9章2話 後始末
「ふむ?エルスパイクの前王とその子息は、此度の反乱でお亡くなりになっています」
テイエルが、グルガとその息子にそう告げると、2人は意味が分からないという風に、首を傾げる。
「確かに前王は死んでいるが、此度の戦とは、どういう意味だ?」
「あぁ、説明が足りませんでしたね。エルスパイクは新しい王の元、教会の庇護を受けて復興を始めているのですよ」
この言葉に、グルガ・ド・エルスパイク前王が顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「な、何を馬鹿な!私はまだ生きているし、そんな勝手が通るとでも思っているのか!そ、それに、今そんなことを言えば左右に展開しているソルトとムーツの軍も黙ってはおらんぞ!」
「ふむ。王位継承の序列は、2人の息子で生き残っている弟が第1位になりますので、当然何もなければそのまま王位を次ぐのが筋と言うもの。そしてソルトとムーツの両州も、領地の安堵をぶら下げたら、すぐにこの話に同意しましたよ。賠償金は必要ですがね」
「何を言っている、う、裏切ったのか!それに第一位はこの長男のハルガである!弟とは言え妾が生んだあの者に、王位を譲るなどありえるものか!」
テイエルが芝居がかった仕草で、やれやれというように両手を上げる。
これだけ見ているとどっちが悪者か判断が難しい。
「はぁ、これ以上話してもご理解いただけないようなのではっきり言いますが、先に裏切ったのはあなた達で、ここでグルガ王とその長男は戦死していただきます。後のことは教会に任せ、ゆっくりとお休みください」
「何、を」
テイエルが一歩踏み込み、さらにもう一歩踏み込むと、グルガ王と長男(ハルガと言ったか?)の首が地面に落ち、乾いた音を立てる。
「テイエル、何もここで殺さなくても良かったのではないか?」
グラスドールが非難とまでは行かずとも、少し問うように言う。。
「口が良く動き、悪知恵が働きます。移送中に何を言い出すか分かったものではありません」
「本音は?」
「うるさい男で、ポートヴェイルの事で坊ちゃんを不快にさせました。死んで当然です」
う〜ん、怒らせると怖そうなタイプだ。
「しかし、どうするのだラフエル。ハインラット殿は帝国に身柄を引き渡されたようだが……」
「はい、しかし言い換えれば、有用であると判断されて生かされているという状況であれば、交渉の余地はあると思います」
「帝国との交渉、か。面倒なことになりそうだな」
「帝国もそうですが、他にも面倒なことが」
「他にも?」
「……ラフエル。妾は待っておるぞ」
低くしわがれた、空気の抜けるような声。
驚いて声の方を振り向くがそこには誰もいなかった。
そこには、グルガ王と息子の首の離れた死体のみ。
その、まだ切り口が乾いてもいない息子の首が、また口を開く。
「帝国の首都まで来るのじゃ…」
言い終わったとたん、頭の形がぐにゃりとゆがんだかと思うと、そのまま赤黒い溶けた肉のようになって地面にシミを残して消えていく。
「な、何なのだ今のは!」
我に返ったグラスドールが驚いた勢いのまま、なぜか俺の肩をつかんでくる。
俺が聞きたいと言いたいところだったが、当然俺には思い当たるところがあるわけで。
「まず間違いなく、ロウレスからのお誘い、ですね」
「ロウレス?帝国の崇めている神か!だがラフエル、お前は娘神アプロテ様の使徒なのだろう?そこになぜロウレスが絡んでくるのだ」
「わかりません……ただ、一つ言えるのは、ハインがそこにいると言うことです」
グラスドールが掴んでいた肩をはなし、むぅと考えるようにうなる。
「だが帝国に行くとなると、どうやっていくというのだ?今回のことで教会はかなり神経質になっているぞ。アプロテ様の使徒たるお前を、行かせる物だろうか」
「そこは何とでもなりそうなのですが」
アプロテに顔を上げられない教皇の姿が思い浮かぶ。
「……今回のことも含め、実家には内緒にしないと難しいでしょうね」
「今回のこの戦のことも、内緒にするのか?」
「また先輩には迷惑をおかけしますが、私はここにはいない、戦には参加していない、根回しも含めグラスドール先輩の手による物と、発表してもらいたいのです」
「また私がお前の手柄を奪うのか!」
「それは難しいのではありませんか」
話しに割って入ってきたのは、ムルタラの国王だ。
重厚な漆黒の鎧を彩っている赤黒いシミは、返り血による物だろうか。
「これはムルタラ王。そちらも終わりましたか?」
俺がムルタラ王にお願いしたのは、敵の背後を突くこと、残敵の掃討と捕虜などのまとめだった。
「はっ、抵抗する者は漏れなく討ち取り、降伏するものにはお言葉通り慈悲を与えております」
片膝を付き、恭しく頭を下げる。
年上の偉い人にかしずかれるの本当に慣れない。というか無理。
「おやめくださいライン王。私はただアプロテ様に仕えているだけの者。できればポラルトの第3王子として接していただいた方が、落ち着きます」
「ラフエル様がそう仰られるのならば」
そういって立ち上がったライン王だが、俺の方を見る目は少しだけ眩しそうだ。
あ、そうか、この人奇跡認定者で神の奇跡とか見えるんだっけ。
「初めましてライン王。私はポートヴェイルのグラスホープが長子、グラスドール・ド・ポートヴェイルと申します」
「おぉ、良く来てくれた。教会騎士団が敗退したときはどうなることかと思ったが、まさか息子殿が救援に駆けつけてくれるとは」
その言葉には、少しだけ皮肉も含まれていたような気がする。
グラスドールもそう思ったのか、戦勝の浮かれた表情が引っ込み、少し眉根がゆがむ。
あ、テイエルが睨むようにライン王を見ている。
「グラスドール先輩は常々私の友人として力になっていただいており、今回の戦いも先輩の力がなければここまで損害無く勝てはしなかったと思っております」
俺のこの言葉に、ライン王がはっとした表情をする。
「いやこれは申し訳ない、息子殿に嫌みを言うつもりはなかったのだ。許してほしい」
「ライン王。我が国と父の評判は私自身も良く理解しているつもりです。なのでお気になさらぬよう」
「う〜む、グラスホープ殿の息子とは思えぬ……いや!これはまたすまぬ!」
「よろしければ、今後私個人を見ていただき、先のことではありますが私が国を継いだときに、改めて評価をしていただきたいと思います」
「なるほど。ポートヴェイルの将来は安泰のようで、息子のいない私にはうらやましい限りですな」
そういってグラスドールと固い握手をする。
「それでライン王、今回の戦をすべてグラスドール先輩の功績にする事に、何か問題でもあるのでしょうか?」
「今回の戦、ラフエル様の名前は出ていないかもしれませんが、娘神の使徒様が数々の奇跡を行ったと、兵達のみならず、我が国の民にも噂が上がっております」
「え、ムルタラの民に?」
「ええ。教会での奇跡が、広まったようです」
「それは、また騒ぎを起こして申し訳ありません」
「とんでもない!本来なら戦による疲弊で、民の間には沈んだ空気が長くとどまるところを、使徒様の奇跡により神から見守られている、教会は我らを見捨てていないと、回復へ向けた気運が高まっております」
「あぁ、それなら良かったです。これから巻き込まれた2つの州の復興もあるでしょうし、私に出来ることがあれば、申しつけください」
「ありがたきお言葉。ですが、それ故なのです」
「それ故?」
「今回の戦の手柄をグラスドール殿の物とすれば、グラスドール殿には使徒様の手柄を横取りしたと、よからぬ人物評がついてしまうでしょう」
「む!?私は国の汚名を取り除きたいのだ。いくらラフエルの頼みとは言え、私だけならともかく国が蔑まれるような願いは、流石に聞いてやるのは難しいぞ!?」
なるほど……使徒として行使した物を消すことは難しい、か。
「戦の後の処理もあります、今はひとまずゆっくりとお休みください」




