9章3話 行くために
あの騒動から半年、俺は教都で悶々としていた。
あの後エルスパイクは3男が引き継ぎ、周りの州も領土はそのまま安堵された。
とうぜん今後何年にもわたる賠償金などが発生しているから、国自体は大変だろう。
だが、妾の子はエルスパイクの実権を握り、負け戦にかり出された州の軍は、領土を安堵する提案に即座に食いついてきた。
先の戦がほとんど被害無しで終わったのは、そんな根回しの結果だった。
グルガはあの時点でもう詰んでいたのだ。
そして俺は、幾度と無く帝国への接触を求めたのだが、ことごとく反対されたand潰された。
教皇に直談判してすら反対されたのには、驚かされた。使徒として話せばほぼどんなことでも嫌な顔一つせず実行してくれていたのに……と不審に思っていたら、今日その理由が分かった。
「帝国に行くなんて絶対にダメよ」
アプロテだ。アプロテが裏から教会に手を回して、絶対に言うことを聞かないように命令していたのだ。
「そうですよ。しかも一人でなんて。ラフは一人で何でもしようとしすぎです」
アプトにもだめ出しされている。理由自体は少し違うようだが……
「しかし、ハインがそこにいると分かっているのに、何も出来ないと言うのは、歯がゆいのです」
「だからこそ密偵を放って調べさせているのです」
最近アプロテは教会の扱いが旨くなってきている気がする。
というか教会からの連絡係を、ウェンデール館に常駐させているぐらいだった。
そういえばいつの間にかウェンデールを名乗るのをやめて、ポラルトのラフエルになっていた。あの騒動前後のごたごたで、使徒としての名がすっかり通ってしまったためだ。
それでもポラルトの館ではなくウェンデール館を選んでいるのは、慣れてしまったこともあるというか、ポラルトの館長がアプトにしたことをまだ忘れていないからだ。
「しかし、その情報も全く帰ってくる気配がありません。アプロテ様の力で、見ることもかないませんか?」
「上にいた頃なら少ない力で見ることも出来たと思うわ。でも、こっちに下りてきているから難しい……いえ、ロウレスの力が強い世界は特に霧がかかったように良くわからないわ」
「なら、やはり実際に帝国に入ってみるしかないのではありませんか?」
「まだ半年よ。情報が戻るにはもう少し待ちなさい」
「……はい」
それからまた半年が過ぎた。
それでもハインの居場所は杳としてしれなかった。
「本当に一緒に来るのかにゃ〜。あんまり賛成できないにゃ〜」
少し困ったようにネコ耳を伏せ、しっぽを不安げに小さく振るタルーニャ。
「はい、もうこれしか帝国に入る方法が思いつかないのです」
「しかしにゃ〜実はアプトとアプロテ様からも、話が来ても相手をしちゃダメって言われてるにゃ」
「え、そうなの!?」
思わずアイラの方をみる。
「は、はい、この南部諸国から帝国への表敬訪問に、学生代表の私たちが加わるって話が出たとき、すぐにお二人で見えられて……」
アイラが言うのなら確かな情報だ。
「今何か失礼なこと考えていなかったにゃ?」
タルーニャはたまに物事を大げさにとるから、とは言わない。
「でも、もうこれぐらいしか方法が思いつかなくて……お願いだタルーニャ、訪問中は雑用でも何でもする。帝国の言葉も分かるし、自分で言うのもなんだけど、少しは使えると思うんだ!」
タルーニャの手を握り、目を見つめて真剣に懇願する。
「にゃっにゃっ!ち、近いにゃ!わ、分かったにゃ聞いてみるにゃ!」
「あ、ありがとうタルーニャ!」
思わずタルーニャを抱きしめる。
あぁ、すごく毛並みがふわっとしていて、鍛えられている割に弾力のあるしなやかな筋肉。
そしてすごくいい匂いがする。何だろこれ、少し頭がぼーっとするような。
「なっ!タルーニャから離れろ!このませガキがっ!」
いきなり、ものすごく強い力で引き離され、その勢いのまま壁にぶつけられる。
「いつでも発情しやがってこのやろう!」
「いきなりやってきて、ラフエルに何してるにゃ、ガルーダ」
「あっ!いや、お前に襲いかかってるように見えたんだよ!」
「ラフエルがそんな事するわけ無いにゃ!」
「ぎゃぁぁぁあああー!」
顔を、タルーニャの爪で思いっきり引っかかれているガルーダ。
うわぁ、痛そう……
「大丈夫にゃ?ラフエル」
「うん、ガルーダも手加減してくれてたみたいだから、大丈夫だよ」
「本当かにゃぁ」
ジト目でガルーダを見るタルーニャ。
多分これは本当だ。油断しているときに、獣人の戦士であるガルーダに本気で吹き飛ばされたら、壁に人型の穴が開きそうだ。
「いててて、本気でやるわけ無いだろ……いてて!」
アイラがガルーダの顔に出来たひっかき傷に傷薬を塗っている。
「アイラもそんな奴に優しくすること無いにゃよ」
「もうお姉ちゃん、ガルーダも一緒に帝国に行くんだから、あんまり邪険にしちゃダメだよ」
「そ、そうだよ、アイラは良い事言うな!」
「ダルーダさんも帝国への表敬訪問に行かれるんですね」
「ふふん。南部の獣神大会で優勝した俺が行かなくてどうする」
「へぇ〜。ガルーダ優勝したにゃ。まぁ、わちしがいなかったからにゃぁ」
「うっ、あれから俺も強くなったんだよ!」
「獣神大会って何ですか?」
「年に一回南部諸島の戦士が集まって、誰が強いか決めるんです」
傷薬を塗り終えたアイラが説明してくれる。
「へぇ!そんな所で優勝って、すごいですね!」
俺のほめ言葉にまんざらでもないように、強く鼻息を出すガルーダ。自慢げだ。
「まぁ、その前の優勝者はわちしだけどにゃ!」
タルーニャがどやぁ!と鼻息も荒く腰に手を当てて胸を張る。
初めて獣人の存在を知ったとき思ったのは、耳はどうなってるの?おっぱいの数は6個なの?だった。自分でもあれだとは思う。
そして耳と尻尾だけのアイラと違い、全身に毛が生えてたたりするわりには、タルーニャの胸の盛り上がりは2個だった。
タルーニャの、主張しすぎてはいないが適度な弾力を感じさせるサイズの胸を見てなぜかそんなことを思う。
「あ、お前!またタルーニャの胸を見てるな!」
「ガルーダ!」
「だ、だってよ、鎧の上からだっていっても、女の胸をまじまじと見るような奴、誰かがはっきり言ってやるべきだ!」
「ラフとはお風呂も一緒に入ってるから、今更胸ぐらい見られたってどうって事無いにゃ」
タルーニャのその言葉を聞いた瞬間、ガルーダの顔が凍り付き、油の切れたロボットのようにがくがくしながら首を回して俺を見てくる。
その目は、嘘だろ?嘘だと言って?と悲しそうに俺を見つめてくる。
俺はその視線に耐えられず思わず目を背ける。
「うわあああぁぁぁあああんんん!」
全力で泣きながら走り去るガルーダ。
「なんにゃね、まったく」
俺だってもしアプトとかアプロテがほかの男とお風呂に入ってると聞かされたら……そう思うと少しだけガルーダに同情してしまう。
さて、これで説得するのはあと2人になった。
アプトと、アプロテ、だ。




