このあと多分喧嘩になるんだろうなと思うのです。
アグレイが俺の身体の中に飛び込んだ、大きめの冷やしたゼリーを丸呑みしてしまった時のような、何やら冷やりとした物が喉に引っかかってるような感覚、ヌシ様の再調整ほどの身体の芯から凍りつかされるような冷気でも無ければ全身に広がっていく事も無い、ちょっと胸につかえる感覚が不快だったので飲み込むように意識してみる。
胸元から胃の方へと落ちながら霧散していく冷気の感覚、と思っていたら俺の中から聞こえてくる怨嗟の声。
『うわぁ……コレひょっとしなくともヤっちまったか?』
気を落ち着けて自分の内側に意識を向ける、まだ種であった頃よくやった自分の身体の中を探る行為によく似た方法、自分の中から馴染みのない魔力を探してみる、が見つからない、どうやら手遅れだったようだ。
目に見える形で始末したかったのだが仕方ない。
これにて創造者達討伐完了だ。
俺の身体に飛び込んだアグレイに一体何が起こったのか少し考えてみよう。
まず奴が何をしようとしたのか、考えられるのは三つ、俺に憑依して身体の主導権を奪う、俺に成り代わって全てを支配する、俺の体力を奪って倒そうとした、持っていたスキルから考えてもこんなところだろう。
俺が普通の人類としてこの状況に陥っていたのならかなりの危機だった、はずだ。
ただし今の俺の魂はヌシ様の謹製だ、以前見せられた簡単な説明でも普通の人の魂の大きさが顕微鏡で見るサイズだという時にあの当時でバスケットボールサイズとか巫山戯た事になっていた、その後こっちに来る前に更に何か色々とオプションやら追加されている感じがするから今の魂の規模がどうなっているのかとか想像もつかない。
少なくとも飛沫さんの放つプレッシャーの前で平然として会話出来るだけの強度はあるらしい、まあヌシ様の横で会話できてたし、それを最低限出来るようにと何度も吹き飛ばされたんだけど、それが普通じゃない事位は白様との会話から推測できる。
そしてその魂の器たるこの身体、この世界の竜の身体を使っても俺の魂を受け入れるのは不可能と言われ、新たに創られたこの魔樹の身体だ、そんな馬鹿げた代物に人が一人取り憑いたからと言ってどうこうできるはずがない。
もし身体の乗っ取りができたとして、何の訓練もなくいきなりこの身体を動かせるとは思えない、何処まで乗っ取るかにもよるが、視界一つにしても、感覚が人のままなら俺には眼がないから何も視えない、かといって【全視界】や【全視改】なんて能力がいきなり使えたら間違いなく頭で処理できずに精神に異常をきたすだろう。
少し大げさだが海を染めようと頑張ってインクを一滴落とした状態、とでも描写すればいいのか、起死回生の策で俺に憑依しようと身体に飛び込んだアグレイはあまりにでかすぎた俺の魂を侵食できずにそのまま希薄化して存在を維持できなくなってしまった、そこを俺が自分の魂の中にダメ押しとばかりに押し込んだ。
うん、喰っちまったよアグレイ、うゎー、人喰いとかドン引きだわ俺、なんて思ったりしませんよ? 魔樹だからね俺、アイビーの吸血や吸収だって繋がってる状態だとこっちにも流れ込むしね、今更な話だ、感想としては「出来そうな気はしたけどまさかホントに出来るとは思わなかった、 」てなもんです。
リン、と涼やかな鈴の音色が聴こえる、この音は確か……
─ へろぅ?
見間違えようのない黒髪に黒尽くめのローブ、そしてこの唐突な登場の仕方とダウナー系な喋り、黒い子様が片手をちょんと上げて目の前に立っていた。
『相変わらず唐突な登場ですね黒様』
─ 普段呼んでるように黒い子様でも良いのよ? レージなら許す、直接逢うのレージ位だし
思いっきりバレてた、まあ心を読める神様相手に隠すつもりもなかったけど。
『今日はまた何事ですか? タイミングから見てアレを倒したことに関係してそうですけど』
─ ん、回収と相談とその他諸々? そいやー
気合も何も入ってない掛け声を言うが早いかローブの袖をまくり、俺の身体に向けて腕を突きだすと何の抵抗もなく黒い子様の白い腕の肘までが俺の身体に潜り込む、身体には何の抵抗も感じないから物理的な接触をしている訳では無いようだ。
『回収ってまさかアレを?』
─ 正解、レージが食べたのは判ってるけど少し残ってる部分を回収、毎回やるわけじゃないから安心して
『なにか問題があった、とかいう感じでは無さそうですね』
─ 問題はなにもない、ただ新しい種になったレージに食べられた魂がどうなるかが知りたいだけ
『そういや魂喰いって大丈夫なんですか? この世界のバランス的に、再利用に問題が出るとかないです?』
気になっていたことを質問してみる、俺の中には輪廻や転生と言う概念があるし、この世界の魂の概念もちょっと気になる、世界の魂の総量が足らなくなるとか言われるかも知れないし。
─ 人は邪悪な行為だと捉えている、私達は別にそうは思ってない、この辺にはいないけど魂だけを餌として生きる魔物も存在する、あと消費された魂は創造主様の手で新たに世界に補充されるから問題ない
飛沫さん仕事してた! 世界の魂の量を一定に保つシステムを組んでるだけっぽいけど。
しかし魂喰いの魔物もやっぱりいるんだなこの世界、俺だけじゃなくて良かったと言うべきかその所為で邪悪と見られる事を嘆くべきか、神々から邪悪と言われない分気は楽だが。
─ はっはっはー、黄だって人の魂刈り取るし赤なんか大規模破壊の常連だもの、腹黒の白だってたまに滅殺してるし、翠や青だって自然の災害の元だしね、レージだけを邪悪だなんて言える筈無いっと
相変わらず表情の変化には乏しいが前より饒舌な気がする黒い子様、俺の身体から何かを引っ張り出した手元をじっと見つめている、今日は眼も虚無って無いようだ。
─ ほとんど何も残ってない、有るのは一応の残滓のみ、すげー
─ 一言で魂喰いと言っても実は何種類かに区分される、その中でもレージは完全に自分の中に摂り込んでしまうタイプ、魂の強さがほぼ同等位なら相手の人格が残って苦労する筈、でもレージの内包する魂と同等なんてこの世界には存在しない、新興の下級神程度なら人格もろとも消滅するかも?
そんなとこにアグレイは飛び込んだのか、無茶しやがって……って知らないから仕方ないのか、でもサラリと今神喰いとか言ったね黒い子様。
『新興の神とかいるんですね』
─ 祈りが集まればそれは力になる、ただどれも僅かな力しか持ってない、時々慢心して愚かにも赤とか白に挑んで潰されてる
ああ、俺は全能だとか再生を司るとか戦神とか名乗っちゃうんですね?
─ そそ、戦神とか守護の神とかは結構数生まれては蹴散らされてる、彼等への信仰も一部はこっちへの力になってるから
だろうなあ、原初の六柱の神はこの世界の事象を司ってるんだし、それに関連した祈りはすなわち彼等への祈りにもなる、新興の神が敵うはずがない。
俺から見れば結構気さくな神々だけど俺が特殊なだけだしな。
─ その通り、ということでレージにお願いがある、これは私達六柱全員からのお願い
『神々からの願いとあらば出来る限り叶えたいとは思うけど、俺って樹だから大したこと出来ませんよ?』
─ 現状レージにしか出来ない、この地にたどり着いてアレを倒したレージにしか出来ない事がある、あと敬語いらない、あの蔦の子に話すように普通でいい
『となるとこの<楽園>と呼ばれていた箱庭に関する事か』
─ この大森林は世界の魔力調整に一役買ってる、このままこの箱庭を潰してしまうと今までの反動で人によって森が滅ぶことになりかねない、ということで創造主様に伺いを立ててみた
やな予感がする、飛沫さん絡んできたら想定の斜め上を行きそうだ。
黒い子様の顔がシリアスだ、割と状況で顔が変化するな黒い子様。
─ そもそもこの箱庭は人が作った不完全な迷宮の核で造られた、それでもそれなりの効果があったのなら我々で本物の箱庭の核を造ろうとなった、そしたら創造主様から一つの条件を添えて箱庭の核を渡された
『まさか、その条件に俺が?』
─ ぴ~んぽ~ん♪ 大正解、一旦この施設を全部破壊して土地なんかも浄化したあとで創造主様の創られた核でこの箱庭を強化する、その管理をレージに頼みたい、つきっきりじゃなくても大丈夫という話だから、ぜひ
『管理って具体的には何をすれば?』
─ 今までと同じなら氾濫の周期と規模の設定? 箱庭内部の生態系なんかも弄れた筈、あとは門の設定、私達が頼みたいのはこの森を使っての魔力の循環、森を無くさないように適度に維持してもらえばいい、時々氾濫を起こすのも大事、詳しくはレージが見れば理解できるはずだって
『丸投げされた!?』
─ 少し違う、レージは3例目の【混沌の種】、私達は原初の竜にも別の大陸に拠点となる領域を与えた、なぜなら【混沌の種】として生まれた者は強力すぎる
『できるだけ大人しくしていろと?』
─ そうじゃない、世界に無用の混乱を招かないようにするためでも有る、レージは自分でも気がついている筈
うん、この姿で歩き回ると間違いなく混乱の元だよな、知ってた!
そしてその結果俺が攻撃受けようとしたら間違いなくアイビーも暴れる、大混乱だ。
『とは言っても世界を見て回りたいんだがな、まだこの森からろくに出たことないし』
─ そこは頑張ればなんとかなると思う、原初の竜は訓練の結果<人化の法>を身に付けた、レージの場合は今持ってるスキルからでも似たような事が出来ると思う、ただし完全な人化は無理だと言っておく、人の大きさでの依代ではレージの魂を受け止めきれない
『つまり俺が人型化するには弱体化させないと無理だという事か』
─ 人型に拘るならそうなる、あとは自分で考えるといい、どうする?
努力するのは前提条件で言われていた事だしあまり問題ではない、どんな方法で森を出ることになるか色々と考える必要はありそうだ。
俺に合わせて創られた核がもう用意されて居るというのなら受けるしか無い。
『コレで断ったら俺悪者だよな?』
─ きっとネチネチと白が愚痴りに来る、アレはああ見えて腹黒いし陰険、そして赤が突撃して黄がとばっちり受ける
これが神の行動じゃ無けりゃ笑っていられるんだが……
『解った、管理の件受けよう、とりあえずどうしたら良い?』
─ じゃあこの土地を浄化する、レージと蔦の子を範囲外まで一旦転移で送るからのんびりしてると良い、蔦の子に教えてあげて
いつか見たにへらとした笑顔、さっきまでの真面目な様子は既にない。
『アイビー、今から外に転送されるから慌てないように』
(え? 転送? え? 御主人様一体何が)
俺の身体は光に包まれ、あっという間に森の中に移動させられていた、傍らではアイビーが擬態を解きいそいそと俺に巻き付き始めている。
質問よりまずは帰還を優先させたらしい。
外は既に夜になっていた、感覚からするとまだ日が落ちて間もない位か、開けた所から覗く星空が綺麗だ。
視界の正面、恐らくあの施設があった場所だろう。
周囲の荒れ地までも飲み込む範囲で天をも焦がすような大きな火柱があがったのはその直後の事だった。
無茶しやがって…




