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第六十四話 君のままで

 ユイが風呂から上がった後、俺も後で風呂に入った。

 この時、過去の出来事を話して内心モヤモヤしている状態だったが、湯船に浸かって少しはマシになった。

 部屋に戻り、近くのコンビニで買ってきた弁当を食べた。

 その後、五十センチ程の間隔を空けて布団を敷き、そのまま照明を消して寝転がった。

 ここまでで会話は一切なかった。



 そしてそのまま眠りに付こうとした時だった。


「ミツキ、起きてる?」


 と、徐に声を掛けられた。


「起きてるよ」


 それに返答をする。

 背中を向けているため、表情は見えない。

 仮に身体の位置を変えたとしても、目が慣れていないためすぐに確認することはできないだろうが。



 この二言のやり取りで一瞬沈黙になるが、すぐにユイが話し出した。


「さっきの話だけどさ」

「おう」

「二人で計画を立てたの?」


 二人というのは、当然俺とマキナのことだろう。


「ああ、そうだな。行動担当は俺で、情報操作はマキナが担当するって感じだったな。お前を連れ出したり、お前の友達に協力を頼んだのは俺で、あの部長のことを調べたり、情報を拡散したりしたのはマキナだ」

「そう」


 ユイは一言だけそう呟いた。



「最初は赤の他人に協力を求めることに抵抗があったよ。でも、自分じゃどうしようもなかったし、頼るしかなかった」


 言葉を続けるが、返事がない。

 それでも話すのを止めなかった。


「別にお前を助けたかったからとかそんな理由はなかった。ただ、人を傷つけておいて平気で笑っていられるあのクズに虫唾が走っただけ。気に入らなかったから、痛い目を見させただけだった」


 何も答えないユイ。


「実際計画が全部上手くいった後はスカッとしたし、ざまあって思ったりしてよ」


 話しながら笑いが漏れるが、声だけだった。


「でも、実際やったことはあのクズと同じ、いやそれ以上の所業をしてしまったって気付いてさ。それが嫌になって、協力してもらったマキナのことを避けるようになっちまって・・・・」


 心に芽生えた不安が一気に膨れ上がっていくのを感じる。


「多分、逆恨みをされていると思う。世界のためとか言っていたけど、そういう動機も含まれているんだと思う。もしそうだとしたら、俺はまたお前を・・・・」


 言い掛けたところで言葉が詰まってしまう。

 でもはっきり言うことにした。


「ごめん。もっとちゃんとあいつのことを見ていたらこんなことにならなかったかもしれない」



 マキナが何を思って、ユイを殺そうとしているのか分からない。

 でも、もしあの時のことが原因なら、俺は取り返しのつかないことをしてしまったことになる。

 そんな自分が腹立たしくなり、情けなく感じた。


「やっぱり俺、誰かと仲良くやっていく資格なんてないんだな」


 思わずそんな弱音を吐いてしまう。

 余計に自分が嫌になってきた。



「・・・・・・」


 ここまで話して、ユイから何かを答える気配が全くない。

 そもそも、起きているのだろうか。


「ユイ?」


 身体を反対方向にして振り返る。

 この時には目も慣れていて、ある程度輪郭ははっきり見えるようになっていた。

 だから、ユイが上半身だけ起こして、悲しそうな表情を向けていることも確認できた。


「ユイ・・・・」


 もう一度呼び掛けると、


「ごめん、ミツキ。全部を背負わせて、辛い思いさせて、本当にごめんなさい」


 ユイは俯きながら答えた。



「あの時、負けないようにちゃんと向き合っていれば、ミツキやマキナがそんなことしなくても良かったのに。わたしは何もできなかった・・・・」

「そんなことは!」


 咄嗟に起き上がって、否定しようとした。


「あるよ。ミツキに言われたことをしていただけ、自分じゃ何もしていない。だから、今もの凄く悔しい」

「・・・・・・」


 その言葉に俺は何も答えることができなかった。



 本当は分かっていた。

 あの騒動の真実を話せば、ユイは自分自身のことを責めること。

 でも、そうせざるを得なかった。

 分かっていたが、どうしても気が引ける。

 責められないから、余計に罪悪感が増した。


「ごめん」


 思わず言ってしまう。

 すると。



「だからさ、あの時できなかった分のことを、今するね」

「え?」


 ユイに発言に、呆気に取られてしまう。

 だが、そんな俺に気にすることなく言葉を続けた。


「ミツキは自分が気に入らないから、あんなことしたって言ってたよね?」

「ああ」

「でも、それだけじゃないと思うんだ。わたしを助けるためっていうのもあったんじゃない?寧ろそっちの方が一番の理由でしょ?」

「違う」

「別に否定したいならそれでいいよ。でも、結果を見れば噂をする人もいなくなったし、非難されることもなくなった。ミツキにそういうつもりがなくても、わたしはこうして普通に生活ができてるよ」

「・・・・・・」

「まあ、それでもしばらくの間は不安になることがあったし、また同じような目に遭うんじゃないかって心配してたけどね。でも・・・・・・」


 ユイは真剣な面持ちで、俺の目を見ながら答えた。



「『お前はお前のままでいい』、わたしが高校生活に不安になっている時に言ってくれた言葉。あれでわたしは勇気を貰ったんだよ」



 それは俺が嘗て言った言葉だった。

 あれは確か、高校受験を控えていた三年の秋頃のことだったか。

 ユイは勉強が手付かずになっており、模試でも思うような結果が出せずに悩んでいた。

 それも留年せざるを得ない程深刻な状態だった。

 その時、何を思ったのか俺はユイの勉強を見ると進言してしまったのだ。

 多分、自分だけが受験に受かって、彼女だけ落ちたという状況になるのが嫌だったのかもしれない。

 もしそうなったら、後味が悪いから。



 それから自分の勉強の合間にユイの勉強の手伝いをしたりした。

 特に英語は壊滅的で、教えるには骨が折れそうだった。

 なんとか高校に進学させるという思いで取り組んでいく。

 しかし、思うようにいかず、彼女自身も全くモチベーションがないような状態だった。

 そのことについて問うと、


「高校生になって上手くやっていけるかどうか不安なの。また同じような目に遭うと思うと、怖くて、怖くて・・・・・・」


 と答えたのだ。

 気付いていなかった訳ではない。

 普段の彼女の態度から、まだ完全に立ち直っていないことなど分かっていた。


「自分では気を付けているつもりでも酷い目に遭う確証はないし、もしそうなった時どうなるか、どうしたらいいか分からない!」


 未来に対する不安から嘆くユイ。



 それが今自分と重なって見えた。

 このまま放っておいたら、自分みたいに自己犠牲で身を滅ぼすような生き方をするのではないのか、と。

 抱えているものに関しては、人の命が関わっている以上俺の方が圧倒的に重い。

 だがそれでも、彼女が今まさに人生の分岐点に立っていることは間違いなかった。



 俺は俺みたいな人生を他人が歩んでほしくない。

 だから、掛ける言葉なんて決まっていた。


「お前はお前のままでいい。少なくともあの時のお前は何一つ間違っていなかった。人一倍頑張って、誰かのために力になろうとしていた。そんな奴を否定する奴らの方が一番おかしい。だから、自分を否定するな」


 俺はユイにそう言った。



 正直、自分で言っておいて刺さるものを感じた。

 自分のことを否定しながら生きようとしている人間が、自分を否定せずに生きろと言っている。

 本当、可笑しな話だ。

 そして、その言葉を聞いたユイは暗い表情から一変して笑顔になり、


「ありがとう」


 と、言ってやる気を出すようになった。



 それから高校受験当日まで二人で勉強するようになり、無事志望校に合格することができた。

 その後は、以前のようにあまり口を利かなくなってしまったが、そんな時間が長く続くことはなかった。



「ミツキが魔術師っていうことを知って、わたしも魔術師になるって言ったら怒ったよね?今思えば、わたしを巻き込みたくなかったからなんでしょ?」

「そりゃあ、危険な目に遭うって分かってて巻き込もうなんて考えないわな」

「そうだよね」


 ユイはクスクスと笑いながら頷く。


「でも許してくれた」

「お前がどうしてもなるってしつこかったからな」

「それから毎晩、わたしに魔術や戦い方を教えてくれて。この前なんか、一人で魔物倒したんだよ」

「その後、橋を凍り付けにして危うくエライことになりそうだったけどな」

「もーミツキ」


 不機嫌そうに頬を膨らませるユイ。

 少々からかい過ぎたか。


「まあ、いろいろあったけど。わたしは自分がやりたいようにやってきたわ。今までもこれからもそうしていくつもり。だから、ミツキも自分が一番やりたいこと、やらなきゃいけないことをやっていけばいいんじゃない?」


 そう言うと満面の笑みを浮かべてみせた。


「さあ、明日は早いんだし。もう寝よ」


 ユイは横になると、布団を掛けて目を瞑った。

 それから数分程経って、寝息が聞こえ始め、眠りについたのを確認した。



「・・・・・・」


 俺も横になり、ユイの方に背を向けた。

 このまま寝静まりたかったが、生憎眠れない。

 考え事をしているからだ。


 やりたいこと・・・・やらなきゃいけないこと・・・・か。


 先程ユイに言われたことが、ずっと頭の中に引っ掛かっていた。


 俺はどうしたいんだ?


 そのことを考えていたが、その後途中から記憶がなくなった。

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