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第六十三話 あの日の真実

 今でも覚えている。

 中学二年の文化祭。

 あの日のこと。



 いつ頃だったか、ミツキと一緒に住んでいるということがクラス中に知れ渡り、付き合っていると勘違いされていた。

 周りに言っていなかったので、問い詰められても少し迷惑だと感じるだけで、大して問題にしていなかった。

 そこでもっとちゃんと否定しておけばよかったのかもしれない。



 時間が経つにつれ、噂の内容が過激になっていき、終いには男をとっかえひっかえしていると言われるようになった。

 最早、最初の頃の面影は全く留めていない。

 クラスの女子からは避けられるようになり、男子からの視線も背筋を凍らされた。

 もちろん、それは部活の時もそうだった。

 あの時感じた冷たい視線は今でもトラウマになっている。



 何度違うと否定しても、誰も聞く耳を持ってくれない。

 それどころか、「ウザい」だの「シラケる」だの言われた。

 みんな、噂のことを完全に信じ切っている。

 本当に、違うのに_____。



 そんな空気に耐えられなくなり、とうとう不登校になってしまった。

 もう誰とも会いたくない。

 一人になりたい。

 そうやって、毛布に包まって怯えていた。



 唯一の心の安らぎは、カオルとマルコからの励ましのメッセージだった。

 噂が流れてから、周囲の目もあって、お互いで避けるようになっていた。

 別にそれに関して恨んではいない。

 寧ろ仕方ないと思っていた。

 そうしないと、あの二人も非難の的になってしまう。

 そんなこと望んでいないし、そうなってほしくない。

 それにメッセージという形だけでも、自分のことを気遣ってくれたことは本当に嬉しかった。

 学校に復帰する日まで、自分の心を保つことができたのも、そのお陰でもある。

 振り回されることはあっても、あの二人は掛け替えのない大切な友達だと思っている。

 この先も、ずっと・・・・・・。

 いつかまた前みたいに仲良くしたい、そう思っていた。

 だけど、それでも怖くて部屋から出られなかった。



 しかし、文化祭最終日を迎えようとしていた日、とっくに昼過ぎになっている時間帯だった。

 突然ミツキが部屋に入って来たのだ。

 そして、「学校に来い」と言い出し、無理やり連れだそうとした。

 何が何だか分からず、最初は拒否しようと考えた。

 でも、学校に行くことにした。

 このまま逃げ続けたくないと思ったからだ。



 道中も、学校に着いてからも、ずっと怖かった。

 たまに目が合う度に全身が震えて立ち止まってしまう。

 「今の人わたしのことどう思って見ていたんだろう」、と思っていた。

 軽蔑。

 頭に過る言葉はいつもこれだった。

 それから何度も立ち止まってしまうことがあった。

 途中何度か吐き気を感じた。

 泣き出したかった。

 逃げ出したかった。



 でも、我慢した。

 いや、我慢できた。

 ミツキが手を握ってくれたからだ。

 どうして学校に連れ出そうとしたのか、聞いても全く教えてくれなかった。

 不安ではなかったかと聞かれたらウソになるが、信じてみたいと思った。

 今までミツキからこんなことされたことなかったから。

 歩くペースも自分に合わせてくれたし、自分が立ち止まる度に歩けるまで待ってくれた。

 今まで見せたことない態度に困惑したが、それでも彼なりに気を遣ってくれていたことが本当に嬉しかった。



 それからいつもより倍の時間を掛けて学校に到着すると、カオルとマルコが出迎えてくれた。

 そして、ミツキとはそこで別行動を取るようになった。

 ここまで付き添ってくれたことに礼を言おうとしたが、その前にどこかへ姿を消してしまった。



 少し残念な気持ちはあったが、そのまま三人で学内を回る・・・・・・ということはせず、グランドの中央に佇むステージの方に足を運んだ。

 なぜ?と二人に訊ねたが、どうやらミツキの指示らしく詳しいことは聞かされていなかったらしい。

 ただ、「ユイを連れて来たらステージの方に案内しろ」と。

 この時、ミツキの不可解な行動に疑問を持ちながら、最後の演目である告白イベントに目を向けた。



 出てくる人の男女比率は圧倒的に男子の人が多かった。

 告白してカップルが成立する人もいれば、玉砕して絶叫する人もいた。

 周囲は盛り上がっていたが、全くそんな気分にはなれなかった。

 寧ろどうでもよかった。

 ミツキはこんな所に呼び出して、一体何がしたいのだろう。

 それがずっと頭に引っ掛かっていて、見ているものをちゃんと見ていなかった。



 そして、最後の参加者が登壇した時、自身が所属している部活の部長であることに気が付いた。

 自身に満ちた表情で、まるで告白して成功することに何一つ疑いを感じていないように見えた。

 彼には少し前に告白されて振っている。

 もう他に好きな子ができたのかと思っていると、一瞬こちらに目が合ったような気がした。



 部長はマイクスタンドに立つなり、「俺には好きな人がいます!」と先程から何度も多用されている台詞を言うと、また自分の方に目が合った。

 まさか・・・・、と思ったがそのまさかだった。

 なんと部長が指名してきたのは自分だったのだ。



 戸惑いながらも、ステージに上がろうとするが、ここで一瞬忘れていた感覚を思い出してしまった。

 周囲の目。

 それを意識してしまい、瞬く間に恐怖に吞み込まれてしまった。

 半ばパニック状態に陥り、最早目の前の部長の言葉すらも聞こえなかった。


 怖い、怖いよ・・・・・・。

 誰か助けて・・・・・・。


 情緒不安定になり、発狂しかけた次の瞬間だった。



 パンッと乾いた音が聞こえたのだ。

 これにより意識が安定し、何が起きたのか気付き始める。

 この時理解したことは、目の前で見知らぬ女性が部長をタコ殴りにしていることだった。

 激高しているようで、「浮気者!」だの、「あんた何回浮気すれば気が住むの!?」だの、「何股したの!?」だの言っていたような気がする。

 それから教員が止めに入ろうとしたところで、女性は颯爽と立ち去ってしまった。



 その後のことはあまり覚えていない。

 多分、突然の出来事に会場にいた人たちと一緒に茫然としていたと思う。

 何発も殴られグロッキー状態になっている部長は、特に印象的だった。



 まあ、後になって考えれば因果応報だったのかもしれない。

 文化祭の後、部長が多くの女性と付き合っていることや、肉体関係を持っていたことが明るみになったのだ。

 内容を挙げればきりがないが、自分が流された噂とほぼ同じ内容のことをしていたのだ。

 学校中はその話題で持ちきりになり、次第に自分に関する噂話をする人は見掛けなくなった。

 しばらく経って聞いた話だが、部長は部活を辞め転校したらしい。



 それから数日後、なんとか学校に通えるようになり、カオルやマルコとも仲良く話せるようになった。

 周囲からも軽蔑の目に見られることはなくなり、まるで噂が流されたことなどなかったかのようになっており、少々腑に落ちないところもあったが嫌な思いはしなくなった。



 これで全てが元通り・・・・・・となれば良かったが、生憎そうはならなかった。

 登校を再開した日に退部届を出し、陸上部を辞め、同時に出場予定だった大会も辞退した。

 顧問にも考え直せと言われたが、やる意味がなくなったと答えて押し切った。

 教室でも不用意に目立とうとせず、ミツキに話し掛けることも少なくなった。


   ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※


「・・・・・・」


 あやふやなところもあるが、はっきり覚えているところは覚えている。

 特にあの時感じた恐怖も、呪いみたいに心に染み付いている。

 忘れたくても忘れられない。

 思い出す度に嫌な気分になる。

 また同じ目に遭うのではないかと、不安になることだってたまにある。

 だから、ミツキが話そうとしている話題を聞くことも、正直本意ではなかった。



「悪い。嫌なこと思い出させちまって」


 ミツキが申し訳なさそうに謝罪の言葉を告げる。


「いやいいよ。今重要だから話したんでしょ?それにわたしもいつかちゃんと向き合っていかないといけないって思ってたし、良い機会かなって・・・・」


 気を遣う彼になんとか笑顔を作って和ませようとするユイ。

 もちろん、ウソは言っていない。

 忘れられない記憶である以上、いつかは乗り越えなければならないことは分かっているつもりだ。


「・・・・・・そうか」


 ミツキもまた笑顔を作ろうとしているが、心なしか無理をしているように見えた。



「まあ、今話した通りだ。あの日の一連の出来事は俺が仕組んだことだってこと」


 「そして・・・・」、とミツキが言葉を続ける。


「その共犯者の一人がマキナだっていうことだ」



 もう一度聞いても受け入れるのに時間が掛かる内容だった。

 まあ、ミツキが何かしら関与していたことは薄々気付いていたが、まさかマキナも関わっていたなんて思いもしなかった。

 マキナとはつい最近出会ったばかりで、中学時代同じ学校に通っていたことなど初耳だった。

 そして、ミツキが頑なにマキナのことを話したがらない理由も理解した。

 ミツキとマキナが知り合ったきっかけが、自分の噂話が流れたことに繋がっていたから。

 二人は噂話を流した主犯格である部長を貶めるために、文化祭であんな行動を取ったから。



「カオルもマルコもそうなの?」

「いや、あいつらにはユイを迎えに行ってほしいって頼んだだけで、計画の全貌は一切に話していない」


 それを聞いても心が穏やかになることはなかった。

 共犯でなくても、二人を巻き込んだ事実は変わらないからだ。


「今でも悪いと思ってるよ。お前やお前の友達を巻き込んで嫌な思いさせちまったって、だから・・・・・・」


 ミツキは何かを言おうとしたが、口を閉ざしてしまう。

 そしてゆっくりと口を開く。


「ごめん、分かっていたのに・・・・お前を一瞬でも辛い思いをさせちまって・・・・本当にごめんな」


 声が震えていた。

 顔は俯いていたけど、なんとなくどんな表情をしているかは察した。



「・・・・・・」


 なんて声を掛ければいいか分からなくなった。

 元気付けようとして生半可な言葉を掛ければ、逆効果になると思ったからだ。


「ごめん。少し考えさせて」


 そう言うと、ユイは浴衣や洗面具を手に取り、部屋を後にした。



 とにかく、今は時間を掛けて頭を整理する必要があった。

 直観であるが、ミツキが抱えていることは自分が思っている以上に重いということは理解した。

 それもさっき話したこと以外にもたくさんあると思う。

 流石に今全てを受け止められる自信はない。

 だから、自分がどうするべきか考えたかった。

 しばらく廊下を進み、階段を降りると浴場に到着した。

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