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黄昏の煉獄に麗人は嘆き、呪縛の終焉を鬼神は詠う  作者: 神宅 真言
第零章・忌み子の傍らに鬼は侍りぬ
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忍び寄る影のかたちは


幼馴染キャラ登場。




 それはそろそろ陽も傾き始め、空の色が菫を帯びつつある頃だった。私は一段落した仕事を置いて立ち上がり、軽く伸びをする。


 そんな私の耳にチリンチリン、と子気味良いベルの音が響く。つられて二階の窓から顔を覗かせると、低めの塀の向こうからこちらを見上げる影がひとつ。


「……タケル?」


 私の誰何に、自転車に跨ったまま手を振る男性がニカッと、日に焼けた健康的な笑顔で応えた。


「ひっさし振り~、アキラ!」


「久し振りって、つい先日も会いましたよね?」


「そうだっけか~?」


 屈託の無いタケルの笑顔に、私はやれやれといった心地で肩をすくめる。大声で会話をし続けるのもどうかと思った私は、ちょっと待ってて下さいね、と言い残したその足でおもむろに玄関へと急いだ。


 サンダルを突っ掛けガラリと硝子の引き戸を開けると、玄関前のたたきに自転車を停めたタケルの姿があった。荷物入れから何やら大き目の袋を取り出す。


「これ。お裾分けってーか差し入れってーか」


「……ああ。ありがとうございます」


 差し出された二個のビニール袋を受け取ると、ずっしりと重いそれらの中身を私は確かめる。半分に切った大根や新玉葱など幾つかの野菜に、豆腐や練り物や卵、そして特売品の肉と魚の干物などがぎっしりと詰まっていた。


 恐らくは車どころか自転車も所有していない私を気遣ってのものだろう。一番近いスーパーマーケットでも隣町に行かなければならない今の集落の環境では、これはとても有り難かった。


「調味料とかはあるんだろ? 取り敢えずネットでは買えなさそうなモンと、あと貰った野菜を分け分けしたヤツ」


 何故か自慢げに胸を逸らすタケルに、笑いを堪えながら私は素直に感謝の意を述べた。ガサツに見えてもタケルはこういう所に気が利くのだ。


「有り難うタケル、正直助かります。……そうだ、お代を払わないと」


「要らないよ。大した額じゃないし。野菜は近所に貰ったのばっかだし」


 タケルの言葉にしばし試案し、そして袋を抱え直した私は彼の顔を見上げて微笑んだ。


「では今回はお言葉に甘えますが、良かったら上がっていきませんか? お茶ぐらい御馳走しますよ。忙しくなければ、ですが」


「いいのか? 引っ越しの片付けとかまだ色々あるんじゃ? いやむしろ手伝うぞ?」


「大丈夫ですよ。もう粗方片付いてますし、それに……ここ最近、顔は合わせる機会はあったのにゆっくり話も出来てませんでしたから」


「そうか、んじゃあ」


 私の誘いに改めてタケルは頷くと少し照れたような表情を浮かべながら、私の手からごく自然に袋を奪う。重いだろ、とぼそり呟く彼の気遣いに素直に甘え、私は唯一無二の親友を家へ招き入れた。


  *


 タケルと私は、まるで兄弟のように育った幼馴染であり、同級生であり、そして親友だった。生まれつき身体の弱かった私を、いつもタケルは気遣い庇ってくれていた。


 他の家の子が私をキモチ悪いと言って避ける中、集落で二人きりの同い年であるタケルと私は、いつも一緒だった。家が近いのは勿論だが、父親が居ないという共通点もあり、二人の絆はとても深いものとなっていった。


 大きくなって進学先が別々になり、やがて私は県外に出ることとなるが、暫く離れていても久し振りに顔を合わせれば、たちまち昔の様に自然と会話が弾んだ。二人とも揃って筆不精なのでメールの遣り取りなどは殆ど無かったが、物理的時間的な距離は二人にとって問題にはならなかった。


 そして今、母の死を切っ掛けに、止まっていた時間が動き出すかのようにまたタケルと私は肩を並べる。タケルは日に焼け背が伸びて、私は相変わらず青白くて痩身だが、懐かしさすら感じない程に自然と心が通うのだった。


  *


「おばさんの葬式ん時も思ったけど、……ホント昔っから変わらないな、この家」


 温かい緑茶を啜り海老煎餅を齧るタケルが、胡坐のままキョロキョロと周囲を見渡す。足に彫り細工の入った重厚なテーブルやふかふかの座布団、年代物の飾り棚には干支の置き物や一輪挿しが置かれ、凝った飾り枠の障子戸の向こうには手入れされた庭が縁側から覗いている。


 時代に取り残されたような純和風のこの風景の中で、数年前に買い替えたエアコンだけが現代の香りを漂わせていた。


 私は胡蝶蘭の描かれた瑠璃色の急須から、タケルの茶器にお代わりを注いだ。螺鈿細工の菓子盆におもむろに豆菓子を追加する。タケルは優雅な曲線を描く茶器に口をつけ、そして少しだけ改まった顔で私と視線を合わせた。


「で。アキラはもう、ずっとこっちで住むんだろ?」


「そのつもりですよ」


「その、えっと。一人で?」


「……まあ、他に誰も居ませんし。親戚もわざわざこっちで住もうって人も居ないでしょうし、私も独り身ですし」


「そう、かぁ」


「そもそも私、人といると駄目なんですよね。煩わしいっていうか。いいんですよ、一人の方が気楽です」


「でも家とか維持、大変じゃね?」


「そのへんは仕方ないですね。まあいざとなれば年に数回、業者入れてもいいですし」


「……そ、か」


 そしてふいっと私から視線を外すタケルの力無い仕草に、私は薄い笑みを浮かべたまま、何も気付かない振りをする。


 タケルが考えている事は何となく判っている。その気持ちは嬉しいし有り難い反面、恐らく私もタケルも二人とも傷つく、そんな結末しか生まないことを知っている。だから鈍感な素振りで、涼しい顔でやり過ごす。


 私にはそんな資格は無いのだから。


「……そうだ、また食材とか必要になったら遠慮無く言えよ、買ってきてやるから。別に俺の分のついでだし」


「そうですね、多分お言葉に甘えることにします。自転車か原付かは買う予定なんですけど、今日の明日すぐにって訳にもいきませんし」


「え! お前、免許あんの!? 取れたの!?」


「失敬な。私だって車ぐらい運転出来ますよ、一応」


「へええ、アキラが免許! へええ」


 驚くタケルの叫びに、思わずムッとして彼を睨む。が、目が合った途端に私とタケルは同時に噴き出した。大口を開けて腹を抱えるタケルの声に、口許を押さえて肩を揺らす私の笑いが重なる。


 ひとしきりの爆笑ののち、やっと落ち着いたタケルは、少しばかり名残惜しそうに私の目を見た。その眼差しは優し気で、しかし僅かな哀しみの色を宿していることを、私は思い過す。そんな私の表情に彼は諦めた笑みを浮かべ、そして意を決してゆっくりと立ち上がった。


「そろそろおいとまするわ。渡すだけのつもりだったのに、思ったより長居したし」


 そして気を取り直し、ニカッと歯を見せて笑った。ああ、タケルにはやっぱり、この笑顔の方が似合う……そんな気持ちが私の中でストンと身体の内側に落ち着いた。


「別に何も無くても遠慮せずまた来て下さい。それに何かあったらメールしてくれてもいいですし」


「うん」


 雑にサンダルを突っ掛け、軽くなった自転車を押してタケルは門の外側に進み出た。ひょいと片手を挙げ、じゃあな、という軽い挨拶に、私も片手をひらひらと振りながら礼を述べる。


 勢い良く走り出した自転車を見送り、そして曲がり角の向こうにその姿が消えてようやく、私は挙げていた手を下ろした。


 ふと顔を上げると、すっかり茜に染まった空は何処か侘しく、しかしとても美しく私の眼には映ったのだった。


  *


 玄関を上がり二階への階段に足を掛けると、ふと見上げた先にコクウの姿があった。彼は階段の一番上に座り、目を細めて睨むように私を見詰めていた。


「……何か、言いたげですね?


 大方、放って置かれて機嫌を損ねただとか、そんな他愛無い理由だとたかを括ってそのまま階段を登ろうとした私を、コクウは微動だにせず立ち往生させた。少しばかり苛ついた私の表情に、臆すること無く彼は口を開く。


「あれと関わるのを、やめろ」


「……はい?」


 突然の警句に思い切り眉をしかめ、私はもう一段分上に足を進めると、右手でコクウの胸許を掴みその金色の瞳を睨み付けた。彼は涼しい顔で視線を受け止め、そして私は彼のそんな態度にますます怒りを募らせる。


「タケルは私の親友です、コクウにどうこう言われる筋合いは、ありません。それとも、もしかして……妬いてるんですか?」


 挑発的な台詞にコクウは一瞬片眉を挙げたが、無表情のまま装束を掴む私の手を一瞥し、おもむろに自らのその大きな手を重ねると胸許から引き剥がし振り払った。


 バランスを崩した足は階段を踏み外し、勢いのまま私の身体が宙を舞う。


「……っ!?」


 落ちる、と頭は冷静に、しかしふわりと浮かぶ身体の感覚にはただ為す術が無い。痛みを覚悟した瞬間、予想とは反して落ちる筈の身体は大きな何かに包まれた。広がった髪がばさり、と再び重みを取り戻してさらりと流れた。


 無意識に瞑っていた瞼をそっと開けると、見下ろす黄金の瞳がそこにはあった。


「コクウ……?」


 コクウは何も言わず、私を抱きかかえたまま二階に上がると、重さなど感じさせない所作で畳に腰を下ろす。余りの出来事に先程までの怒りをすっかり失った私は、彼に抱えられたまま茫然と、ただ茫然と、彼の顔を見上げていた。


「……悪かった」


 コクウの謝罪に、何も言えずただゆるゆると首を振る。


 彼の真剣な表情に何かを察し、頭の中で渦巻いた言葉は形にならずにぽろぽろと落ちて失われてゆく。彼の膝の上で私は何かに怯えるように、コクウの装束にしがみ付いて彼の言葉に耳を傾けるしか術が無かった。


「そりゃア妬いてないって言えば嘘になるかも知れんがな、……違うんだ、そんなんじゃねェんだ、よく聞け。あれは」


「……っ」


「あれは、……お前とは絶対、相容れない宿命の存在なんだ。あれはいつか、必ず……お前を裏切る」


 囁かれるように静かに語られる絶望的な言葉に、私は自分の顔からすっと血の気が引く感覚を味わった。心臓が早鐘を打つ。震えが、止まらなかった。


 何故なら、コクウは嘘を吐けないことを、私は知っていたから。


 それ以上は何も語らずコクウは、泣きそうな顔でしがみ付く私を大きな身体で抱きしめていた。暗くなってゆく部屋の中で静かに密やかに、彼と私は闇に飲まれていく。


 それはこれから始まる絶望の、ほんのささやかな序章に過ぎなかった。私は未来に戦き宿命に怯え、そして誤魔化し続ける自分の心にただただ鈍痛と息苦しさを覚えて、やがて糸が切れるようにプツリ、と意識を手放した。




アキラの性別に関しては、もう少し後で明かされます。

コクウとの関係も。

……それとは別に、外電みたいな形で二人の過去も書いてみたいなあとか。



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