白鷺舞う里に鬼は来たりて
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初めまして、神宅 真言【カミヤ・マコト】と申します。
初めての投稿となります。宜しくお願い致します。
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どこまでも高く澄んだ蒼穹に、二羽の白鷺が踊る。
彼らの背後にある山々の連なりはその色彩を、徐々に深緑から鮮やかな錦に着換えつつあった。透いた空との境目からチラチラと散る茜や黄金は、陽の光を浴びて輝き燃え立って見えた。
計算され尽くされた絵画めいた、そんな眩い光景に無意識に目を細め、私は乗り出していた窓枠から身体を部屋の内側に引き入れる。
反対の窓に視線を遣れば、稲穂が刈り取られ藁束の積まれた棚田が、緩い階段状に広がって集落を金色に染めていた。こちらにも幾羽かの白鷺の姿が見え、まさに日本の原風景といった様相を呈していた。
部屋を抜ける一陣の風が、少し伸び過ぎた私の前髪を乱した。僅かな肌寒さを覚えて私は髪を掻き揚げつつ膝をつく。
文机に置いたままだった湯呑みは、それでもまだ温かさを保っていて、その温度はいささか冷えた私の手とそして喉を温めるのには充分だった。
お茶を飲み干した私は軽く溜息をついた。独りきりの部屋、誰も居ない家。畳に直接正座し軽く目を閉じると、私は再び深く大きな息を雫した。
*
病気で急逝した母の葬儀を上げ、四十九日を経て全てを片付け終えると、私であるところのオオシキ・アキラは晴れて天涯孤独の身となった。
兄弟はおらず父も随分昔に事故で他界しており、近しい親類も居ない都合、私は悩む事なく実家であるこの屋敷を継いで田舎に隠居する方針を固めた。この家や集落自体に愛着があるのは当然として、生活に当分困らない程度の蓄えを母が残してくれていたこと、更には今の仕事の業態がインターネットを使えば田舎に移っても継続可能であることが、人付き合いが得意ではない私を実家に引き籠らせる決心をさせた大きな要因となった。
年代物らしく古い造りであり一人暮らしには多少広すぎるきらいはあるが、手入れを怠らなければまだまだ居住可能であろう二階建ての一軒家に、何種類かの樹木の植わった広めの庭、更に納屋や倉庫、車一台分のガレージもあり、独り身には恵まれすぎた住環境といえる。これで不平を零すなど罰が当たるというものだ。
何より田舎とはいえ、私の生命線とも言えるインターネットが使用可能なのだ。地デジ化の際に集落ぐるみで加入したケーブルテレビを利用すれば、安定した接続が約束されている。万一、回線に何らかのトラブルが起きたとしても、携帯電話と固定電話があれば仕事に支障をきたす事にはならないだろう。加えて、物資の補給も生鮮食品以外はネット通販で充分事足りる。
今の世の中インフラ整備さえあれば、田舎暮らしと都会の便利さの良いとこ取りの生活が可能ということだ。
つまりは、悠々自適。
私は軽い開放感を覚え大きな深呼吸を一つ、そのままぱたり、と畳の上に仰向けに寝転んだ。
*
遠くから微かに聞こえるのは、鳥の囀り、庭木の梢の揺れる音。それに重なって農作業をする人々のさざめきと、農耕機械や車のエンジン音が高い空にこだまのように満ちている。
昼下がりの程好い気候が緩やかな眠気を誘う。
このまま少し昼寝などしてしまおうかと、うつらうつらし始めた私の頬を、突然の強い風が洗った。
風は止むことなく渦を巻き、畳に広がった私の髪を弄び、櫛削る。そして始まりと同様、唐突に風邪は凪いだ。
気配を覚え、ゆるりと私は瞼を開く。
視線の先には真紅に染まった紅葉の葉が一枚。そっと、手を伸ばし指先で摘まむと、空中に留まっていたそれは私の指の間で艶やかに重さを取り戻す。
しばし紅葉を眺めたのち、おもむろに視線をずらす。
「……もう、現れないのかと思ってました」
私が見詰めた先に居たのは、一人の男性。いや、彼を男性と断定するのには疑問が残る。便宜上、その人物の事は『彼』と呼ぶが、床に寝転ぶ私の姿を空中から逆さに眺める彼は、明らかに普通の人間とは違っていたからだ。
浅黒い肌に乱れた長い純白の髪、らんらんと黄金に輝く瞳。整った顔はしかし、端正さを残しつつも野性味を全面に押し出していて、所々に走る古い傷跡がそれを助長していた。
口許から覗く牙を隠そうともせず、彼はニィッと笑う。
「挨拶回りに行ってただけだ」
「……は? 挨拶?」
怪訝そうな私の表情に、時代錯誤な装束をバサリと靡かせ、彼は畳に静かに降り立った。長い袖が私の広がった髪の上に重なる。片眉を上げて楽し気に口許を歪めた彼は、より近くなった私の頬にそっと大きな手を添えた。
「周囲の山神や鎮守様なんかにな。これからしばらく、此処で厄介になるこッたしなァ」
私はその言葉を聞いて思い切り顔をしかめた。
「厄介? 私はあなたが住むことを許可した覚えは無いですよ。私の悠々自適独身生活を邪魔するのはやめて貰えませんか」
すると彼は、意外そうに、心底意外そうに、私の瞳を覗き込む。少しばかりの呆れも混じった声色で、諭すように告げた。
「仕方無ェだろ。俺ァ、お前に憑いてンだから、長いこと遠くへは離れらんねェんだ。諦めやがれ」
「憑くのを辞めれば、いいじゃないですか」
「自分の意志で辞められるなら、苦労しねェっって。不本意だがな」
しゃあねェっての、と呟く彼の声に、私はこれ見よがしの大きな溜息をついた。
私は何の因果か、この彼に憑かれている。
尚も逆さまに私の顔を覗き込みながら頬を撫でる大きな手に、そっと自身の手を重ねながら私は彼の金色の瞳を見返した。私の少しばかり紫がかった瞳を捉えたその眼は、愉快げな、心底愉快げな光を湛えていた。
「俺ァ、お前と居ると楽しいんだがなァ、アキラ。少なくともこの永い永い一生の中で、僅かなりとも退屈を忘れる事が出来る」
「……迷惑な話です。あなたの退屈凌ぎに使われる私の一生は、きっとあなたの生涯からしたら微々たるものですが、使われる側からしたら堪ったものではないですね」
しかし私の口調は、言葉の内容とは裏腹に殆ど怒りを含んでいなかった。それは彼にも伝わっているのだろう、牙を見せた口許は笑んだままだ。
「すまねェな」
全く悪びれた様子の無い謝罪に、私もつられて笑いそうになる。
つまるところ、私も彼に憑かれているこの状況が、嫌ではないのだ。ただ、本心を悟られるのは少しばかり癪に障る。私はおかしみを噛み殺し、笑みかけた口許を引き結んだ。
軽い悪態はただの意地の張り合いで、それはつまり馴れ合いにも似た、予定調和じみた挨拶程度の重みしか持たない。
私と彼とがいつの間にかそのような関係を築いている事に改めて思い至り、ふっと唇を綻ばせ私は苦笑を漏らした。
「アキラ?」
私の表情の変化に、彼が僅かながら不安げな問いを零す。そんな彼の挙動がまるで幼子のようで、私はおもむろに手を伸ばし、彼の額にそっと触れた。
白い髪の生え際から延びる、一対の尖った角。その二本の禍々しい角は、『鬼』と呼ばれる存在であることの証
「ねえ、コクウ」
「んン」
「さっきのは……嘘です。……迷惑じゃないですよ、好きなだけ傍に、居て下さい」
私の言葉に、彼……コクウは片眉を上げた。
「……言われなくても、そうすらァ」
「ふふ。そして、私に飽きたら。……ちゃんと私を殺して下さい、ね?」
コクウは眼を細め、射貫くように私の瞳を睨む。金色の光が瞳孔の奥、隠された真意を探るかのように視界を灼いた。
暫しの時間、彼は私と視線を絡めて唇を噛み締めていたが、やがてふいっと目を逸らし、大きな溜息をひとつ吐いた。
「……何度言われようとも、俺ァ俺のしたいようにする。アキラ、お前をどうするかは、俺の気分次第だ」
苦々しくそう呟くと、コクウは私の横にゴロリと寝転んだ。不貞腐れたような表情が駄々っ子を連想させ、その姿に私は謎の満足感を覚えてゆるりと瞼を閉じた。
「解ってますよ」
「どうだかなァ。お前、意外と頑固だからな」
「そうですか?」
「そうだよッ」
吐き捨てると舌打ちを一つ、それきりコクウは口を閉じ、次いで大きな掌が私の手を探る。私も沈黙と共に、彼の指を自身の手に引き寄せた。
ふと空いた方の手が何かに触れる。薄く、滑らかな感触。
それは先程、コクウが土産代わりに運んで来た紅葉の葉っぱだった。私はそれを摘まみ上げると、その艶やかな深紅の葉に、そっと唇を重ねた。
秋の気配が、ふわり薫り立つ。
穏やかな風が、睫毛を揺らす。繋いだままの掌からじわり熱が伝わるような気がして、私は安堵し微睡みにそっと身を委ねた。
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そこそこ長い話になる予定です。
出来るだけ速いペースで投稿したいと思っております。
宜しければ物語にお付き合い頂ければと思います。
お気軽に乾燥など頂けると大変嬉しいです。
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