第六十五話 朝焼けの町
俺はどこかにいた。
どこかというのも、俺自身がどこにいるのか分からないからだ。
といっても、以前にもここに来たことがある。
確かあれは蠍型の魔物に襲われて、ユイの能力でみらいフォレストパークに瞬間転移した時のことだった。
突然の出来事で意識が飛んでしまい、その時見た夢の光景と似ている。
いや、そのものだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここって、あの時の・・・・・・。
周囲を見回すと、何もない真っ暗な空間が広がっているだけ。
建物どころか、人の気配すら感じなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホント、ここどこなんだよ?
誰かに呼び掛けようとするが、声が出ているか分からない。
あの時と一緒だ。
俺は嫌な予感がした。
そしてそれは現実のものとなる。
気配を感じ、咄嗟に振り返る。
瞬く間に全身が震え上がり、恐怖に侵食されてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前は、何なんだ?
問い掛けるが、何も答えない。
ただ人の形はしているが、明らかに別物であるということは理解した。
言うなれば、『闇』。
全身から放出される禍々しいオーラは不快感さえ覚えてしまう。
すると、その得体のしれない『闇』はこちらにゆっくりと近付いてきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・く、来るな!
そう訴えかけるが、無言のまま近付いてくる。
周囲を取り巻くオーラも俺自身を覆うように広がっていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・止めろ、止めてくれ!
そして、周囲は瞬く間に闇に包まれていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ・・・・・・・・、って痛ってえぇぇぇ!?」
意識の覚醒と同時に、右足に激痛を感じた。
手足をバタつかせて、痛みに抗おうとする。
そして、解放されると起き上がり、右足を抱えて傷を確認する。
血は出ていなかったが、斑点状の青い痣が浮かび上がっており、噛まれた痕になっている。
「痛ってぇ・・・・」
俺は右足を噛んだ犯人を睨んだ。
何の悪びれる様子もなく、冷めた目でこちらを見ている。
本当に清々しいくらいだ。
「ったく、なんちゅう目覚めの悪い起こし方してくれるんだよ・・・・・・」
俺は頭に手を添えて呆れ返る。
しかし、そいつは目を合わせようとしなかった。
「随分生意気な使い魔だな、誰に似たんだか・・・・・・」
そうぼやきながら、自身の使い魔、ケルベロスに悪態をつく。
といっても、昨日電車内で召喚した三つ首の番犬ではなく、普通の犬の姿になっているが。
どうやらケルベロスは三体に分裂することができるらしい。
現に今目の前にいる奴とは別に、先程から吠えている奴がいるからだ。
「おい、さっきからうるさいぞ。宿の人が来たらどうする・・・・」
言い掛けたことで、俺はあることに気が付いた。
そして、自身が最大のミスを犯してしまったことを思い知らされる。
吠えるケルベロスの傍ら。
そこには綺麗に畳まれた布団と浴衣があった。
そう、その布団はユイが使っていたものだったのだ。
その当の本人はというと、どこにもいない。
辺りを見回しても、ユイの存在を確認することができなかった。
ついでに言うと、三体に分裂したはずのケルベロスが二体しかいないのだ。
俺は現状を把握すると、重くなった額を両手で押さえた。
自分の失敗を非難し、激しく嘆いた。
だが、なんとか心の中だけで抑えることができた。
そして、この状況を冷静に分析した俺の口から出た言葉はこれだった。
「・・・・最悪だ」
一瞬、全身の感覚が全てなくなってしまったような錯覚に陥ったが、すぐに右足の痛みによって覚醒した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ロビーに降りると、受付の人がいた。
「おはようございます」
ユイは立ち止まって、お辞儀をした。
「ん?ああ、おはよう。朝から早いね」
受付の人も遅れて気付き、挨拶をすると話し掛けてきた。
「えーと、少し散歩に出掛けようと思って・・・・」
「あらそう、でも何もないでしょ?あんたみたいな年の子が好きそうなものなんて。あるのは山か田んぼばっかりで、つまんないでしょ?」
自分が住んでいる町を自虐し出し始める。
しかし、ユイは首を振った。
「そんなことないですよ。寧ろあるじゃないですか。山も田んぼも、わたしが住んでいる都市にはないですし、来た時なんか綺麗な場所だなって思いましたよ」
「そんな大袈裟な」
「でも新鮮なことには間違いないですよ。わたし、あまりこういう場所に来る機会がほとんどなかったから、今もの凄く楽しいです」
ユイは昨日から見たものに対する、素直な気持ちを伝えた。
受付の人は少し照れくさそうに、
「そう言ってくれると嬉しいわ」
と、答えた。
「ごめんね。あんたみたいな若い子が来てくれることなんて滅多にないから、ちょっと迷惑だったでしょ?」
「いえ、そんなことないですって・・・・」
謙遜した態度を取りながら、壁に掛かった時計に視線を向けた。
時刻は六時を過ぎていた。
「そういえばお兄ちゃんの方は?」
「へ・・・・・・ああ、まだ寝ています」
反応が遅れてしまった。
やっぱり慣れないな。
ミツキのことをお兄ちゃんって思うの。
一応、生まれた月でいえば、彼の方が早い。
ユイが十二月生まれに対して、ミツキは八月生まれ。
若干年上なのだ。
だからといって、ミツキを兄と見たことは一度もない。
今になって友達という枠組みの中に入っているから、それ以外の関係なんて考えたこともなかった。
「どうしたの?」
「・・・・いえ、何でもないです」
「それじゃ」、と一言言い残して宿を出た。
まず目に入った光景が、山の陰から昇る朝日だった。
そこから照らし出される日差しは、思わず手で顔を覆って目を逸らしてしまう程だ。
手を下ろし、もう一度山の方を見ると、夕焼けの景色とは違って神秘的に見える。
それは立ち並ぶビル群の隙間から覗かせる太陽とも違って見えた。
そんな美しい景色を眺めながら、ユイは歩き出した。
昨日歩いた方向とは逆方向なため、道の先に何があるのか分からない。
見覚えのない町の景色が広がり、何があるのか一目見ただけでは分からなかった。
しかし、緊張しながらも楽しんでいる自分がいる。
高校生になって少しは大人になったと思っていたが、やはり童心から抱いている好奇心は健在のようだ。
特に建物以外にも草木も多く、途中大きな田んぼや畑も見える。
昨日見たから初めて見た訳ではないのに、新鮮な気持ちは全くなくなることはなかった。
ユイはさらに先の方へ進んでいく。
だが、時間が経つに連れ気持ちは罪悪感へと変わっていった。
その度に、心の中で何度も謝罪している。
ごめん、ミツキ。
勝手に一人で出歩いて。
でも、これ以上は迷惑掛けられないよ。
そんな感じで自分に言い聞かせながら歩を動かしていたが、途中で足を止めた。
そこは人気のない路地裏に近いような場所だった。
「いるんでしょ?隠れてないで出て来たら?」
そう呼び掛けて、振り返る。
すると、物陰から一人の少女が姿を現した。
「意外だね?どんくさいと思ってたけど、実は勘が鋭かったんだ」
マキナは少し驚いた表情で、若干バカにしたような口調で話す。
その右手には銃が握られていた。
「まあ、昔いろいろあったからね」
ユイは凶器を持ったマキナに、今更恐怖を覚えることはない。
ある目的を達成することしか考えていなかった。
「ねぇ、少し話をしない?」
「時間稼ぎかい?」
「そう思いたいならどうぞ」
「・・・・・・まあいいだろ」
そう言うと、マキナは銃を消した。
正確にはどこかに転送したのかもしれない。
そこに関してどうなっているかは知る由もないが。
「それで話っていうのは何だい?」
マキナが余裕な表情で問い掛けるが、直後にそれは崩れることになる。
「ありがとう。そして、ごめんなさい」
突然、ユイが頭を下げてお礼と謝罪の言葉を述べたからだ。