9章4話 説得
「アプト、今いいかな」
部屋でアプロテとお茶を飲んでいたアプトに声をかける。
エルスパイクの反乱から帰ってきて以来、アプトとアプロテは非常に仲良くなっていた。
いや、仲が良くなったと言うより、争乱の鎮圧に連れて行かなかったことで、2人ともとても怒っていた。
そう、そのことでお互いに共通の意識が生まれたと見るべきだろう。
「あら、アプトだけに用なの?私には言えないような?」
「うっ、そういう訳じゃないですけど」
「じゃぁ、ここでお話ししましょう?」
うぐぐ。
手強いアプロテの前に、アプトを味方に引き込もうと思ったのに……
「ラフエル様、どうぞ」
「え、ありがとう、エトナ……エトナも怒ってるの?」
いつもと同じメイド服を着て、普段と変わりない所作で接してくるものの、言葉が少し堅い。いや、ラフエル様って呼び方の時点で怒っている。
だいたいエトナは俺の乳母なわけで、メイドの仕事はしなくていいと言ったんだが、落ち着かないからと未だに身の回りの世話をしてくれる。
いなくなったら泣くけども。
「怒ってません、と、言ってほしいですか?」
「い、いえ……」
まずい、切り出す場所を間違えた。完全に包囲されている。
3人には言っていない、帝国に行かなければならない理由。これを言えば簡単には反対されない、そう思っていたのだが、この状況だと不安になる。
「それで、また帝国に行く話し?タルーニャにお願いしていたようだけど……見てたんじゃないわよ?タルーニャが謝りに来たのよ。断りきれなかったにゃーって」
「にゃー!」
「少し気持ち悪いわよ」
「すいません」
アプロテのにゃーに思わず反応してしまう。
「それで?どうせ止めても行くんでしょ?また私たちを置いて、ね?アプト」
「ラフ、酷いよ……」
「で、でも、ハインが帝国にいるかもしれないんだ。いや、絶対いる。だから……助けたいんだ!」
「ラフ……」
「ここで許してはダメよ、アプト。帝国に行けばラフエルは異教の神の使徒なのよ。捕まれば酷い拷問のあげく、公開処刑になるわ。そしてどんな形か分からないけれど、ロウレスも必ず見ているはずよ。あなたの臣下がいたとしても、みすみすあなたを失うことに賛同なんて出来ないわ」
アプロテの言い分も頭では理解している。だが、ハインがそこにいると分かっていて、何もしないと言うことが耐えられないのだ。
仕方なく、俺は切り札を出すことにした。
本当ならこんな脅迫紛いのことはしたくはないのだが……
「これを見てください」
右腕の袖をまくり、肘まで引き上げて腕を見せる。
「聖水のおかげか大分黒い部分が減ったわね。このままならきれいに消えそうね」
俺は何もいわず聖水を一本取りだし、指先から肘まで振りかけると、シュワシュワと音を立てて湯気のような物がでる。
「……それはどう言うことなの?なぜ、肘近くまで黒くなっているのよ!」
「ラフ!なんで?良くなってるって言ってたのに!」
2人が驚いた様子で立ち上がり、俺の右腕を掴んでくる。
「痛い、の?」
アプトが自分が痛いかのように顔をゆがめ、泣きそうな表情で聞いてくる。
「最近は痛いと言うより、しびれている感じです」
「いつから……いえ、最初からね。心配させないように隠していたのね?」
「いえ、聖水は確かに効果があったのです。今でも聖水をかけ続ければ、手首ぐらいまで戻ります。そしてしびれも軽減されます。ですが、追いつかないのです。高価な聖水をかけ続けても、完全に止めることは出来ませんでした」
アプロテとアプトが2人で俺の右手をさする。そうすることで俺の痛みが軽減されるとでも言うように。
「ロウレスの呪いを解くためにも行く必要がある、そう言いたいのね」
「はい。ほかの手を思いつきません」
「……ラフ、何で相談してくれないの?なんで全部一人で背負うの?」
「それは……」
アプトが泣きながら俺の右手をさすり続ける。
「私達に力が無いから、心配させないように、だわ」
アプロテが少し厳しい表情で俺を睨むように見てくる。
だが、その目にも、涙がたまっているのが見て取れる。
「本当にすいません、こんな物見せるつもりはなかったのです」
「こんな物なんて!」
アプトとアプロテが同時に声を張り上げる。
「この手はいつも私を守ってくれたよ!私の今があるのは、全部ラフのおかげだよ!」
「そうだわ。私がここにいるのだってあなたがここにいるからこそなのよ」
「しかし……」
「私達2人が、あなたを愛する女2人が大丈夫だと言っているの。信じられない?」
「信じているからこそ、心配だったのです」
「心配しなくても、あなたになら殺されても納得するわ。さぁ、どうすればいいのか話し合いましょう」
「あ、ありがとうございます」
思わず涙が出そうになる。
「ラフ、泣きたいときは泣くと楽になるんだよ」
アプトの少しだけ柔らかい胸に頭を抱きしめられる。
「そうよ。こんなかわいい子2人に抱きしめられて、幸せ者なのよ?」
反対側をアプトより少し堅めの胸に抱きしめられる。
と考えた瞬間、頭を叩かれる。
「発展途上だと言っているでしょう!いつかはお母様みたいになるのよ!」
むむ、確かにそうだ。母神を模した女神像は、少しふくよかで放漫な胸な物が多い。
そういえば、昔少し包まれたとき、この上ない幸せな気分になった記憶が……あ、お母さんを思いだした。
「とりあえず、タルーニャを交えて作戦会議よ」
翌日、館にタルーニャとアイラを呼んで、どうやって帝国に潜入するかの話し合いの場が持たれた。
ガルーダも呼んだのだが、来てくれなかった。
「それで、どうやって獣人である南部諸国の人たちに紛れ込むの?」
「そこは、あれです。道案内とか何とか何とでもなると思います」
「道案内って、ラフは帝国に行ったことあるの?」
「行ったことはないけど、昔から地図とか帝国の話が出てくる本はいっぱい読んだから」
「道案内としてそれだけではダメね。それに教会で手に入る地図は、わざと間違えている物も多いわ」
「まぁ、道案内はもういるからにゃぁ」
「いえ、道案内は仮に出しただけで、何か雑用でも何でもしますし」
「な、何でも、するにゃ?」
「は、はい、帝国に行けるなら」
タルーニャが何でも、の部分に食いついてくる。
ネコ目をいつもより幾分細め、鼻の下を少し膨らませている。
それをみたアプロテの眉が、警戒するように少しぴくりと動く。
「そ、それなら、良い案が、あるにゃ」
タルーニャがやたら体をくねらせて、もったいぶるように言う。
「その、良い案とは」
俺が先を促すように言う。
「その、あれにゃ?あちしとアイラには、1人に2人まで、身の回りを世話したり、荷物を運んだりする人を、連れていけるにゃ?」
ここでタルーニャの目がさらに細められ、少し妖艶な色を帯びる。
「そ、それでにゃ?もも、もし良かったら、ラ、ラフを、あちしの執事、としてなら、一緒に行けると、思うにゃ?」
「わ、私のラフエルを執事ですって!」
「ラフが執事!朝起きたら「お嬢様おはようございます」とか言われて手を取られて「さぁ、着替えますよ」とか言われて服を脱がされそうになってそれは自分でやるからとか言ってるのにラフが強引に」
「アプト帰ってきなさい」
アプロテがアプトの肩を揺すっている。
「執事、ですか……やります、やらせてください」
「ラフエル!あ、あなたは私の使徒なのですよ!」
「い、いいないいな!タルーニャさんいいな!私も一緒に!」
「いいにゃよ!アプトも一緒に私の同行者として行くにゃ。た、たまになら執事を貸して上げても良いにゃよ?」
「ほ、本当!?行く!行きます!」
「ちょ、何言ってるのよ!私も行くわよ!いいわよね!?タルーニャさんとアイラさん?」
「わ、私の執事も兼任してもらえるなら」
アイラ、君もか。
「しかし、どうしてまた執事なんて話しに」
「にゃ?最近教都で流行ってる本に、かっこよくて優しい執事とお姫様の話があるにゃ」
「へ〜、タルーニャも本とか読むんですね」
「失礼だにゃ、って言いたいところにゃけど、騎士になるならたくさん本を読んだ方がいいって、アプロテ様に言われて貸して貰ったにゃ」
「貸して?」
思わずアプロテの方を見ると、アプロテが視線をさっとはずす。
あなたですか……
「ち、違うのよ、あなたが戦に行ってしまったから、その間にこっちの世界の勉強をしようと思ったのよ、ね、アプト」
アプトに視線を向けると、アプトもさっと視線から逃れるように顔を背ける。
お前もか……
「ち、違うの、お姫様と騎士の物語だと思ったらちょっと手が滑って、少しだけ大人向けだっただけで、ラフが執事だったらとかそんな話でアプロテ様と盛り上がったとかそんなことは」
「アプト!帰ってきて!」
アプロテがさっきより強くアプトの肩を揺する。
いろいろ考えるところはあるが、これで方向性は決まった。
後は細部を煮詰め、出来る限りの準備をするだけだ。




