっている森のことでしょうか? 森の方に向かうと思ったというのは?」
「あぁ、その森のことだ。ルーデン領の約2/3を締めているベルン森林のことだな。昔は魔法の練習をしにベルン森林に少し入ってやってたんだが、フィオラがまだ目覚めてばかりで魔法をきちんと使えるかわからないからこっちの方に来たんだ」
ルーデン領の約2/3を締めているベルン森林。他の領に比べれば土地は広いルーデン領ではあるが、そのほどんどが森に包まれている。生活圏が狭いのはその森のせいなのだが、どうやらそこには魔獣が住んでおり、繁殖期を迎えた魔獣が溢れてくることもあるため、その際に討伐隊が組まれるらしい。
しかし、討伐隊が組まれる程度で抑え込めるのであれば森を開拓すれば生活圏も広がるだろうに何故開拓しないのだろうか?
「そう、忘れているだろうから忠告するけど、絶対に夜のベルン森林には近づかない事だ。森にはベルン様という巨大な魔獣が住んでいてね。この森の主に当たる魔獣なんだが、そいつが夜行性だから絶対に行かない事だ。わかったね?」
「ベルンという主がいるからベルン森林というのですね。ちょっとした疑問なのですが、森を開拓したりはしないのですか? いくら主がいるといっても領地の2/3も森というのはいささか不便では?」
「開拓はしないというよりできないというのが正しい。あまり開拓しすぎると魔獣が繁殖期以外にも溢れてきてしまうというのもあるが、理由のほとんどがさっきのベルン様の事だ」
「ベルン……様?」
「そう、ベルン様だ。ちょっと話が長くなるから手短に話すけど、この領地に住むものであれば誰でも知っている話なんだ。あの森の主はベルン様で、言葉通りあの森を支配しているんだ。ここがルーデン領になるよりも前の話で、土地開拓の為に送り出された人が森に侵入した時に運悪くベルン様に出会ってしまってね。反感を買ったその人らは全員殺されてしまったんだ。
このままでは開拓できないということで討伐隊が組まれたんだが、勿論討伐は失敗。だったんだが、ベルン様は何故か私たちの言語を理解して、境界を作る事で、一部の開拓に同意してくれたんだ。その際に説得したのが、当時の隊長を務めていた我がルーデン伯爵家の初代領主様だ。その時に組まれた境界というのが今のルーデン領の生活圏。
だから、今以上に森を開拓することはできないし、森の主であるベルン様には敬称を付けて我が家では呼んでいる。記録には、初代領主は任命後も度々ベルン様に会っていたらしいよ」
人の言語を話す魔獣か……。ベルン森林の魔獣がどれほど狂暴なのかはわからないが、主という事は相当に強いのだろう。
「ベルン様がいるから開拓はできないというのはわかりました。しかし、森には入ってもいいのですか?」
「あぁ、大丈夫。ベルン様が要求したのは森を破壊しない事と、自身の命を脅かさない事だ。森に入っても問題ないし、そこに住む他の魔獣を狩る事に関しても問題ない。その約束を破らない限り、ベルン様は干渉してこないよ」
「兄さんはベルン様を見たことは?」
「まだ無いね。でも、領主になった時に挨拶のために会う事になってる。ここの風習だね。新たな領主になりました、これからもよろしくお願いしますって」
「つまり、お父様に聞けばベルン様がどんな魔獣かわかると?」
「わかるだろうね。僕は今後の楽しみだから何も聞いてないけど、聞けば教えてくれるんじゃないかな?」
「なるほど……」
俄然興味が沸いてきた。一般的な魔獣といえば知性は多少あっても所詮は獣だ。本能のままに殺し、食らい、繁殖する。しかし、そのベルン様というのは知性もあれば人の言語も解するというのは普通ではないのだろう。
大鎌も魔獣とは何度も戦ってきたが、言語を理解するほどの魔獣の存在は聞いていない。いつか自分の目で見てみたいものだが……。
「話を戻すけど、元々僕らが魔法を訓練するときは森でやってたんだ。勿論魔獣がいるから護衛を引き連れてね。森は環境がいいからね。どうせ討伐隊が組まれたら領主の子供ということでそのうち行くことになるから、今のうちに慣れておこうってことでそこで魔法を訓練してたって訳」
「なるほど。大体わかりました。確かに、今のままで森に行くのはちょっと危険ですね」
「そういうことだ。さて、本命の魔法でも練習しますか」




