第六十六話 感謝と謝罪
マキナは目の前にいる少女の奇妙な行動に、呆気に取られていた。
「な、何なんだい?突然」
思わず後ずさりしてしまう。
この場において、的外れな会話をするか、命乞いをするかで決まっている。
仮にそうなってくれれば、冷静に受け応えをすることができただろう。
しかし、彼女の口から出た言葉は感謝と謝罪の言葉だ。
謝罪の言葉だけなら命乞いと捉えることもできるが、その前にお礼を言っている。
如何にも不自然な発言だ。
いったい何を考えているんだ。
マキナは時間稼ぎということを予想して、ユイの発言の意味を問い掛けようとした。
「いったい君は何に対する感謝で、何に対する謝罪をしているんだい?」
すると、ユイは顔を上げて、はっと我に返ったような反応を見せる。
「あ、ごめん、言葉足らずだったね」
そう言って、緊張感のない笑顔を見せる。
本当に、何を考えているのだろうか。
怪訝に思いながら、ユイの話を聞くことにした。
「昨日の夜、ミツキから聞いたの。中学二年の文化祭の日の騒動のことを。それを計画したのがミツキと、マキナだっていうことも・・・・」
「・・・・・・」
これに関しては特に驚くことはなかった。
まあ、必然的彼の口からそのことをユイに話すことなど容易に想像ができる。
「どうしてミツキに協力してくれたの?」
いきなり質問をしてきた。
マキナは溜息を吐きながら答える。
「気紛れだよ、気紛れ。深い理由はないさ」
「・・・・そう」
なんだか納得していない様子が気になるな。
「それで結局何が言いたいんだい?」
「・・・・理由に関してはいろいろあるかもしれないけど、結果的にはわたしは噂で酷い目に遭うことはなくなったし、普通に生活できるようになった。といっても、非現実的なことに巻き込まれて・・・・いや巻き込まれに行ったというか・・・・・・」
まとまりがないな。
マキナは呆れながら腕を組んだ。
「えっと・・・・とにかく、わたしを助けてくれてありがとう。それと、わたしの問題なのに巻き込むようなことになっちゃって、ホントにごめん!」
ユイは勢い任せで、深々と頭を下げた。
「・・・・・・」
全く、とんだ勘違い女だ。
助けた?
ボクが?
鼻で笑ってしまいそうだ。
本当にどこまで愚かなのだろうか。
正直言って、ウザい。
心底呆れて殺す気もなくなりそうだが、それでは今までのことが無意味になってしまう。
まあ、彼女も時間稼ぎが目的なのかもしれないが、生憎こちらの目的も同じだ。
既に周囲にはドローンを配置しており、ユイが魔術を発動する前に仕留める準備をしている。
ミツキが来た時が、彼女の命の最後ということになる。
残念だったね、もう二度と普通の生活に戻れなくなって。
『マスター、半径三百メートル圏内に光剣寺ミツキを確認しました』
インカムから流れた情報を聞くと、マキナは銃口をユイの方に向けた。
すると、突然物陰から一つの影が飛び出してきたのだ。
二人の間に入り、そいつは唸り声を上げながらこちらを睨んでいる。
それは一匹の犬・・・・、いや違う。
こいつは昨日ドローンの録画映像で見たケルベロスとよく似ている。
『マスター、あの犬から検出される魔力の波長は、光剣寺ミツキが使役しているケルベロスと同じです』
インカムからあの犬の情報が共有され、予想が確かであることを理解した。
どうやら邪魔しに来たらしい。
マキナはその犬(仮に分裂体と命名することにしよう)に銃口を向けた。
周囲で待機していたドローンを数機呼び出し、ユイの周囲を完全に包囲する。
少々厄介な護衛はいるが、こちらには万全の対策をしているため、問題はない。
これにより、マキナの合図があれば一斉放射できる。
後はミツキの到着を待つだけ、という状況になった時だった。
ユイは徐に膝をつくと、分裂体の頭を撫で始めたのだ。
何をしているんだ、彼女は?
動揺してしまうが、それは分裂体も同じだった。
首を傾げながら、ユイの方を見ている。
「わたしを守ってくれているんだよね?でも、大丈夫だから」
怒りで興奮気味だった分裂体を、優しく宥めるユイ。
すると、悲しそうな声を漏らしながら、分裂体はその場から立ち去ってしまった。
「何のつもりだい?」
行動の意図が全く読めないマキナは、少し恐怖を覚えていた。
ユイは立ち上がると、再度こちらに向き直り、真っ直ぐ見据えてきた。
そして、手に持っている懐中時計型の魔道具を取り出すと、マキナの足元の方に投げた。
「は?」
またしても理解不能な行動をしたため、間抜けな声が漏れてしまう。
ユイは両手を広げ、丸腰であることを主張する。
「もし、本当にわたしを殺すことが世界のためだっていうなら、撃ってよ。それが、マキナが心から望んでいることなら、本心なら、わたしはそれを受け入れる!」
そう強く訴えかける態度に、マキナは息を呑んでしまった。
しかし、すぐに冷静になる。
理由は単純で、ユイの手が震えているからだ。
つまり、これははったりだ。
動揺を誘って、殺すことを躊躇わせようとしている。
だから、真に受ける必要なんてない。
マキナはユイの額に狙いを定めた。
そして、気付いてしまった。
自分の手が震えていることを。
構えていた銃を下ろし確認するが、やはり震えていた。
「え、ちょっと、あれ?可笑しいな、変だな?こんなことあるはずないのに何で?」
左手で抑えようとしたが、こっちも震えている。
「ウソ・・・・何で、まさかボクは動揺しているのか?何とも思っていないんじゃないのか?どうして怯えているんだ!」
マキナはその場で崩れるように膝をつき、頭を抱えてパニックに陥ってしまう。
『マスター、心拍数が上昇しています!どうされましたか?』
聞こえる声に反応する余裕がない。
「ああああああっ」
息を吸えない。
声が思うように出ない。
何で・・・・何で、何で何で何で何で!?
混乱する中、頭の中で記憶がフラッシュバックされていく。
ごちゃごちゃに混ぜたような光景が広がり、耳鳴りも激しさを増していく。
「マキナ?」
最後にユイの声が聞こえたところで、プツンッと意識が途絶えた。




