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第六十二話 嘘も方便

 建物の外観は、特にこれといった特徴はなかった。

 築二十年といったところか、外壁の白色はくすんでおり、細いひびが模様を描いている。

 二階建てで、窓の数から察するに五部屋近くはあるだろう。

 しかし、実際に明かりが灯っているのは三部屋だけだった。



 自動ドアを潜っても、その雰囲気は変わることはなかった。

 ロビーもこじんまりとしていて、絵画や壺といった芸術品が展示されている訳でもない。

 ただ、入ってすぐ横にパンフレットが収納された棚があり、左の壁に小さな公衆電話が置いてあるだけだった。

 そして、目の前に受付の窓口があり、一人の女性がこちらを見ている。

 年齢は四十代くらいだろうか。



 俺は受付の前に近付くと、部屋が空いているかどうかを確認した。


「ええ、一部屋空いております」


 女性は困惑した様子で、俺と後ろにいるユイを交互に見ていた。


「あのー、あなたたち学生、よね?」


 そう訊かれるのは、薄々予想はしていた。

 それもそうだ。

 ビジネスホテルに高校の制服を着た男女が訪ねて来たら、そういう反応になってしまうのも当然だ。

 家出と疑われるかもしれないし、いかがわしいことをするためだと思われるかもしれない。

 だが、この状況は想定の範囲内だ。

 だから、この場で取るべき行動はただ一つだ。


「ああ、俺たち従妹同士ですよ?」


 ウソをつくことである。



「え、従妹?」


 驚いた表情で、俺たちの顔を見比べる。

 恐らく、似ていないと思っているのだろう。

 確かに俺たちは兄妹でもなければ、遠い親戚でもない。

 友達ということを抜きにしても、親同士が古い友人同士ということ以外共通点は皆無に等しい。

 もちろん、その反応も計算積みであったため、次の言葉をスラスラと喋る。


「父の兄弟が外国の女性と結婚していて、だからこいつはハーフなんですよ」


 俺が親指で指し示すと、ユイはコクコクと頷いた。

 実際はクォーターだが、今はそんな細かいことはどうでもいい。


「ゴールデンウィークに祖父の家に親戚同士で集まることになって、ちょうどさっき来たばかりなんですよ」


『ちょうどさっき来たばかり』という点はウソではない。

 ウソをつく時は一部の真実を混ぜることも重要である。


「ただ、寝れる部屋がなくなってしまって、それで急遽ここに来たと言いますか・・・・」


 若干言い難そうな言い回しをしてみる。

 そして、再度要件を伝えた。


「泊まれますかね?」



「ご両親はいらっしゃらないのですか?」

「はい。こいつのところもそうなんですが、仕事で県外に出張していまして、明後日くらいしか来れないと言っていましたね」

「そうですか」


 それから女性は黙り込むと、すぐに返答をした。


「わかりました。少々お待ちください」


 準備が終わるまで部屋の利用や浴場の時間帯等の話を聞いた。

 そして、それが完了すると部屋の鍵を受け取り、二階へと階段で上っていく。



「ミツキってさ」

「ん?」


 廊下の途中でユイに話し掛けられたので、声だけ返事をする。


「ウソつくの下手だよね?」

「何で?」

「なんか必死というか、落ち着きがないというか・・・・・・ああ、この人普段ウソをつかないんだなって、正直なんだなって思ってさ」

「自然体で話したつもりなんだが・・・・」

「それが逆に不自然だった。普段わたしや兄さんと話している時よりも。それにミツキが丁寧な喋り方しているところとかもの凄く違和感がしたし」

「そりゃあ、相手によって態度を変えるだろ、普通。特にエリとか」



 早乙女エリには二つの顔がある。

 支部主任としての彼女は、穏やかで上品な振る舞いで物腰が柔らかいお嬢様。

 しかし、学校では制服を着崩し、長い髪をツインテールに束ねたイケイケなギャル。

 この二つのキャラを状況に応じて、上手く使いこなせている。

 俺以外の相手に関しては_____。



 そんな話をしている内に、部屋の前に到着した。

 鍵穴に鍵を挿し、捻るとガチャッと鳴る。

 開いて脇にある照明のスイッチを押すと、優しい光が暗い部屋を照らした。

 淡い緑の畳が八枚。

 ど真ん中にちゃぶ台が置いてある。

 靴を脱いで中に入ってみると、割と豊富な種類のものが設置されていた。

 小型テレビや冷蔵庫、電気ポットに湯呑セットが一式。

 それと備え付けの電話がある。

 部屋の隅っこには、折り畳まれた布団が二式置いてあった。


「結構いろいろあるんだな」


 感心しながら、畳の上に腰を下ろす。


「先風呂入って来いよ。俺は後でゆっくり入るから」

「そう、分かった。でも、その前に一息つかせて」


 ユイも膝を曲げて座ると、ふーと息を吐いた。



 二時間ほど殆ど休まずに移動していたので、お互い疲れているのは当然だ。

 今はもう、立ち上がる気力がない。

 正直、このまま横になって眠りにつきたいと思っている。

 いや、もう瞼が重くなっていた。


「お茶、入れようか?」


 不意に声を掛けられたことで、意識が覚醒した。


「ああ、ありがと」


 取り敢えず、お茶でも飲んでこれからどうするか考えることにしよう。

 そうしないと、またいつマキナの刺客が襲ってくるか分かったものではない。

 差し出された湯呑を持ち、口の中に流し込もうとする。


「熱っ!」


 上唇に熱い液体が触れて、思わずリアクションを取ってしまう。


「そりゃあ、熱いよ。今淹れたばかりなんだから」


 可笑しかったようで、ユイはクスクスと笑っていた。

 しかし、そのやり取りを境に会話は途絶えてしまった。



 和やかになりかけていた空気が、一気に緊張感のある沈黙と化してしまう。

 聞こえるのは、壁に掛かった掛け時計のカチッ、カチッという音だけ。

 胸の内側から気まずさという感情が、徐々に広がっていくのを感じる。



 ユイも先に風呂に入るとか言いながら全く動く気配がない。

 視線は合わせようとせず、どこか遠くの方を見ているようで、茫然とお茶を飲んでいる。

 何か言いたそうで躊躇っている、そんな風にも見えた。



 湯呑に触れると、まだ熱は残っているが、長時間触って火傷する程ではなかった。

 口に流し込んだ時、丁度いいくらいの熱さだった。

 だが、それで心の靄が流れる訳もなかった。



「ねぇ、ミツキ」


 漸く決心がついたのか、ここでユイは口を開いた。


「なに?」


 取り敢えずここで返答をしておく。

 今、ユイが何を訊こうとしているのか、だいたい予想がついていたからだ。


「さっき言ってたことだけどさ・・・・」

「さっきって?」


 分かってはいるが、敢えて惚けることにした。


「酒屋の前でミツキが話そうとしていたこと。話が長くなりそうだからって、後回しにしたって、ミツキ分かってて惚けたでしょ?」


 「バレたか」と一応呟いておく。



「・・・・本当はまだ話すかどうか悩んでいたけど・・・・・・」


 笑うのを止めて、真剣な面持ちでユイに向き直る。

 結構勇気がいるので、気を紛らわせようとしたが、ダメだった。

 まだ不安は心の中に停滞している。


「分かった、話すよ」


 そして、俺はユイに明かしていない過去の一つを話し始める。

 あれは、中学二年の文化祭が近づいてきた日のことだった。

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